第50話 盗賊ですか?勇者さま。




「くっ、くくくっ、、わはははは、、、」



!?・・・首領の男が、、、急に笑う。



『貴方達なんか、お兄様がやっつけてくれるんだから!!』



、、ルチアが言ったのを聞き笑い出したのだ。



「そうか!・・・ 『 が 』なのか?・・・ 『 が 』 な!!」



・・・??・・・なにを?



ルチアは首領の男が何を笑うのか分からない。



だが、『 勇者の妹 』 という抑止力が効果を失ったのだけは分かる。



首領の男に余裕が戻ったのだ。



「勇者 『 が 』 俺達をやっつけてくれるって?」



「それは、、お前自身では 『 出来ない 』 と言ってるんだよな?」



首領の男が邪悪な笑みを浮かべる。



『 あ、… しまっ … 』



つい、フェンの事を考える余り言葉を誤ってしまったのだ。



だが、言葉は返らない。



「俺達をビビらせた事を後悔させてやらなきゃだな!!」



「後悔なんてしないわ。貴方達こそ後悔して懺悔しなさい!」


ルチアは精一杯の勇気を振り絞る。



だが、、盗賊達はルチアの一瞬の『しまった』という表情を見逃さない。



「ああ、後悔に懺悔…させてやるとも、、お前にな。」



「二度と歯向かう気が起きない程に徹底的に!」



・・・この男達には説得なんて通じないの?



同じ人間なのに、、、



相手は言葉の通じないモンスターではないのだ。



同じ人間、、なのに、、なぜ解ってくれないの?



ファリス教の教えには『全て受け入れ理解する』という考え方が有る。



だが、こちらの話を全く受け入れず、理解しようともしない相手には?



・・・教えには、そんな事、、対応方法など書かれてはいない。



教団の教えでは 『 誰もが理解しあえる 』 事が前提で書かれているのだから。




首領の男が、おどけて言う。



「俺の好みからは外れるが、、」



「お前くらいの女が好みの奴も居るんだぜ。」



気付けば盗賊達の中に、濁った欲望の目をルチアに向ける者達が居る。



からみ付くめ回す様な視線にルチアは身震いする。



『負けちゃ駄目。私は勇者の妹なのだから!』



小さな身体で健気に勇気を振り絞って立つルチアの姿は、逆に男達の欲望に火を着ける。



首領の一言で一斉にルチアに飛び掛かる事だろう。



、、、逆、、か?



…首領の一言が無いから飛び掛からないだけだ…指示が無いと判れば即座に飛び掛かるだろう。



どうなるかは分からない…が、殺されはしないのだろう。



ただ、死んだ方がましだと思う様な事をされる、、のは予想がつく。



ルチアにだって解る。



首領の男が言う 『 好み 』 とは、『 好意 』 という意味ではないのだ。



首領の一言で、性欲的な対象としてルチアの身体に野獣達が武者振むしゃぶり付くのだ。



ルチアの足が震える。



駄目!負けない!



この場で有効な魔法は…一つしかない。



聖なる鐘。



お婆様から習った呪文だ。



あの時以来、使う相手も機会も無いので鐘の音を聞いた事は無いけど…



あの時は使えたんだから今なら…



「聖なる鐘よ、響け!」



「お前、何を…!!」



聞いた事のない魔法を使われたのだと思い盗賊達が警戒する。



だが、、音が聞こえない、、、何も起こらない。



「え?…な、なんで?」



…なんで音が出ないの?



