116:審査落ち

 一人、大通りをギルドへ向けて走っていると、普段にはない喧騒があった。

 魔震は住人にも影響することだし、それに加えて繁殖期だ。たまに走っていく冒険者たちは、ギルドと行き来してる連絡係だろうか。

 運が悪いことに、こんな時に来てしまった行商人たちは荷物をなるべく端へ寄せているが、商店街の店員らも手伝いがてら店先に出たんだろう。今は彼らとのお喋りに興じている。


 逆にギルド内は静かだった。既に出払った後だろうな。

 まるで俺だけ取り残されたみたいだと、前回も思った気がする。


 窓口の向こうでは、俺と同様に街の外へ出ることのできない人族のトキメが、書類の束を手に移動している。事務仕事だっていつもより忙しいはず。

 俺も、出来ることをやらなきゃ。


 トキメを呼ぶと、書類を置いて慌てたように飛んできた。


「タロウ、戻ったか。こんな時に大変だったね」

「十分すぎる護衛がいたから、なんともなかったよ」


 ひとまず命に別状はね……。


 あまり話してる場合でもないだろうし、様子を聞きたいのは我慢して報告だ。大枝嬢の席からトキメは紙切れを取り出し、数枚を見比べている。予定帳かな。最後は内容を確認して署名し、それを渡され俺も署名した。

 タグを渡して精算を待つ。


 これで、ギルド長の突発依頼も終了か。


 最後はシャリテイルの用事に無理やり付き合わされた感じだったから、本当に貼り草処理が目的だったのかは怪しいと思っている。

 まあ、よっぽど面倒な場所があるなら、いずれまた相談もあるだろう。


 一連の依頼をこなしたことで人族側だけでなく他の冒険者側でも、何かしらのデータが得られ、こうすればどうだとか改善点も見えただろうし、追々すり合わせていけばいいと思う。


 どのみち、まずはギルド長との話し合いが必要だ。しかし、間の悪いことに魔震と繁殖期のダブルパンチ。また数日はギルド長も、あちこち歩き回るんだろうな。


 その間は俺も、前に大枝嬢に指示を受けたように、討伐を心がけて過ごすしかないか。もちろん南の森が俺の庭だぜ。


 そうだ、どうせなら依頼中に気になった点をまとめようと思ってたんだっけ。魔草リストと生息域をまとめて、難度設定でもしておくか?

 まだ紙もたくさん余ってるからな。慣れない野宿などしたばかりだし、今晩くらいは早めに戻って体を休めるついでに報告書でも書こう。


 ああ、すっかり忘れていたけど、大怪我したんだった。

 骨を折るなんて、中坊の頃にチャリで帰宅しながら買いたての週刊少年誌を読んでいて道を曲がり損ねてご近所の塀にぶつけたとき以来だよ。

 あれから、そんな馬鹿なことはしていないが嫌なことを思い出した……。


 それはともかく、コントローラーのおかげで実感はないが、あちこち打撲もあったはずだ。やっぱり明日の為にも体を休めた方が良さそうだ。会議資料の作成となれば、怠けているわけでもないしな。

 ……決して、攻略サイトの更新してる感じで楽しそうだという訳ではないから。


 おっと、防具のこともあった。

 ヒソカニ装甲が砕けたくらいだから、ベースのカワセミ革装備は無事なんてことはなく、あちこち引っかき傷だらけだし歪んで見える上に、一部の合わせ目が剥がれかけている。

 俺でもこれはまずいと思うくらいなら、ストンリにはどれだけ酷い状態に見えるだろうな。


「あーあ、せっかく次こそは武器が買えると思ったのにな……」


 どうしようか……ストンリと話すと長くなりそうだし、今晩はやめておいた方がいいか?

