131:聖獣の罠

 チュイチュイ。

 うぅー……うるさい丸鳥め。もう朝かよ。


 朝? いつの間に寝たんだ?

 うっすらと、変な生首との会話が浮かぶ。

 どうやら、話している内に眠ってしまったらしい。


 それにしても、なにか違和感が……ぐ、胸苦しい。なにか異物が俺のベッドを狭めている。このひんやりとして、ざらつく手触り。

 目を開けると蜥蜴頭がそこにあった。


「クアァー……クプゥー」

《良い寝床である……よきかな、よきかな……》


 そんな風に呟いたが寝ているらしい。首を伸ばして舌を垂らし、まぶたが薄っすら開いてぴくぴくと反応している。夢でも見てるんだろう。夢、見んのかよ。

 キモすぎる。


 棚にしまおうとするとうるさかったため、仕方なく枕元に転がして寝たのを思い出した。だというのに、俺を枕にしてやがる。

 頭だけで移動したのかよ。ずるずると這いずる巨大蜥蜴頭とかホラーだろ。

 また毟るぞこら。


「どけ」

《プォ……おお主か、よくぞ甦った》

「死んでねぇよ」


 きもい頭を押しのけて体を起こす。


《遅いわ!》


 タウロスは元気よくコントローラーから飛び出して床に着地、しようとして洗濯物のポンチョに頭を突っ込んでもがいた。

 俺の一張羅!


「手荒に扱うなよ!」


 あろうことかタウロスは、ポンチョを口で引っ張って縄から取り俺の膝に投げ捨てた。


「げっ、なにしやがる!」


 牙が思いっきり引っかかったように見えたが、穴は開いてない?


「お前……これで本物の獣だったら、涎とかで大変なことになってるぞ」


 汚してたら、今度こそ羽を毟るところだった。


《ぬ、失念していた。かろうじてといえども、戦士とは己が装備にこだわりを持つのだったな。今後は肝に銘じて、主の元へ届ける我が使命としようではないか!》


 ばっさばっさと尾羽を振って、目をきらきらさせて俺を見ている。期待を込めて何かを待っているような雰囲気。まさか、それで褒めてもらえると思ってる?

 そんな朝一で朝刊届ける犬みたいな仕事が嬉しいか。

 色々とツッコミたいが追いつかない。


「いや、そう……俺にもこだわりがあるから。また別の事で頼むよ……」

《さようか!》


 俺の返事に特に残念がるでなく、タウロスは窓際へと這い寄った。その背をぼーっと眺める。

 改めて見ても、わけの分からない塊だ。


「……ほんと、なんなんだよ、このへんてこな生きもんは」


 ゲームには聖獣といった名前はなく、該当する要素といえば、武器に物理以外の属性を付与する素材でしかなかった。

 説明書の片隅に小さく精霊らしきイメージイラストがあるのみだったとはいえ、それすら似ても似つかない。

 ぬめっとしそうな毛並み、今にも涎が垂れそうな口元、獣臭……は、一応ない。


「きめぇんだよ……」


 そんな生き物に視界が占領されている。

 狭い民家の一室で、なんでこんな、もっさいペットを飼わねばならんのだ。


《我が下位存在である鳥どもが、夜が明けた贄を寄越せと騒いでおる》


 俺の平穏な朝が乱れる……。

 窓に張り付いて鳥を脅かしたかと思えば、今度はベッド脇に戻って俺を見下ろす。

 そして顔を輝かせながら犬のように尾羽をばっさばっさと振っているが、言ってることには爽やかさの欠片もない。


《さあ主よ、仕度せよ。赤きものどもを血祭るこの上ない日和である! 久しき我心躍るぞ!》

「ああ、うん……」


 現状把握が追いつかず、どうしたもんかと見上げていたら焦れたらしい。今度は人間の手のように平べったい前足で、ぺしっぺしっとベッドの縁を叩いてくる。目の粗いシーツだし、宿の物だから不安になり視線を向けたが、一応、爪は立てないように気を遣っているようだ。

