142:伝播

 南街道入り口に、外側を向いた馬車が並んでいた。

 お、足止め喰らってた行商団?

 どのみち南の森へ行く際の通り道だ。慌ただしく荷物を積み込んでいるところに、ゆっくりと近付く。

 一仕事終えたらしい集まりは、疲れも見えるが嬉しそうに歓談している。


「やっと帰れるんだもんな」

「いんや、出て行くところだ」


 うわっ!

 背後から降って来た声に振り返れば、ストンリ大の方だ。

 大荷物を担いでいるだけでなく、腰には金槌のようなものの他に武器も幾つか差している。冒険者よりも冒険者らしい雰囲気だ。

 ということは?


「親父さん、また出て行くのか」

「かみさんに、いつまで一人で働かせるのかと、どやされちまうからな。ま、これがまた、いい拳してんだけどよ」


 どМかよ。


「おっと、岩腕族にとっては岩肌の具合が魅力を感じるところでな。そもそもタロウにはまだ早い話だったか、ははは!」


 そんな上級者にとっての良さなど永遠に知りたくない。

 というか、本気で俺をストンリと同い年と思ってないかこのオッサン。

 精神年齢なら俺の方が下と言われても否定はしないが。


「あ、ストンリは?」

「今さら見送りになんか来ねえよ。今でこそ、ふてぶてしいが、ちょい昔は泣きそうな顔で見送ってくれたんだがなぁ」


 温かく懐かしいものを思い浮かべたように、にんまりと口の端を上げた親父さんだが、どこか寂しげに空を仰いだ。

 親父さんには、ちょい昔でも、ストンリは小さい頃だと言い張るだろうな。


 ぐるっと振り向いた親父さんは、やけに真剣な顔付きだった。怖い。


「時が経つのは、あっという間だ。タロウ、悔いが残るような生き方はすんなよ」


 その射るような視線は、俺の顔から横へずれた。


「クェ」


 スケイルか。

 このオッサン、内心はともかく驚きを全く見せなかった。

 こんな世界で旅なんかしてると、よっぽどのことでは動じなくなりそうだよな。

 本質を見抜く力も、鍛えられるんだろうか。

 今朝のおっさんにしろ、この親父さんにしろ……。

 自嘲とはいえ、笑ってみると幾分か緊張が解れた。


「悔いは、残ると思う。でも精一杯、足掻くよ」

「ほう? この短い間に、いい顔つきになったじゃねえか。ガキ扱いして悪かったな」


 ニヤリと笑いを残した親父さんは、すぐ側のぼろい馬車に向かった。

 馬車、というよりは幌付きの荷車のように見えるが……今はその荷台に座っている。

 それで旅する気かよ。

 御者台には行商人というより農夫らしき男が座っていて、振り返って親父さんと話しはじめた。荷台には土嚢のような袋が積まれてある他には誰もいない。

 まさか、親父さんが護衛も兼ねて乗せてもらってんの?

 恐ろしい装備屋だ。


 少し意地が悪くて、それでいて率直で、ストンリが育ったらああなりそうだと思える。

 俺も、知らず親父のようになるんだろうか。違う世界の先に続いているのに、それでも似てくるか?

 分からない。

 俺には、とても親父ほどの責任感があるように思えなかった。

 もし親父をこの世界に放り込んだらと想像すると、妙な気分だ。ヴリトラソードが使えるなら喜びそうだが。

 まあ、そんなことには、なってほしくないけど。




 もう少し様子を見ようかと、馬車列の側を通り過ぎる。

 ビオたちが来たときほどの数はなく、あんな立派な箱型の馬車も、立派な全身鎧を着込んだ兵の姿もない。

 そういえば主催者は別のはずなのに、前回も今回も混ざっていた商人がいたな。

 期間も短いのに、あの人はどうやって参加したんだか。


「よぉし、こっちは大豆だな? なら荷物はこれで全部だ。あんたらは少し休んでくれて構わんよ」


 なにっ、大豆だと!?

 聞き捨てならん! 豆腐! 醤油! 納豆! おから! 油揚げ! きな粉!