 しばらく危険な場所に出ることはないだろうし、南の森で過ごすだけなら装備がなくても問題ない。ああそれに、繁殖期はストンリも忙しいか。


 予定などを考え込んでいたが、やけに時間がかかってるなと顔を上げる。トキメは呆然とした様子で窓口に佇んでいた。


「ぅわあ! トキメ、声をかけてくれよ!」

「……タロウ、このタグ、本物かい?」


 ええ? また俺は何かやったのか?


「本物の、はずだけど……問題が?」

「大有りだよ。俺の見間違いや器材の故障でなければ、六脚ケダマはまだしも、いやそれも大変なことだが……ケルベルスのマグが、記載されているんだ」


 ふあ……しまった。一日経過してなければ、残ってるんだったな。


「ええと、そ、そう! 不意を襲われてさ、運悪く掠ったんだ。そんときのものだな、うん、間違いない。カイエンが倒してくれたからなカイエンが!」

「そ、そんなことが!? そりゃあ、大変な思いをしたんだな……いや、疑ったようで悪かった」

「いいんだ。人族が倒せるはずないし」

「本当に、タロウには驚かされてばかりだよ。まさか、ケルベルスと相対して生き残るとは……」

「生き残ってないからな! カイエンが気が付いてなかったら死んでるから!」


 なんで同じ人族にまで誤解されそうになる!

 高ランクなのにカイエンは空気なのか? もっと職員にもアピールしとけよ!


「すまんすまん待たせたね。ひとまず精算はこれで終わりだ。また落ち着いたら、コエダさんにも話してくれると助かるな」

「ああ、もちろん。それじゃ、トキメも頑張れよ!」


 ギルドを出ようとしたところで、ちょうど入って来た奴とぶつかりそうになって脇に避ける。


「あっと、すいません」

「いや、こちらもよそ見をしていた。おお、タロウか」

「あれ、ギルド長?」


 防具を着込んでいるため、一瞬冒険者かと思った。よく見れば首元から職員の制服が覗いているから、急いで出かけていったんだろう。

 しかし杖持ちとは、岩腕族には珍しい。

 まあ確かに、背後からの指示がメインっぽいから後衛のイメージではある。いくら現場にも向かうとはいえ、やっぱり立場的に前衛はまずいよな。

 あ、そもそも杖持ちが魔法使いっぽくとも、ほぼ殴ってるから後衛のイメージなかったわ。


 思わずしげしげと眺めて通り過ぎるのを待っていたが、ギルド長の後から別の声がかけられ引き戻された。


「あら、タロウさん。お疲れ様でス」

「なんだ、タロウだったのね。あっ、ギルド長、ちょうど良かったんじゃない?」


 大枝嬢とシャリテイルも? 現場に指示して後は任せるにしろ、戻りがやけに早くない? 何か視察だとかするんじゃなかったのか。

 いや俺たちが戻ってくるまでに、どれだけ時間が経ってると思う。カイエンたちの報告だって俺が思うより早かっただろうし、そうでなくても大枝嬢たちだって動いてるよな。それはいいとして。


「ちょうどいいって、なにが?」

「カイエンから早期に報告を受けたものでな。日が暮れる前に十分な対策は取れたんだ。増え始めに警戒を始めれば、そう心配することにはならん。急を要する報告でもなければ、いつも通りだ」


 シャリテイルの代わりにギルド長が答えた。

 夜でも現場からの報告は受けるにしろ、明日までは時間ができたということのようだ。


 前回も、そんなことを聞いたな。増え始めは気が付けず翌朝になって慌てるらしいから、いつも畑まで溢れていたのは、それが理由なんだろう。今回、拠点でのみんなの反応からも、よく理解できたし。

 シャリテイルが追記する。


「それで待機時間ができたから、今回のお邪魔草依頼について、お話しようと思っていたところなの」

「ふむ。後回しにするだけ別の仕事が入るだけだな。どうだタロウ、今から話せるかね?」


 そうですね心の予定帳はみっちりと埋まっていますが、ギルド長の予定を優先させていただきますよ。最大の取引相手ですからな。秘書君、夜会はキャンセルするとミスターカピボーに伝えてくれタマエ。

