草刈りの救世主《メシア》:ある古参冒険者の溜息・後編

 日が暮れて、未だ収まらない苛立ちを呑み込み酒場へと向かう。

 部屋に戻る以外に行く場所など他にない。


 例の低ランクの奴らは、まとめ役らに絞られたようだ。

 あいつらも、この街に人族の冒険者が居ない理由を軽んじているつもりはないだろうが、まだ肌で実感できていないに違いない。


 確か、ここに最も近い村から直接この冒険者街へ来た奴らだったはずだ。

 近くといえども大山脈を超えて、そう遠くない場所にあり、遠征の際に滞在する拠点でもあるジェネレション領に属する村だ。

 村での大らかな、悪く言えばいい加減な行動にも融通の利く癖が抜けきっていないのだろう。

 いや、他の場所よりもガーズの環境に近い。逆に、馴染みがありすぎるのかもしれない。


 無論、俺や他の奴らだって初めは大して違ったわけではない。

 だが不思議なことに、大きな街で冒険者に志願し活動してきた経験のある者たちとは違いが出てくる。


 ふと通りの先に聳える、ジェッテブルク山へ目をやる。

 四六時中、討伐で終わる、うんざりするほどの魔物に囲まれた街だ。

 ここと比べりゃ魔物も少ない他の街でのように、様子を見ながら討伐依頼をこなすなんて悠長なことはやってられない。来て早々に花畑や西の森に放り込まれる。

 まあ花畑に送るのは、青っ花採取よりは忙しくとも西の森の方がマシだと思わせるためでもあるが……。


 ともかく 、この街で冒険者を始めた奴らは、これが当たり前だと勘違いしてしまう。他の街に出て行くと、その勘違いから様々な苦労を背負うことになると聞く。

 魔物の数の違いで思ったほど稼げず、金を使いすぎてしまうといったことならまだいい。

 最悪なのは、他の街での討伐の楽さに舞い上がって、己の力量を勘違いしちまう奴らだろうか。


 数が少ないというだけで、魔物のランクは見誤っちゃならないんだ。

 調子にのって高難度のケルベルスなんぞに少人数で挑むなどは愚の骨頂だ。それで命を落としてちゃ世話ねえ。


 慣れるまで苦労するのは他の街から来た冒険者にとっても同じだが、すでに討伐を一通りこなしてきた連中は、 少なくとも覚悟を決めてくるもんだ。

 そうでなきゃ、この世で最も恐ろしいもんが眠る場所になんぞ来やしない。




 重い足を引き摺るような気分で、ようやく辿り着いた 酒場の扉をくぐる。

 西の森側を持ち場にする奴らが入り浸っている酒場だ。すでに席は、いつもの顔ぶれでほぼ埋まっている。


「遅かったじゃねえか」


 声を掛け合い、狭っ苦しい小さな椅子に腰を下ろすと、一日の終わりを実感して落ち着く。

 だが、懸念したとおりのことが起こった。


 大きな音と共に扉が開け放たれ、陽気な喧騒は消えた。

 招かれざる客だ。

 東側を縄張りにする者の中で、俺と同じく出て行き損ねた奴ら三人が出入り口を塞ぐように立ち、わざとらしく部屋を見回す。


 わざわざ、ここまで面を出してやることと言えば――案の定、そいつは俺に目を合わせると侮るような笑みを浮かべた。

 そしてゆっくりと近付く。

 俺も、力づくで追い出してやるつもりで立ち上がった。


 奴らは、難度の厳しくなる岩場方面からパイロ王国側の山脈まで巡るため、普段から長く外で過ごす。それを誇りにしているのか知らねえが、俺たちを「せいぜい街にへばりつく山を巡るだけの奴らと、同じ上位者とされるのは腑に落ちない」などと貶める。


