150:開眼

 ここ数日通い詰めの道具屋フェザン。南の森をさらりと巡ってから、開店した頃合いになるや本日も訪れたのだが、やけに室内が広く感じる。

 木箱が片付いてさっぱりとしていた。


「お、納品も終わりか」

「そうなんですよー。お待たせしましたけれど、これで師匠の件に、もっと時間を割けますよ! さあさあ大きな研究を共に成し遂げようではありませんか!」

「いや、そこまで力入れなくていいから……」

「あ、ご安心ください。師匠は思うままにどうぞ。ただ私の方でまとめた資料を研究院に送らせていただけたらなぁと。幾つか魔技石をおまけしますよ」

「ああなるほど、じゃそれで」


 やけに食いつくと思ったら、そんな下心が満載だったのか。

 今は数を確保したいから、おまけしてくれるなら否やはない。

 しかし俺が頷くやフラフィエはさらに捲し立て始めた。


「わー嬉しいです、気合いが入ります! だってそれがまかり間違ってすんごいものと判断されて、有用だと認定されちゃったりなんかしたらですよ? 今後は必須知識だといって全国の職人が学ぶことになるかもじゃないですか。ああっフェザンの名が歴史に刻まれちゃうー!」


 こんなことが魔技石作成技術のデファクトスタンダードに? なるか?

 それ以上に変態的な興奮を感じて気味が悪い。多分気のせいだ。

 鼻息と首羽も荒ぶって夢見てるところ悪いが、みみっちいマグの使い途なんぞ、他の種族に用があるとは思えない。あくまでも人族のやることだと忘れるなよ?