ルチアが青ざめるのを盗賊達は見逃さない。



「脅かしやがって!どうやら魔法が使えないらしいな!」



魔法は失敗したが、盗賊達は攻撃されたと思っただろう。



魔法も使えない…もう打つ手がない…。



ただ、首領の男の攻撃の合図を待つしかないのだ。



…お兄ちゃん…お婆ちゃん…助けて…。



お婆様は教団本部から離れると力が薄くなる、、弱くなると言っていた。



フェンお兄ちゃんはなぜか手配されて国から追われているらしい…。



…誰も助けには来てくれない。



「鳴って!、、聖なる鐘、聖なる鐘、、鐘、、鐘、、」



ルチアは叫ぶが、むなしく言葉が消えていくだけだった。



「嫌っ、、聖なる鐘、、嫌っ、お兄ちゃん…助けて…」



「…助けて…よ…」


とうとうルチアも泣き出してしまう。



「へっへっへっ…自分で泣かなくてもコイツらが泣き方、、女のあえぎ方を教えてくれるぜ。」



「お前ら!…念入りに神官様を可愛がってやれ!」



「ただし殺すなよ。大事な金蔓かねづるなんだからな!」



待ちくたびれたとばかりにルチアに向かって男達が走りだす。



「・・・っ!!」



ニヤつきながら欲望に血走る男達の目がルチアの恐怖の記憶をよみがえらせる。



怖い…怖いのだ…相手は人間なのに。




あの時、死を覚悟した程の、ギガントオーガに感じた恐怖以上の恐怖を感じている。



…果たして 『 殺されない 』 のが幸せなのか?



城塞都市ガルンでオーガに襲われ、『生きたまま食べられる』寸前だった経験をしたルチア。



当然、食べられれば死ぬ。



だが…苦痛、、意識を失うまでの苦しみは一瞬だろう。




では今回は?…



殺されないだけ 『 幸せ 』 なのか?



だが、、



殺されない分、苦しみが 『 続く 』 のだ。



延々と男達の欲望に曝され続けて…



…ただ、死なないだけだ。




ルチアの頭には最悪の未来しか思い浮かばない。



「ひっっ、嫌っ!嫌、、嫌よ、助けて、、助けて、勇者様!!」



ルチアはもう、神官ではいられなかった。



一人の年相応の少女に戻り助けを求めるしかなかった。




『 ドサッッ 』 急にルチアに向かって来た盗賊の一人が前にした。



「大丈夫かっ?」



その声はルチアに向けられた物か、盗賊達が仲間に掛けた言葉なのか…




??…前にもこんな…?



お兄…ちゃん?、、、じゃない?



急に現れた軽装な男が盗賊達に攻撃を仕掛ける。




「誰だ!邪魔しやがって!!殺れ、殺せ!」



首領の命令で武器を抜き盗賊達が一斉に男、、キッドに襲い掛かる。



ルチアは改めて見る…が、やっぱり知らない顔だ。



「助け…に来てくれた…人?」



「そうよ。ルチアちゃん。」



何か有ればすぐに出て来てくれていたファリスだが今回はなぜか出て来てくれないので心配だったのだ。



「お婆様…」



「ごめんね。来てくれそうな人を探すのに時間掛かっちゃって。」



「昔の知り合いでキッド君って言うのよ。キッドって歳じゃないけどね(笑)」



…助けを呼びに行ってくれていたの?



「お任せを!!」



…と、確かに最初は優勢だったキッドだが…段々疲れが見えてくる。



なにせ数が違うのだ。



「囲んで殺せ!!」



取り囲み、一斉に攻撃され、防ぐので精一杯になってしまっている。



「ほら!キッド!もっと頑張りなさい!」



「ファリス様…無理言わないで下さい、、もう一杯一杯です!」



…私も何かしなきゃ!