 そんなことを考えつつもしっかりと頷き、シャリテイルに追い立てられながらギルド長の後に続いた。




 そう広くはないギルド長室で、書き物机の向こうにギルド長は座り、俺たちは机の前に置かれた応接セットのソファに腰かける。どうも、こういった部屋は慣れなくてそわそわする。


 しかし意外だ。こんなに早く話す機会があるとは思っていなかった。俺のプレゼン計画は早くも破棄の憂き目にあってしまったな。

 ギルド長も思い付きで始めたなら、よく吟味もせずにまとめられそうで不安でもあるから、しっかりまとめておきたかったんだが……まあ仕方がない。

 なんとなくは考えてきたし、どうにか重要な点だけでも絞って伝えよう。


 と思ったが、まずはシャリテイルが身を乗り出した。


「はいはーい、まずは私からね。今回はギルド長の無茶ぶりを、ここに居るみんなが引き受けたわ。本当にお疲れ様でした。他のやるべきことに、しわ寄せがいかないように苦労したのよ?」

「さて、なんのことやら」


 にやりと挑発ぎみの笑顔でシャリテイルはギルド長を見た。それにギルド長は、とぼけた笑みを返すが、まだシャリテイルの言葉を待つ様子だ。


「これだけ頑張ったんだもの。ちょっとくらい、報酬の上乗せがあってもいいと思うの」

「初めに決めた以上の報酬を、勝手に出すことはできない。今回の依頼は、確かにこちらの思惑ありきではあるが、冒険者らの同意を得ているからね」

「もちろん、そこは分かっているわよ。もっとも苦労したのはタロウでしょ? だから、少しくらい彼を労ってくれると嬉しいわ」


 そこでシャリテイルとギルド長は笑顔で睨み合う。

 なんでだよ。

 何か確執でもあるんだろうか。

 怖々と大枝嬢を見たが、特にオロオロしてないところを見るに、シャリテイルと打ち合わせ済みだな?


 シャリテイルの澄んだ声が、一際大きく響いた。


「タロウは中ランクに上がるために必要な、全ての研修過程を終えたわ。私と、コエダさんも確認済みよ。中ランク冒険者へ上げる許可を」


 ギルド長はフッと笑い、腕を組んで椅子の背もたれへと体を預ける。続くギルド長の声も、はっきりと届いた。


「不可だ」


 あっさりと言った。

 断られることを想定していなかったらしく、ドヤ顔だったシャリテイルは、そのまま固まる。


「聞き間違ったかしら」

「タロウを中ランクへは上げられない」


 シャリテイルは目が点になったかと思うと、みるみる内に焦りを浮かべる。


「どうして! 規定どおり、ランクの依頼達成量や評価は足りてるじゃない。最後の、一つ上のランクの者についての遠征研修。これも達成したわ」

「本当に、そう思うのか?」


 なんとなく、分かってた。だからかショックはない。そういえばギルド長だけが、俺についておかしな誤解を見せることもない。


 なんだろうな。

 不思議なことだが逆にほっとした。

 他の奴らと話していると、こいつら簡単に詐欺に引っかかりそうだとか不安になることも多いし、一人くらいはシビアな見方をする人に居て欲しいと思っていたところだ。それがこの街を治める人間だというなら、ぴったりの立場じゃないか。


