1-7 四属使い(LU3004年154の日)

別宅近くの物陰に隠れ、アークライはそこから別宅の様子を伺っていた。

大騒ぎで競売会場の方へ人が出払っているせいなのか、誰もいないように見えるが……。


「マナ、誰かの気配感じるか?」

「ん、いないと思うよ。」

「了解。」


それを聞いてアークライは別宅の扉を開き中に入った。


「悪趣味だな。」


別宅の入り口で出迎えられたその光景にアークライはそう呟く。

そこには赤い絨毯といくつもの彫像が置かれていた。

目についたのはその彫像の形だ。

ギロチンにかけられる男。磔にされた女。

鞭を持つフードの拷問人。首のない女性像。

そんな彫像が、部屋のあちこちに置かれている。

そんな光景は見ているだけで吐き気を催すような気持ちの悪さだった。

この内装を用意した人間の心は間違いなく歪んでいる。

アークライは一度、小さく呼吸をして気分を入れなおし、彼女がいると前情報をもらった地下室へと向かう。

地下室への入り口は比較的簡単に見つかった。

50m程の地下通路を歩き、その果てにある扉に近づく。

アークライは扉の戸に右手で触り調べる。

仕掛けは無いようだ。

アークライは警戒しながら扉を開ける。

その部屋には一人の男がいた。

体格は簡単に言えば大柄である。

通常の倍ほどのボリュームを持つ筋肉に、それに見合うだけのある長身。

背には長い棒を背負っていた。

男は扉を開けて侵入してきたアークライを訝しげに見た後、


「ほぅ、お前、何者だ?」


驚いたように快活に笑う。

アークライはそれが何に対してなのか図りかねて笑う。


「お前知らないのか?今、ここには侵入者がいるらしいぜ?」

「然り然り、それは聞いておった。だがな、普通の人間はここに到達する事なぞ出来ない筈なのだよ。」

「は?」


何を意味の分からない事を……。

そう思いながらアークライはジャンパーの胸ポケットから二本の筒を取り出す。


「この屋敷にはな、98にもなる自動迎撃の魔法が張られておった、もし誰か侵入者がいれば自動的に迎撃魔法が侵入者を襲うようにな。それを突破するというの自体にわかに信じられない話だが、無傷でここまで到達するとはな・・・もう一度問う、お前、何者だ?」


なるほどとアークライが頷く。

あの気色悪い内装の違和感はあったのだが、あの中にそういった意匠があったのかもしれない。

この別宅の警備の薄かった理由もそれなのだろう。

つまりは警備の必要が無い、そこから奥へと入ることは不可能なのだ。

だが、それは相手がアークライ・ケイネスでなければの話だ。


「少なくとも侵入者がその問いに応える訳がないだろう?」


そういって、アークライは辺りを見渡す。

此処から先に通路は無い。

となるとこの別宅はこの大男を拘束するためのものだったということか?

いや、違う。

すぐにアークライはその思考を否定する。

目の前にいるのは武人だ。

佇まいを見ればわかる。

彼は門番なのだ。

迎撃魔法が破られた時にかけられた保険。

ならば、何処かに通路が隠されていると見るのが妥当か?