 同じだけ長く居ながら、ぬるい場所で留まっているように見える俺たちが気に食わないときた。勝手なことを言うもんだ。

 言いたいことは分からないでもないが、誰しも意見が食い違うことなどままあることだ。一々構っていられない。

 それがまた、こいつらには癪に障るらしい。


 そいつらの行く手を阻むように詰め寄り、歓迎しない旨をきっぱりと伝える。


「なにしに来た。とうとう向こうの酒場を追い出されたのか? 悪いが、ここにもてめえらの席はねえ」


 俺と同じく岩腕族の男が前に出た。


「以前、聞いたことを思い出してな。たしか、たかが強力な魔物を片付けるなど誰でも出来る。だが、力をつけるまでに、無事に暮らせなきゃならん。だから、俺たちよりもよっぽど貢献してる。そう言ったな?」


 口は開かず、ただ睨んだ。

 その通りのことを言った。だから、俺たちをダシに勝手に西側を侮ってんじゃねえと伝えたつもりだ。


「それは、必ずお前らがやらなきゃならねえのかよ、え? あれから中ランクも上位者となったお前らが、わさわざやることなのか? 山並みの外側から片付ければ、それだけ街へ流れる魔物も減ると、俺は言った。それに反対して留まり続けて、弱い魔物を数さえ片付けりゃ満足なのか」


 こいつらは機会があるごとに、街のことは下のやつらに任せて外側へ合流しろと言い続けている。砦兵も居るからと言うが。


「てめえらが楽したいとしか聞こえねえんだよ」

「経験の浅い奴らを率いるのは楽じゃないことだと威張るくらいだ、徹底して指導してるんだと思ったんだがなあ? きっちり行き届いてるんなら、じゃあ、なぜ愚かな行動を取る奴らがいるんだ?」


 ほら、来やがった。


「隙を見つけて嬲れると喜んで 出張って来たなら、お前らも暇を持て余してんじゃねえか、あぁ?」


 もっと文句を叩きつけてやりたかったが、もう言葉を返すのも面倒だった。

 クソくらえだ、なにもかも――拳を振り上げたのは、そいつと同時だったはずだ。


 だが、俺とムカつく野郎の突き出そうとしていた拳は宙で止まる。

 二人の手首が、一人の男に掴まれていた。振り切ろうにも、びくともしない。


 同じく岩腕族ながら、中ランク上位に入りたてとは思えない、炎天族なみの腕力を誇る男が側にいた。

 すぐにも高ランクに駆け上がるんじゃねえかと目されているのだが、何を考えているのかわからない奴だ。

 そいつを睨みつけると、へらへらと薄ら笑いを浮かべたまま、これまでの罵倒なんぞ聞いてなかったように言う。


「そんだけ元気が余ってんならよ、俺と勝負しろ。どうだ、アームレスリング」


 相変わらず、こいつは……。

 気が削がれ、俺は腕を引いた。


「ふん……気楽で羨ましいことだな。また、いつでも恥をさらしてくれや」


 鼻白んだ奴らも、文句だけは言い残して去っていった。 


「なんだよー、賭けも楽しいんだぜ?」


 たしかに、こいつはお気楽な野郎だ。

 無視して席に戻り乱暴に座ると、背を丸めて酒を啜った。

 ついつい、その晩は愚痴ってしまった。いいことではない。自重しなければ。




 そんなこともあり、今後に影響がないようにと頭を抱えていたはずが、おかしなことが起こった。

 翌日には、西側のまとめ役がタロウを連れ出したというのだ。


「よりによって、なんであいつらが……?」


 模範になるべく行動しなきゃならん奴らが、なにをやっていやがるんだと、怒りを通り越して疑問が湧く。

 その答えの一つは、すぐに話が回って来た。


 どうやら人族の冒険者を、この街に配備するか検討中であるといった噂だ。

 ギルドが画策してるなら、まとめ役らが真っ先に動いたのも納得できる。

 真実は、低ランクの奴らが与えた影響を誤魔化すためではないかとも思えるが。

 それとも、利用したのか?