 シャリテイルは、むうと唸って口を閉じたが納得した様子ではない。

 ギルド長の机に手を置き、より強く言い放つ。


「ギルド長は、どうして思わないの? 中ランクへ上がる条件は満たしたのよ!」

「満たしたとは言えない。規定するまでもない事実がある。この街に求められているのは、魔物を討伐できる能力だ。そこまで、人族の君に求めない」


 あくまでギルド長は冷静だ。最後は俺を見て言った。


 やっぱり、シャリテイルの独断だったのか。

 あ、いや理由は分からないが大枝嬢は了承したんだろうけど。


 まあ、俺も半信半疑ではあった。これまでは、こうしてシャリテイルが押し切れたんだろう。でも、ギルド長だって最低限の線引きはしているはずだ。


「シャリテイル、やめてくれ」

「タロウ……?」


 俺は立ち上がってシャリテイルとギルド長の間を遮った。

 今なら俺だってギルド長の言いたいことが分かる。ギルド創設の意味を考えたら、形だけなぞっても意味はない。

 シャリテイルは俺の目を見て、きっぱりと反論した。


「他の街では問題ないことなのよ。本来、ギルドの規定に、場所による違いがあっていいはずはないもの」


 それで、別に俺のためだけに言ってくれてるんじゃないと気付いた。

 俺なんかより長く在籍して、冒険者としてだけでなく、ギルド側の立場も見て来た人間だ。当然、ギルドの在り方にも理想があるんだろう。

 それでも、これについては俺に関係することだから、俺自身の考えを言わないわけにいかない。


「来たばかりの俺が言う事じゃないかもしれないが、ここは『冒険者街ガーズ』だろ?」

「もちろん、特別な意味があるのは、分かってるのよ」


 シャリテイルは腹を立てたようには見えない。でも、俺自身が出した結論を受け入れてくれたんだろうか。

 俺の脇をすり抜けて、部屋を出て行った。




 シャリテイルがみんなのために頑張ってるのは知ってるし、せっかくの厚意を無碍にするようで悪いことをしたとは思う。けど、これは俺だけのことじゃない。

 俺の行動次第で、後の人族の冒険者の問題になるかもしれないんだ。


 これが遠征に出る前だったら、俺もギルド長のケチとか思っていただろう。

 山の中で出会った魔物や、カイエンたちの戦いぶりを見てしまったら、文句なんか口が裂けても言えない。


 中ランクに上がるってことは、一人前に見られるってことだ。

 収入から一割のマグを徴収されるようになる立場だ。

 あれだけ日々魔物を片づけていたら十分な量が手元に残るだろうが、今の俺がこの街で、その立場になったって同じだけ稼げるはずもない。稼ぐとはいうが、それだけ危機を減らし安全に近付ける行動の結果だ。

 別に微々たる収入から取られるのが痛いとかじゃなくて、そんな程度の貢献しかできないのに、一人前面できないんだよ。青臭いプライドだろうけどさ……。

 どこか面白そうな笑みが視界に入り、俺もギルド長と向かい合う。


 結果には同意したが、俺にだって言いたいことはあるぞ、この未然ハゲ。


「言ってることと、やってることが違う気がするんですが」

「そうかね?」


 人を試すようなことをしてんじゃねえよ。


 ヒソカニらレベル20付近の魔物や、常に群れを成しているコイモリや、並みの中ランクでさえ無理めだろうナガミミズクがいる洞窟とか、六脚ケダマ地獄に、ケルベルスは……まあいいか。

 これで何をどう考えたら人族が出かけられる域だと思えるんだよ。現状では上位者の護衛を、そう頻繁に何人も確保できるはずがない。それなら実質無理か、期間限定の特別依頼となる。以前言っていたように、日常的な範囲で依頼を用意なんかできるはずない。


 中難度の魔物が現れても人が入り込めるなんて、鉱山くらいだろう。鉱山の脇道は魔物の出る手前の区域らしかったが、まあ、あれは砦の管轄でもあったな。

 とにかく、鉱山は初めから大人数を動かすこと前提だ。鉱山という利益の出る場所だから、日ごろから優先して手入れしてるようだし、通路という狭い範囲だから行動も決めやすいだろう。

 他に護衛の力量を問わずして人族が入り込める場所なんて、せいぜい西の森の川より手前あたりくらいのもんだ。北の洞穴の方も、中はともかく入り口に辿り着くまでが大変だし。


