119:防具の新調を考える
北の森というか放牧地沿いへ向かおうと走り出していたが、ふと速度を緩める。
ギルドに寄っていこうか。どうせ通り道だ。
シャリテイル宛てに伝言を頼もうと思ったものの、何をどう言付けりゃいいのか迷う。どちらにしても、時間が取れるのは魔震の確認を終えてからだろうな。
ひとまず詳細は後回しにするとして、その間は何をしてようか。
「マグ集めですよねー……」
繁殖期の今だからこそ、魔物を倒すのは無駄でもない。おさらいでもしようかと前回のアクシデントを思い返した。終了後、間もなく大変なことがあったな。
ビチャーチャとかいう泥団子の魔物だ。
あいつが街まで来ると心底面倒くさいし、日暮れ前にも一度は沼周辺を回っておいた方がいいかもな。山並みの方で潰しきれなかった魔物が流れてきて生まれるなら、俺があの辺だけを片付けようが無意味かもしれないけど。
ただ、あれだけ生まれ方が違うのが気になる。
なにかしら泥沼が原因で、分裂して潜むはずが逆に融合してしまってるということはないか?
ツタンカメンなどの少なさをみても、魔物は種類だけでなく数にも、環境に影響され易いようだもんな。あのクソ狭い場所に、気持ち悪いくらいの数が潜んでたことを思い出せばあり得る。
草原では、ケムシダマが増えすぎると押し出されるように街の側まで溢れてくるとも聞いた。沼の魔物は硬い土を掘るのは苦手のようだったし、沼に入ってから狭いと気付くが、ひしめき合って抜け出すのも困難。仕方なく再融合。どうだこれなら辻褄が合ってなくもないだろ。
げっ、あの沼どんだけ深いんだよ。絶対落ちられねえな。
とにかく、予防にはなると思うんだよな。
そうでなくともノマズは良い稼ぎになるし行っとけ行っとけ。
稼ぎで思い出した。
がさごそと道具袋から紙きれを取り出す。ギルドの予定表を書き写したカレンダーもどきだ。いや、ここの本物のカレンダーだよな多分。
確か次の宿賃の支払日が、そろそろのはず……あと四日か。
「どうも最近、時が経つのが早すぎる気がする……」
よし泥沼へは午後が無理でも明朝の攻撃は決定!
今回は、まとめ払いも楽勝だな。
などと考えていると、通りが騒がしくなってきた。
音の出元へ目を向けると数人の冒険者たちが走ってくる。
連絡係だろうな。大変そうだなー。
他人事のように思いながら道の端に避けつつ見送ろうとしたが、そいつらは俺の側で急ブレーキをかけた。びくっとしたじゃないか。俺、何かしたっけ?
「よう、タロウ! 次は、いつはじめるんだ?」
「いつって、なにを?」
「小さな魔心お届け依頼だよ!」
その駄洒落は俺が考えたんじゃねえ。ギルド長の親父ギャグか、俺のセンスを貶めるための非情な罠だ忘れろ。
「できりゃ魔震の確認が済んだら、また頼みてぇんだけどよ。どうだ?」
え、また頼みたい? 本気で?
あの臨時依頼を続けるものと思われているのかよ。どうしよう。
どうだって言われても……こんな期待に満ちた様子で聞かれるほど好評だったとは、考えもしなかった。
「……ええと、そ、そう! ちょっと装備をやられちゃってね! 修理するまでは無理なんだ残念だなー」
「あちゃあ、そうか。そりゃあ、しょうがねえな」
「ハッ! もしや、そのボロ雑巾具合……ケルベルスと相打ちしたんだな!?」
まだ死んでねえよ!
