第十一章 フランケンシュタインが生まれた日③
フューシャ・スライが、ジョニー達と共にサン・ファルシアを目指すことになったきっかけは、ジャックからの紹介だった。
「フューシャ・スライである。フウで結構!」
ジョニーと姉妹に対しても、初対面の時から、フウの態度といえば『勝手知ったる』そのものだった。
ステージに上がり、中央に躍り出て、名乗り上げたのだ。
「いざ、我と時艱に立ち向かわん! 清らかなる森の賢人。そしてその朋友達!」
フウは随分ジャックに懐いているようだ。
どんな裏技を使ったのかと、ジョニーは感心する。
リンダとレイラは、面倒事の発生源を引っ張ってきたジャックに、非難の目を向けていた。
そこには同情の色も、多分に含まれていた。
清らかなる森の賢人というフレーズから、フウが、ロズから妥協して、今度はジャックに付きまとうことにしたのだろうという事情が、透けて見えたからだ。
姉妹は、ジョニーがただちにフウを追いだすだろうと思っていただろう。
しかしジョニーは、フウの加入をあっさり認めたのだった。
確かに、フウのとばっちりで頭にジャムをひっくり返されたことをジョニーは忘れていない。
だがそれ以上に、フウの突拍子の無さと、メグラチカで見せたフィジカル性能に惹かれていたのだった。
「正気かジョニー!」
「指名手配犯よ!」
「お前らが言えたクチか」
ジョニーは、シャツの裾をまくって答えた。姉妹達は、それだけで黙った。
スペーノ塔に磔にされた際の痣は、当分の間、印籠になりそうだった。
… … …
ジョニーが、疲れ果てた様子で、大の字になって倒れ込んだ。
今頃、ここが持ち家だったことでも思い出したのかもしれないと、ジャックは見当をつけた。
テーブルは例外なくひっくり返っている。
天井を見上げれば、そこかしこから白い糸が垂れ下がっており、時を止めた雨のようだった。
「くっ……真の力さえ解放出来れば……!」
天井から糸でつるされ蓑虫にされたフウが、ぼやいていた。
怪物狩りは、ジョニーチームの勝利に終わった。
魔王討伐軍隊長はあの有様だが、代わりに優秀なアタッカー二人が勝因となった。
怪物はいまや、自身の飛ばし回っていた糸が八本の足に絡み、一歩も動けない状態だ。
正体については、リンダとレイラのブラシ攻撃が銀の塗装を剥がしたことにより、暴かれていた。
ミクシア祭で、姉妹に絡んでいた肥満体の
学生風紀、ペッパー・フランクだった。
リンダとレイラにブラシの柄を突き付けられながら、喚き散らしていた。
「離せええっ! 今ここで僕が大声を出したらどうなると思うぅ?」
「そのナリで女みてーな事抜かしてんじゃねー! やれるもんならやってみやがれ。お前の大好きなジャックもまとめて、牢屋にぶち込めるもんならな!」
「ジャックはお前らの仲間じゃないっ! 法廷で僕は真実を述べる! ジャックだけは助かるっ!」
「ジャックは私らの仲間だ! てめーみてえなデブとダチで居続けるより、檻の中でも、私らと一緒に暮らす方を選ぶに決まってんだろ!」
「牢屋は男女別だ!」
リンダは、ジャックの身体をしげしげと観察してから、答えた。
「やりようはある!」
どういう意味だ。
「確かに!」
力強い断言は、ペッパーの口癖のようなものだ。
今この時だけに特別な意味があるなどと、ジャックは考えたくもなかった。
「やめろ、ジャックの為に争うんじゃない!」
リフォームの金策にでも思い至ったのか、失意から回復したジョニーが、姉妹とペッパーの間に割って入った。
「争う理由なんてどこにもない……十分わかった。お前ら皆、友達思いの良いやつらだ。こういうのはどうだ。ペッパーも、俺達のチームに入ったらいい!」
それは、その場にいた全員にとって、衝撃的な提案だった。
「ちょっと」
「ジョニー?」
ジョニーが、シャツの裾をめくって、リンダとレイラを黙らせる。
だが、フウの時とは違い、ジョニーに非難を向けたのは姉妹達だけでは無かった。
「僕にテロの片棒を担げと言うのかぁっ!」
ペッパーその人が、何より乗り気でないのだ。
長い付き合いなので、ジャックは、彼の資質について良く理解していた。
誘われるがままに串焼き屋で歌い狂ったり、悪だくみの片棒を担いでしまうジャックとは違うのである。
「俺達のやろうとしてるのは音楽だ」
「音楽ぅ? …………この面子でか?」
ペッパーは、自身を囲む面々の顔を、一人一人確認してから言った。
リンダが凄む。
「やれるに決まってんだろ! コーチは、伝説級のアーティストだったんだぞ。なんせ異界生まれなんだからな!」
ペッパーからのいぶかしげな視線を、ジョニーはわざとらしくおどけて胸を張り、跳ね返す。
ペッパーはジャックを見た。
先程までとは違った種の心配を、ジャックに向けているのが分かった。
ペッパーとしては、いっそジャックにはゲリラになっていてほしかったに違いない。
手を出す筋合いがおおっぴらに無い厄介事よりは、そちらのほうがまだマシだったろう。
「ジャックの助けになれるし、監視も出来るぞ」
リンダの勢いと中和させるような鷹揚さで、ジョニーがペッパーに言った。
ジョニーのチームは、まだ発足したてだ。
メンバー勧誘が、活動の重要な位置を占める時期において、ジョニーは折良く、本来押しの強い姉妹を封じ込める手段を持った。
新メンバー勧誘については、これからもジョニーが主導権を握ったままになりそうだった。
ジョニーが、口説きの詰めにかかる。
「職務熱心なのは、尊重する。だが正義って言うのは……もっと大きいもんだ」
「大きな正義……?」
「牢屋ってのは、更生させるためのものだろ? けど、こいつらはもう二度と、他人に迷惑かけるようなことはしないよ。俺が保証する」
シャツの裾が捲れたままになっていたのを直しながら、ジョニーが太鼓判を押した。
ペッパーは、口を窄めながら黙り込んでいた。
大きな正義、という言葉が、ペッパーに何かを考えさせているようだった。
だが、優柔不断だと思われるのを嫌う友人が、熟慮と浅慮の中間で答えをやっつけることに長けているのを、ジャックは知っていた。
「不本意ながら、テロでないなら、不法侵入をやらかしたのは僕の方になるな。……良いだろう、その条件、飲んだっ! 法と友情に対する挑戦……受けねばなるまいぃっ!」
リンダとレイラは、不法侵入に伴う変態性まで糾弾したそうにうずうずとしていた。
しかしジョニーに肩を叩かれると渋々、ペッパーの足に絡まった糸をほどきにかかった。
「まずパシりからな」
「金輪際、保釈金はあなた持ち」
脚一本ごとに、交換条件を突き付けていた。
その様子を、ジョニーが微笑ましげに見詰めている。
猿轡に簀巻きで転がされたままのジャックが、もごもごと呟いた。
「みんな素敵だ。人を思いやれて」
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