 まあ、だからこそ少ないデータではあるだろうな。思いついても、やる意味のない系という意味で。

 報奨が出るかは知らないが、お小遣いくらいゲットできるよう祈っておこう。


 しかしな、今のところやったのって、石の硬さを変えただけだぞ。

 それも提案されたからではあるが、すぐにできることが他になかったからで。


 恐る恐る、妄想に顔をだらしなく緩ませているフラフィエの意識を呼び戻し、その本日の用件を伝える。

 用意してもらったサンプルから二種の硬さを選んで、未作成分と追加注文分に適用してもらうことにしたんだ。

 もう歩くだけなら、落馬ならぬ落蜥蜴してないし必要ないかもしれないが、鞄の開閉が増えるんだから取り落とすことはあるだろう。


「それと、思いついたことがあるんだ」


 スケイルが言うには、俺のマグ量は回復石小サイズでは満タンに足りず、中サイズでは溢れる。

 だからその中間にリサイズできないかというものだ。

 歩きながらの使用間隔も少し広げられるし、中サイズでは余る分を拾うのにスケイルが舌を振り回す余計な手間を省ける。

 今のところ全ての手段が舌任せだから、戦闘に備えて空けておいて欲しいし。


 規格があるかもしれないし、そもそも形になるかとか、そういった懸念も交えて考えを伝える。


「ほ、ほうぅ、さすが師匠。整頓の理屈をこねらせたら見事なものですね!」

「片付け魔技は、ないからな?」


 つい真顔で見下ろしたら、フラフィエは目に絶望の色を浮かべて身を震わせた。


「ゆ、夢くらい見たっていいじゃないですか……」


 まあ、掃除道具くらいなら開発できるかもしれんが……そんな暇はない。

 とにかくサイズ調整も、さしたる手間もなく可能という言葉を信じてお願いすることにした。

 大量発注の未作成分から変更してもらうが、サイズが上がるんで追加料金も支払っておく。

 それからまた、店頭分を除く在庫を買い占めて店を出た。




 ギルドへの納品は終わったのか。

 思えば、遠征への支給用にしては、前よりものんびりしていたような気がする。


「支給品といえば、回復薬」


 擦り傷が増えて半分ほど使ったし、これも買い足しておこう。

 あの暑苦しい雰囲気は苦手だが仕方ない。薬屋なんぞ居心地が良くても困るだろう。日本だと年寄りの社交場になってたりしたが……平和な場所と同じに考えてはいけないな。


「ふぉるああああああっ!」

「回復薬一つ」

「ぁあっ? おう、ほらよ!」


 巨大すりこぎを振り上げて、ダンッと目の前の台に黒く小さな木の皿が叩きつけられた。その側に置かれたマグ読み取り機に無言でタグを載せる。

 ドラグは出てこないな。逆にちょうどいいか。あの人、なんか鋭そうだし。


「では改めて。ろぁあ……!」

「あ、ちょっといいか」

「なっ、なんだよ心臓に悪いなぁもう!」


 客をびびらせてんのはお前らだ。


「遠征の大口依頼は終わったか?」

「えっ大口? 終わるもなにも、そんな話は来てたかな。あぁ、定期的に受けてるやつのことなら終わってっけど、それがどうした」

「いや、まとめて買っても大丈夫か気になって」

「かまわねぇが、なにする気だ」

「念のため自宅用と、外で失くした時のためとか予備があると便利かなーと」


 保存用と観賞用と布教用と添い寝用は特に要らないかな。


「なんだ、そんくらいの数かよ。なら大丈夫だぜ!」


 ほっ、誤魔化されてくれたか。

 どうせ一つ100マグだ。怪しまれないように買って、やかましい店を出た。

 傷薬をしまいつつ、聞いたことに唸ってしまう。

 特にどうという訳ではないが、ついギルドへと走っていた。


 繁殖期の後で、高ランクの奴らが遠征に出されることが多い。活発化の動きは、どこかで魔泉が開く兆しだからだろう。今回もそうだと思った。


 ただし、稀に見る魔震との同時発生。

 点検も一区切りついたとは聞いたが、後片付けはまだまだ続く。

 被害規模の大きさから鉱員ら人族も動員すると決められたため、逆に俺に手伝えという話は来なかった。

 特に砦長たちの思惑とは関係ないだろう。人手が欲しいときは、みんな遠慮なく詰め寄ってきたし。


 けどギルドは、魔技石は注文し、回復薬は元々の定期契約分だけで臨時発注はなしと。


 半端な時間に現れた俺に、コエダさんは、おやといった視線をこちらに向けた。

 いつも何かしら手元で仕事をしているのに、人の出入りや職員側の動きにもよく気を配っている。

 そんなコエダさんに、さきほどの疑問を漏らせば考えも読まれるんだろうが、それでも口にしていた。


「もしかして今回、繁殖期後の遠征はないんですか」


 コエダさんは、やや目と口のウロを大きくしたが、次にはぐにゃっと眉尻を下げた。


「ないというよりも、時期を見計らっているところなのでス。地下に大きく断裂した箇所があり、魔物の発生が集中しておりまして……」


 だから瓦礫を取り除くにしても、前もっての魔物掃除と護衛に人数が必要とのことだ。

