134:大量発注
「フラフィエ、いるか?」
看板が出ているならいるはず。一歩店に踏み込んで足が止まった。
お、床があるじゃないか。
ちょい前に来たときは納品用の木箱で埋まっていたが、半分ほど減っている。
しかし俺の感心は、店の奥から空箱を蹴ったような音が届いて消えた。
ガッコンガッコン躓いたような音が、また増えてるじゃねえか!
「はいーいらっしゃいま、あっ師匠! まままさか抜き打ち調査ですか? えげつないです!」
俺はフラフィエの中で何者になってるんだよ。
近所のお節介おじさんか。失礼な。
「買い物だ。ちょっと困ってるんで相談したいんだけど」
一々おかしな反応に付き合っているとぐだぐだになるから、ずばっと用件を切り出した。
「ふほー、魔技石をまとめて発注ですか。手間のかかる物ではないですし、構いませんよ。ギルドへの納品も半分は済んだところなんです」
さすがは専門職。こういったことなら頼もしい。
「ああそれで箱が減ってんのか」
「出来た分からある程度持っていってもらわないと、ここもギルドも臨時の置場がないですからね」
確かに。他の店は通り沿いにも商品や荷車を置いたりと活用しているが、ギルドの前はすっきりしている。人の出入りが多いせいだろう。周辺は長屋に囲まれていて、倉庫らしき場所はたまに見に行く書庫がおまけの部屋だけだ。
後は受付カウンターの向こうにさえ積まれているくらいだもんな。
ここに場所がないのは、言わずもがな。
「それにしても、師匠のお買い物はいつも変わってますねー」
「ま、まあ、つい色々と調べたくなってさ。は、ハハハ……」
「師匠は知りたがりでしたね。でも探求心なら私だって負けてませんよ! えっへん、聞いてください! 実は荷崩れ防止付きの画期的な木箱を試作中でして」
「本業を頑張ろうか、な?」
「は、はい!」
つい師匠モードに入ってしまったが、無事にマグ回復石小サイズ120個の作成を依頼することができた。
結局、今晩の疲れ具合を確かめることもなく三十日間一日四つ使う計算で注文してしまったが、予測通り数が数だけに俺がフラフィエに指名依頼する形になるためだ。
ギルドを通すから手数料が発生するらしく、だったら多めに頼んでおいた方が面倒がない。
「腐る物でもないしな」
「劣化はしますよ?」
「え、そうなんだ」
「はい、大体は一、二年ほどですね。でろりんとしてこびりつくので、形が崩れてきたなーと思ったら捨てちゃってください」
「型崩れということは、青っ花蜜の劣化が早いとか?」
形を保ってるのは蜜の働きと聞いたし、マグ自体は腐るようなもんじゃなかったよな?
いや、確かめたことはなかった気がするが。
「そうなんですよ。元が蜜だからでしょうか、うっかり物を詰めた木箱の底に古い魔技石がたまたま偶然入っていてですね、ぺったんこに固まった上に、べったりと染みを作って取れなくなっちゃいましたからね。師匠も気を付けてください!」
ああ、片付け依頼を受けたときに、変に底が黒ずんで不気味な箱を解体したことを思い出した。あれがそうだろう。自信満々に忠告してくれたフラフィエには曖昧に頷いておく。
「はい、依頼書です。今回は私が作成しましたけど、こんな風に書いていただくだけで大丈夫ですから」
「助かったよ。ありがとう」
フラフィエから渡された葉書大の依頼書を受け取る。いつもと変わりなく単語を並べただけといったシンプルなものだ。
違いは、まず依頼者として俺の名が書かれ……待った。
「この、お師匠というのは訂正してもらおうか」
「わぁうっかりしてました!」
改めて棒線で消された端に、小さく俺の名が書かれた。
納品期日は大ざっぱだ。出来た時が渡し時。大らかでいい世界だな。
もちろん理由はギルドへ納める分が先だからだが、半分は終わってるようだし、いいタイミングで良かったよ。
「三日後辺りからの作成になりますかねぇ」
「随分と早いな」
「今は材料も揃ってますし、まとめてやった方が楽ですからね。ついでです」
ついでかい。ほぼ使われない小サイズだもんな!
