143:鍛錬の準備

 地面に貼りついた俺は、同じく地面に横倒しになっているスケイルを、黙って見ていた。


 どうも全速力で走らせようとしたらしいスケイル。

 当然軽く走ってもらうつもりだった俺に心の準備はなく、一瞬で体が後ろへ持って行かれた。しばらく何が起こったか分からなかった。


 片やスケイルも、駆動燃料の足りなさ加減が掴み切れなかったのか一瞬で力尽き、勢いのまま地面を滑って木にぶつかり跳ね返って転がった。


 全身を打ちつけたような痛みに加え、急なマグ減少に腕さえ上がらず絶望しかけたが、不幸中の幸い。

 開けたままだったポーチから魔技石が飛び出して割れていた。

 手が辛うじて触れていたのか吸収されてくれたんで、ちかちかする視界の揺れと、頭の重さが消えて現状が把握できたところだ。

 でも、だるさは残る。


 恐らく俺は死んだような目でスケイルを見ているが、げっそりして見えるスケイルは、なぜか必死に伸ばした舌を俺の周囲でぶんぶん振りまわしている。


「なんの踊りだ」

《お弁当を掻き集めているのだ》


 ああ、俺が吸収しきれなかった分を拾えると言ってたな。

 そんな拾い方なのかよ。

 意地汚いと思ったが、本物の食材じゃないからいいか。


「いきなり、思い切り走ろうとしたろ」

《普通に走ろうとしただけだ》

「お前にとってだよな」

《無論》


 そうだな。きちんと指定しなかった俺が悪い。

 文句を飲み込こんで大きく溜息を吐き、どうにか腕を引き寄せ地面に着く。

 体を起こしても眩暈はない。そっと立ち上がる。


 まだ倒れたままのスケイルは、情けない顔つきで俺を見上げている。舌は力なく垂れていた。お弁当の全ては拾い切れなかったらしい。

 鞄の蓋を開いて近付くと、スケイルはでろでろとコントローラーに絡みつきながら戻った。

 すぐに出てきたが、鼻先だけだ。


「クルゥ……」

「お弁当は品切れだ。一度街に戻る」


 スケイル語が移った。弁当じゃねえよ魔技石。

 少しずつ買いためたのが全滅だからな……。


《我は再び眠りにつくが、必ずや復活するであろう。主が、お弁当を手にするその時まで、さらばだ》


 ひと眠りするのを大げさに言って、スケイルは引っ込んだ。

 俺も重い体を引き摺るように、のろのろと森を抜けて道具屋へ向かった。




 道具屋フェザンの戸をくぐると、珍しく普通に店先に居たフラフィエと目が合う。


「いらっ……し、師匠? どうしたんですか、薄気味悪いお顔ですよ?」


 ほっといてくれ。

 マグは全回復してるはずだが、そんなに疲れは顔に出てるのか。

 気分の方の問題なら、こんな言い方にはならないと思う……ならないよな?


 そういえばマグは回復した割に全身が重いし、マグが急激に減ると影響は残るのか? もし血が流れたようなものなら、それも理解できるが。

 でも、これまでは力が抜けて倒れるほどでも、マグ回復中サイズで満タンになってスッキリ全快だったよな。

 あちこちをぶつけたせいもあるかと思ったが痛みとは違うし。


 意識がなくなるほどの減少でない内なら十分回復できても、危険値に陥ると補充だけでは足りず休憩が必要ということはありうる。

 あ、でも、タケノコ棘攻撃を使ったときと違い、さっきは視界がはっきりしないほどだった。

 まさか、一時的に空っぽになってないだろうな。

 突如、ビチャーチャを誘導しながらシャリテイルが話していたことが過った。


 魔力がなくなれば、生命力を消費する。


 なにか……すごく恐ろしい想像してしまった。


「大丈夫ですか! ますますお顔が悪いですよ!」


 顔のことはほっといてくれ。

 あと胸倉掴んで揺するのはやめろ。


「ま、マグ回復、頼む……」

「あっ、その症状は、そうですよね! すぐですよ師匠。すぐに持ってきますからね、希望を捨てずに頑張るのです……」

「おい、そんなにやばいのか?」

「中サイズお一つで、気分良くなると思います!」


 紛らわしい言い方するな!