 ちょっと山向こうに多く冒険者を派遣するだけで、街の周囲の魔物も増えるのに、他の上位者を外に出す余裕なんかないに決まってる。


 高ランクのパーティーが短時間で、半日でも魔物の出を抑えられるといえど、その分動ける時間は短くなり休憩も長時間必要なようだった。

 今は拠点維持が最重要、だよな。


 たかが見習い冒険者が、ギルドや魔物最前線の動きを知りたがってどうするという話だが、大枝嬢は真っ正直に相手をしてくれる。


「いつも、ありがとうございます」

「いえ、こちらも意外な視点を知り得るので、助かってますヨ」


 勤勉で優しいコエダさんらしい返しと、困ったようなぐんにゃり笑顔。

 これまでは、余計な手間をかけていると罪悪感に胸が痛んだ。

 もう、それはない。今後は気後れしない。


 ただの好奇心を満たすための質問は、するつもりがないからだ。

 やろうとすることに必要な情報だけ聞く。

 砦長からの、この街の外にある視点。

 ギルド長から見せられた、街の中の問題。


 あの会議は契機だった。


 懸命に活動しているようで、どこかふわふわとしていた俺の中に、指針ができちまったというか、作らざるを得なかったというか。

 フィギュアのフルスクラッチに挑戦するのにまずは針金を芯にして組み立ててみたようだというか……ちょっとマニアックな例過ぎるか。


 とにかく、思った通り遠征はなし。

 それでも魔物の出方が変わったせいで、人を集中させないとまずい状況。


 だから南方面の減りもあまり感じられないんだ。

 ビチャーチャの出る条件を考えれば、雑魚を片付けるのが無意味とは言い切れない。

 もっと、日々の巡回範囲を広げたい。




 スケイルがコントローラーから出る虚脱感と眩暈で地面に張りつくなり、手にした回復中サイズを握りつぶす。溢れた分をスケイルに拾ってもらうためだ。

 頭の上で舌をぶんぶん振られると、ハエを払われてる行き倒れた死体のようで微妙な気分なんだが。


 いつもより長く続いた気分の悪さを乗り切り、ふらつく足に喝を入れて立ち上がると、這い上るようにしてスケイルの背に取り付いた。


《主の飽くなき挑戦心は見上げたものだ》


 スケイルの憐れむような蜥蜴目が、背に向けられる。


「言ったろ、強度が、必要だって」


 ヒソカニのような外殻を持つ相手だけでなく、レベルが上がるほど、攻撃の通りづらい体を持つ。

 柔らかそうな外見の六脚ケダマの手応えもそうだし、ケルベルスとなれば言うまでもない。ただの動物に見えなくもないのに、刃物が通りづらいなんて反則だ。


 だからこそ、スケイルの装甲強度を現在の俺でどこまで上げられるのか、試す必要があった。

 魔技石を参考に、気絶ぎりぎりまでマグを引き出して顕現するように頼んだ。


《我もそそのかしたが、そこまでの苦痛を伴ってさえ厳しいと伝えたことに取り組むとは。どのような使命の火が灯ったのだ?》

「……ただの、意地だ」


 本気で、それ以外に言い表せる気はしなかった。

 少なくとも今のところは――。




 立つよりもわずかながら高い視線で、人気のない南街道を、真っ直ぐ睨んだ。


 中ランクの域に入るな、か。


「……街道は、公道。討伐とは関係ないよな?」

《人の決め事など知らぬ》


 スケイルとニヤリと笑みを交わす。


「あの辺、道が見えなくなる場所まで進んでくれ」


 俺の真剣な声に、視線のやや下にある頭から軽妙な返事が――。


《クフゥ……ひどく遠い道のりであるな。おお、嘆かわしいことだ。我が駿足の前に時を捻じ伏せたも同然の、これっぽっちの近さが遠いなどとは……》


 軽妙さはないが、スケイルは溜息交じりにぶつくさ言いながらも、のたのたと蜥蜴足を踏み出した。


「歩きっつっても随分と速くなったろ。俺が走るのと変わらないじゃないか」

《主の本気と同等か……こんなもの歩くとも呼べぬ》

「俺は本気じゃねぇから」


 西の森ではヤミドゥリに呼び止められたこともあるが、もとよりあっちは人は多い。

 人目がなければ――ばれなければいい、なんてことはない。


「……ただし、言い訳は立つ」

《また、良からぬみみっちいことを企んでいるな》

「初めの一歩は小さくとも、過ぎ去ってみれば遠くまできたもんだとなるんだよ」

《やれやれ、妄想の世界に入るとなかなか戻って来ないのが困りものよ……》


 街の結界は、柵が祠の力によって大きな効果を発している。

 しかし街道の結界石まで、祠の増強効果は得ていないようだ。


 それでも結界石を埋めてあるから、南の森というか、こっち側全般に人が少ないんだと分かったが、それだけが理由じゃないだろうな。

 多分、結界石を理由に後回しにしてる。そうせざるを得ないんだろう。

 数が少し増えたところで、ここらの魔物が近付きづらいのは確かだろうし。


《この辺か》


 山を削って道を通したようで、谷間にカーブした道の先が消えていく。小山だから崖も高さはないが、ところどころから生えて傾いだ木々から枝葉が垂れ下がるのも視界を邪魔する。

