118:高出力モードなど色々試す

「くそ、もう四脚ケダマも残ってねえ」


 面白いように狩れるからと調子に乗り、念のためだからと言っては奥の森一帯を、沼地の周辺まで回ってしまっていた。


 安全は確保できたのは間違いないだろうし、片手が塞がっていても大丈夫かな。

 コントローラーを取り出し、手にしたまま草原側の方へと歩いてみる。


 マグが一万、二万と貯まるごとにヴリトラソード高出力モードの起動を確認したが、反応はなかった。三万貯まったので、今度こそ怪しいと思っている。

 今さらなんで試そうかなんて考えたかといえば、新機能に二十万近いポイントが一瞬で吸われてムキーとなったせいもなくもないが別の理由だ。


 試しに一度ヴリトラソードを使って、キツッキが消滅したのを見て、後になって気付いたことがある。こいつで魔物を倒せたとして、そのマグはどうなるのってことだ。見た感じでは、ただ消滅したように見えたんだよな。

 あのときは、そんなこと考えるどころじゃなかった。


 マグが手に入らないなら、本当にいざという時のためにしか使えないから、日常使いの武器としては心置きなく諦められるというものだ。

 ずっと試そうと頭の隅では思いつつ、他に気を取られることが多かったもんな。

 今後の生活を考えても、試すなら今しかないのだよ。


「その時が来たというのに、敵はどこだ」


 コントローラーは俺がちみちみと溜めたマグのコピーを補填してるようだが、数値を見る限りでは目減りもせず、カウントだけでなく実際に使えるから余計に意味が分からない。

 効果の具合からして、限りなく本物に近い聖質の魔素のようだと仮定できるものの、結界石の仕組みを聞けば魔物たちとは反発するらしいじゃないか。


 実際に使ってみれば蒸発するように掻き消えるんだ。

 聖質の効果で分解されてしまうなら、魔物のマグは得られないのも納得できはする。


 まあ、その反発するという効果は、接触するまでの抵抗値みたいなもんかもしれない。マグにも許容度合いだか強度だかがあって、一定値を超えると崩壊するだとか幾つか仮定はできても、そんな分析は俺に必要ない。

 使い勝手さえ解りゃ十分だってのに。


「獲物はいないか、的をよこせー」


 物騒なことを言いながら徘徊する俺の方が、遥かに討伐対象にふさわしいな。

 しかし誰もいないから気にせず声かけ運動を続ける。見落とした四脚ケダマが声に引き寄せられてくれるかもしれないし。


 そう思ったところで背後に気配を感じ、ささっと体ごと振り返る。

 気配などと格好つけたがボコッと土を割る、あからさまな音が聞こえたからだ。

 沼地を離れてこんな音を立てるやつなど一種類しかいない。


「モグー?」

「新、ヴリトラソード!」


 稲妻の如く伸びた青い光の槍が、丸々と膨らむ醜悪な体を貫いた。

 刹那、空気を切り裂く、さらさらと乾いた音が鳴る。


 ぴしゃーん。


 獣の肉体は砂粒となって舞い散り消えていった。南無。


 切っ先を見つめたまま、じっと見ていた。

 赤い煙が出たのかどうか迷うほど見辛い。

 やっぱ消えてる? うーん、どこかもやもやした感じはあるし、見辛いってことはレベルが低い魔物ではマグが少なすぎるだけじゃないか?


「しかしソードのくせに槍とはこれいかに。新とか付けても発動したな。それもそうか」


 確か、手で触れてなくても単語に反応した。

 そうなると、うっかり話題に出すと大変なことになるが、こんな単語が頻出する相手はこの世界に居ない。良かった何も問題はないな。


 それよりモグーだ。

 モグーが弾けて消えた跡に近付くと、粉々に砕けた緑の破片が落ちていた。摘まむと硬い。これ、頭の回転葉だよな。

 本体は崩れたのに、素材は砕けただけか。


「これも、前に感じた違和感だっけ」


 木を切ったと思ったとき、幹にはかすかに傷がついただけだ。地に向けて刺したときも、キツッキは完全に消滅したのに、土に変化は見られなかった。


 あーそうそう。結界と同じ効果なら、単純に魔物のマグに反応するんだろうとか漠然と思った気がする。


「それで正しそうだな」


 正確には魔物というより邪質の魔素かな。含有量によって反応が変わってくるんだろう。

 そう考えると、ますますコントローラーが謎の存在に思えてきた。

 俺は不運にも異次元への扉を開いてしまった、とかじゃないのか?