それはそれとして、明日からの数日分を融通できないかも聞いてみた。
「少し店のやつを買うとまずい? この注文とは別でいいんだけど」
普段どれほどの頻度で売れていくものか分からないからな。
初めて俺が買ったときは埃をかぶっていたが、あれは脚立が埋もれて手が届かなかったせいで間違いない。
「いえ含めちゃっていいですよ。そんなに出るものではないですから。あ、早速ご入用ということは、何度かに分けてお渡ししましょうか? ちょうど毎日作ってるところですから、少し余分に作るくらいは大丈夫です。あるていどまとまった数なら、四日後あたりになっちゃいます」
「無理せずできるもんなら、それで頼みたいかな」
「少しずつ受け取ってもらえるなら、私も部屋で失くす……いえ場所を取らずに助かりますし!」
よし、必ず接収しに来ると心に決めた。
慌ただしく作業場へと消えたフラフィエを見送って、俺も店を出た。住宅街の狭い通りを歩きながら、手にした紙切れを見る。
急な大口仕事だというのに、フラフィエは普段の販売額のまま引き受けてくれたため、代金は三万マグ。俺には痛い出費だが、他の奴らには、はした金だろう。それでも、俺が誰かに依頼書を出せるなんて思わなかったな。
大通りに出たため、紙をポーチにしまう。
一般の住人が行き交っている時間帯だが、今はそう多くない。一番人が増えるのは、晩飯の仕度の為に奥様方が訪れる夕方前ではないだろうか。
そんな通りの数軒おきに並ぶ店の中で、特に閑散とした雑貨屋を目指す。革製品を専門に扱う、前にブーツを買った店だ。そういえば、元の靴につけた滑り止め加工が優秀なため、新しい方は夜くらいしか履いてない。
店の戸口からすでに革独特の臭いがする。
足を踏み入れ、ふと見回した壁の一面に、ウギのヒラキをそのまま乾燥させたような大きな木枠が貼りつけてあるのが目に入った。嫌なタペストリーだ。
それから目を逸らしたところに、商品棚の間から声が上がった。
「いらっしゃい」
胸辺りまである棚の向こうには作業台があった。
立ち上がったおじさん店員の、なめらかな革のエプロンには幾つも大きなポケットがついていて、道具が詰まっているようだ。革の切れ端を手にしてるし、職人だろうな。
そのおじさんが横を向いた時、垂れ気味の羽が目に入る。こういった手仕事は首羽族のイメージ通りだなぁなんて思ったとき、俺は恐ろしいものを見てしまった。
おじさんの羽に十円ハゲが……十円玉はないはずだが、嫌な現実感だ。
「待たせたねぇ。何がご入用だい?」
「はっ、はい! ええと、これいいですか」
慌てて、側の壁沿いに並べられた棚へと目を向けた。一角には、大小さまざまな鞄が詰め込むように飾られている。その最下段にある、すし詰めの一つを、店員に了承をとって手にする。
四角く平べったい鞄で、ウェストバッグと呼べる程度には小さめだ。ベルトも細めだから、元から今つけてるような幅広のベルトに取り付けるものなのかも。手触りは柔らかくマチ幅も余裕があり、嵩張るものを無造作に突っ込んでも問題なさそうだ。そう、すり鉢とか、すり鉢とか……。
革製品の中で一番安いやつだからカワセミ製だろう。素材の強度的な不安はあったが、素材がふんだんに使われ補強されていた。おかげで一万もする……それでも安いに違いない。ここは迷わず即決!