 この山間辺りまで来れば、ヒソカニレベル帯の魔物にも遭遇できるんじゃないかと目論んだんだが、見当たらない……。


 ケダマらほど近付くことはなくとも、藪の狭間に姿は拝めると思ったんだ。

 山の上空なら、ペリカノンほどの魔物でも通り過ぎていったのを目にしたことはあるんだし。

 速度を落としてもらい、周囲を見回す。


「クアァ……」


 欠伸交じりに、のたのたぐねぐねと移動するスケイルだが、時に片目の目蓋がピクリと開いて反応したりアホ毛がどこかを向く。

 よく色んな器官を、混乱せず同時に操れるな。器用な体で羨ましいよ。

 俺は俺で精一杯警戒はするけど。


《主よ、獲物だ》


 地面をカサカサと這い寄る、黒い四角形のカニもどきを悠然と見下ろす。


「ククク……このために、マグを絞り出したのだ。さあ行け、強化版スケイル! ヒソカニよ、邪悪なカニみそを撒き散らして絶えるがいい!」

《魔物が撒き散らすのは赤きマグであるし、我をそのように称すならば、正しい名で呼んで欲しいものよ》


 ぼやきつつもスケイルの眠そうだった目は開き、四肢やアホ毛にも躍動感が溢れる。


《走りはせぬが、跳ねる程度は耐えてもらおう。主よ、しっかりと掴まっておれ》


「クアァ!」


 スケイルは短く嘶いて前足を高く掲げたかと思えば、後ろ足で地面を蹴り上げ、宙に浮いた。


「ぐああ!」


 思わず俺の口からも叫びが漏れる。

 一瞬の後、前足から急降下し、胃が口から飛び出そうな衝撃が胸を突くと背から走り抜けたようだった。


 地面からバッキバキと破壊の旋律がかき鳴らされる。耳に届くと言うよりも、振動として体に直接響くように、重い音だ。

 瞬きする度に視界が上に下にと切り替わる。


「ぶえっ」


 なんだか浮遊感と共に景色が白く変わったなあ。


《ふむ、こんなものか。満足とは言えぬが、この程度は楽に潰せるようだ。主のマグ量も、バカにできたものではないぞ!》


 そうかい。もうヒソカニ軍団を殲滅したか。良かったな。


 小さく耳に届いたスケイルの自慢げな声が、徐々に大きくなる。


《ぬ、主よ変わった目つきだな。白目?》


 気になるからって顔をつつくのはやめなさい。

 声が頭上から降ってきたということは、どうやら俺はまた弾き飛ばされていたらしい。


 舌で首ねっこを持ち上げられ、背に硬さが当たる。無意識にポーチを探って石を割ると、徐々に視覚が戻ってきた。木の幹に俺をもたせかけたスケイルは、俺の体を支えるように傍らに寝そべる。その顔は既にげっそりしていた。


