邪神としもべ・一

 よもや再び邪神と会うことになるとは思いもしなかった。


「俺がこっちに来たことによって、邪竜が目覚めたと」

「そういうことになるな」


 俺は今、なぜか邪神と青い空間にいて、ふよふよと浮いている。

 足元の光の雲が渦巻いて穴が開いており、そこから冒険者街ガーズを見下ろしていた。


 浮いてはいるが、俺たちは前に会ったときの人魂姿ではなく人型だ。

 薄っすら光が透けているような感じは変わらない。

 ジェッテブルク山での集まりに下りたときよりは、もうちょっとだけ濃くて人間らしいくらいか。


 どこが顔か分からなくて喋りづらいからな。

 人型になれないか邪神に聞いてみると変えてくれた。

 できるなら初めからやってくれよと言いたかったが、姿を見せたくなかったのかもな。


 俺だけ姿を見せるのは公平でないと考えたのかは知らないが、邪神も人型になった。

 初めて互いの姿を認識した……いや俺だけが初対面か。

 とにかく俺たちは似たような恰好だった。

 邪神が兜を被っている一点を除いて。

 やっぱり初めから人型でも……もういいか。


 こいつが最後に身に着けていたものを加工したから基本装備は同じらしい。俺に小さな背負い鞄があるのは、これの元が兜なんだろう。邪神の兜は砦兵が身に着けていたような革製だしサイズも近いんだ。


 ついでに思い出した俺から兜をなくした理由を訊ねれば、やはり予想したような理由だった。

 人族であると隠していたことが仇になったのではないかという後悔があり、今度こそ堂々と人族として活動してもらいたい意図があったとのことだ。


 とにかくこれで、夢で再び俺をガーズに送ったのは、こいつの仕業だとはっきりした。今もまた俺がここにいるのも。


 だって俺には、念じたところで何も出来ないんだ。

 望めば夢でいつでも、こっちの生活を見れるかと思ったが出来なかったし、こうして人に形を変えることや、ましてや指示するだけで空間に穴を開けて街を見ることもできはしない。


 なんでこいつだけ?

 そもそも俺が、聖魔素どころか邪魔素ですら感知できなかった体質だったせいとかあるかもしれないけど。


 そりゃ、俺を見送ってくれる皆を見れて嬉しかった。

 二度と会えないと思ってたし、それだけでも文句はないんだ。


 もちろん、こいつとも会うことはないと思っていたわけで、まあせっかくだからと俺が送られた日のことやらを聞いていた。

 そんな流れで、先ほどの会話に繋がる。


「私の力は、結界石によるものだった」


 そう、こいつの力の元が結界石によるとだけ聞いていた。

 俺を送るのに、結界そのものの魔素を限界まで使った詳細を聞かされたところなのだ。

 なんせ本物の人体を生きたものに戻したんだからな。再現するには大量の魔素が必要だったらしい。


 スケイルや魔物のように、魔素だけでなく、血肉の通った体……。

 ああ、そこは考えたくねぇ……邪神の体の再利用とか、俺アンデッド系だったとかさぁ……。


 とにかく、そのせいで結界が急激に弱まったことで大量の魔素が湧き出ることになり、繁殖期や魔震へと繋がったというわけだった。


 まるで世界が英雄を生み出したみたい、か。

 シャリテイルに言われたな。


 こいつは意図していたわけではないらしいが、思い返してみればすべてが仕組まれていたような気分だよ。


 話しながら穏やかな街並みを雲間の穴から見下ろし、良く知る人々の姿を追っていると、砦の側にビオと大枝嬢が見えた。

 思わず身を乗り出す。


「気になるかい? 少し近付いてみよう」


 そこで俺は恐ろしい光景を見てしまう。

 見覚えのあるケダマの落書きを手に、二人は交渉していた。


「やっ、やめろおぉ! そんなもん捨てろ!」

「落ち着いて。こちらのことは認識されないよ」


 頭から飛び込もうとしたが即座に邪神に止められ、穴の景色はその場を離れていく。

 へたり込むと顔を覆った。


「うぅぅ……しにたい」

「気を取り直して。何か私に確かめたかったのだろう?」


 邪神の苦笑交じりの慰めを聞いて渋々と深呼吸する。

 そうだった。


 落ち着いてくると、さきほど浮かんでいた新たな疑問を思い出した。

 力の元と言っていた結界石は消えた、という点だ。

 咳払いして立ち上がる。


「あーこほん。なんか、力が回復したとか言ってたよなあと」

「そう、それなんだ。再び君に来てもらったのは」


 はたと思い出したように言うが、そんな重要なことを後回しに……来て早々俺が捲し立てたからだよな。


「君が魔素を貯めるごとに、私の魂に結びついていた聖魔素も回復されていった。初めは結界石が補強されているのだと思ったが、違ったんだ」


 こいつの源である聖魔素が、よりによって体外のコントローラーに宿ったが、現世にないものだったから魔素の情報だけが送られていたとか?


「私の体でありながら私ではない、いわゆる聖獣のような存在となった君がマグを得ていたためではないかと考えてね」

「あー、スケイルが魔物を倒しても、俺のマグになったもんな」

「だから結界石そのものというよりも、私自身の肉体が重要だったのだろうと思う。いや、この世界と魂を分けたと考えたなら、初めから予想してもよかった」


 後になるからこそ色々と見えてくることがあるのは、なんでもそうだよな。


「今は、この肉体……というより魂か。その質が、君が邪竜との戦いで得た聖魔素に置き換わったようなんだ」


 邪神は顔を上げて俺を見ると続ける。


「以前と比較にならないほどの力を得た。邪竜の魔脈の中身を、そのまま貰ったようなものだからね」

「想像もつかないな」


 邪竜の力とは根本から違うんだろうが、こいつが、あんな恐ろしいもんになったのか?