「そんなわけだから、しばらくは無理だ。魔震で大変だろうし、そっちを頑張ってくれ。じゃあ俺は憎き草を待たせてるのでこれで……」
「おお! 頼まずとも雑草が敵なのはブレねぇんだな」
ほっといてくれ。
「じゃ、こっちも気合い入れて討伐してくるぜ!」
相変わらず噛み合ってるんだか合ってないんだか分からない言葉を交わして、走り去っていく彼らの背を、申し訳ない気持ちで見送った。
ふう、どうにか誤魔化せた。以前だったら、ただ挨拶して通り過ぎていたってのに。ふっ、俺も名だけでなく実績が広まってきたか……余計な尾ひれと共に。
今は俺のことなど気にしてる場合でもないだろうが、いつまで逃げきれるだろうな。
本当にギルド長は、どうするつもりなんだか。あんなに煽っちゃってさ。やっぱ人族の増員ナシね! とか言ったら暴動起きそうな期待具合だぞ。そうなったら加担してやろう。
とっさに防具のせいにしたけど、改めて見下ろすとひどい有り様だ。主にヒソカニ装甲があった場所は広範囲に渡って削れてるし、ざっくり裂けてる部分が歩く度にぱかぱかするから、そうした箇所は布で縛って補強してる。
いい加減、装備屋に持って行った方がいいかな。
忙しい時期にストンリにも悪いが、俺の装備だからな。ヒソカニ殻の差し替えはまた今度ということにして、ベースの修理だけなら大した手間ではないような気がしなくもない。
そんな判断が俺に出来るはずないから、逆に新しい装備が必要なのも覚悟しておこう。ストンリと約束した件もあるし、それも丁度よかったかもな。
初めはこの防具に加えることを考えていた。低ランク素材の肩当てや肘当てを、中ランクのものにグレードアップするなどだ。
でも俺も、もっと真剣に良い装備を作ってもらおうかという気になってきた。
なにしろ金があるのも今の内だ。
今後は危険地帯に行く用事もないし、しばらく持つだろう。下手したら一生ものになるかもしれない。
ギルドへの伝言は、やっぱやめておくことにし手前の道を東へ曲がった。よく考えたらシャリテイルは、伝言なんかしたら、すっ飛んで来そうだからな。帰りがけにしよう。さすがに日暮れ時に言付ければ夜に来ることはないと思う。
朝には、飯を頬張りに来るかもしれない。
装備屋の扉を開きながら、ついでに愚痴り……じゃなかった、そこそこ拾えたカワセミ皮をなんとか押し付けられないかと考えていた。
「ストンリー、今日さあ」
「おっ、タロウか。どうした随分とボロボロだな!」
カウンターの向こうから野太い声が俺を出迎えた。
しまった。ストンリ大の方かよ。
奥を覗くと、いつにも増して箱が多い。そこから装備類が溢れている。やっぱ、これまで以上に忙しそうだな。
しかし珍しくというか、ストンリの姿がないのは不思議な気分だ。店主は、こっちの大きい方なのにな。
やっぱり今はいいか。
「じゃ、またにしま、」
「ボロボロ、だな?」
「は、はい……」
帰ろうと振り返る前に、さらに低い声で止められた。
やっぱりこのおっさんこわい。
装備をぞんざいに扱うなと怒られるのかと身構えていると、突如親父さんは背後を振り返り、ドスの利いた声を店内に響かせた。
「ストンリ、いつまでもたもたしてやがる! タロウ君が遊びに来たぞお!」
俺は小学生にでも見えてるのかよ!
奥から扉を閉める音が聞こえ、ストンリの声が返った。
「狭い店ん中で叫ぶんじゃねえクソ親父。一応は客の前だろ」
一応ってなんだよ! そりゃ安物しか買わないけど!
カウンターの向こうから顔を見せたストンリは、親父さんと似たような反応をする。
「随分と、ひどい状態だな」
やっぱり俺が思うよりもひどいらしい。せっかく改造、じゃなかった、俺仕様に手間をかけてくれたのに。買ってすぐにこの状態じゃ言い訳できない。
「見ての通りだ」
「まあ、ケルベルスと派手に戦ったと聞いてるし」
「俺は聞いてねえよ!?」
その辺の話は面倒くさい。さっさと用件を済ませよう。
「とにかく、そんなわけでだ。依頼が終わったから約束の注文に来た。防具を新調したい。これより上の性能のやつ……中ランク素材でな!」
「ほう、それは腕が鳴るな」
ストンリの目が鋭く光る。
やる気に満ちた様子を見せたが、すぐに眉間に皺を寄せたストンリは、肝心なことをズバッと言ってのけた。
「さすがに予算は、一桁上がるぞ?」
「ぐっ、やっぱり……」
俺はがっくりと肩を落とした。
「でも、良い時期かもな。なんとか安くなるかもしれない」
気遣うようなストンリの言葉に顔を上げる。
また何か融通つけてくれようとしてるんだろうか。若いのになんて出来たやつなんだ。頼むかどうかは別として、一応、詳細を聞いてみようではないか。胡散臭いとか思ってないぞ。
「今は預かりが多い。材料も半端に余ったり、他の奴らの装備には使えなくなった一部を流用できる場合もある」
半端な部分は廃棄となるらしいが、他の奴らに半端な部分って……体格差のおかげだよな。素直に喜んでいいのか微妙だが、納得はできるものだ。
「まあ、真っ当な理由みたいだな。予算の問題も、ぎりぎり一桁上がっても大丈夫だ」
「ぎりぎり……じゃあ、それで考えるよ」
少し難しい顔をしたな。さすがにギリギリは厳しいか?
