ライブの日

 その日、ムチャとトロンは同じベッドで目を覚ました。別に昨夜いかがわしいことをしていたわけではない。万が一風邪を引かぬようにトロンが自らのベッドの周りに空気浄化の魔法を掛けたので、ムチャもトロンと同じベッドで眠ったのだ。ムチャは緊張して眠れないかと思っていたが、連日の稽古と打ち合わせ、そして昨日のリハーサルの疲れが出たのか、夜はベストな時間にグッスリと眠りにつくことができ、寝坊する事も無かった。もっとも、二人は念のために目覚ましを用意していたし、ライブは夕方からなのでよほどの事がない限り寝坊する事は無かったであろうが。


 コンコン


 二人がベッドから起き上がろうとした時、部屋のドアを誰かがノックした。

「はーい」

 ムチャが返事をすると、ドアを開け、ニパが顔を出す。彼女が目覚まし一号だ。その背後には目覚まし二号であるプレグもいた。

「良かった、二人とも起きてるね!」

「お腹出して寝たりしてないでしょうね?」

 プレグは自分が出演するわけではないのに、なぜか妙にソワソワしていた。


 支度を済ませたムチャとトロンは、宿の一階にある食堂で朝食を済ませ、宿を出た。ちなみに朝食には食堂のおばちゃんが特別にハンバーグカレーを用意してくれており、「私も旦那と観に行くから頑張ってね」と激励の言葉をくれた。

 宿を出た二人はその足で闘技場へと向かった。ステージのチェックや段取りの最終打ち合わせのためだ。

 ステージチェックの際、ムチャはリングの上に立ち、観客席を見渡す。

「本当にここでライブができるんだな」

「うん」

「前座じゃなくてソロライブだぞ」

「うん」

「なんだよ、緊張してるのか?」

「……ちょっとだけ。ムチャは?」

「俺もちょっとだけ」

 トロンがお笑いを始めたのはムチャがきっかけで、ムチャがお笑いを始めたのはケンセイの影響だ。しかし、それはいつしか二人の生き方そのものになっていた。人を笑わせる喜びが、二人の生きる原動力になっているのだ。

「今日はドカンといこうな」

「うん」

 ムチャとトロンはコツンと拳を合わせた。


 その後、二人はマニラやスタッフとの最終打ち合わせを滞り無く済ませる。後は本番を待つだけだ。二人が時計を見ると、時間はまだ昼前であった。

「なぁ、まさかライブがミモルの手術の日と被るとは思わなかったけど、手術前にネタを見せてやるって約束してたよな」

「うん」

「まだ間に合うかも」

「病院行ってみようか」

 二人はマニラに一声かけて、病院へと向かった。

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