ルチアは思うが、魔法が…



「お婆ちゃん、魔法が使えないの!」



「ルチアちゃん?何の魔法が使えないの?」



「えっ?・・・聖なる鐘。」



「駄目よ、ルチアちゃん。聖なる鐘は難しいのよ?」



「前にルチアちゃんが使えたのはファリス教の信者さんが沢山居て力を貸してくれたから使えたのよ?」



「ここでは使えないの。」



「じゃあ、お婆ちゃんが…」



「それも駄目。お婆ちゃんも結界から離れた場所じゃ力が出ないの。」



「それじゃ、あの人が…」



キッドは防いではいるが、いつ斬られてもおかしくない状況だ。



「…私も!…戦う!」



ルチアは護身用の短剣を抜く。



盗賊達のロングソードに比べると何とも頼りない武器だった。



「私は…私だって勇者の妹なんだから!」



ルチアはキッドの包囲網へ向かって走る。



一人の盗賊が短剣を手に向かって来るルチアを見て笑う。



「そんなオモチャで何をするつもりだ?危ないぜ(笑)」



「そんな悪い子には痛い目、、お仕置きしてやんなきゃな!」



盗賊が剣を振りかぶる。



ルチアも懸命けんめいに手を伸ばして剣を振る。



残念ながらリーチが違い過ぎる…誰が見ても斬られるのはルチアの方だ。



『斬られた』とルチアが思った瞬間…ルチアに剣を向けた盗賊が倒れた。



「えっ!…何で?」



見れば倒れた盗賊の背に短剣が突き立っている。



「まったく…人の妹に何してくれてるのよ!!」



「…!!…お姉ちゃん!」



「ルチアちゃん、大丈夫だった?」



「うん、ニーナお姉ちゃん。」



「まったく、私の縄張なわば…いえ、公の大通りで人を襲うなんて、とんだ悪人達ね!」



一緒に居た仲間らしい男達が『何を言ってるの?』という目でニーナを見る。



「ん、ん。おおやけの通りはみんなの物よ!当然、私の物でもあるんだから…何?文句あるの?」



『 キッ 』 っと視線を飛ばすニーナ。



周りの男達が首を横に振る。



「じゃあ文句無しって事で…突撃!!」



急に現れた一団に背後を突かれ、盗賊達は討たれる者、逃げる者、瞬く間に掃討されてしまった。



「あー、まだ立ってる奴が居るじゃん。根性は認めるが、そろそろ死にな!」



ニーナは、どう見ても悪人っぽいとしか言えない台詞せりふを吐くとキッドに斬り掛かろうとする。



「止めてーーっ!!」



ルチアの金切り声にニーナは固まる。



「違うの。その人は私を助けてくれたんだよ!酷い事しちゃ駄目っ!」



泣き顔のルチアに言われたらニーナも黙るしかない。



「ご、ごめん…ルチア。」



ニヤニヤと取り巻きの男達から苦笑が飛ぶ。



「うっ、うるさいなー、いいだろ!私に可愛い妹が居たって!」



「大丈夫ですか?おじさん。」



『お、おじさ、、ぐふっ』、、「大丈夫だ。まだまだ足りない位だ。」



やせ我慢?…どう見てもギリギリそうだ。



…と言うか、お婆ちゃんに 『 一杯一杯です 』 って言ってたんじゃ…



ツッコミを入れたくなるが助けてくれた人だし、温かくスルーする事にする。



そうだ!…お姉ちゃんは…居た。



「お姉ちゃん!」



「な、なんだい、ルチアじゃないか。奇遇だね…。」



「お姉ちゃん、何でこんな所に居るの?」



割り込んで男が答える。



「そりゃあ、獲物、ぐふっ…」



ニーナのボディブローが男の腹に入る。




「ねぇ、どうして?」



他の男にも聞く。



「ああ、それは縄張、、うっ…」



今度は蹴りが入る。




「もぅ!お姉ちゃん、何で邪魔するのよ!」



「ルチア、いいかい?私達は『商人が安心して』どんどんこの道を通ってくれる様に見回っているのさ。」



「さすがお姉ちゃん。皆のために頑張ってるんだね。」




「あ、ああ、そうさ。悪い奴は許さないよ!」



…と、しか言えなかった。



ルチアのキラキラした尊敬の眼差まなざしを裏切るなんてニーナには出来なかった。



ルチアにとってニーナは、勇者、、正義の味方のお兄ちゃんの、そのお姉ちゃんなのだ。



ルチアは清く、正しく、美しく…なんて普通の一般人なら笑われる様な事だって勇者なら当然だと思っている。



そのイメージをフェンの居ない所で台無しに…なんて許される訳がない。





「ルチアこそ、どうしたの?こんな所で。もしかしてフェンも一緒?」



「お兄様は一緒じゃないですよ。」



ホント残念そうな顔しちゃって、、ルチアったら…。



…まぁ、そうよね…妹のピンチにフェンが居るなら何もしないで見ている訳がないわよね、、




「教団に国からの依頼が有ったんです。中立の立場の教団に獣王との交渉…目的や要望を確めるように、と。」



「それでこれから獣王が治める町まで向かう所だったのですが…。」



「で、…襲われた、と。…護衛はどうしたのさ?」



「護衛?…いませんよ?」



平気な顔でサラリと言い切るルチア。



「いませんよ?、、ってルチア、、本気で言ってるのかい?」



「本当も嘘も有りません…護衛なんて教団の馬車には必要ありません。」



「じゃあ、あの男は?」



ニーナの指す先には、草臥くたびれてへたり込んでいるキッドが居る。



「ああ、キッドさんですよ?…お婆様の昔の知り合いらしいです。」



「護衛、、じゃないのかい?」



「ええ。襲われている所にお婆様と一緒に助けに来てくれたんですよ。」



…まぁ、護衛にしては数が少ないとは思ったけど、、。



、、??…今、、『 お婆様と一緒に 』 って?



周りを見渡して見ても… 『 お婆様 』 って感じの人は見当たらないけど?



やはり、へたり込んでいる男しか居ない。



聞き間違いか?…まさか、恐怖のあまり祖母の幻覚を見たとか?