 その時遊んでいたゲームによく似た世界に来ること自体が、偶然にしてもあり得ないだろうが、世界に合った恰好から、こんな道具まで与えられてと考えると意図的ですらある。


 余計にヴリトラソードを試したくなってきたじゃないか。なんで敵がいないんだよ。

 あ、いつも忘れがちだが、祠の向こうも同難度だったな。四脚ケダマならたくさん湧いてるだろう。




 祠前を通り過ぎ、東の奥へ進む。

 四脚ケダマらを片付け、洞穴もどき通路のカラセオイハエを叩き落し、逆の出口から森を覗いた。カワセミをラッキー討伐した場所だ。


 そこにもケダマが押し寄せていたが、出口で待ち受ける分には戦い易い。

 再びカワセミも混ざっていたが、ケダマ盾が飛んでくる動きを阻んでくれるお陰で、ラッキー討伐が捗った。


 ちょうどいいことに、カワセミはレベル二十台。さすがに力は強いが、素早さがなく革の羽という掴みやすい部分がある。一匹捕まえると、カラセオイハエの殻に頭から押し込んで挟んだ。

 紐で縛っておいたが、体が大きく半分は殻からはみ出ているため、ゴロゴロ転がって不気味だ。


 それを背後に感じつつも無視して出口周辺の魔物が片付くころには、再び三万ポイントを手にしていた。


「くくく、繁忙期でウハウハよ」


 そっちの喜びは後に回して、試してしまおう。

 洞穴通路のすぐ外に出て、木々が途切れて日当たりの良い場所にカワセミ殻を置く。革の羽は剥いでおこう。

 いざ。


「カワセミよ、我が血肉となるがいい!」


 やっぱり魔物の血肉とか結構です。


 今度こそと、ヴリトラソードを呼び出して凝視する。

 モグーを倒したときより衝撃が強めのせいか見辛かったが、マグが薄っすらと移動してくるのを確認できた。試用の前に合計マグも確認しておいたが、数値もきちんと増えている。



 結果は――使える!



 普通の武器で倒したときと変わりなくマグは吸い込まれるし、偽マグもコントローラーに吸い込まれていくではないか。


 くく、ははは、待ってろよ低ランク魔物ども。こいつの錆に、じゃなくマグにしてやるぜ。まあ、また貯めなおしなんですけどね……。


「って……なんで俺は、また高出力で試してんだよ!」


 毎回どこか抜けてるな。


 結果良ければすべてよし。

 通常モードが五千ほどで、高出力は最低限の起動に三万ポイントが必要らしいと、機能の確認が済んだのだ。

 起動する一瞬で終了だから、数秒はもたせるなら、もっと必要だけどな。

 いつも動かぬ的を狙えるわけではないし、またしばらくは貯めに回るしかない。


 高出力モードの効果自体がどうなのかは、あんまり把握できなかったが、長さの他に通常時との違いといえば見た目くらい。

 槍っぽいと思ったのは長さのせいだけじゃなく、太かったせいだな。丸い感じで、槍といっても西洋風?

 例えば、そうだな。ランスってイメージ。


「……ヴリトラランス」


 はい、思った通り反応しなかった。空でも振動はするんだが。

 あくまでもソードと言い張るようだ。


 マグ消費が激しいのは、形成のために燃料を無駄食いしているとしか思えない。

 純粋に威力が増すとかならまだしも、無駄なことしやがって。

 威力が増したのかどうか分からないのは、俺に倒せるレベル帯相手なら、どっちでも大差ないということだ。


 では、結果もまとめたことだし儀式を始めようか。

 忘れない内に、スライドスイッチを元に戻した。

 文字の表示が消えたのも確認。


「こんな危険極まりない力など封印だ。永久に眠るがよい」


 使えん機能の洗い出しという、空しい検証で終わってしまったな。

 だが、一つ結論を出せたのだ。有意義であった、と思おう。




 一休みするため祠の前まで戻ってくると、入り口脇に寄り、岩壁を背もたれに座りこむ。弁当を取り出し、一人寂しく昼食だ。

 こうしてると、初めて来た時を思い出す。あの時と同じような格好のままだが、随分と年季が入ってしまった。見た目だけな。


 場所が場所だけに、ゆっくり味わうこともせず早々に弁当を食い終えて伸びをすると、元気が戻って来た。

 やはり飯はパワー、飯はライフ……ああまたおかしな信仰心が。

 そういえば、この国にも宗教ってあるのかな。この街に居る限りでは見聞きした覚えはない。


 ならば、俺が飯カルトで大儲けできる日が来るかもしれない。ないな。

 俺は食う専門だよ。


 そもそも多種族というだけでなく、他国からの滞在者もいるから表立って見えないだけかもしれないし。その辺は、あまり元の意識を持ち込まないようにしないと、妙なこと始めたら即魔女狩りに遭うかもしれん。