 真剣な顔で鍋掴みが突き出されたから、挟まっているものを黙って受け取る。

 見慣れてきた中サイズを割ると、確かにスッキリした。


「助かった。あっと先に貰ってごめん」

「いえいえ、お顔もマシになって良かったです」


 頼むから省略せず、きちんと顔色と言ってくれないだろうか。どことなく胸に刺さるんだ。そんな考えを追い出しながら、タグを出して支払う。

 やっぱり、スケイルとマグを共有してることで、何かあるんだろう。

 俺自身では把握しづらいのが問題だ。

 フラフィエが品出しを再開しながら言った。


「前倒しで作った分はどうします?」


 そういえば毎日少しずつ使いたいからと、お願いしてたな。昨日は店に寄るどころじゃなくて忘れていた。早く買わないと木箱迷宮入りしそうで不安だな。


「買うよ。それと、実は中サイズの方も必要になりそうで……どれだけある?」


 ギルドと店頭分を除いて出せる分があるなら、買えるだけ買おうかと聞いてみることにした。


「もしもの余分は残しておきたいですが、十は出せますよ」

「全部、貰えるかな」

「えっ」


 驚くよな。

 人族の俺が、小サイズのバカ買いだけでなく、中サイズをそんなにどうするんだって。普通なら価格高騰を狙って買い占め、後で高値で転売と疑われるかもしれない。


「あのぅ、お客さんが買ったものをどう使おうが気にするのは野暮かと思うのですが、どのような用途か、お聞きしてはダメでしょうか……」


 これまでも、まったく気にかけた様子はなかったフラフィエでさえ、これは異常事態と認識したらしい。もっと早く思った方がいいと思うぞ。

 が、そこはフラフィエ、気になる方向が違った。


「用途が分かればですね、それに合った調整もできると思うんです」


 職人魂を刺激されたようだ。やる気に燃える目で見上げられる。

 首の羽も炎が揺らめくように、ぐねぐね揺れている。どうなってんだそれ……。


 さすがに今朝のことだし、商店の住人にまでは、まだ噂が届いてないか。

 興奮気味に詰め寄るフラフィエに、仰け反りつつ説明する。


「俺も、聖獣を手に入れたんだ。マグをよく使うだろ?」

「ほ、ほおぉ、さすがは師匠! 山のお片付け中に、聖獣まで整頓してしまうなんて!」


 山に行ったのは知ってんのか。ああシャリテイルが寄ったのかもな。黙っていてくれたなら、俺と話す前か。などと逸れた思考が、フラフィエのお喋りに戻された。


「それならマグ回復がたくさん必要なのも納得です。私も少し出てもらっただけでつらいですし。あっ、そっか、マグ回復石を使えば良かったんですねぇ。あれ? でもそれだと……」


 何か没頭し始めたのを慌てて遮る。


「フラフィエも、契約してる? 聖獣と?」

「はい、ちょろっと王都に出かけた途中の山で、運よく出会えまして」

「へぇ……そりゃ、すごいな」


 えっへんと自慢げにしてるが、その時何歳だよ。

 こう見えて、俺が思う以上に優秀なんだろうな。


 スケイルがやたら血に飢えているような物言いをするし、戦士がどうのと言っていたから、冒険者や兵士のような奴らが契約対象のように思い込んでいた。

 商人でも契約できたと話していたのは、強そうなおっさんだったし。


 スケイルと行動して分かったのは、血に飢えてるんじゃなくて、餌に見えてるよな。意志がどうのという話も合わせれば多分、マグ強度さえ見合っているなら、誰でもいいんだろう。


「おや、師匠の目が胡散臭いです。信じてないですね?」


 あのさ、フラフィエは俺の顔に思うところでもあるのか?


「いや、冒険者くらいしか用がないと思ってただけで……」

「私だって一人前の職人。技術で嘘は言いませんよ。少し待っててください、本物の聖獣をお見せしますから!」


 俺の言葉が取り繕ったように聞こえたのか、フラフィエは鼻を膨らませて腕まくりした。腕?