支払いを済ませると、漏れそうになる溜息をこらえる。
金銭感覚の崩壊が危ぶまれるが、人の好さそうな店員を不安に陥れるわけにはいかない。
「つけて確認してくれるかい」
そう言われてポンチョを開くと、店員は困惑気味に微笑んだ。
ケダマ草をパンパンに詰めた袋を括りつけたままだったよ。
歪に膨らんだ道具袋を、コントローラー入りも含めて取り外し傍の台に置く。そそくさと買いたてのウェストバッグを元のベルトに通した。
「どうかな? 長さが気になるなら調整するよ」
安いだけあってか、バックルのような金具部分がなく細かい調整はできない。
それで、体に合わせてカットしてくれるらしい。店員が大きな鋏を手にしているからそうだと思う。
ありがたいことに小サイズらしいため、俺には丁度良かった。やっぱ、しっかりベルトのついた鞄はいいな。
問題ないですと言いかけた時、台に置いた道具袋の一つがわずかに膨らんだ。
すかさず掴んで引き寄せる。
「クェ!」
《鼻が!》
店員が目を丸くする。
「あーゲヘッゴホンッ! すいません喉が絡んで変な声が出ました!」
不思議そうだった店員は、人の好い笑顔に戻った。
危ないところだった……。
「ちょうどいいです。このままもらいます!」
「また来ておくれー」
掴んだ袋を手にしたまま店を飛び出し、もう少し静かにしてろとスケイルに釘を刺したが、袋に話しかける危ない奴だよ。
急いでギルドへ駆け込んだ。
ケダマ草を渡す際に、トキメの様子を窺ったが、特に俺に対しての妙な反応はない。やっぱり、まだ何も伝えられてないようだ。
ついでにシャリテイルの様子を聞いた。
「ああ、また今朝から岩場方面に向かったからね。戻りはもう少しかかるよ」
伝言は無いらしい。
また遠出してるのかと複雑な気分だが、怪我は大丈夫なんだろうと分かって少し安心した。
最後に依頼書を渡す。
「これの受け付けを」
「おお、道具屋への発注か! 最近は頑張ってるなぁ」
これも特に不審がられる様子はなく、わずかな緊張もほぐれる。
依頼書には俺とフラフィエの名前に、商品名と個数しか書かれていない。ガバガバだよな。簡単に悪事への利用を思いついてしまう。
そんな短文だ、トキメは別紙に依頼内容をさっと書き写して二枚に署名した。
元は俺が受け取り、控えはトキメが引き取る。特に俺の署名は必要なく、たんに依頼を受け付けた証明ってことだ。俺が持ってる方の依頼書は商品と引き換え後、フラフィエが報酬を受け取るためにギルドを訪れたときに、ギルドに保管されることになるとのことだ。そこは俺が草刈り依頼を受けたときと特に違いはないな。
「初めての取引のようだね。なら少し説明をしようか」
素直に頷いて耳を傾けた。
冒険者に依頼する側もギルドに登録しなければならないのは、来てすぐの俺が最弱という悲しい事実と共に知ったことだ。
依頼書は法に基づく契約書といった堅いものではないし、ギルドも依頼内容について関与しないらしい。
あくまでも自己責任ではあるようだ。
しかしギルドは確かに取引があったという証人であり、問題があれば取り持つ役目を負う立会人。第三者の目があるだけでも、抑止にはなるだろう。
だから依頼者が冒険者であろうとギルドの立場は変わらず、当然冒険者として登録している俺も、依頼手数料は支払うことになる。これにはランクによる恩恵はないようだ。ギルドという意味では真っ当な仕事のような気はするが、ここでの本業ではないしな。
「手数料は前払いになるよ」
それで解説は終わった。
そんなわけで依頼料三万マグを預けて、そこから手数料として一割の三千マグが吸い取られていったのである。
大きな違いはここだったよ。低難度の依頼から手数料が引かれないのは、ギルドが発行している依頼だからだった。俺の草刈り依頼も実質ギルドの斡旋だったもんな。
書かれた額面から手数料が引かれるなら、もう少しおまけして作って貰えば良かったかな?
まあ、何かあれば仲介するなら微々たる手数料だよな。この街で問題が起こることなんぞ考えられないが、まあ保険なんてそんなものかもしれない。
なんにしろ初めての行動は楽しいものだ。
一つ新しいことを体験したら、俺も初心に返って地道に稼ごうと気合いが入る。
ということで、再び南の森へ向かった。
「クルァァ……」
《やっと外の空気を吸えたか……》
別にコントローラーの内部がこもってるとかじゃないよな?
袋の方は知らんが。そうだ、ここで入れ替えよう。
「お前な、ひやっとしただろ」
《死臭漂う空間で、楽し気に語らう主らの様子が見てみたかったのだ》
そんなホラーな状況はない。
「まったく……ほら、これで広くなったし、頭も出しやすくなったろ」
改めてウェストバッグから頭が出たところを見ると、物を出し入れするのは厳しそうだな。コントローラーというかスケイル専用になりそうだ。
大きさは、頭の方にちょうど良さそうだが、コントローラーの端には隙間ができる。端切れでも詰めておこうと思ったら、柔らかいため意外と足りない。すり鉢を布と一緒に詰め直した。今はこのくらいでいいだろ。
「被せ蓋のベルトは解いておくから、自力で押し上げてくれ。居心地はどうだ」
文句言われたところで変えようもないが、一応聞いておこう。元の道具袋は口を堅く縛っておきたかったから、俺の方は分けてスッキリだ。
気分の良くなった俺とは反対に、スケイルは鼻に皺を寄せる。
《天蓋付きの寝床とは、気が利いている。しかしな……いや言うまい》
素晴らしくポジティブな見方には感謝したいが、やっぱり一言つくのか?
