十四の夏
冷凍氷菓
1.十四の夏
あまり来たことのない山道を歩く。人気はなく憂鬱な私は少しホッとしていた。学校が休みで今日は気の向くままに山道を歩いている。
「今日の空の色は?」私は私に問いかける。
「灰色」私は答えた。そんな空は太陽が照らす晴天だった。
「雨でも降る?」
「もう降ってる」一人で話は進んでいく、一人の時はいつもこんな感じ。だから友だちができないんだ。わかってる。理由だってわかってる。でも私はこんな私が―――。他人に合わせて何になるの。
私は立ち止まり灰色で眩しい空を睨みつける。手を強く握り込み「嫌いだ」とつぶやく。
私は再び歩きだす。こっちに確か古い公園があったかなと考えながら進んでいると案の定公園が見えてきた。
公園はブランコ、滑り台、砂場などがあったと思われる。思われると言うのは形をそこまで留めていなかったからだ。ブランコの鎖は切れ、すべり台は黒ずみ穴が空いている。砂場に関しては苔が生い茂っていた。
この先からは一度も行ったことはなかったが今日は休みだし行ってみようと思う。
奥に行けば行くほど道には草がたくさん生えていた。だが途中でレンガで出来た道に変わった。それも真新しい物だった。
こんな新しいレンガが使われているということは誰かいるのかもしれない。そう思ってしばらく行くと大きな洋館があり、日本でもこんな建物があるのだと私は驚いた。
私がその異質でもある建物をぼーっと見ていると、「ニャア」と鳴く声と足元に何か気配がした。下を見ると猫が私の足に絡みついている。
私はしゃがみ込み猫を抱え上げて「こんな所で何をしてるの?」と聞くと「ニャア」ともう一度鳴いた。私は猫を地面に降ろすと、猫は洋館の方へ歩いていった。だが、私はその歩き方に何か違和感を感じた。どうやら怪我をしているようだ。右後ろ足を引きずるように歩いている。
私は猫についていくことにした。理由は猫が心配だからもあるし、好奇心とも考えられる。
ドアまで行くと猫はカリカリとドアを開け欲しいようだった。それを見て私はそっとドアを開けてあげると猫はゆっくり入っていた。私もその後をゆっくりとついて行った。
「お邪魔します」誰かいるかもしれないと思いながらも建物が古かったため、やっぱり誰もいないかもしれないと考えていた。
入ると今は動いていない大きな振り子の時計が目についた。ホコリを被っていて、やはり人はいないようだと思えてきた。
猫は階段を駆け上がる。私も置いていかれないように急いで上がった。広い洋館の中、一つの部屋に猫は入っていった。それを見た私もその部屋に向った。
隙間の空いたドアを私が入れるくらいに大きく開け、その部屋に入った。
部屋にはその猫が座っていたが、他に何かいるようであり、私はドキッとした。
「おやおや。こんなところまで迷い込んで来ちゃったかい」
老婆が安楽椅子の背に持たれかけて窓から外を眺めている。
「―――」
私は何も言えなかった。怒られてしまう。勝手に入ってしまったから。
こっそり帰ってしまおうかと思ったが老婆は私に言った。
「まあ、お掛けなさい。ほらそこに椅子があるから」そう言って椅子を指差した。私は恐る恐る指された椅子にゆっくりと腰掛けた。
老婆の顔は日本人特有な顔つきではなく、西洋風な顔つきで、鼻は高く目の堀が深い。魔法使いだと言われても信じてしまうだろう。
けれど、さっきから老婆は日本語で話しかけてきている。ということはハーフだろうか、それとも長らくこの日本に住んでいるのだろうか。
「ごらん。美しいだろう。カーラがいつも花の手入れをしていたんだ」
老婆の言葉に私はカーラとはなんだろうという疑問が湧き尋ねた。
「カーラって人の名前ですか?」
老婆はシワシワの顔を緩ませて「ああ。ここで働いていた使用人の名だよ」と言った。
老婆の足元では猫がニャアニャア鳴いている。主人である老婆に何かを訴えているように。
「お前の名前は?」老婆は私に訊く。私は少し戸惑ったものの正直に言うことにした。
「千里です」
老婆はそれを聞くとクスりと笑いゆっくり優しい口調で私にお願いをしてきた。
「じゃあ、千里。うちの猫のために包帯を巻いてあげてくれないかい。包帯は一階の使用人室にあると思うから。階段を降りたらすぐ左の部屋だよ」
私は猫が片足を引きずっていたのを思い出し、意味がわかった。
「分かりました」
そう言うと早速階段を降り、すぐ左の部屋を開ける。その部屋は白いカーテンがしてあり、クローゼット、ベッド。ありとあらゆる物が白くホコリを被っていた。
私はクローゼットの引き出しを一つずつ開けて包帯を探す。すると一番下の引き出しに入っていてそれを手に取りその部屋を後にして二階の部屋に戻った。
「これでいいですか?」老婆に見せるとゆっくり頷き「包帯を巻いておくれ」というので私は猫の右後ろ脚に優しく包帯を巻いてあげた。
「これでよかった。ありがとう。千里」
「はい。」私はお辞儀して「そろそろ帰ります。勝手に家に上がってしまってごめんなさい。」そういって老婆に背を向けた時「待ちなさい。」と老婆に止められた。私は、やっぱり勝手に入ったことを怒っているのかもしれないと思った。
「ほら、そこに座りな」さっきの椅子をもう一度指し老婆言った。私は指示に従い腰掛ける。
「私はね。もう少し千里と話をしてみたい。」
「―――」
なんて返せばいいか分からず私は黙り込んでしまった。「はい。」「そうですか」と考えれば何だって出てくると思ったがどれも適当ではないと感じた。
「歳はいくつだい?」老婆の質問に私は答える。
「十四です」
それを聞くと老婆は笑いだした。
「若いねぇ。まだまだこれからじゃないか」老婆からはそう思えたらしいが私からしたら、まだまだとかこれからがあるとか考えられなくて現実問題辛いことばかりで嫌気が差していた。
「でも、私は―――」私の思うことを老婆に伝えようとしたが恥ずかしさから口を噤んだ。
「言わなくていい。わかっている」老婆のその言葉は私の心のドアを叩いた。
「友達っていうのは、十四の今できなくても。これから出来ないとは限らないものだよ。私が十四の時もそうだった。」老婆は私の心を覗き込んでいたように話した。老婆はやはり魔法使いだったのかもしれない。
私はそれから様々な悩みを老婆に打ち明けた。友人のことも、家族のことも、学校のことも。悩みという悩みを、老婆はそれをすべて受け止めてくれた。私はそれが嬉しくてたまらなかった。嬉しさのあまり顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。
外はもう夕暮れ時だ。庭の花達も紅色に染まってきている。
「おばあさん。ありがとう。」
「君の帰る道はもう分かるね。もう迷い込むんじゃないよ。」
「おばあさん。あなたの名前は?」私は帰り際に尋ねた。おばあさんはシワシワの笑顔を見せて「シェリー。それが私の名だよ」
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