森葉族の戦士・後編

 他よりは広い長老の家も、里の大人が集まれば酷く狭苦しい。

 詰め込まれて座り、何が起きたのかと殺気立つ者らの前に、集会を持ちかけた男が長老の隣で立ち上がる。

 外縁との境で、羽を持つ者と一戦交えたことを告げると、長老は目を見開き驚きの声を上げた。


「羨ましすぎんだろ!」


 場からは似たような声が上がり騒然とする。

 訝るのも無理はないと、境にいた件の男は小さく頭を振り、騒ぎが落ち着くのを待つ。外縁に暮らす者が内部に近付くなど、滅多にないことだ。それだけでも、普段とは違う何かが起きたのだと分かろうというもの。


「こっから、もっとすげーから」


 小さくなったざわめきを、男が鎮めるように呼びかけると、その深刻な表情に全員が息を潜めて続きを待つ。

 そして狩りの途中では話せなかった詳細を伝えた。




 南の果てにあった青い水の世が消え、黒の山の世に生まれ変わった。それこそが、少し前にあった揺れの原因らしいということをだ。

 それだけでも驚くことだが、なんとその事実を羽の者が知れたのは、逃げ出してきた住人によるものだという。

 それで例の羽を持つ者が調査のために向かったところ、聞いた話は事実だったというのだ。

 あのような場所に先住者がいたことも、どうやら死滅したらしいことも、驚きのない事実がない。

 もはや誰もが呻く声すら失っていた。


 だが、それだけでは済まなかった。

 彼らにさらなる衝撃を与えたのは、黒山の地で別の種の人間を見たということだった。

 それも、二つの種族。

 この森の外に、それだけの人間がいたことにも愕然とするが、何をしていたかが問題だった。


「これが、しゃれなんねーくらい、やべえ」


 片方の種は葉を持つ者よりも巨体で、もう片方は岩石のような四肢を持つという。

 そして、なんと彼らは、黒き山の麓で争い始めたらしいのだ。

 偵察していた羽の男は、巻き込まれる前に里に知らせるべく戻っているところだと言った。




 男が伝え終えると、元気な彼ららしからぬ低く不安を乗せた声が広がった。


「腕が、岩? まじさわりてぇ……」

「森んなかじゃ、おれらが一番でかいと思ってたら、おれらより巨体ってなによ。ちからくらべしたいじゃん……」

「羽のやつらとだって、あんま遊べねぇのに……いきなり、もりだくさんすぎっだろ」


 反応は様々だったが概ねは予想通り。未知の恐怖に慄いているのだ。


 ――臆すのも当然か。


 実のところ話した男も、羽の男から聞いた直後は似たような気持ちでいた。

 しかし、これまで近付けなかった場所が天変地異で拓かれてみれば、周囲は穏やかな山々に囲まれた、恵みの多い地のようだというのだ。

 人がいたならば我先にと住みつこうとする者がいたとて、おかしなことではない。

 そのせいで別の身体的特徴を持つ人間が、幾つも見つかるというのは皮肉なものだが。


 それについての男の懸念は、これまで知らなかった人々が遥々移動してきただろうことだ。

 それまで暮らしてきた地を離れたほどだというならば――彼らが、この森まで目指さぬと、どうしていえよう。

 しかし男は、羽の男に聞いた話の真偽について思いを馳せつつ、仲間の待つ狩場へと戻る間に考え抜いた。仕留めるまでに間に合わなかった理由だ。

 その時に、男の心は決まっていた。


 出会った羽の男も、似た焦燥を抱いていたようだった。

 そして長老も、同じ懸念を抱いたらしい。

 様子を窺っていた男と目が合うと、長老は重々しく決断の声を上げた。


「おれら、乗り遅れてっし」


 男は覚悟を目に宿し、長老の命へと深く肯いて見せる。


「巻き返しまくるわ」


 まずは何がこの世に起きているのか、己自身で確かめる必要があるだろう。


 ――この目で獲物を確かめずして恐れに平伏すなど、戦士の恥。必ずや、森に平穏をもたらしてみせよう。


 たとえ、羽の者が急いでいたが故に、近道として境の道を選んだだけなのだとしても。

 そこへ狩りからはぐれた男が、出くわす――この広大な森の世で、そのような偶然など有り得ないことだ。

 そんな、不思議な導きに己が選ばれたとするならば、それに応えてみせようと男は誓いを新たにした。




 長老から遠征隊を率いるよう任された男は、森の東南にある外縁部を目指すことを告げる。

 偵察の任に就いていた羽の男の顔が浮かんでいた。

 彼らは矢羽根の形状で属する集落がどこかを表しており、それが最も南側の端に位置する里なのだ。男はしっかりと羽の男の武器も目にしていた。

 あの男の協力は不可欠だ。

 森を脅かすほどの事の大きさを鑑みれば、互いに協力は必要だろう。



