『中毒』

深神鏡

第1話

タバコ吸うのやめてよ。

それ、毒だよ。

早死にしちゃうよ?


『終夜!』


ベランダで友人と二人

夜空に浮かぶ月を眺めながら

ぼんやりと揺らめく

煙を見つめていた俺は

現実に引き戻されて戸惑う。


悲しそうな顔でこちらを心配している

友人の言葉は耳の右から左へと聞き流して

とぼけて微笑んだ。


「何?」

『話、聞いてた?』

「タバコ吸うな、でしょ?」

『身体にとっても悪いんだよ』

「知ってる」


風に流されて消えていく

白い煙を目で追いながら

美しいなと思った。


美しいけどこの煙には毒が含まれている。

吸った俺にはもちろん、

周囲にいる人々も

その毒の被害に合う。


どんな被害かと説明すると

まず、肺癌になりやすい。

ニコチン中毒になる。

歯が黄ばむ。肌が黒ずむ。

体臭が臭くなる。

口臭が臭くなる。

歯茎が血色悪くなる。

血流が悪くなる。

脳梗塞になりやすくなる。

糖尿病になりやすくなる。

喉が痛む。金がかかる。

寿命が減る。

etc……。


まさに百害あって一利なし。

お金と時間と命を減らす代物だ。


何故そんな物を吸うのか?


バカだから。

俺は時間とお金と寿命と引き換えに

タバコを吸う。

まあ、中毒になってるのも

あるんだろうけど。

今のところ長生きに興味はない。

病気で苦しんで死ぬのは嫌だけど

今のところ元気だ。


そう、今のところ。


『肺癌になったらどうするの?』

『癌で死ぬのはとっても辛いんだよ?いいの?』


「それは嫌だなぁ」

『私、終夜に早死にしてほしくないよ』

「ありがとう心配してくれて」


でも、俺はバカだから

タバコを吸うのはやめられない。

きっと早死にするよ。


この想いは言葉にすると

友人に怒られそうだから

口にしなかった。


「タバコの存在意義は人口を減らすことにあるんだと思う

人間が増え過ぎるとみんな困るだろ?

世界の人口は必ず病や事故、災害等で数が減ってるだろ

そうやって均衡を保ってる。増えすぎないように

タバコもそれに一役かってるってわけだ

俺たちみたいにタバコを吸って 早死にする人間や

事故で亡くなる人や病気で亡くなる人がいるから

狭〜い狭い日本という土地は人口で埋め尽くされずに

バランスよく循環していると思うぞ」


『必要な淘汰ってこと?』


「そんな感じ、

考えてみろよ、世界中の人間が

病や事故や病気や寿命や戦争で

亡くならなくなったら

土地はどんどん狭くなり、食料危機に陥り

人々は暴力的になり争いが起こり

結局、淘汰が起こるんだ

そういうことにならないために

きっと寿命も病気も病も事故も災害もあるんだと思うよ」


『…………』


「俺みたいに野望も夢も生きる気力もない人間には

寿命減らして早死にして人口のバランス保つのが

社会貢献になるのさ」


『何それ!! 終夜は屁理屈屋なんだね

結局ニコチン中毒でやめる根性ないだけ

精神弱いだけだよ!!』


またキレられた、これで何度目だろう。


確かに精神的に強くない

ニコチンがキレるとすぐ

タバコに手を出してしまう。


抗おうなんて思わない。


吸い終わったタバコを捨て

俺はため息をついた。


友人はそんな俺を鋭い視線で見ている。


『終夜は長生きしたくないんだね

私はもっと一緒にいたいのに

終夜は違うんだ……酷いよ、友達なのに

私を置いて先に死ぬつもりなんだ』


「そう深刻になるなよ……」

『なるよ!!もし、逆の立場だったら終夜は止めないの!?』


……止めるな。


『ゲームに例えたら、絶対買わないアイテムだよ!!

寿命とお金と時間を捧げて得られる効果が早死にって

そんなアイテム絶対買わないし、必要ないよね!!』


……うわー 確かにゲームなら絶対買わないアイテムだな。

なんで俺、そんな物買ってるんだろ。


『終夜はタバコ以外の身体にいいもので中毒になればいいよ』

「例えば?」

『私とか!!』


ちょっと待って どういうことだ


「え?」


『終夜、私と恋人になろうよ』


「突然どうしたの」


『前から思ってたんだけど終夜って鈍いよね

私がこーんなに好きってアピールしてるのに

いつもぼんやりしてばかり』


そんなにアピールされてたのか……

わからなかったぞ

えぇ……どうしよ

面倒くさい……

俺、一生独身貴族でいるつもりなんだけどな。

ていうか友人よ、一体俺のどこが好きなんだ

謎過ぎ。


「俺はやめた方がいいよ、オススメできない」

『終夜はタバコさえ吸ってなければとってもいい人だよ

タバコが悪いんだ!!』


そういうと友人は襲いかかってきて

俺からタバコを取り上げ

握り潰した。


「……俺のタバコ……」


『タバコよりタバスコでも舐めなよ』


「それは辛いよ」

『タバコよりまし』


タバスコを舐める自分を想像して

気持ち悪いと思った。

ちなみに甘党。


『付き合ってくれる?』

「え?」

『え?じゃない!!もう忘れたの!?

私と恋人になってください』


タバコを握り潰された衝撃で告白は頭からすっ飛んでいた。


「ごめんね、俺、タバコやめられないし早死にしそうだし

ずっと一緒にいてやれないよ」


『終夜……』

「本当ごめん」


『今日から毎日タバコ取り上げにくるから』

「え?」

『どうせ終夜、意思弱いし優しいし怒らないし、

だから私が終夜のニコチン中毒を治してみせる!!

そして一緒に長生きしたくなるようにがんばる!!』


友人は一度決めたら

絶対変えない。

その恐ろしさを

俺は知っていたので

戦慄した。


「俺みたいなバカよりもっと素敵な男がいるよ」

『私は終夜が好きなの』


それから俺は友人の強靭な意思により

タバコとお別れすることになり

友人の激しい求愛に心折れ

共に長生きすることになるのだが


年を取ってからいつも思うのは


妻に出逢えて良かった

それだけかな。

昔はタバコ中毒だったけど

今はすっかり妻中毒。


みんな、俺が言うのもなんだけど

百害あって一利無しだから


タバコは吸わない方がいいぞ。





題名『中毒』END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『中毒』 深神鏡 @____mirror13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