 豆乳……は別にいいかな。


 古びて見えるが普通の幌馬車だ。

 オーナーらしき商人が休憩するように声をかけると、護衛だろう冒険者が荷台から飛び降りた。

 紙切れの束をめくりつつ、こちらを向いた商人。


「あっ、果物売りのおっさんじゃないか!」

「おや、あんたは木の実冒険者……っ!」


 誰が木の実冒険者だ。

 仰天の顔で飛び上がったおっさんは、紙切れを取り落として背を馬車にぶつけていた。

 同時に、緩みきっていた冒険者は即座に怖い顔でおっさんを庇うように立ったが、やはり同じように飛び上がって、おっさんに体をぶつけていた。


「ぐげぇ」

「すすすんません!」


 なんだよ化け物を見たような反応は……居たな化け物。


「お、落ち着いて、ただの聖獣だから」

《ただのではない。最高の聖獣だ》


 おっさんと冒険者たちは、あんぐりと開いた口を揃えた。


 俺は地面から拾い集めた紙切れを揃えて、商人へと手渡す。


「驚かせて、すいません。積み荷が気になって、つい声をかけてしまって」

「いやいや、こっちこそ失礼したね。お得意さんに拾わせちまって」


 安い買い物しかしてないけどな。


「まさか、幻の聖獣が存在したなんてなぁ……」


 気まずそうに笑う冒険者の方は、興味深げにスケイルを見ていた。

 この街の冒険者らが見せる大げさなほどの好奇心とは違い、これが普通の範囲の反応に思える。


「幻と言われるほど珍しいとは知らなかったよ」

「はは、そりゃ最上級ともなれば数が少ないからな。魔泉なんて分かり易いもんもない聖獣の大元に、どこで会えるかなんてのも見当がつかんし」

「それもそうか」


 そうか、じゃねーよ。

 しれっと当たり前のように知識を披露してくれたから、納得しそうになったじゃないか。


「それ、どこの場所でも同じ認識なのか?」

「え! さ、さあ? どうだっけ」

「俺に聞かれても……。なんとなく? だって魔物みてえなもんだって話だろ?」

「そういうことか。悪い悪いははは」


 誤魔化し笑いしておこう。

 魔物の聖魔素版だから、生まれ方や分裂して増えていくんだろうというところまで同じと思われてんだな。


《主よ、我が言葉よりそのようなうつけ者どもを信ずるのか! 我らに魔泉などない!》

「分かってるから」


 気が付けば、騒ぎを聞きつけた前後の馬車の奴らも集まり、各々が今回の滞在中の出来事を話していた。


「いや今回は足止め喰らってうんざりしてたんだけどよ、商人らには悪いが、俺たちにゃ運が良かったぜ!」

「くくく残念だったな。商人の儂でも契約できたぞ?」

「あんたは護衛と変わらねえよ」


 今回の護衛の冒険者らは聖獣を持たない者が多かったようで、ほくほく顔で語っていた。

 俺をそっちのけで盛り上がってくれたため、本来聞きたかったことを果物売りに尋ねる。


「この街に住んでんのに、こいつが気になるのかい?」


 不思議そうに答えてくれたということは、農地でよく作られている物なんだな。

 確かに弁当壺にも入っているが。

 しかし俺の期待は裏切られた。


「大きな豆だから、大豆と……」


 そんなオチだと思ったよ。


「こっちが普通の豆の一つだ。この大きい方は、より日持ちするから行商の一品に加えるにちょうど良くてね。しかも食いでがある」


 果物にしろ、こういった食材にしろ、基本は旅の間に自分たちが食べるものと兼ねているらしい。到着した町村で売り切って新たに仕入れ、次の街へという風に繰り返していくようだ。