ルチア…可哀想に…。



「大丈夫だよ、ルチア。お姉ちゃんが居れば何の心配もいらないよ!」



「はい。お姉様。」



「でもね、ルチア…」



しかし、ニーナとて、ルチアの傍にずっと着いて居られる訳ではないのだ。



言って聞かせなきゃ…



「ルチア、今回、大丈夫だったのは私達が運良く通り掛かったからなんだよ…解る?」



「うん♪」



「じゃあ、私達が通り掛からなかった時は?」



「護衛が居なくても、良く話して聞かせて、解って貰います。」



「護衛が居なくても、解って貰うって…それで、さっきルチアが襲われて危ない所だったじゃない!」



「それは…そうですが、話せばみな、解ってくれる筈なのです、、」



聞いたニーナは脱力感に襲われる。



「はーっ。ルチア、良くお聞きよ、、」



「いいかい?、皆、話して解る位なら戦争なんて起きないんだよ?」



「だから争う前に話すんです…皆、仲良く出来る筈なんです…」



「ルチア!!」



つい、声を荒げてしまうニーナ…でも、姉である以上、私が言うべきなのだ。



…と、偉そうに言ってはいるが、実は、当のニーナ達自身も『高そうな馬車』を『余所者が襲っている』…との情報で、ここへ来たのだ、、



要は 『 獲物の横取り 』 と 『 余所者の排除 』 を狙って来た…そう。襲いに来たのだ。



…だが、来てみれば…これだ。



まさか、渦中かちゅうにルチア、、妹が居るなんて夢にも思う訳が無い。



襲いに来た自分が、まさか『襲われない様に』なんてさとす事になるなんてね…



滑稽こっけいだよね…ニーナは自分で自分を笑う。



だが、妹には滑稽だろうがなんだろうが、言わない訳にはいかない。



「ルチアの言ってる事は正しいし、理想だよ…でもね、、」



「、、この世の中、解ってくれる良い人ばかりじゃないんだよ。」



「…だから…話すんですよ?」



ルチアの瞳には一切の疑いも無い。



この子はもぅ…



ニーナは疑いも無く教えを信じるルチアが眩しく、羨ましく思える。



だが、、反面、現実を見ないルチアに苛立いらだちもしたのだ。



教団の教えは 『 理想 』 なのだ…全員が解りあえるなら、どんなに良いだろう。



だが、現実は違う。



悪人は人をあざむき、傷付け、奪うのだ。



ルチアの言う『解ってくれる人』など、ニーナの言う、『解ってくれる人ばかりじゃない』どころの話しではないのだ。



ハッキリ言って『少ない』、、悪く言えば『まれ』と言って良いだろう。



なぜか?…それは相手は他人だからだ。



同じ人間など居ない…意見や価値観など違うのが元々当たり前なのだから。



その違う価値観から共有出来る価値観や共感を抽出したのが宗教、、教えなのだ。



そして…受け取るのは、その、個人なのだ。



同じ宗教の中でも、その考えに共感出来る人と共感出来ない人が出て来る。



共感出来る人と、出来ない人…相容れなくて当然だ。



それをお互い、受け入れろ、いや、受け入れない、と『言い合い』を行えば、、、



『言い争い』…『争い』になるのも、又、当然とも言えるのだ。



それをルチアは『誰でも解ってくれる』と純粋に信じているのだ。



羨ましい…昔は私も信じていた…と思うが、、純粋では居られない現実も有るのだ。