ダメならダメで元の装備もある。いい顔はされないだろうが、俺には必要だ。
「出来るなら、こいつの修理も頼めるか。予備として持っておくには十分だろ?」
「当然だろ。出来るに決まってる」
「挑発したんじゃねえよ。さすがに縫い付けて終わりってことはないだろ? 傷んでる部分は全とっかえもあるんじゃないかと思ったんだ」
「ああ、それは、その通りだな」
負けん気強いよな。
とにかく廃棄処分とならないことに、ほっとした。
それならと、メインとは別の大きな道具袋をベルトから外して中身を取り出す。
「ほら、これ。前に、もっと拾って来いと言ってたカワセミ皮。修繕に必要なら使ってくれ。あ、金はいらないからな。どっちかというと払うから」
どんなもんよと誇らしい気分でカウンターに積んだが、皮素材の中では最低ランクの素材でしたね……。
一瞬ストンリは、またかといった顔を見せたが何も言わなかった。
とうとう張り合うのを諦めてくれたのかと思ったが、ちらとカウンターの奥を見たな。親父さんがいるから、あんまり客に強く言えないのか?
「先に少し状態を確かめさせてくれ」
それより言い合う時間も惜しかったようだ。
なぜかストンリが気になっていたのは、カニ装甲が割れた腕や足ではなく、革製ベストらしい。
装備を外せと言われてベストを渡すと、ストンリは内側を開いた。
「こっち、ダメになってる」
「うわ、ほんとだ……」
ストンリが取り出したのは、胸部の葉っパットだ。あの硬いモグーの葉っぱが歪んでいた。
「……ケルベルスの尻尾を、腕ごと胸に喰らったときか」
よく、意識が保てていたもんだ……。
「どうする、タロウ。すぐにも預かりたいぐらいだが、修繕にも時間がかかるし、まだ数日は取り掛かれそうにない。今は返すか、代わりを貸そうか」
そう言って店内を見回したストンリに釣られて、俺も見回して黙した。
どう考えてもサイズが合いそうにない。
「……すまん」
「ええと、じゃ、まだ着ておく」
新品を作るなら今度こそ時間がかかるだろうしな。その間に無防備なのも落ち着かない。
結局着込みなおしつつ、俺は気合いを込め直した。
今から、とんでもない宣言をするためだ。
緊張で回らない口をどうにか動かす。
「でだ、予算だが……じゅ……」
「じゅ?」
「じゅうま……いや、二十万マグは、出す!」
い、言っちまったああああ!
「へえ、了解」
反応薄っ!
前の十倍だぞ十倍越え!
「あ、今のは最低限だから、頑張ればもっといけるし? 修繕代も別だからな!」
「分かった、問題ないから落ち着け」
そう、本当に二十万マグは出せるんだ。
ギルド長の依頼分を全部突っ込むと決めたし、元より無かったはずの稼ぎだ。それ以外の刈りと狩りだけでも、細々と暮らすくらいは稼げるようになってる。たんに限界まで使うのは良くないと思うだけでだな。
誰にともなく心で言い訳しながら冷や汗を拭っていると、作業場から、ぶはぶはとくぐもった声が聞こえた。
俺が真剣に相談している間、親父さんは作業場で仕事を続けていたのだが、こうして突然笑い出すからとても怖かったです。
まあ、「も、モグーでッ……ケルベルスをッ!」とか、でかい呟きとともに肩を震わせていたから、笑いのツボは理解できたぞ。
目測を見誤ってペンチで指先を挟んでしまう呪いを!
この程度の悪い考えは許されるだろう。などと考えていたら親父さんが振り返った。バカな、考えが読まれただと!?
「よーく事情は分かった。タロウ君は凄腕の冒険者さんのようじゃねえか。ストンリ、お前にゃちょうどいい。素材拾いがてら体力づくりに連れてってもらえ」
は?