「うぬむむむ、こねこねするのですー、頼むのですよー」


 何をこねる気だ。

 気合いを入れるように顔の側で両拳を握って、不思議な呪文を唱えていると、見る間に手首がじわりと光った。うっすらとした青い光の帯は、すっと伸びて何かを形作る。


「ふぅ、どうです」


 集中してるんだろう、フラフィエが目を剥いて問いかけてくるのが怖い。

 視線を無視して手首を見れば、小さな花輪から二対の翅が生えている。トンボのような翅が一度、はためいた。


 う、うわぁ、素手から生えるのかよ。

 スケイルが俺の腹から生えたところを想像して気分はエイリアン。正気に戻れ。


「ええと……面白い、腕輪だな?」

「聖獣です! 花の舞種のパタパタちゃんは、とっても便利なんですよ?」

「そ、そう」


 便利なんだ。

 花の舞って、種類の名前にしては曖昧な感じがする。


 フラフィエがさらに唸ると、翅がパタパタしながら花輪に沿って手首をゆっくりと回り出した。なるほど、舞ってるな。翅の方だが。光ったらライブ会場で売れそう。


「そりゃあ、聖獣の中では最下位ランクにされてますけれど、マグを扱う職人にとっては最上級といっても過言ではないんですよ」


 ぷぅと口を尖らせたフラフィエは、腕輪を見下ろし不満気に語り出した。


「それで、どんな効果があるんだ?」

「そう、それですよ! この子はマグの通りを良くしてくれるので、大量のマグを使ったりと、ちょっと難しい加工を楽にしてくれるんです」

「それじゃ、結局はどの聖獣も使う奴に合うかどうかなのか。なのに分類じゃなくて、ランクがあるのは不思議だな」

「あぁ、まぁ、それは仕方がないです。やっぱり、上位になるほど強力な魔技を持っていたり、マグによる性能差は見てとれますから……」


 あー、上位だと戦闘系になるから職人には必要ないけど、やっぱり魔物がいるような世界なら、そっちが上になるのも納得はできる。


 前に聖獣掘りツアーで下位ランクの列に紛れ込もうとしたが、例え手に入れられても俺には無意味だったのか。

 ますますスケイルで良かったような、宝の持ち腐れ感が強くなったような……。


「そうでした、師匠の聖獣の話でしたよね」

「まあ、そうなんだけど……」


 というか一見に如かずだ。鞄に手を突っ込んでコントローラーを叩く。

 マグは回復したから、少しなら問題ないだろうと思うが。


「クゥェ……」

《お弁当の気配……》


 さっそく目を半分出して、キョロキョロしはじめた。


「弁当は、もうすぐ手に入る」

《それは朗報。ぬ、我が同胞ではないか、久しいな》

「こいつなんだけど、フラフィエ?」


 目を剥いたまま固まっている。

 くるくると腕を回り続ける翅がシュールだ。




「失礼しました。とってもびっくりしてしまって」

「いや、みんなそんな感じだし」


 翅が萎びるように項垂れてから、ようやくフラフィエロボは再始動した。

 一分は待っていた気がするが、その状態で集中していたらしいのがすごい。


 花輪を消してからマグ回復石を割ったフラフィエは、首を振った。


「やっぱり、私にはあまり意味がないようです」

「どういうことだ?」


 それは単純なことだった。

 マグを利用した道具を作るのに、毎回聖獣を出して消費していたのでは、割に合わない。マグ回復する道具を作って、それ以上に消費して、さらに回復するんじゃなおさら商売にならないということらしい。特に小回復程度なら価格に上乗せするほどでもないよな。

 そもそも俺のように眩暈がするほど消費するなど、滅多にないということだ。


 やっぱり、これまでこんなやり方が普及してないのには理由があるよな。

 これは商店主としての意見だが、他の立場でもそういった何かがあるはずだ。


《主よ、それこそが我の能力だと知らせたではないか》

「そうだけど、他の意見も合わせた方が参考になるだろ」


 疑ってると言うとうるさいからな。


「ほんとうに、スケイルさんはすごいですねぇ。お話もできるなんて……あっ!」


 突然フラフィエは、夢から冷めたように飛び上がった。

 魔物化しないでくれ。


「マグ回復石の調整についてのお話を、お聞きしてもいいですか?」


 そうだ、あんまり話し込んでいても邪魔だな。

 というわけで、簡単に事の次第を話した。


 俺のマグ容量以上のマグを利用して、スケイルの外での活動時間を延ばす試み。頭ではうまくいきそうと思うが、動作がついていかない。倒れて魔技石を、うっかり潰してしまったことなどだ。


「本当に、ごく短時間でいいから、どうにかならないかと思って」

「それなら、ほんの少しですが固めに作ってはどうでしょう?」


 お、単純だけど、今すぐできそうじゃないか?

 実際のフラフィエの負担はどうかを確認したが、それが楽だそうだ。


「まだ作ってない分を調整させていただけば良いのですから、お任せください」


 追加手数料は五百マグでいいと投げやり価格だったが、フラフィエの場合はストンリと違って見栄をはったり気を遣ってのことではないから、そこは気楽だ。

 その日に買える中サイズ十個と小サイズ十個を買って、店を後にした。




「ああ、胃が痛む……」


 よもや消耗品に、五桁をぽんと支払う機会が来ようとは。

 脂汗を拭って、スケイルの冠羽をガシガシと撫でる。


「グギャグギェギ」


 お弁当で元気を取り戻したスケイルに、もう一度頼む。


「まずは、軽く走ってくれるか」

《それが良かろうな》


 恐る恐るスケイルの背に跨る。


「あ、やっぱ歩くくらいのつもりでええぇぇ……!」


 再び投げ出されて気が付いた。

 随分と、疲労感からは遠い生活を送っていたせいで忘れかけていた感覚。

 全身が重いのは、本当にただの疲れだということに。

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