ルチアには『教え』を否定しても通じないだろう。



…ならば…可哀想だが、大人のズルい所、悪知恵を使うまでだ。



ニーナは急に弱々しい雰囲気をかもし出し、ルチアに言う。



「ルチア。…お姉ちゃん、、ルチアにもし何か有ったらって思うと…。」



『ツーッ』っとニーナのほほを涙がつたう。



「お、お姉様っ!」


初めて見るニーナの涙にルチアは驚き、動揺する。



…まあ、嘘泣きなので悲しくは無いのだが、ルチアの事が心配なのは事実なので許してくれるよね♪



、、と、思って置く事にする。



『あわわ…』と慌てるルチアが無性に可愛いが、ここは心を鬼にして…悲しい振りを続ける。



「ごめんなさい、、お姉様、、、泣かないで…」



純粋なルチアはニーナの涙を素直に信じている。



「もし今日、私達が通り掛からなかったら、、って思うと…」



「ルチアの言う事を聞かない悪い人も世の中には沢山居るの…さっきの盗賊達みたいな人達が。」



「心配なの、ルチアが…。」



泣きながら自分の事を心配するニーナにルチアは完全に呑まれてしまっていた。



「ごめんなさい、、お姉様。」



ルチアもうつむき、今にも泣き出しそうだったが、想定外に急に『キッ』っと顔を上げる。



「そうよ!皆、あの盗賊達が悪いのよ!」



「えっ?!」



「私達の教えに耳を貸さず、自分の欲求のままに人から何かを奪おうなんて!」



「ル、ルチア?」



「お姉様が悲しむのだって、あの盗賊達が悪いんだから!」



「許せない!…盗賊なんてこの世から居なくなればいいのよ!!」



「あの、、ルチア?…ほら、盗賊も…そんなに悪い人ばかりじゃない…かもよ?」



「いいえ!…盗賊なんて消えて無くなればいいのよ!」



ニーナは何気に自分に向けて言われている様で…本当に悲しくなってしまう。



可愛い妹から 『 消えて無くなれ… 』 なんて言葉…酷過ぎる。



ルチアを助けた筈のニーナの仲間達の間にも重苦しい雰囲気が漂う。



消えて無くなれ、なんて『俺達…そんなに悪い人間なのか?』、また、『世間からはそう思われているのか?』と。



「酷い…ルチアちゃん、何でそんなに酷い事を言うの?」



先程とは違い 『 ポロポロ 』 と涙を流し始めるニーナ。



「お姉様…どうして?」



何で盗賊の話でニーナが悲しむのか分からないルチア。



「お姉様、大丈夫です!盗賊なんかルチアが全員、やっつけて改心させてやるんだから!」



「!!…ルチアちゃん…私達を 『 やっつける 』 なんて…酷い…。」



「何で私がお姉様達をやっつけなきゃなんですか?」


ルチアの疑問ももっともだろう。



「盗賊の話しですよ?…悪い盗賊達をやっつける話しですよ?」



ルチアが 『 盗賊 』 という言葉を使う度にニーナは心が痛む。



そして…思う。



『こんな私が何でルチアのお姉ちゃんになっちゃってるの?』



ルチアは 『 良い子 』 だ。



ニーナ達とは住む世界が違うのだ。



神官に成る為に小さい頃から努力し、頑張って来た結晶が最年少神官の称号なのだ。



…そんなルチアに?



そんなルチアに私は偉そうに何かを言える人間なのだろうか?



ニーナは盗賊だ。



偉そうにルチアに語った中の 『 悪い人間 』 の側の人間なのだ。



その人間が清廉潔白せいれんけっぱくなルチアに何を語れるというのだろうか?



本来なら私なんかが『姉』だというだけでルチアの立場を悪くする可能性が高いのだ。



それなのに…



ルチアは私を 『 お姉様 』 と言ってしたってくれる。



フェンのお姉様だから、と、ついでの様に 『 お姉様 』 になった。



しかし、孤独の身だったルチアは満面の笑みで喜んでくれたのだ。



私も、もっと仲良くなったら 『 お姉ちゃん 』 と呼んで貰えるかもしれない…



…なんて、穏やかな生活を想像したりもした。



だが、許される訳が無い。



盗賊として暮らして来た私にはルチアと一緒に居るなんて最初から無理な話しだったのだ。



素敵な夢が見れただけで満足なのだ。



うん。そう。満足だよ。



ニーナは口には出さず繰り返す。



あれっ?、、、嘘っ!…何でこんな気持ちに…?



嘘泣きの冷たい涙だった筈なのに、今、流れているのは…温かい感情の涙?…何で?



「…お姉様…」


ルチアも不安になったのか表情が曇る。



…何をしてるんだ!私は!



「ルチア!大事な話が有るんだ。」



「はい。お姉様。」



ニーナの真剣さに比べ、ルチアはニーナを信用しきって素直に話を聞く気持ちしかない。



『 何の話しなんだろう? 』 ルチアの真っ直ぐな瞳はニーナに語りかけてくる。



…この瞳が…



私が 『 盗賊 』 だなんて知ったら、ルチアの真っ直ぐな瞳はどうなるのだろうか?



軽蔑けいべつの視線に変わるのだろうか?



信じられない!と、泣きじゃくり、泣き腫らすのだろうか?



今更だが躊躇ちゅうちょする…このまま黙っていれば…。



ルチアは今まで通り 『 お姉様 』 と慕ってくれるだろう。



失いたくない!



…なんて私のままなのよね、、涙が溢れる…。



「お姉様…」



「私…ルチアに黙ってた事が有るの…聞いて。」



「はい。」



真剣な話しだと悟り、真っ直ぐニーナを見つめるルチア。



その視線に耐えられずうつむいてニーナは話す。



「私、、私ね…盗賊なの。」



…もう 『 お姉様 』 もお仕舞しまいね…



これでルチアとは他人…迷惑も掛からないよ、、ね。



駄目…泣きたくないのに涙が止まらない…



どれだけ妹は失望しただろうか?…だまされたと怒っているだろうか?



顔を上げてルチアの顔を見るのが怖くて仕方ないのだ。



『お姉様』と慕ってくれた瞳が『軽蔑の眼差し』に変わっていたら?と思うと…



ニーナは俯いて泣くしか無かった。



「お姉様…。」


・・・まだ私の事をお姉様って呼んでくれるの?ルチアは優しい子ね、、



意外にもルチアから声が掛かる。



だが分かっている。



これからルチアに批難ひなんされる、、罵倒ばとうされるのかも…



どちらにしても身分を偽ってルチアを騙していた様な物なのだ…黙って受け入れるだけだ。



「お姉様・・・で?」



「・・・?…で?って?」



「お姉様は 『 義賊ぎぞく 』 なんですよね?フェンお兄様から聞いてますよ。」



「えっっ!」・・・何で?・・・しかも、、聞いてるって?



「お姉様は悪い人間をらしめてお金を奪い返して貧しい人達を助ける仕事をしてるんですよね?」



「いや、私は、、ただの盗賊、、、」



「お兄様が言ってましたよ?」



「きっとお姉様は照れて自分の事を『義賊』じゃなくて『盗賊』って言うからね、って。」



「その通りでしたね♪…流石、お兄様です、、」



「、、お姉様がさっきの悪い盗賊と一緒の訳ないですもの。」




えっ?!…な、何だよフェン!…そんな…勝手に…私の事を、、




フェンは知っていた、、予想していたのだ。




ニーナの性格からして、いつまでもルチアの事を騙しては居られないだろう、と。








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