この親父は何を言い出すんだ?
言われて改めてストンリを見れば、いつものシャツにズボンだけといったシンプルな恰好ではある。が、革製だった。
そんな服だとスルーしていたが、もしかして防具?
おかしな点といえば、背にはでかいハンマーを斜めがけにしている。ハンマーといっても、やや先の尖った、おにぎり型の石を棒に括りつけたようなやつだ。やけに原始的なものだが、ストンリ製なら怪しい細工が施してあるんだろう。
「意外と、物騒な武器を使うのな」
「今気付いたのか。相談はまたでいいか? 出かけるところなんだ」
「そうだったんだ。忙しいときに悪いな」
なぜか代わりに親父さんが立ち上がって答えた。
「気にするな。ちょうど一息ついて、少しは外で暴れてこいと話していたところでな。日暮れまで出かけていて構わんぞ」
「いや素材拾ったら戻ってくっから。あんま道具の場所変えんなよクソ親父」
ええと、待って。どういうことだ。
「あのぅ……げふぅ!」
「そんじゃ息子を頼むぜ!」
口を出しかけたが、作業場からカウンター越しに身を乗り出した親父さんに、背中をバシンバシン叩かれて逃げるように店を出た。
そのまま、仕方なくストンリと並んで歩く。
ちょっと遊んで来いという気軽さだったが、体力づくりに魔物退治かよ。職人の道は険しいな。
「強引な人だな」
「悪いな。そいつも修繕したいが、材料が足りないんだ。雑用依頼、終わったんだろ。暇なら来るか」
俺だって暇などでは……特別やることはないかな。
親父さんは体力づくりと言ったが、ストンリは素材集めのつもりらしい。
だったら依頼案件じゃないのか。
「何処に行くんだ?」
「西の森」
だったら俺が拾ってこようかと言いかけて、即答され固まった。
西の森か。ヒソカニ殻を拾うなら、多くて良い場所だろう。しかし俺レベルに相応しい食器用素材といえど、それすら俺に拾える範囲を超えている。
ただ、体格がでかい魔物相手だと不安もあるが、ヒソカニは地面をかさかさと移動するだけだ。たまに木の狭間に詰まっていたりもするが、何かを飛ばすような攻撃手段もないから逃げやすい。あのハサミに挟まれたら、ブーツの上からでもシャレにならなそうだけど。
「拾うだけだ。あまり駆除の機会はない、と思う」
「どのみち、この時間なら片付いてるだろ」
「それもそうだな」
俺の心配を読んだようなストンリに平気なそぶりを見せる。平気な内容が先輩冒険者さん頼りだけどな。
実際に巡回ルートを一緒に回れたから、ある程度は状況の想像がつくというのは、ありがたいことだ。良い経験だったと思う。
とはいえ、心配になるのは変わらない。出る前から怪我の心配だ。
「ちょっと道具屋に寄ってもいいか?」
マグ回復小は買い足したが、行き先を考えると中サイズを増やした方がいい気がすると正直に伝える。
「そうだな、俺も補充しておく。久しぶりに出るから忘れていた。そういうところは、タロウも冒険者っぽいな」
冒険者だよ。
だからこそ身をもって、マグ回復の大切を知ってしまったのだ。
道を南西の住宅通りに変えつつ、注文についての気掛かりを話すことにする。
「そういえばさ、結局、新しい武器を頼めるのはいつになるか分からない」
「それは別に。防具を仕立ててくれるならいい」
「ほんとにいいのか? せっかくだから、もっと無理難題言っていいぞ。いつも世話になってばかりだし」
「いいのかって言われても……まさか、知らずに来てたのか? うちの店、というか俺は防具が専門だ。武器の相談も受け付けるが、実際に頼むのは軒の連中だ。看板にも鎧の絵しかないだろ?」
「あ」
特に絵の内容には気を回してなかった。
どうやら煤通りの一定間隔にある店は受付窓口だったらしい。
考えたら、一人が様々な技術を身に着けるのも時間がかかるだろうし、作業分担しないと大変だよな。
別の看板が目に入り立ち止まった。
小さな羽の生えた細長い宝石のような絵面だ。多分魔技石だろう。ゲームの方の看板は、薬屋の丸薬っぽいやつに変わっていたから、こっちが本物の道具屋フェザンなんだよな。
しかし分厚い木製の扉を開くと、そこはダンジョンだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます