未来世界物語 僕は君を、君は僕たちを

後藤 悠慈

始まり

 僕は弱い人間だ。嫌なことをされても、どんなに馬鹿にされても、相手をけなす言葉を言うことが出来ない。それに、痛みで気絶してしまう。この前も、ドアに足の小指をぶつけてしまい、それだけで気絶してしまった。一人暮らしなので、彼女が来てくれるまでずっと気絶していた。なので、通学もかなり大変だ。下手したら電車や車にひかれて、相手に迷惑をかけてしまう。


(いつも通り、早めに出よう。電車で寝れば大丈夫だろう)


 昨日は友人たちと久しぶりに飲んで、寝不足だ。それに、今日は病院に行かなけらばならない。いつもは楽なスケジュールなのに、今日だけはハードだ。さて、生きて家に帰ってこられるだろうか。



 ――さあ、ここの横断歩道を渡ればあとは坂を上るだけだ。今日はなんとか気絶せずにここまでこれた。ひどいときは電車内で気絶して、終点まで乗ってしまって遅刻した。あの時は教授の理解があって、なんとかなったけど、まあ流石にあれはあれで最後にしたい。そう考えながら、青になった横断歩道を渡る。とその時、


「危ない!」


【キキーッ!】


 すごく大きなブレーキ音が聞こえた。と同時に僕の体は宙を舞う。遅れて激しい痛みもやってくる。ああ、轢かれたんだ。さよなら、無気絶皆勤賞……



 ――目を覚ますと、そこは大学の医務室だった。


「目が覚めた?」


「……八木原先生」


「狭間くん、轢かれたのよ。自動運転と自動ブレーキをオフにした、逃走犯の車にね」


「そう、ですか」


「ほら、宇津木さんも見舞いに来てるのよ」


「壮一くん、おはよう」


「やあ、有夏ちゃん、おはよう」


「早く起きないと講義はじまっちゃうよ。行こう」


「う、うん」


 全く、彼氏が轢かれたというのに、この子は……まあ、見舞いに来てくれるだけでも珍しいので、嬉しいが。


「じゃあ、先生。行ってきます」


「二人とも」


「はい」


「最近、殊力者と超力者の抗争が激しくなってるみたいだから、巻き込まれないように気を付けて。二人の関係は、過激派にとって面白くないから」


「分かりました。ありがとうございます、先生」


 八木原先生から忠告を受け、講義の教室へ向かう。


「残念だったね、また通学で気絶して。無気絶通学は一体いつ達成されるんだろうね」


「明日こそは、無気絶で通学してみせるよ」


「……そう、あ、今日、お願いね。もう我慢できないから」


「はあ、分かったよ。じゃあ、僕の家で待ってて」


 今日は彼女が僕の家に泊まりにくる日だ。溜息をつくが、心の中で喜ぶ。何を作ろうか。どんなことして遊ぼうか。そんなことを考えながら、教室へ行き、講義を受ける。



――「では、今日はここまでにしよう。今日の内容をまとめて、私のウェブポストに投函するように。パスワードはレジュメに書いてある。では」


 今日も退屈な講義は終わった。専門科目ではない講義はつまらない。それに、今日の講義はこれだけだ。これから、ここから近い、いつもお世話になっている病院へ行かなければならない。


「じゃあ、またあとでね」


「うん。終わったら、オルメアにメッセ送る」


 こうして、僕たちは分かれ、病院へ行く。


「こんにちは」


「ん?おお、狭間くん!こんにちは!どうしたんだい、今日は?」


「いえ、ちょっと小遣い稼ぎに来ました」


「……そうか、じゃあ、そこの部屋で待っていてくれ。すぐ行く」


 僕はいつもここで小遣い稼ぎをする。要は、バイトのようなものだ。ただ、普通のバイトと違うのは、もらう金額が大きいということ。


「おまたせ、じゃあ、腎臓を取らせてもらうね。あとでいつもの口座に振り込んでおくから、よろしく頼むよ」


「はい、お願いします」


 僕はここで臓器を売っている。ここの病院の院長である、田桑先生を介して、国の裏組織や許可を得た大企業などに買ってもらうのだ。それで稼いだお金を、両親に送ったり、自分の学費に当てたり、あとは貯金したりしている。この体質なため、一般企業に入って働くということは難しいため、今のうちにためておく。