 ***



 羽の者らの集落は高い木々に囲まれた中に空間を設け、上空では太い枝の交差する場所だ。地上で唯一の出入り口は、細木を格子状に組んだ柵を枝から吊るして閉ざされている。

 突如現れた凶悪な客に、その向こうにある樹上は騒然とした。

 葉の戦士の一団が現れたのだ。

 森の奥から集団では滅多に出ることはない者が出向いてきたなど、ただ事ではない。


 葉の蛮族が攻めてきたと口々に叫び、人々は樹上の隠れ家へと身を隠す。

 すぐに出入り口周辺へと集った羽の狩人らが枝葉の陰に潜んで相手の動向を見守っていると、葉の者の視線は迷いなく樹上の彼らを見た。

 形は違えど、似たような索敵能力を持つ。身を潜めようとも、互いに大まかな位置は掴めてしまう。

 地上から、一団の先頭に立つ葉の男が声を上げた。


「あ、おかまいなくー。用があんのは、偵察? 出てた羽のやつー!」


 告げられた言葉に、羽の狩人らは息を呑んだ。彼らの動揺と疑問の羽ばたき、そして視線が一つの方向を向く。

 その先にある偵察に出向いた男は、青褪めた。


 ――何をしに来た!


 葉の男と話したことは仲間に伝えてある。己の失態だ。逃げ出すわけにはいかない。

 偵察の男は、苦渋の思いで地上へと降り立った。弓を番えたまま向かい合うや、葉の男は両腕を振り上げ、顔を愉悦が彩る。


「よっ! ひさびさー」


 どうやら攻めてきたわけではないらしい。

 黙していれば勝手に捲し立てはじめた葉の男の話によれば、先日の件について協力を仰ぎたいようだ。

 なにぶん、彼らの物言いは要領を得ない。

 しかし、厭らしく歪む笑みや何かを掴もうとするような不穏な手の動きなど、挙動の端々に脅しが含まれていることを見れば、拒否などさせるつもりはないのだと分かる。


 そうして羽の長は、彼らの望むままに偵察の男を差し出した。

 それで手を打つというのだから、そうする他なかった。


 ――……悪夢だ。



 *



 羽の集落を去り、そのまま森を南下する葉の戦士一行。


「いやー、話わかる羽じじいだったな」

「なんか今回さぁ、けっこう、おれら通じ合ってたよな? な?」

「これからは、結構なかよしこよし決められそうじゃん!」


 言葉のみを切り取れば、まるで協定を望んでいるようだが、悪辣な笑みを浮かべつつ交わされる言葉からは彼らの真意など分かりようもない。

 傍らで、憎々しくその姿を見ていた羽の男は、思わず唸る様に吐き捨てていた。


「なぜ我らがこのような……」

「なぁ、まじ自然めんどうよなー」


 ――貴様らのことだ!


 なぜ葉の者らに手を貸さねばならないのかと愚痴ったのだが、いつの間にか羽の男の傍らに立っていた葉の男は、違うことに捉えたようだ。南の異変で頭が一杯なのだろう。

 その男は此度の遠征を任された、この隊を先導する男で、件の因縁の葉の男でもある。

 なぜか羽の男は先頭で、彼の隣を歩かされていた。


 そう歩かぬ内に休憩を指示されたが、羽の男が加わったことにより、旅の概要を共有するためだった。

 今回は彼らも、現状把握のために向かうつもりのようだ。


「なんせ森の危機だもんなー」

「羽のやつも、一緒にがんばろーぜ!」


 馴れ馴れしく肩を組む腕に矢を突き立てたい衝動を呑み込み、羽の男はぎこちなく頷く。それが出立の合図だった。

 おもむろに一人が立ち上がれば、また一人と腰を上げる。


「んじゃ、いくか」

「はよ見てぇわ」

「おうよ、いこいこ」


 彼らは表情を引き締めた。

 この遠征に加わった者は、南方に起きたという危機に、即座に立ち上がった勇士だという。

 その様子に羽の男は眉を顰めるだけだ。


 ――どこまで本気なんだ。


 先導する葉の男は、羽の男へと『羽を持つ者の代表兼、案内役として同行してもらう』といったことを話していた。

 馬鹿げている、と、羽の男は歯を食いしばった。

 常に背後の者らから首に集う視線が、下手な動きをするなと告げている。対等の扱いではない。

 このような脅しの中ではあるが、羽の男も、一つの集落の手には余ると思っていたことではある。


 己の働きが同胞のためになるならばと、屈辱に耐え、原因の地を目指すことのみを考えようと腹を括った。

 半ば気を紛らわせるためになっていたが、道中に己が見聞きした情報を葉の者らへと話すことで重い足を進めるのだった。



 こうして葉を持つ者らは旅立ち、南に待つ二者の争いへと、変化をもたらすことになる。


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