 これじゃ、人族向けの依頼に割り当てられる場所なんかほぼない。

 そうだ、資料作りだなんだと可視化するまではと誤魔化していたが、難しいのは身をもって感じていた。


 シャリテイルの様子だと、俺と同じく人族冒険者の増員を信じているようだった。

 ギルド長だけが、強引に動いていたな。元々そんな人だと大枝嬢からも聞いていたから、気にしたことなかったけど。

 どうにも、胡散臭いんだよ。


 なに考えてんだ、このオッサン。

 抑えようとしても段々と頭に血が上り、鼻息が荒くなるのは止められない。

 どうにか、声を絞り出す。


「どう考えても、人族が入り込める場所じゃないっすよね」

「ははは、おかしいな、普段はそこまででもないのだが。魔震のせいかな?」


 わざとらしいにもほどがある。まだ、とぼけるのか。それとも、からかって遊んでんのか?


「そうでなくても! 目的地に到着するまでが無理すぎなんです。たまたま俺は無事だったけど、こんなことを続けたら、いつ怪我人が出てもおかしくない」


 そうだ、どっちかといえば、護衛役の奴らの方が危険なんだ。

 戦い方を見れば、いつもそうだった。俺を守ろうとするから、いつもの戦い方が出来なくて、動きに影響が出ていたのは確かなんだ。

 そういったことに気が付いたのも、ようやくだけど……。


「それは俺、人族だけじゃない。まずは、あいつらの方が怪我をする。それだけで済まなくて、下手したら……それ、分かってんのかよ!」


 抑えきれなくて声が高まる。

 俺がヘマして死ぬのは勝手だが、付き合わされた奴らに何かあったら、やりきれない。


「君の体験から来た言葉ならば、そうなのだろう」


 ようやくギルド長から腹立たしい笑みが消えたが、考え着く先の不幸にようやく思い至ってだとか、悲痛な感情からではないようだ。そもそも、こんな場所にいて想像できないはずはない。当たり前と受け入れてんのか? 仕事だからと割り切ってる? それが大人というもんだから?

 それは……諦めっていうんだよ!


 感情的になるのは良くないなんて耳にするたび、それは違うんじゃないかと思っていた。人として真っ当に、怒ったり悲しんだりしなきゃならないときはある。

 それがなければ、他者と関わる意味はなんだよ。


 ギルド長がケルベルスと対峙した場にいたわけではない。そもそも予想外のことだ。感情は正しくても、喚いて分かってもらおうったって無理なのは……それくらいは分かるよ。

 親しい間柄というわけではない。人には見せないだけかもしれない。

 何を考えているのか掴めないのが苛立たしいのは、俺の勝手だ。


 それでも、どうして無茶な仕事ふって危険に陥れたことに対して、無関心を装えるんだ。上辺だけでも取り繕って宥めるようなこともなく、俺の態度に冷めたようでさえある。


 思いもしなかった言葉が続いた。


「実のところ人族の冒険者で、君ほどの実力を持つ者を見たことが無い」


 なんだよ、今さら。

 おだてて丸め込もうとでもしてるのか?

 そんなことは無駄だ。俺が一番、自分の実力を知っている。


 俺では……とうてい、誰にも勝てない。

 戦闘では。

 でも、それでいいんだ。

 代わりに、俺は誰より長く動ける。

 この世界は、そういうもんなんだろ?


「勘違いするような言い方だったな。何も君だけのことを言っているのではない。この街では、誰でも、成長著しい」


 どういうつもりだよ……まさか。


 ガーズで過ごした経験があれば他の街では引っ張りだこだとか、隣国でも推奨されるだとか、聞いた話が頭をよぎった。


「やはり、この街は人を鍛えるようだな。嫌でもね」


 ギルド長の硬い表情には、別の思惑があると思えた。


 ギルド、もしくは国が、そう推奨していたのか?

 人材を育てたかった?