「その内、俺たちのところにも何か話が来るかもな」

「はっ、面倒くせえな」


 そんな話はしたが、本当に関わることになるとは思っていなかった。



 ◆



 日々、タロウに関する噂の内容は大げさなものになっていった。

 ほとんどの奴らが魔物をぶっ殺すだけの変わらぬ日々に、ちょっとした変化をもたらしてくれるタロウの行動を、面白がっているんだ。

 俺だってその気持ちは分かるさ。

 だから正直、内容について事実と信じているわけではない。


「そろそろ時間だ。行くぞ」


 話を続ける仲間を追い立てるようにして持ち場へと向かった。

 俺も、変わらず討伐だ。

 西の森方面でも、湖の奥にある滝より向こう側か、街をぐるっと囲むような山並みの中へと泊りがけで出かけることが多い。そこらには小さな魔泉のなりそこないがあり、そこから中ランクでも中難度を超えた敵が増え始める。


 その山並みの麓には、街までくたびれたような森が続く。北から東側ほどではないが、少しは洞窟もある。しかし面倒さは北東側の洞窟との比ではない。


 山を担当するようになってからは滅多に来なくなった場所だが、どうもやや上の魔物が現れるようになったらしい。魔泉の位置が変わったのかもしれない。

 洞窟内の壁が崩れるなどして、そういったことは時々起こる。

 この前の魔震の影響だろうか。


 久々とはいえ、ここで戦い続けた日々の記憶は褪せることがない。

 気が滅入る場所だから憂鬱な気分も当たり前だというように、俺たちは気合いが入り切らぬまま暗い穴倉へと踏み込んだ。


「おい気を抜きすぎるな。そっちの岩陰から来るぞ!」

「あっちのやつ足を止めたな……特殊攻撃だ、避けろ!」


 両刃の直剣を力任せに振るう。大量の魔物の塊だが、一匹一匹に力のないコイモリだ。それだけで散り散りに弾ける。

 弱いくせに、数だけは途切れることがないかに思える。

 毎日、毎日、毎日……果てがない。

 心の底からうんざりしていた。



 いつまで俺は、こんなことを続けていればいいんだ?



 すぐそこに魔物が居るというのに、そんな考えが頭を掠め、剣を持つ腕の動きは鈍る。

 こいつらを倒したからって、なんになる。

 明日には、また元通りだ。


 倒したと思ったのは、ただの希望で、実は何度も同じ朝を迎えているのではないかと錯覚する。

 こうして倒しているのは、死に間際の夢なんじゃないかと思ってしまう。



 だったら、もう、剣を置いてもいいんじゃないか――。



「おい! 来るぞ!」


 仲間の声に、はっとした。

 一体……何を考えている。俺自身が、望んで来たんだろうが。

 クソッ、余計なことを考えている場合か!


