プレグの過去5
ダリアとエリシアを含む魔法使い全員を縛り上げた三人は、ぶらぶらと歩き祭のあった広場へと来ていた。
「あの……ありがとう」
プレグは石段に腰掛け、少年と少女に助けて貰ったお礼を言った。少年と少女もプレグの横に腰掛ける。
「いいって事よ。お姉さんは大事な観客だからな」
「観客?」
「ずっと私達のネタ見ていてくれたでしょ」
「投げ銭は無かったけどな」
プレグは昼間、二人がネタをしているのを石段からずっと見ていた事を思い出した。
「気付いてたの?」
「そりゃあな。あんだけ見られてたら気付くよ。一回も笑わせられなかったけど」
「ネタ全部出し尽くしたもんね」
「あんた達、私が見てたからずーっとネタやってたわけ!?」
「そうだよ」
プレグは呆れた。遠目から酒瓶片手に見ている客が一人いるからと、何時間もネタを続けるなんてあまりにもバカバカしい。
「あんた達さ、あんなに剣の腕があって、あんな高度な魔法が使えるなら、芸人なんかよりもっと稼げる仕事あるんじゃないの?」
「うーん、あるかもな」
「絶対あるよね」
二人はうんうんと頷いた。
「じゃあ何で芸人なんてやってるのよ」
「それは野暮な質問だろ」
「何がよ?」
「お姉さんならわかるんじゃないか、 芸人の気持ち。お姉さんもステージやってる人だろ?」
それを聞いてプレグは驚いた。
「あんた達、私のこと知ってるの?」
「いや、知らないけど、立ち振る舞いとか喋り方とかがそれっぽいし」
「女優かなぁ、サーカスの人とか」
この一年、芸には一切触れていなかったプレグだが、どうやらプレグの身体にはすっかり芸人である事が染み付いてしまっていたらしい。
「そうね……わかるわ」
プレグは立ち上がると、自分の手の平を見つめる、そして魔力を込めて火を生み出した。手の平から発せられる火はゆっくりと渦を巻き、その回転は徐々に加速する。やがて渦巻く火は綺麗な球になった。プレグはその火球をポンポンと上空に放り投げジャグリングを始める。一年のブランクにより、多少の違和感を感じたものの、火球は綺麗な放物線を交差させて宙を舞った。プレグが操る火球は、三つから四つ、五つと増え、やがて八つまで増えた。それを見た少年達はパチパチと拍手をした。一年ぶりに浴びる拍手が、プレグの心に積もった埃を吹き飛ばす。心臓がドクンドクンと高鳴り始める。プレグが火球を全て受け止めると、八つの火球は一つの大きな火球となった。それをプレグは上空高くまで打ち上げると、火球は炸裂して綺麗な花火となって消えた。
「私はプレグ。魔法大道芸人よ」
さっきよりもどこかスッキリとした表情で、プレグは言った。
「俺はムチャ」
「トロン」
二人はプレグと握手を交わす。
「ねぇ、あなた達のネタをもう一度見せてよ」
「ネタ? いいけど、昼に全部見ただろ?」
「お願い」
プレグは二人に手を合わせた。
「うーん、そう言われたらやらねぇわけにはいかないよな」
「うん」
「じゃあ、未完成だけどあのネタやるか!」
そう言うと二人はプレグから少し離れ、漫才を始める。二人の披露する漫才は荒削りで、稚拙とも言える漫才であった。でも、懸命にプレグを笑わせようとする二人は、プレグにはどこか輝いて見えた。気がつくと、プレグの顔には笑顔が浮かんでいた。
漫才を終えた二人は、プレグの元に戻ってくる。
「どうだった?」
「うーん、まだまだね」
「えー! 笑ってたじゃねーか」
「それはそれ、あなた達色々荒すぎるわ。テンポも悪いし、ネタの流れもイマイチ」
「厳しい客だなぁ」
「でも……悪く無かったわ」
それを聞いたムチャとトロンは、顔を見合わせて笑った。
「そうだ、あなた達私と組まない?」
「組む?」
突然の提案に二人は首をかしげる。
「私とこの子が一緒に大道芸をするのよ」
プレグはトロンの肩を抱いた。
「じゃあ、俺は?」
「えーと、前座とか、客寄せとか、荷物持ちとか」
「断る!」
ムチャはきっぱりと言った。
「トロンって言ったわね、あなたは?」
「……やだ」
トロンもきっぱりと言った。
「あなたの魔力と私のテクニックが合わされば、きっと世界一の魔法大道芸人になれるわ。そうすれば美味しい物も沢山食べられるわよ」
「美味しい物……」
トロンはほんのちょっと考えた。
「ちょっとあんた、それ誘拐犯のセリフみたいだぞ」
「失礼ね、この子はお笑いより大道芸の方が絶対向いてるわよ」
「トロン、誘拐されないうちに逃げるぞ」
「うん」
ムチャはトロンの手を引いて駆け出した。
「あ、ちょっとー!」
「じゃあな! プレグ!」
「ばいばい」
トロンがプレグに小さく手を振っている。プレグはなぜか、大切な妹がどこかへ嫁いでゆくかのような寂しさを覚えた。
「さよなら」
そう言うと、プレグはただ去りゆく二人の背中を見送った。
翌日、プレグは貯蓄をはたいて馬車と旅の道具一式を揃え旅立った。
「あの二人、また会えるかしら」
プレグは手綱を繰りながらそんな事を呟いたが、まぁこれが驚くほど頻繁に会う事になる。それはまた別のお話。
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