魔法少女アルバコア

@albmagi

第1話 魔法少女アルバコア


男が暗闇の中で目覚めると目の前に巨大なマグロが浮いていた。

「ここは……いったい俺は……」

 困惑する男に巨大マグロが語りかける。

「お主は過労死した」

 マグロの老紳士のごとき低くて重々しい声が虚無の空間に響く。

「俺は……なるほどな……はは……そうか、そうかよ」

 男は30歳の非正規雇用の底辺労働者。

 その汚らしい身なりからもわかるように、誰にも愛されぬ独り身の男。

「まあ、いいいか、ははっ。どうせ……苦しみしかない人生だったしな」

 男は自嘲するようにぼそりと呟く。

 彼の人生に幸福などなかった。

 貧乏な母子家庭で低学歴の、典型的な底辺層。

 日本一の混沌魔境である都市オーサカにおいて、それは搾取されるだけの養分である事を示す。

「で、ここはいわゆるあの世って奴なのか?」

「いや、違う。そもそもまだ死んではいない。正しくは過労死しかけている、だ。間違いを訂正しよう、すまない」

 巨大なマグロはぺこりと丁寧にお辞儀をした。

「じゃ、じゃあ何だよ……」

「悔しくはないか?」

「どういう事だ」

「簡単だ――力が、ほしくはないか。お主を虐げてきたこの世界を壊す力が」

 その時、男には何故かマグロの顔がニヤリと笑ったように感じられた。

「マジか……本当なのか……」

 男はマグロに恐る恐る問いかける。

「もちろんだ、嘘など言わぬよ」

 マグロは紳士的口調で優しく返した。

「ははっ……まあどうせ何か裏があるんだろうがどうせ最悪の人生だったんだ。ここで一発でかい賭けに乗ってみてもいいだろよ!」

 男は今までの人生を思い返す。

 苦しみと絶望しかない生活、抜け出せない地獄。

 ならば――怪しげな巨大マグロの口車にのるのもまた一興、どうせ負け組の自分には希望などないのだから。

「それはよい返答だな、感謝する。さあ、私に近づくがよい。そこから全てが始まる」

「ああ、いいぜマグロ野郎!」

 男はマグロに駆け寄った。

 すると彼の視界は歪み、意識は暗転――――


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「感謝する、そしてこれから共に歩もう――新たな魔法少女よ」


 ――――――――――――――――――――――――――――――



 かつて人々が想っていた明るい未来などない。

 ここは、人の欲、暴力、絶望、そして少しばかりの夢が渦巻くカオスの地。

 2072年――欲望と退廃を混ぜ合わせて混沌魔境都市オーサカにまた1人、新たな魔法少女が誕生した。



 薄暗い工場の一角で男は過労死より蘇った。

「うぅ……うぅ……」

 嗅ぎ慣れたよくわからない化学薬品のニオイが男の鼻腔をくすぐる。

「俺は……いったい……たしか変なマグロに……」

 男が最初に感じた違和感は自身の体の軽さだ。

「おっ、すげえじゃん。かなり身軽になってる!」

(それは良い事だ)

 どこからマグロの優しく紳士的な声が聞こえる。

「お、おい、そういえばお前は――」

(私はお主の脳内から直接語りかけている。お主の中に住んでいる故な)

「なるほど、よくわからんがすごい――いや、まて…………」

 だが男、ここで2つめの違和感に気がつく。

「あれ……いや、まて――俺の声が……かわいすぎないか……」

 困惑する男の前に突如、禿げた大男――工場長がやってきた。

「あぁん、てめえ誰だ? ここの担当を呼び出しても来ねえから見に来れば謎のメスガキ、どういうことだ」

「ガ、ガキ……いや、この声……お、おい、マグロ!?」

(何を慌てている、まあ……あれだ、力の代償というやつだろうか? どうやら元の体自体が少女のモノへと変化したようだ)

「なんでだよ!」

 男――否、元男は思わず怒鳴ってしまう。

「あぁん、工場長である俺様に文句があるのか? 無断侵入してきた癖にか?」

 工場長は怒りながらも野獣のような、舐め回すような視線で元男を値踏みする。

「は、おいおい、俺をそんな目で見るなんて……もしかして結構かわいい?」

「ああ、だから一緒に来てくれれば許してやろう。ちょうど、無能な労働者が1人逃げ出してイライラしていたところだ」

「そ、それって俺?」

「あいつは、汚いおっさんだったから違うな。さあ来い、事務所でお話だ」

 じりじりと工場長が元男ににじり寄る。

「ひっ……やめ……ごめん……なさい」

 元男は工場長から受けた暴言暴力を思い出す。

 失敗し殴られた事、仕事が遅くて怒鳴られ人格否定の言葉を投げつけられた事。

 かつて味わった恐怖が彼――いや彼女を追い詰める。

(心配は不要だ、お主には力がある、私も共にいる。さあ、あの貧弱一般人を拳で殴り倒すがよい)

 マグロが元男に語りかけるが、彼女は動けない。

「あっ……あっ……」

 トラウマが彼女に過呼吸を引き起こした。

 工場長は元男の右腕を乱暴に掴んだ。

「さあ、来い。どうして工場に無断で侵入したかたっぷりと体に聞こうじゃないか」

「い……やめ……あっ……いやっ……やめ……ろ……」

(心配はいらぬ、力、そして私はお主の味方だ。さあ、遠慮なくあの痴れ者に制裁を!)

 語りかけるマグロの声。

 自身の腕を乱暴に引っ張る工場長。

 元男の腕が恐怖の臨界点に近付きぷるぷると震える。

「いや……だ……こわ……やめ……はぁはぁ……やめろぉ!」

 ついに元男の恐怖は暴力へと変わった。

「うわああぁ!」

 彼女は工場長を掴まれている逆の手で殴りつける。

「ぐばぁ!」

 すると、彼はゴミのように吹き飛び壁に叩きつけられた。

「お……おい……いまの……はは……もしかして……おれ……最強?」

(そうだ、誇るがいいお主。それが力、私が与えた――魔法少女アルバコアの力だ)

 楽しそうな老紳士のような声でマグロが語りかける。

「クククッ……これは……いい……最高だぁ!」

 元男――魔法少女アルバコアはニヤリと笑った。

「さあ、工場長――未払い分の残業代と不当にカツアゲされた給料の一部を、その体で支払って貰おうか」


――次回に続く 

    






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