 これが犬だったらいいが、巨大なトカゲの足だぞ。まったくかわいくない。


「クァウッ!」

《どうした、昨日の闘志を見せぬか!》


 しかも舌を出した顔を寄せられると、食われそうで怖いし……。

 起き抜けだというのに、もうげんなりしてきた。


「ハァ……うん、そうだな。起きよう」


 行こうか、仕事へ……。


 立ち上がると、タウロスはコントローラーに飛び込んだ。

 気が重いままながら着替えていると、徐々に頭も働き始める。

 俺の日常は変わらない。というより、いきなり変えようもない。


 とりあえずシャリテイルとの約束はあるが、食堂におりても姿はなかった。だったら出かけてしまって構わないだろう。

 俺が行ける場所なんて、たかが知れてる。きっと見つけてくれるに違いない。




 いつものように食い終えて出ようとしたところで、ここは宿だと思い出した。

 一応、人間サイズのやつがうろついてるんだし、おっさんに報告しておいた方がいいだろうか。

 大人しくコントローラーで寝ていてくれるなら放置するところだが、部屋でのように勝手にふらつかれると、見られた時に言い訳できない。

 どうせ俺は間借りしてるに過ぎない、しがない冒険者だし。


「タウロス、ちょっと頭を出してくれ」

《よかろう》


 コントローラーを人目に晒したくないとはいえ、正直タウロスの頭がでかいため本体は隠れて見えない。

 実を言えば生えてるように見えても、付け根辺りは青い光の断面図のようになっており、本体に乗ってるというか覆っているような感じだ。

 首のあたりを手で持てば、青い光も見えず、どこから出ているのかは完全に分からないだろう。この青色も、色がついた部分を便宜上光と呼んでいるが、そう光量はないしな。


 おそるおそる記帳台奥の壁に声をかけると、すかさず現れたおっさんの前にタウロスの頭を向けた。


「あのう、おっさん、実は相談がありまして。これなんですが」

「なんでぃ改まって、ふぅお、おお、おおおおお……」


 おっさんは普通に喋るトーンのまま変な声をあげながら後ずさり、裏手に消えてしまった。と思ったら壁板が引っくり返る。

 あ、戻ってきた。


「い、いやぁ、すまん。ちと、脅いちまってよ」


 それは、よく分かった。

 精神的な余裕がなかったせいで感覚が麻痺してしまったんだろうか。俺だって普通に見かけていたらもっと驚いていたはずだ。

 おっさんは、どこか気の抜けたような顔付きで、タウロスを右から左から見下ろしている。


「クェァー」

《我を睨むか》

「ほぅっ、鳴いた」


 タウロスが動くたびに、びくっと仰け反るおっさんの精神安定のためにも急いで話を終わらせた方がよさそうだ。


《戦いたいと言うならば、相手になってやろ……主よ、なぜ目隠しをする》


 ガンくれてんじゃねえよ。


「ええと、こいつ飼っていいでしょうか。一応は聖獣らしいんで、部屋を汚すことはないと思うんですが。ちょっと出てくるとでかいんで、たまにうるさいかなぁと。なんなら、こいつの分の宿代も払います」

「あぁ、おぉ、そういやぁ今朝も、どんと響いたのはこいつの仕業だったか」

「すみません、今後は気を付けます……」


 よく考えたら、頭だけでも重量を感じるんだし、全身となれば相当重いよな。

 下手したら床抜けてたんじゃ……。


「タウロス、部屋で飛び跳ねるなよ。やったら追い出すからな」

「クァウエェ……」

《ふむ、ふやけた面構えからは想像できぬほどの気迫。それほどの大事とあらば承知した》


 いちいち余計なことを付け加えなきゃ喋れないのかよ。

 まあ無駄な問答するよりは、聞き分けがいいのは助かるが。


「いやぁ、この街に長く住んでりゃ聖獣くらいは知ってっけどよ。こんなのは初めてだ……とにかく、おめぇさんの装備みたいなもんなんだろう? 床板が割れないように気を付けてくれるってんなら、宿代はいらんよ」