 苛立っていた。

 俺たちが武器を振るため動く音と共に、魔物たちのやかましい悲鳴が上がる。

 慣れてしまったその声よりも、気に障る音がある。

 戦うために感覚を鋭敏にすればするほど、合間にひたひたと、水滴が落ちる音が意識に紛れ込む。

 静かだが、魔物よりも忌々しい音だ。

 苛立ちは募るばかりだった。


 背後の死角に気配を感じとり、軸足を踏みしめ剣を後ろへと払ったが、重心がぶれた。

 それでもコイモリ程度なら潰せるだけの威力はある。

 読んだ通りに距離をつめ、コイモリは剣を避けきれず弾け飛んだ。

 だが直後、鋭い突きがマグの煙を裂いて迫る。


「チッ!」


 とっさに体を捻った無理な体勢から剣を引き寄せる、と同時に刀身に衝撃を受け、手に痺れが伝わる。

 攻撃は、鋭い牙だ。

 牙は、幾つもの棘となって、嘴の中から噴き出される。

 コイモリの陰に紛れていたのは、普段は奥地にいるナガミミズクだった。


「ぐっ……」


 剣で弾ききれなかった幾つかが足を掠めた。

 衝撃で背後に体が傾く。

 全力で地面を蹴り壁へと背をぶつけることで転倒を防いだ。

 隙と見たのか、ナガミミズクは異形の首を矢のような勢いで伸ばし、襲い来る。


「なめんなアァッ!」


 首に合わせ、剣を下から跳ね上げた。

 刃は潰し気味の分厚い剣からは、ぶつりと途切れるような鈍い音と手応え。

 互いが高速でぶつかり合う勢いを、もろに首に受けたナガミミズクの頭は胴体から離れ、俺の頭上の壁へとぶつかり、天井で反射し、床を跳ねてから赤い煙へと姿を変えていった。


 それを視界に収めつつも、新たな動きへと意識を向けた。

 ナガミミズクの巨体が消えると、陰に隠れていたコイモリどもが飛び出す。

 跳び付いてくる残りの魔物を、壁を背にしたまま、その場で叩き切っていった。


 足場が極端に悪いといった言い訳はある。普段なら、段差が酷かろうとも多少滑りやすい地面くらいでこんなことはないのだが、無理な動きをしたせいだ。

 もっと他に動きようもあったというのに。

 これなら山の上でペリカノンを落としている方がマシだ。

 冷や汗を乱暴に腕で拭う。


「忌々しいやつらだ……」


 愚痴はコイモリに対してではない。

 滑った場所に本体はないが、そのぬめりの正体は分かっている。

 魔物を片付け終えた仲間が集まり、声をかけてきた。


「おい怪我は平気か?」


 言われて初めて、足を見下ろした。

 生地は破れたが、岩腕族の四肢は天然の鎧だ。掠った時に痛みはあれど、傷はない。


「ああ、なんでもない」

「今のは危なかったな……まったく、どうにかできんもんかね、苔草ってのは」


 仲間は、俺が体勢を崩した理由を即座に当ててきた。どんなに気を付けていたところで、誰もが体験することだ。

 問題は苔草だけではないが、せめてそれだけでも無ければ足場の悪さも気にせずに済むだろう。

 なにより、精神的な苦痛をなくせるのにと思えば溜息も出る。


「たまに引っこ抜いていくしか手はない。俺たちにはな」


 俺が歩き出すと、仲間たちも歩き出しながら、それが難しいのだと愚痴混じりに話す。


「毎回、言うだけだけどなぁ」

「仕方ないさ。そんなことにかまけていれば、魔物を片付けるのが間に合わなくなっちまう」


 それが一番の問題だった。

 日々巡回せねばならない場所に対して、冒険者の数が足りているとはいえない。


 これまで、どうにかできないかと各々で考えはした。

 長い長い洞窟内ということもあって空気が心配な上に、苔草らの数が多すぎて火をかけることはできない。松明で焼くくらいのことはしてみたが、引っこ抜くよりも時間がかかった。


 そして地道に取り除いていくなど、人族でもあるまいし、俺たちには荷がかちすぎた。

 ごくたまに、通り道にできて障害になるものを取り除くだけだ。

 そして、その程度では、自然の繁殖力に敵うはずもない。

 季節が一巡りするごとに合同で手入れする日を設けるのだが、その後に吹き溜まった魔物の駆除も大変なのだ。


 同じ考えに至ったか、それとも俺の溜息が移ったのか、背後からも溜息が聞こえた。




 そんな愚痴が届いたとでもいうのだろうか。

 妙な依頼がギルドのボードに張り出されていた。

 依頼とはあるが、募集なんて珍しいことだ。


「山道の整備……タロウが?」


 なんだこれは。正気か?

 人族には荷が重い場所だ。そこで、俺たちが護衛しながら移動するだと?

 無謀に思える。


 だが確かに、この状況に疲れ果てていた者は多い。

 無論、俺もだ。

 気が付けば、その依頼書を掴んでいた。


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