 強い者、戦力が欲しいのは確かだろう。


 俺のことも、人族での検証データが欲しかったんだろうか。

 でも、なんで今。


「残念だが、今日は話にならないようだな。慣れない遠出から戻ったばかりだろう、よく休むといい」


 そんな風にして、会話は突然に断たれた。

 もう目を合わせようともせず、ただ退出を促される。それで相手が引くと信じ切れることが理解不能だ。でも、実際に威圧感のようなものに呑まれて、俺は扉を開いていた。

 オトナの考えることなんて、まったく理解できねえよ。




「タロウさん」


 階下へ向かう通路で声をかけられてから、大枝嬢の存在を思い出した。


「あ、ええと、コエダさんも忙しいのに、すいません……」

「ドリムは昇級が認められないことを、あえて厳しく伝えましタ。タロウさんの身を守るためでもありまス」


 守るため。あの態度が?

 深呼吸する。

 確かに俺が、勝手にエキサイトしてただけだ。勝手に冷たい奴だと思って。


 何を考えているか分からないからと、何も考えてないはずはない。立場的にも、たんに領主だとかギルド長だけでなく、他の国との関わりもあるだろうし、複雑なバランスで成り立っている場所に立っている人だ。迂闊なことは言えないだろうし、世の中の苦労を知りもしない俺なんかに、対等に話せるはずはない。


「……分かってます」


 分かってるつもりだった。

 さすがに、ついでのように参加したことを、昇格試験の条件に合致させるなんて、そんないい加減な組織では困るだろう。というか困る死ぬ。


 最後は話を逸らされたと思ったが、無視はできない内容だ。一体、なんのつもりなんだか……。

 真意なんか、気にしても無駄だろう。俺には、決して知ることのない世界の話なんだ。






 すぐには宿に戻る気になれず、ぶらぶらと歩く。自然と南の森へ向かっていた。


 繁殖期が始まりつつあり、しかも魔震も同時だ。明日には魔物も大変な数に膨れ上がるに違いないというのに、やはり南の森沿いには誰もいない。砦兵の巡回は増えたらしいのを、すれ違った際に知ったくらいのものだ。


 少しだけ森に入り込み、ナイフも持たずにカピボーらと戯れる。確かに、いつもの晩よりは多いが、近寄ってくる片っ端から潰していると静かになる程度だ。


 俺だけが一人、いつもと変わらぬ夜を過ごしている。静かになった場所に胡坐をかいて座り込み、膝の脇にランタンを置く。

 夜空に浮かぶ、やや虹がかったような天の川を見上げた。


 でも、こうしてぼちぼち暮らしていくのも悪くない気がしている。

 どうにか暮らしていると言えるようになったと思うし、これからも、もう少しくらいはマシになるだろうという程度の希望も持てたからな。


 上を目指そうというのは自分自身の生きるための目標であって、別に本当に他の奴らのようになろうとしてるわけじゃない。あくまでも俺にしては頑張ったと思いたいだけだ。

 なんだか志が低い気はするが、現実的な話、レベルだけ上げてもダメで、やっぱり装備などの準備は必須というのを痛感した。安心できるなんて気分的な問題どころではなかった。

 必須、だったんだ。


 カイエンが、ケルベルスに掴まれた光景が焼き付いている。


 軽装でも防具がなければ、どうなっていたか……想像したくもない。

 高ランクの奴がそうなんだから、俺は気にして当然だ。


 わけの分からないギルド長の企みによって得た金だが、それも全部装備に突っ込もうと決心していた。

 とはいえ、さすがに全部グレードアップできるほどの稼ぎではない。今の防具は修理できる部分はしてもらって、他に補完できそうなことはなかったっけ。

 ああ、そうだ、次は武器を買おうか悩んでいたな。


 それで思い出したことがあったんだった。

 嵩張って邪魔でしかないブツ、手になじんだコントローラーを取り出す。

 こいつが使い物になってくれりゃいいのにな。


 直近の目標であるレベル30の達成記念に確認だ。

 どうせ文字が流れるだけだ。

 もう特に何も期待していないが、マグの総獲得量が把握できるだけでも面白い。

 マグ水晶は便利だけど、記録は一日で消えてしまうし、所持残額が確認できるだけだからな。


『レベル30:マグ198876/326025』


 流れてくる数字を見て、息をのむ。


「ふ、ふおぅ……」


 かなり貯まってるじゃないか。それでも大して持たないんだろうけどさ。

 使いどころを遣り繰りすれば、もしものときには使い物になりそうではあるが。


 ん?