 立ち上がって空を見た。まだ日は高い。

 検証ついでに、もう一つ気になっていたことも片づけちゃおっかな?

 せっかく出たやる気を無駄にするのはもったいないだろう。次は獲物がなくてもいいか。


 荷物を収めて手ぶらにし、代わりに腰のベルトに括りつけたポーチから、魔技石を二つ取り出した。

 土属性魔技石と、マグ回復小。


「……今度こそ、貧マグになんか負けない。行け、タケノコ棘!」


 マグ回復を足元に置き、やや離れた地面を狙ってタケノコ石を卵割りにする。

 今度は煙が出たところで、すぐに回復石を踏んだ。

 タケノコ棘が形を成すと同時にパキンと足元から軽快な音が響く。


 ぐさっと地面にタケノコが生えたところで、ぐらりと視界が傾き――俺は、踏みとどまっていた。


「た、倒れはせんぞ……」


 三度目の正直よ。

 膝をついたが、景色は横を向いていない。セーフだセーフ。

 どうだ魔技石よ、我が戦略的勝利の前に屈した味は?


 歯を食いしばって耐えていたが、諦めてマグ回復中を使用した。


「ふーすっきりすっきり」


 なんかヤバイ薬なんじゃないかこれ。

 とにかく、とうとう俺にも遠距離攻撃の手段が持てたようだな。手段だけな。

 とんだ自爆攻撃じゃねえか。


 まあ、考えて試したことがうまくいったのは素直に嬉しい。




 祠方面から街道へ出て、周囲を見渡す。いつもより森がざわついている。

 山並みの上を掠めたペリカノンが、森へと突っ込んでいくのが見えた。


 みんなは今頃、ああいったところで戦ってるんだよな。

 増えた分をあらかた片付けたら、今度は遠征に出かけるんだろうか。


 シャリテイルとは、ギルド長室で別れてから見かけていない。気まずい、というほどではないが気にはなる。

 向こうは特に気にしてないんじゃないかと思うが、なんとなく謝りたいような気持ちというか、心にわだかまりがある……謝るのも変だけどさ。


 言い訳、したいのかもな。


 種族差なく機会を均等にってことだろうか、そんなシャリテイルの信念を否定したつもりはないけど。

 それを、人族の俺が言ってしまっては台無しだろう。


 でも、不思議なんだ。

 立場的にシャリテイルは、多くの人間を見て来たはずだ。

 種族差、特に身体能力に関しては、冒険者の中でも正確に把握している方だと思う。それでも、こだわりがあるのはなんでなんだろう。

 いざというときの行動にしろ、俺のように頭お花畑なはずはないと思うんだが。


 どうにか遠征前に会えないか、考えてみようか。

 さすがに女子寮に押し掛ける勇気はない。大枝嬢に伝言が無難だろうな。


 藪に隠れていたケダマを一匹掴まえて小脇に抱え、街道を街へと戻りながら思案する。

 あれだけ魔物を倒して、日が暮れかけてもいない。沼地での戦闘後だというのに、足はともかく全身泥まみれでもない。


「まるで、この街の、普通の冒険者みたいじゃないか?」

「ケキャ」


 なんとなく慣れないな。

 他に俺に出来そうなことを頭に並べつつ歩いていると、脇のもぞもぞ感が大きくなっていく。

 とうとう立札まで辿り着き、結界柵へと腰かけた。


「ケキッキャー!」


 カピボーは柵を超えられる程度の弱さと聞いたが、ちょっとだけ強いケダマはどうかと思ったんだが、物凄く嫌がっている。

 苦しいというより、まだ嫌がる程度なのか。

 それとも、これが苦しみの表現なのか。

 もう少し強いやつじゃないと、結界に対する反応の違いは分かりそうもない。


「苦しませて悪かったな」


 ケダマを叩き潰して街へ入ると、北の森を目指すことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る