そんな思考も知らずに大男は笑う。


「はは、それも然り、しかし、どういう絡繰か知らぬがここに到達するとい尋常ならざる所業、それに敬意を表して俺は名乗ろう、我こそはベイカー・ケルベル。」


そう言って、大男ベイカーは背に付けていた長棒を構える。


「ベイカー?『虎狼』の?」


聞き覚えがある名前だった。

『虎狼のベイカー』。

下層区あがりの用心棒バウンサー。

確か、下層区の最大組織パンタローネが他の組織との抗争に入った際、たった一人で30人もの人間を一蹴した傑物だという。

それ以降名前を聞いておらず、引退と噂されていたがまさかこんな所で名前を聞くことになるとは思わずアークライは驚いた。


「ふむ、その2つ名懐かしいな!貴様も下層区出身か?」


失言に気づきアークライは舌打ちをする。


「それを教える義理は無いな。」

「はは、つれない奴よ、名前も知らない奴を黄泉路へ送るのはいささか殺した後に悲しいわ。」

「俺が強いって自慢はいいからよ。さっさと来いよ、三流。」

「はは、その大言、虚勢では無いことを示してみせい!!!!!」


そうしてベイカーは腕を組んだ。

腕にある腕輪が光を放つ。


『我、地脈黎明その力を身に宿すもの』


詠唱。

ベイカーの魔法が始まる。

アークライは身構え、双剣の柄にある挿入口に二本の筒を挿入する。


『活身!!!!!!!!!』


終句。

魔法は完結し、それによってベイカーの様子が変わる。

体から湯気を発し、体が一回り大きくなる。

アークライはその魔法を知っていた。

地属性の基本とされる身体強化魔法である。

筋力の強化と反射神経、認識力の増強、傷の治癒力の強化。

単純に人間を強くする。

シンプルにして、隙がなく強力な魔法である。


「行くぞ、侵入者!我が棍術にて、その身を散らせい!!」


ベイカーの疾走、それは瞬間に距離を詰める。

ベイカーはアークライめがけてその棒を薙いだ。

対するアークライは下方へ来る棒を飛ぶ事で回避する。

棒が壁と激突する。

鋼鉄で作られた壁が形をぐにゃりと歪ませた。

それを見てアークライは冷や汗を流す。


「おいおい、洒落になってねーぞ。」


身体強化、それを踏まえてもこの威力は異常である。

一度でもその棒が身に当たればその時点で必死。

必殺の一撃といっていい。


「ははは、まだまだ行くぞ!」


棒を振り回し、ニ擊目を放つベイカー。

次は突きだった。

アークライはそれを寸でのところで回避する。頬に焼け焦げた匂いがするのを感じた。

ベイカーはすぐに手元に棒を引き戻し、また突き出す。

それを幾度も繰り返す。

その連続突きをアークライは紙一重で避けつづけた。


「存外にはしっこいやつ!」


感心したように言うベイカー。


「師匠に目だけはやたらと鍛えられたんでね。」


師曰く、戦闘において最も養わければならないものは目である。

アークライの武術の鍛錬は師の拳打を回避する事から始まった。

岩盤すら貫く師の拳打に襲われる毎日、それで鍛えた目である。


「しかし、避けてばかりでは事態は好転せんぞ!!」


ベイカーは棒を大きく回転させ勢いを付けた後、再び薙いだ。

アークライはそれを再び飛んで回避する。

それを待ち構えるかのようにベイカーはアークライに向けて走り、その左拳を放った。

武器は棒のみであるという意識の注意を引き寄せた上で放つ拳。

それは予想だにしない一撃だったといえる。

しかし、アークライはそれを見据える。

その目は全てを寸分の狂いなく捕らえ、そしてそれへの対処を実行する。

アークライはその拳の位置に右手にもった剣を置くようにして構えた。


「ぬう!!」


拳の向かう軌道に置くようにされる剣。

ベイカーは拳を止める。

だが、それに構わず、アークライは右剣を薙ぎ払った。

狙いはベイカーの左指。

斬擊はベイカーの指をかすっていく。

ベイカーはその指の傷を見て戦慄した。

あと、拳を引くのがほんの少しでも遅ければ、指を持っていかれていたという事実。

それは相手の力量が尋常ならざる者だと実感させるに十分なものだった。


「見事な手前、完全に虚を突いたつもりだったのだがな…。」


ベイカーは血がたぎるものを感じた。

敵は強い、生半可な敵ではない。

それはこの数合で理解した、ゆえにたぎるのだ。

戦士として、これほどの敵を倒す事が叶う事に!

ベイカーは再び棒を構える。

その時――左手に違和感があるのを感じた。

棒を強く握り締める事が出来ないのである。

左手の中指、人差し指、薬指が麻痺している事にベイカーは気づいた。


「貴様、何をした!!!」


ベイカーは右手で棒を腰に当てて、振り回す。

下方ではなく上方へのなぎ払い。

それをアークライはしゃがみ回避する。


「だいたい、見切ったよ、あんたの攻撃。」


アークライは、好機と見て駆けた。

ベイカーの追撃を回避し、そのまま右剣を突き出す。

心臓目掛けて放たれたそれはベイカーの咄嗟の機転による右腕で防御する。

右腕に双剣の切っ先が刺さるが、それより奥にはベイカーの増強された鋼の如き筋肉が通さない。


「我が体は鋼の城塞なれば、そのような柔な剣など通しはせんわ!」


そう吠えるベイカー。

アークライはそれに構わず双剣にあるトリガーを引いた。

それは双剣にとある特性を付加する。


「うごぉぉぉおぉ!!!!!」


ベイカーが絶叫した。

刺された剣先から波紋のように広がる激痛。

血液が沸騰し、肉が焦げるような感覚。

ベイカーは強引に腕を振り回し、アークライを吹き飛ばす。

アークライは背後にあった壁に激突した。


「なんだ…今のは…。」


ベイカーは持っていた棒を落とす。

右腕がもはやまともに動かない。

あの痺れと共に来る激痛が右腕の機能を根こそぎ奪っていってしまった。

ベイカーはその正体を受けた痛みから推測する。


「電撃の付加?」


ベイカーは全身に痺れを感じながら驚いた。

道具に魔法を付加する付加魔法エンチャントは容易い魔法ではない。

それを無詠唱ノンスペルで発動したというのか?

ありえない。

魔法の起動には詠唱が必須なのだ。

過去に無詠唱に挑戦した魔導師はいたと記録されている。

だが、そのどれもが体に呪文を大量に刻んで、その上で一層を発動させるのがやっとだったという。

しかし、付加魔法は第二層と第三層の中間になる魔法である。

それも今回敵が行ったのは複合属性とされる『雷』の発現である。

それは通常の詠唱を踏まえても習得に十数年はかかるとされる代物であった。

そんなものを無詠唱で扱う、それはありえない事であった。

もし、それが出来るというのならば、この目の前にいる敵は一体どれほどの化物だというのか?

その時、ベイカーの脳裏に1つ伝手で聞いた話がよぎった。

自身が下層区で仕事を請け負っていた時聞いた風の噂を……。

下層区最大の地下組織パンタローネ直下の組織アテルラナには、無詠唱にて四属性を操る白髪の魔導師がいるという。

曰く、白いジョーカー。

曰く、可能を確定にする男。

曰く、道化師の死神。

噂に聞いた身の丈程の剣を携えていないのですぐにその名前と繋がらなかったが、しかし、間違いない。

この男は――――



その名を―――――――――――



「『四属使い』アークライ・ケイネス……!!」



ベイカーは棒をアークライの胴目掛けて突き出す。

それをアークライはしゃがんで回避し、双剣の刃をベイカーの脇腹に向けて刺し込む。

そしてトリガーを引いた。

ベイカーの体で暴れ狂う電流。

断末魔と共に、それは確実にベイカーの意識を奪った。


「ふぅ……。」


アークライは戦闘を終え、乱れた息を整えた。


「さて、探さないとな……。」


アークライは周りを見渡す。

アークライが入ってきた所意外に扉のないこの部屋だが、どこかに隠し扉がある筈だ。


「マナ、ちょっと出てこい、お前も探すの手伝え。」

「いいけど、アーちん、それより伝えておかないと行けないことがあるよ。」


少し深刻そうにマナが言う。


「なんだ?」

「さっきから変だと思ってたんだけどね、やっぱりどうしても感じ取れないから間違いないんだと思う……たぶん、ここを覆ってた結界の要破壊されちゃってる。」


アークライは驚き目を見開いた。


「本当か?」

「うん、さっきまで感じられた大きな魔力の流れが全然感じられなくなったの……。」

「もう一人の侵入者がやった……ってとこか……。」

「うん、その可能性高いよね。」

「手間を省いてくれたと喜ぶべきか、他の可能性を疑うべきか……。」


もう一人の侵入者が競売品を盗む事を目的にした泥棒であるならば、結界を破壊することも自然な事ではある。

そうしなければ、この結界に覆われた屋敷から逃げ出すことは出来ない。

しかし、本当にもう一人の侵入者が競売品目当てでここに来ているのかどうか?それを確かめるすべは無い。

もし、もしもだが、自分と同じ競売品を強奪する事を目的で、そのもう一人の侵入者がここにやってきているのだとするならば……。

その可能性に思い辺り、アークライは少し焦りを覚えた。

クレアから聞いた『白い部屋』その一派がここにミア・クイックを奪い返しに来ている可能性がある。 

騎士団によって壊滅的な打撃を受けたとクレアは話していたが、それは『白い部屋』という巨大組織の一部にすぎない。

すぐさまのその自体を把握した他の『白い部屋』が彼女を奪い返しに来ているその可能性はあるのでは無いか?

確定では無いが、可能性はある。

アークライはどうであれ急がなければならないと感じた。


「マナ、少し急ぐ、出てこい。」

「ほいさ!」


アークライの影からぬらりと獣人の少女マナが現れる。


「うわー、この人デカイね~。」


マナは倒れ気絶しているベイカーを見て驚いて口に手をあてた。


「風が出てる場所とかがあれば教えて欲しいんだが、わかるか?」


そうアークライに聞かれ、マナは目を閉じ視界を閉ざす事で他の五感を研ぎ澄ます。

マナはそうした後、アークライから見て右手にある壁をとんとんと叩いた。


「ここかな、たぶん動く。」


アークライもそこへ行き、辺りに隠し扉の開閉装置が無いか調べ始めた。


「ん、これか?」


アークライは壁にある小さな凹凸を見つけ、それを押し込んだ。

壁が開き、隠し通路への道を開く。


「へへ、どうだー、アーちん惚れ直した?」


マナは自慢気に言う。


「ああ、お前、俺の許容対象外だから……。」

「ひ、ひどい……。」


愕然と落ち込み、膝を付くマナ。


「さっさと、影に戻れ、馬鹿。」

「うう、人使いの荒い奴め……。」

「それにお前が同意したから連れてきてるんだろうか…。」

「はいはい、そうですよー、マナはアーちんの奴隷ですよー。」

「また、意味の分からない事を言う……。」


そう言ってマナはアークライの影に自身の腰にある短刀を刺した。

影が波を打つ。

これが、マナの持つ遺物『影潜り』の力である。

影に打ち込む事で、影への潜航を可能とする。

マナはそういって波打つ影の中にその身を沈めた。


「さて、行くか。」


アークライは通路を進んだ。

それから2分ほど歩いた後、扉の前に出る。

扉にはいくつかの錠がかけられていた。

おそらくは中にいる人間が逃げられないようにするためにかけれられた錠だろう。


「ここかな。」


アークライは双剣をその手に握り、そしてその在り方を組み替える。

双剣は合わさり、一つになり、身の丈程の大剣へと姿を変えた。

アークライは胸ポケットから筒を取り出し、大剣の柄にある挿入口に筒を差し込む。

そして、アークライは柄にある撃鉄を引く。

大剣の刃は高い熱を発し初めた。

アークライはそれを確認した後、鍵をその大剣で斬りつける。

鍵は溶断され、扉が開いた。

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