 どうも、何かが違うような。

 真ん中のアクセスランプの下には、スライドスイッチ。

 そこが、光ってる。


「光ってる!?」


 お、おお、ようやく変化が現れたか。神様仏様クソゲ神様コントローラー様々!

 ごくりと喉が鳴る。

 変化があるといった高揚の裏にあるのは警戒だ。


「今度はどんな手で俺を失望させるつもりだ?」


 両手でやや体から離すようにコントローラーを持つ。

 こいつは、何が起こるか分からんからな。

 心なしか震える親指を真ん中のスライドスイッチへと伸ばした。

 ゆっくりと力を込める。

 カチリ。

 ふっとアクセスランプの青い光が揺らめいた。

 息を詰めたまま、経過を見守る。


 強めの風が吹き葉擦れの音が大きくなるも、自分の心音の高鳴りの方がうるさいほどだ。

 じっと見る。


 見守る。


 睨む。


「ぷはぁ!」


 苦しくなって止めていた呼吸を再開。


 何も、起こらねえ!


「くそっ、なんなんだよお前は」


 落ち着け。所詮はたかがスイッチよ。スイッチの役割といえば機能の切り替え。

 なにかの切り替えに使う? 

 目の色変えて、あちこち押してみるも当然変化なし。

 文字盤は……表示内容に変化なし。相変わらず右から左へと流れていく。


「早く終われ」


 次は何を試すか考え、いらつきながらも念のため最後まで流れるのを待つ。

 長ったらしくなったマグの総量の数字の末尾には空白が一文字分入り、レベル表示からループする……はずだった。



『レベル30:マグ198876/326025 高出力』



 数字の後には、別の文字列が。


「高出力」


 しかし書かれてあるのはそれだけで、また頭からループし始めた。


「……相っ変わらず、説明が足りねえええぇ!」


 やっぱり、お前は俺をブチ切れさせる天才だよ。


「何が、どう変わったとか、どう使うかとかさぁ、注意点とかあるだろうがよ!」


 いや、これまでと比べりゃ単語の意味が通じるだけマシかもな。マシなのか?

 現状で分かっていて使える機能の内、高出力なんてものが適用できそうなもんは、一つしかない。


「うう……ヴリトラソードうわあぁっ!」


 ばしゅっと空気を裂くような音と共に、青い光の刃が形成される。

 でも、それだけじゃなかった。


「なげえよ!」


 この辺の木々は低めだ。

 刃を上に向けていたが、木の上にまで出てしまいそうな長さで慌てて前方へと向ける。途端に、先ほどの空気を裂くような音の、もっと高く乾いたような音が幾つか鳴り響いた。

 木々の狭間から、青い火花が幾つか散ったように見える。線上にいたケダマだとかに当たったんだろう。

 よく見りゃ長いといっても、ヴリトラソードの精々五倍ってところか?


「どっちかっつーと、槍?」


 俺が首を捻って呟くとともに、光の刃が収束して細い線になると掻き消えた。


 大きく息を吸い込み、無言で文字を確認して動きを止める。

 間違いなく、虚ろな目で見下ろしているだろう。

 もちろんマグはゼロになっていた。






 ほんと笑えるよな。

 遠出までして、怖い思いしてさ。


「結局は、低ランク冒険者のままか」


 きっと明日からも、なんにも変わらない日々が続く。


 だけど――手の中のコントローラーを見下ろした。


 同じように見えても、時間は刻々と過ぎている。

 こうして違う結果を見せてくれる存在を、改めてありがたいと感じていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る