 顕現時に限界までマグを使ったところで、石なしなら行動時間はこの程度か。

 それでも初めと比べりゃ、かなりマシだよな。

 無理をさせたお詫びに、もう一つ石を割ると、しおれたアホ毛に張りが戻る。


 地面に目を向ければ、幾つも壺を叩きつけたような殻の残骸が散らばっていた。

 だるい腕を持ち上げてスケイルの背を叩く。力なく揺れるアホ毛を見て、素直に褒めてやることにした。


「上出来だ」

《当然!》

「それでも、すごいさ」

《我が強いのは当たり前だが、それも主の意志の強さが成したことだ》


 スケイルだけなら、こんな迂遠なことはしなくて済むだろうに。俺にも花を持たせてくれるらしい。


 背を軽く叩いてみたくらいでは違いが感じられなかったが、スケイルの足に傷はない。少し休憩して、再び立ち上がる。

 山の狭間を埋めるように生えた、木々の合間を窺って進んだ。


「カワセミだ」


 ヒソカニと比べれば、カワセミは柔らかい。一応中ランクらしく特殊攻撃は危険だが、その切り札らしい尿鉄砲も、スケイルの装甲は通さなかった。

 喰らってしまった時は焦ったが、危機を感じて初めて放つらしく、その一度で済んだ。

 カワセミが危機を感じるより先に倒してしまえばいいのだよ。

 さっさと潰してしまえば楽に稼げるいいカモだな。俺以外には。




 そんな風に、曲がりくねった道を進んでは外れて藪をつつき、道を出ては逆側へ向かい谷間の森に入り込む。

 だから時間はかかったが、直線距離はそこまでないな。


 山の起伏は消えて木々の影もまばらになり、枝葉の隙間が広がる毎に空の面積が増えていく。

 なぜか、警戒心が高まり喉が鳴る。

 期待感の間違いだろ。


 木々の途切れた向こうは、光に満ちている。

 青々とした、なだらかな大地だ。

 何も邪魔をするもののない広がる地には、敵が隠れる場所など見当たらない。

 危険な魔物が居るかもしれないと考えたが、そんな影も形もなかった。


 スケイルが足を止め、前方に広がった光景を受け止める。

 頭のどこかで、人の暮らす場所の外は、魔物に埋め尽くされているのではないかとも思っていただけに、拍子抜けするほど綺麗な自然の景色だ。


 けれど、背筋が震えた。

 感動からではなく、凍えたように。


「世界、だ……」


 狭い街に、身を寄せ合うようにして暮らす人々。

 魔物に囲まれているから、そうしなければならない。

 ずっと箱庭に閉じ込められたようだと思っていた。

 なのに息苦しいなどと感じたことはなかった。

 それどころか自由に息を吸うことのできる、解放感さえ抱いていた。


「……本物の」


 この街に居たい。この街で暮らしたい。働いていたい。居場所を作りたい。

 何度も何度も繰り返し思ったことが、本心からなのは間違いない。


 でも、その理由は、必ずしも前向きなものではなかった。


 無意識に手が上がり、目を覆っていた。


「知りたく、なかったよ」


 本当に、全体マップの外に、世界があることなんか――。







 しばらく、ぼんやりと空を仰いで過ごすと、そのまま引き返した。

 戻りは寄り道せず、真っ直ぐ街を目指してもらう。

 ちらちらと振り返るスケイルは物言いたげな視線をよこすが、なんでもないと呟き続けた。自分に言い聞かせるためにも。


 街の外は、思った以上に近い。

 これまでも探ろうと思えばできない距離ではなかった。

 それに街道にも仕掛けがあるだろうことくらい、気が付いても良かったはずだ。


 なんだか、思考ががんじがらめだ。

 来た当初に見ていたら、ここまでショックは感じなかったと思う。

 もっとパニクっていたから、それでうやむやになっただろう。


 体の疲れがたまると、考えも良くない方に傾きやすい。

 インフルエンザで寝込んでるときの、もうダメだーもう死ぬーと繰り返してしまうようなもんだな。


 だからって、その時の気分で投げやりに行動したら、それこそ後悔する。

 今はマグの減衰で疲れ方が違うから、数日は夜の討伐は休もうと思ったが、この調子では時間があると考えすぎてしまって良くない。


「決めた。スケイル、今晩は夜戦だ!」


 ゆっくり振り返ったスケイルは、呆れたような目つきで、じっと見上げてくる。

 気まずい。


「……なにか言えよ」

《気掛かりが晴れたなら良かったことだな。街に到着するまで変わらぬなら振り落とす心づもりであったが……残念無念》


 ひでぇ。自慢の主じゃなかったのかよ。主オプションて感じだけどな。


 上機嫌にグァグァと喉を鳴らすスケイルの声を聴きながら、景色が黄色く塗り替えられていく中、街を見た。

 あの小さな場所が、ゲームの全てだった。


 それが今は、家に帰ってるという感覚がある。

 元の家ではなく、ここが帰るべき故郷になった。

 そう外を見て心の底から理解した。

 笑いたいのに泣きたくなるような気分で、近付く街並みを目に焼き付けるように見据えていた。

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