 鶏もどきの餌だと思っていたため、商人がわざわざ仕入れるのはどういうことなのか聞いてみたかった、という風に誤魔化した。

 多少お喋りしたところ、この商人のようにルートを狭い範囲に決めている者は、地元拠点を通過する行商団へと混ぜてもらう取り決めをしているらしい。

 互いに安全度が増すから歓迎されているそうだ。もちろん信頼のある相手と思われているんだろうから、この仕事も長いんだろうな。

 この後は、大森林のほとんどを治めるディプフ王国の首都オレストを目指しているのだとか。


 そんな話を聞いたところで、先頭の大きな馬車から出発の号令がかかった。


「道中、気を付けて」

「ははは、この場所ほど危険なものじゃないよ。あんたも気を付けてな」


 まじか、街道の方がここより安全なのかよ。


 遠ざかる馬車から手を振る相手に、一台一台へと振り返しながら見送った。

 これで街の外にも、最上級の聖獣を手に入れた人族冒険者の話は広がるだろう。

 果物売りのおっさん、頼むから木の実冒険者じゃなくて人族と吹聴してくれよ。

 俺にできる根回しなんて、このくらいのもんだろう。


「言ったからには俺も、頑張らなきゃな」

《では、今日こそ赤き者どもを文字通り血祭りに向かうのだな?》

「血はないだろ」


 俺も持ち場へと向かった。




 南の森を掃除しながら進み、やや開けた場所で立ち止まる。

 シャリテイルの報告でギルド長は即座に行動した。

 行商団を帰したということは、魔震後の処理にも道筋がついたか、何かしら一段落ついたんだろう。

 今日や明日にでも、ギルド長から呼び出されるかもしれない。


 でも、すでに一石は投じた。

 忙しかったのかシャリテイルが躊躇ったせいかは分からないが、一日猶予があったことは、俺にとって本当にありがたい時間だった。


 それに、幸いにも国への伝達には距離の問題がある。

 少しでも他の手札を増やす、努力くらいはしておきたい。


「スケイル、頼みがある」

《聞こう》

「なんとしても、お前を走らせる」


 スケイルを見下ろすと、目を丸くしている。


「決めたんだ。できるだけ早く、走るくらいの力を付けるって。わずかな時間だろうが、お前を自由にしてやるから」

《なんとも志の低い……待つのだ! 我が舌を狙うのは卑怯なり!》


 なにか文句があるのかと思ったら、意外なことを言われた。


《しかし、お弁当代は主の生活を逼迫するのであろう。ゆっくり行きたいと考えていたのではなかったか? ほんの十数年ぽっちであれば我も待とうではないか》

「先に俺が衰えるわ。というか、そんな見積もりがあるなら先に教えろよ」


 そこまでの長期間が必要と踏んでいたのか。

 なら昨日の検証はなんだったんだ。やる前に教えてくれてもいいのに。

 いや、もっと詳細に聞けば良かったんだよな。話がくどいからと後回しにせず。


「まあでも、もう一度だけ試させてくれ」

《えぇ、やるのか主よ……》

「なんか態度おかしいな」

《そのようなことはない。主の目が節穴なのだ、そうなのだ》


 殊勝なことを言うと思ったら、こいつ疲れるから嫌なだけじゃね?


《そ、そのような疑り深い目で見るなど失礼ではないか》


 やっぱりそうだな。心置きなく試そう。

 マグ中回復をスケイルの前に掲げると、目を輝かせて必死に舌を伸ばす。

 俺は腕を高く上げた。


《クァーッ! なんと意地の悪いことを!》

「移動には、顕現とは別にマグを消費するんだろ? 現状、走るにはどれだけの石がいる?」

《……はっきりとは言えぬ》

「小サイズで数歩だったよな……」


 どちらも沈黙する。

 俺の場合、初めにあるだけの石を割っても意味がない。体内容量が少なすぎて、全部を貯められないはずだからな。


「割り続けて、追いつくか?」

《そればかりは試してみぬことには》


 言いづらそうだが、コントローラーで言えば高出力モードに切り替えた状態と考えると、初めの一歩を踏み出そうとするだけでエンストしてもおかしくない。


「……最低限、中サイズが要るな」


 ポーチを開いて、残り少ない中サイズを端に寄せる。


「やるぞ」


 まずはスケイルが抜け出し、俺は木に縋りつく。

 すぐに座ったスケイルは俺を見上げる。話があるらしい。


《主よ、その中サイズの方であれば、使用後に一歩ほど待ってから次を割ると良かろう》

「なんでだ」

《気付いておらぬようだが、その中サイズでさえ、主のマグ量を補って余るのだ》

「はあぁ!?」

《こ、これは我のせいではなかろう。我を睨むな!》

「え、なに、今まで無駄に消費してたってこと?」


 考えたら小サイズを二個使うとか、何も一回につき一つでなくて良かったんだ。

 お財布への打撃は心への打撃。

 ショックに固まっているとスケイルは偉そうに鼻を上げた。


《であるが、その大地へ還ろうとするマグをも、我ならば回収できる!》


 尾羽と冠羽をばっさばっさと振って、何かを期待した目を向けてくる。

 仕方ない褒めてやろう。


「さすがだなすごいやー」

《心がこもっているようには聞こえぬが》


 気を取り直そう。

 スケイルにしては珍しく、明確な情報だったのは確かだ。

 ああ、こいつらも人の行動を学ぶんだっけ。

 俺の考え方を、こいつなりに分析してくれたんだろうか。


 割るタイミングを考えても、間があるのは助かる。

 逆に言えば、小サイズだと引っ切り無しに潰し続けなければならないと。

 しかも数個ずつ割らなければ消費に追いつかないような。


 あれ、俺が大量発注しちゃった小サイズは銭ドブ……?

 精神的に目の前が暗くなりかけた。

 ま、まだだ。顕現時になら十分に役に立つし、後の疲労回復なら止まってからでいいんだし無駄ではないさ。


「無駄ではないとも……」

《主よ目つきが怪しいが、気をしっかり保つのだ》

「とにかく! 実践あるのみ!」


 スケイルが動こうとした瞬間、体に圧力を感じたかと思えば、吹っ飛んでいた。

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