「いつも、面倒かけます」


 おっさんは幾度か目を瞬かせて、ようやくタウロスから視線を外した。

 おっかなびっくりのおっさんを気の毒に思いつつ礼をすると、変な驚き方をしたのが恥ずかしかったのか、誤魔化すような笑い声をあげつつ去っていった。


 ふうと溜息とともに肩が落ちる。


「移動する間はコントローラー、じゃなかった……小道具の中で大人しくしててくれよ」

《では殺戮の場に着き次第、呼ぶが良い!》


 急いで道具袋に突っ込んで、通りを駆けだした。


 困った。

 こいつが出入りすることを考えたら、紐でくくる道具袋だと面倒くさい。高いから避けていたけど、ベルト付きの革製バッグを買うしかねえかな。とはいえ、まだ開店前だ。

 それまでは、近場で過ごそうと南の森へ向かった。




 しかし、なんだろう。

 すごく眠いというか、まぶたが腫れぼったい感じだ……。

 寝不足? 夢見が悪かったんだろうか。

 悪いに決まってるな。人の腹を枕にしやがって。


 ちらっと、ベルトにくくった道具袋から頭を出している原因を見下ろす。

 ギザギザした凶悪な歯の並ぶ口を開けて、紫がかった気色の悪い舌をだらんと垂らして揺らしながら、目を剥いて空をぽけーっと見上げている。


 無性に殴りてぇ……。


 俺が足を止めたとみると勝手に顔を出して、赤きものはどこだと喚きながら辺りをキョロキョロ見ていたが、ろくな魔物も出ないとなると、こうしてぼんやりしていた。


《クファー、いい陽気ぞな》


 暢気で羨ましいな。


《なんだ主、覇気がないではないか。退屈な顔がますます、この大草原の如く平坦になっておるぞ》


 どうしてくれよう……。


 南の森といっても、草原沿いのケダマ草毟りに来ていた。

 昨日は思う以上に無理したようで、どうも怠さが消えてないからな。しばらく魔物退治ばかりで採取が疎かになっていたことだし、体を休めつつならちょうど良い仕事だろう。


《主よ、なぜ赤きものと戦わぬ》

「昨日、戦った」


 ぞんざいに答えるとタウロスは項垂れた。重い……。


「クルゥン……」

《これでは我の力が発揮できぬではないか……》


 拗ねている。

 何年も寝ていて久々に出たら草退治か。暇な気持ちも分からんではないが、俺にだって生活がある。

 いつまでも構っている暇はないと、黙々と毟り続けた。




 しばらく手を付けられなかったからケダマ草は増えていた。おかげで体調がいまいちにしては四袋分はあっという間に貯まったのはいいんだが。

 顔を上げると視界が歪み、手近な木に手を付く。


「おかしいな……」


 だるさが消えない。

 いい加減、頭がはっきりしてもいいのに、疲れもとれてないし。それどころか、ますます体が重くなっていく。

 ずっとテンション低いのは、てっきり昨日からの心労のせいだと思っていたが……どうも違う。


 なにかに似てる。

 覚えはあるんだが……ただ、原因に心当たりがない。


《主よ、なにをぽやっとしておる》


 お前には一番言われたくないんだが。


「やけに、体がだるいんだよ」

《ほう、さすがは人族。やわよの。いや人族がそれで済むというなら、なかなかの逸材かもしれん》


 タウロスの鱗で装備を作ったら、いいもんができそうだよな。素材をストンリに預けたら喜んで作ってくれるだろう。ああ、毟ったらマグとして消えてしまうんだったな。実に残念だ。いや待てよ? 毟り続けたらコントローラーに貯まって、増えたりしないだろうか。家賃代わりにいただいてもバチは当たるまい。


《ぬぬ、我も急に寒気を感じるぞ》


 さすがは間抜け面だろうと最上級の聖獣。俺の最弱な殺気を読むか。

 それより、こいつ思わぬことを言わなかったか?


「人族がそれで済むなら……?」

《うむ。もしやマグが回復していなのではないかと思ったのだ》


 その通り、怪我したときの貧血ならぬ、貧マグ時と同じ。

 やっぱりそう思うのか?


「確かに、その感覚だ。けど原因が分からん。怪我もしてないし、たかが睡眠不足でここまで疲れるのはおかしいんだよ」

《主は少々抜けておるな。我がこのように顕現できる理由を知らぬのか?》


 あ……。


 そうだった。シャリテイルも言っていたじゃないか。

 呼び出したとき、維持するにもMP取られるのだと……。


 いやいや、さすがに覚えていたけどさ。

 でも、一部がはみ出してるだけだろ?

 一体どんな状態なんだとスルーしてたんだ。

 これもカウントされるのか……。


「……マジかよ」


 なんでこいつ、そんな大事なこと言わないんだ?


「俺が、最弱の、人族だと、侮っていたくらいだったら、こうなるって、分かるだろうがッ!」

《プギヒィー!》


 青空に、タウロスの叫びが響き渡った。

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