 ――目が覚める。病院に入って三時間以上が経過していた。このくらい時間が経てば、再生しているだろう。


「田桑先生、ありがとうございます」


「いやいや、こちらこそ、新鮮な臓器を提供してくれてありがとう!君の臓器は色んな活躍をしてくれているよ!じゃあ、気を付けて帰ってね!はい、これ、持って帰って食べて!」


 たくさんのお菓子をもらった。ちょうどいい、今日、有夏と一緒に食べよう。


「ありがとうございます。それでは」


 小遣い稼ぎが終わり、オルメアを見ると、三十分前に有夏からメッセが入っていた。


《先に家に入ってるよ》


 はあ。早く家に帰ろう。僕は足早に帰路につく。


 ――家に戻ると、有夏はすでにシャワーを浴びてくつろいでいた。


「……こういう時だけ妙に準備がいいよね」


「なに?いつも準備いいでしょ?」


「うん、まあ、そうだけど、なんか、すごいやる気を感じる」


「あっそ。まあいいわ。さあ。ご飯食べよう」


 そういい、丸い小さな机に料理を運んでくる。有夏の料理は、レバー系が多く、正直僕は苦手だ。レバー自体、あまり好きになれない。でも、食べないと勿体ないし、怒られてしまう。頑張って口へ運んで食べた。うう……



 ――――ご飯も食べ終わり、食休みをして、僕は風呂に入った。さて、そろそろあの時間が始まる。有夏はさっきからずっとそわそわしながら、専用のシートと桶などを用意している。


「ねえ、そろそろいいでしょ?始めよ?」


「……分かった。じゃあ、僕は布団に寝っ転がるよ」


「やった!早く早く!」


 僕は布団に寝っ転がり、深呼吸をする。少しして、彼女は手袋をはめて、僕の心臓部に手を伸ばす。



――その瞬間、僕の心臓部から重要なものが一瞬にしてなくなる。それは今、彼女の手の中に納まっている。激しい痛みと息苦しさで気絶する前に、有夏の顔を見る。


「はああ……とてもきれいよ……」


 ああ、とても、美しい。僕の心臓を見てうっとりと見惚れている有夏の顔。この顔、この反応を見るためなら僕はなんだってさしだそう。例え、自分の臓器でも。そして、この世で最も美しい顔を見た僕は気絶する。


 ――目が覚める。どうやら、深夜に起きてしまったらしい。まだ二時前だった。有夏は、僕の隣で寝ていた。全く、寝ている姿も美しい。色んな意味で、僕の人生を狂わせている顔とは思えない。


 僕は幼少期、能力開発の手術を受けた。そして、この生命力と再生力を手に入れ、その代りに、気絶をしやすくなった。そして彼女は、有夏は、どんなところにあっても、ある程度近づけば手元に瞬間移動させて手に入れることが出来る能力をもらい、その代りに、臓器を愛する人になった。

 僕たちは付き合っている。ある一つの条件の上に成り立っている。それは、有夏が欲しがる臓器を提供すること。僕は彼女が好きだ。あの美しさに勝るものはないと思っている。だけど彼女は、僕自身ではなく、僕の臓器が好きなのだ。僕は君を、君は僕たちを愛する。己の欲に忠実に生きる。殊力者と超力者が分かり合えないこの世界で、殊力者の僕と、超力者の君は、愛し合う。八木原先生から送られた、この言葉と共に。


『この未来世界に夢と希望を。この星に賛美を。僕たちに深き愛を』



・あとがき

未来世界では、能力開発がされていた。それは、夢に見たものとずれていて、絶望していた。能力の代わりに失うものは大きく、それだけで普通の人から軽蔑の目を向けられる。そんな夢も希望もないなか、強く生きる者たちも多くいた。彼ら、彼女らは、能力とともに得た様々な価値観を受け入れ、ともに生きる。

 今回から未来世界も始まります。今回のお話の展開は多分途中から想像がついたと思いますが、自分はそんな予想を裏切れるほどうまくないので、あくまで素直な小説を書いていきます。どうか、未来世界の方もよろしくお願いします。

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