 ……俺が得た魔素なのに。


「それで、こうして呼んだのは検証のためだ。結界石から解放されたおかげか、力の増大によるものか、移動範囲も拡大したようなんだ。それを確かめるのに、力を得た当人に知らせるべきだと考えた。付き合ってくれれば嬉しいが、迷惑であれば今後関わることはしない」


 うんうんそうか俺の手柄だと弁えているならよいぞ。

 それにしても律儀だな。


「この前も勝手に呼び寄せたじゃないか」

「それなんだが……実はあの時に、こうして了承を得ようと考えていた。それなのに力加減がおかしくなっていたから、いきなり送ってしまっていたんだ」


 えぇ……そんな理由。

 粋な計らいだと思ってたのが台無し!


「だから、うっかり何かを引き起こす前に確かめたくてね」


 それは、俺でもそうするな。


「……いつでも検証は楽しいもんだよな」

「では、参加してくれるのか」

「それで、移動範囲がどうとか言ってたが今日は何をするつもりなんだ?」


 邪神は嬉しそうに足元の穴を広げた。顔は分からないのに。


「前にジェッテブルク山周辺から離れられないと話したろう? 今ならジェネレション領にも行けるはずなんだ」

「それは、楽しみだな」


 観光かよ!


「ガーズの外か……」

「なにか懸念が?」


 死んでからようやく外に出られるというのも皮肉めいている。


「いや、いつかは見たいと思ってたから、感慨深くて」


 自分の足で、旅をしたいと思ってたんだよな。

 ちくりと胸が痛むけど、それは魅力的な提案ではあった。


「ならば、私はいいガイドになれるだろう」

「それじゃあ、行こう」


 俺の返事を合図に邪神は歩き出した。




 歩いている、といっても青い空間の中だ。

 景色が見える穴が、歩く俺たちの側にぴったりとついてくるんだ。

 旅というよりランニングマシンでも使ってるようで、ちょっと空しさが過る。


 間もなくガーズの南街道入り口が見えた。

 スケイルと外を見て、怖くなって引き返した場所だ。


 そこを出ると、邪神が立ち止まった。

 あのう、まだ進んでないんですけど?


「まさか、本当に外に出られるとは……これならジェネレション領だけでなく、王都マイセロへも行けるかもしれない。本当に、君のお陰だ」


 足の竦んだ過去の俺とは違い、邪神は感動に打ち震えているらしい。

 気を取り直した邪神は毅然と頭を上げると再び歩き始めた。


 俺はしっかり後を付いていくだけだ。

 こんな場所ではぐれたら、どうなるんだろうな。

 魂が迷子になって本当に死ぬのかも。


「そうだ、今回で君を呼び寄せる加減には慣れたから安心してほしい。君もこちらを見たくなったら、いつでも知らせてくれ」

「どうやって」


 連絡先は知らないし知りたくもない。

 あ、そういやこいつストーカーだったからな?

 平凡な男子学生におっさんストーカーとかホラーすぎだろ。


「話してなかったかな。君を呼べるのは、君の魂にも聖魔素が含まれてしまったからだ……。恐らく、邪竜との戦いで、魂が傷を負ったのではないかと思う。そこは、すまない」


 いつの間にかキズモノに!?


「えー、よく分からないが、俺も聖魔素の力とやらを日本に持ち帰ったと……?」


 頷かれた。

 まさか俺まで、世界を超えて聖魔素が持って帰れるとは思わなかった。


「そのようなわけで、寝る前にでも念じてくれ」

「こいつ直接頭に……!」

「いやいやテレパシーといったものではないよ。君の持つ聖魔素が発する信号を受け取るだけだ」


 ほっ良かった。思考が読まれるとか死にたくなるからな。


「ここからジェネレションの街まではそう遠くない。間に村が一つ作られたという話は聞いたけどね。私の時代にはなかったものだ」

「ああ、それ多分、遠征の拠点用だって聞いたな」

「なるほど、そうだったのか」


 多分、クロッタたちの故郷の村だろう。


 話していると、森の中に人の手が入った場所が目に入る。徒歩なのに実際に道を歩くより速いのが不思議な気分だ。

 さらに近付くと、背の高い丸太の壁に囲まれた村だった。

 もう砦と呼んでよさそうだ。


 俯瞰して見る景色だが、箱庭ゲーのように遠い感覚はない。

 人々が生活している。確かな息遣いが感じられるようだ。


「見ていくか?」


 また胸がつまるような気分が押し寄せる。

 ガーズでクロッタとデメントの姿を見ていない。

 今も冒険者たちは森に入ってるようだから、通りから眺めるだけで全員を確かめられたわけではないが、少しだけ怖気づいてしまう。


「同じ低ランク冒険者だった奴の故郷だと聞いたのを思い出しただけだ。ジェネレション領に行こう」

「そうか」


 物問いたげに振り返った邪神は、なにも言わず先を進んだ。

 と思ったが、他の奴ほど無視はできない性格だったな。


「気持ちの整理が付いたら、また来るといい」


 振り返らずに言われた言葉に、そうすると答えるしかなかった。

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