「気になることがあるなら、俺が聞いたときに言っておけよ。後からの文句は受け付けないからな」
《いや、こうも空気がまずいのが残念でならないと思ったまでだ》
「ああ、それはしょうがないな。革の臭いは時間が経てば消えるから、しばらく我慢しろ」
《そうではない。これは紛らわしかったな。久々の外の空気のまずさに、耐えがたくなり、ついぼやいてしまったのだ》
こんな、ど田舎の空気がまずい?
そりゃ都会と比べれば、土だとか家畜だとか、なんというか生活臭は強いだろうけど。
「鼻に苔草でも詰まってんじゃないか?」
《なっ……!? あのような下劣な魔の草に憑りつかれたというのか、どうだ主よ、我が神聖なる鼻腔は無事であろうか!》
「ええい、ふがふがしながら鼻を押し付けんな、よ!」
《頭から苔草が生えたらどうするのだ!》
「それはおもしろ……いや気のせいだった、生えてない生えてない!」
スケイルは大騒ぎしていたが、自分で確かめる方法はないのかと聞いたら舌で……これ以上の解説はやめておこう。
《それは僥倖。まずいのは、以前よりも邪なる魔素が濃くなっているからだ》
「初めっから、そう言え!」
《ぬがぁ! はっ鼻の穴が広がるではないか!》
疲れるやつだ。結局、鞄の居心地に問題はないらしくて良かったよ。
荷物をまとめなおすと、半ば八つ当たり気味にカピボーを倒しながら、南の森を西へと歩く。
「拾いたくて拾ったわけでもないのに、その餌代を稼ぐ羽目になるとは……いやいや一度決めたことだいつまでも文句言ってないで敵に集中……」
《ぶつぶつと、なんの呪詛を唱えている。我にも教えよ。我も呪いたーいー》
「ええい呪ってないって。お前の餌代をどう稼ごうか考えてるんだよ」
《餌とはなにごとか! 我の弁当!》
ずっと寝てたからなのか? 好奇心旺盛すぎる。
頭を擦りつけてくる仕草は犬のようでかわいい気がしないでもないなどと、気の迷いが生じてしまうのが恐ろしい。蜥蜴頭だし羽も鱗もどきだし、擦り寄られても、ざりざりごわごわして触り心地はまったく良くないというのに。
くそう、森の雫種やカピボーの方がよっぽどマスコット枠じゃないか。
間もなく目的地に到着すると、またしてもスケイルは叫んだ。
《何故だ主……我をたばかったのか!》
悲痛な叫びが響き渡るが、気にせず空き袋を手に取り仕事を再開する。
「確かに俺は、お前の弁当代を稼ぐと言った。これがその準備だよ」
《何故に、草ごときを毟る!》
「俺の飯の種を草ごときとはなんだ。こいつらだって立派にご近所の敵なんだぞ」
《これで、いつになれば我の力を発揮できるというのだ!》
ええい、間近でさわぐな。
「お前が言ったんだろ、最弱種族だって。そんな俺でも結構稼げる依頼なんだよ」
スケイルのアホ羽が項垂れる。
「侮るんじゃない。今借りてる宿もな、こいつのおかげで借りれたようなものなんだからな」
《しかし主よ、もっと強い敵に遭いに行くべきではないか。その方が稼げるのだろう?》
そんな知識はあるのかよ。
「何がなんでも、こいつを終わらせるから……動くなって!」
《我つまんない!》
いい時間だが、まだシャリテイルが現れないのは珍しいことだった。聞いた行き先を考えれば、戻るにも時間がかかるとは思う。ケダマ草毟りを再開したのはそのためだ。もう一度、袋いっぱいに毟っておけば増えすぎた分はなくなるし。
それでもまだ現れなければ、こいつに付き合ってやるか。うるさいし。
「クルゥグルリィ!」
「舌を巻きつけんな。ああもう、これだけ集めたら魔物の溜まってるところに行くから、シャツを噛むなって」
《今度こそ真実だろうな?》
「もちろん」
ほくほく顔のスケイルに対して、俺はげんなりしつつ草を毟り続けた。
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