104:魅惑の蜜
魔技石を試したことで、考えないようにしていた聖獣にもちょろっと興味を示したところ、即撃沈した。
でも嬉しい事もあったし、浮上しなければ。
嬉しいこととは、レベルアップだ!
上がったのはいい。いいけどさ……。
いや贅沢を言ってられる立場じゃないのは分かってるよ?
でも、せめてレベルアップくらい、魔物を倒した結果であって欲しいと願うくらいは許されてもいいと思うんだ。
「どうした、まだ苔草がしみるのか?」
「ただの汗だ」
心のな!
一際大きな草が貼りついたまま腐って固まったような、岩に張り付いた土と根っこの成れの果てを削り落とす。それらを集めて袋に詰めると立ち上がった。
「このくらいでどうだ?」
「おう、綺麗さっぱりしたな。ま、目につかなきゃ俺たちはいいんだ」
またアバウトなことを。
草のゴミをまとめていたハゥスとドラッケも立ち上がった。
「よっしゃ、こっちも縛り終えたぜ」
「飽きっぽいお前がよく耐えたな」
「うっせえ。タロウの前で、中ランクの俺たちが怠けられっかよ」
普段は怠けてんのかよ。
まあ俺に対してというよりも、低ランクの前で下手なところ見せられるかといった響きだ。これまでの奴らが無駄に張り切ってる感じと同じように思えるけど、みんなさ、どんだけ見栄っ張りなんだよ。
たかが後輩ができたくらいで……後輩。
今後、人族冒険者を増やす宿命の刻が訪れんとすれば、俺が教え導く賢者のような立場になっちゃったりする、のか?
どうしよう、大変だ。そわそわする。ギルド長、早く誰かだまくらかして連れてきてくれないかな。ああまったく新人の前で張り切りたくなる気持ちはよく分かるよ。
何かマニュアルみたいなのでも、作っておいた方がいいかもな。
転草捕縛術とか、苔草狩りの秘術といったものなら、無駄に分厚い本が書けるだけの体験をしてきた。
ふっ、隠された指南書になりそうだ。
使われることなんかないだろうという意味で。
「じゃあ、戻るか」
束ねた草類は俺が山のように積んで背負う。
足早に戻りながら、人族冒険者の未来だとかに思いを馳せていると、日差しが顔を直撃した。
「うわっ、眩しい」
気が付けば出口だ。
帰り道には魔物は居ないし移動も早かったな。
昨日の洞窟よりも距離はあったはずなのに、外は随分と明るい。
作業量の多さだけでなく、魔物の数も多かったと思うが、苔草の範囲が少なかったせいかな。
そういえば一つ一つが小さく、根が細いせいか、引っこ抜き易かった気がする。
また余計な知識が増えてしまった。
「時間早すぎるな。他に仕事は?」
「うんにゃ、明日から嫌ぁな場所に出かけっから。もう上がりだ」
俺は他に片づけるもんはないかというつもりだったが、ハゥスは自分の仕事のことだと思ったらしい。明日の予定を辟易とした調子でぼやく。
言い方が悪かったと伝え直すが、やっぱりこれで終わりと言い切られた。
「仕事はメリハリが大事だぜ!」
ハゥスの言うメリハリは何か違う気がする。
そんなわけで残りは後片付けだけだ。
苔草は洞窟の側で、日の当たる地面に埋める。密かに増殖しないのかと恐れていたけど、結構な水気が必要らしいから、ここから繁殖することはないらしい。
他の、特に絡み草は根を下ろしやすいということで焼くそうだ。
焼却場は本来なら、ここからだと岩場方面の櫓近くにある場所を利用するそうだが、俺がいるからな。放牧地側の倉庫へ持ち帰るということになった。
道を戻り結界柵が見えてくると、自然とほっとする。
それは俺だけではないようで、全員の視線が柵へ向けられると、体から緊張感が抜けたような感じがした。
スウィたちだけでなく、これまで一緒に出掛けた奴らも、皆がそうだったように思う。
「いやぁ、やっと戻ってこれたな」
「ふあー気が抜ける」
ドラッケの頷きも緩やかだ。
こいつらはみんな、こんな魔物の巣を歩き回る日々を過ごしていて、戦えるだけの力もあって、慣れきって平気なんだと、どこかで思い込んでいた。
けど、やっぱり危険なことに変わりはなくて、不安もあるのかもしれない。
お気楽に見えるからと、甘えすぎていた。
あんまり、褒められた態度じゃなかったよな。
「……今日は、ありがとう。色々と勉強になったよ」
「へっ、勉強? ありがてえのはこっちだろ。依頼した方なんだし」
きょとんとした顔を向けられて、つい苦笑で返してしまう。
ここの奴らは立ち直り早いんだった。
それとも、すぐに頭を切り替えるようにしてるのかもしれない。
危険な場所に居れば、つまらないこと考えてる場合じゃないだろうし。
署名した依頼書を受け取ると、スウィは俺たちの家はこっちだと南を指差した。
「できれば飲みにでも行きたいところだが、明日の準備もあるから、悪いな」
「あーぁ本当にツイてねぇよな!」
余計な気を回さないでいただきたい。
二度とあのエグイ酒は飲まないと決めたんだ。
「お疲れ!」
適当に挨拶を交わすと、俺は街の方へ戻る路地へと足を向ける。
「タロウ、またな」
驚いて振り返った。
最後にドラッケが、意外と渋い声で声をかけてきた。
「ああ、また! でも、なるべく苔草は増やすなよ!」
勝手なことだけど、嬉しくなって大きく手を振る。
同じく三人が手を振り返しつつ、柵沿いに南の方へ歩いていくのを見ると、背を向けて走り出した。
やる気が沸いてきた。
時間があるなら、今日こそ青っ花採取だ!
ん?
あっち方面に帰るってことは……まさか、奥様方の生息地が、あいつらの……。
そんな、まさか、あの寡黙すぎるドラッケまで……?
どうやって、相手を仕留めたんだよ……。
思わぬ事実にダメージを受けかけたが、妄想回避スキルを発動し事なきを得た。
目的に集中だ。
花畑での採取作業には、スリバッチを倒す必要がある。
危険な任務だ。気を抜いてはならない。
コチョウとの追いかけっこで反省して、走り過ぎないように気を付けたものの、スリバッチの機敏な動きにつられて早く動く愚行を犯した。
しかし今回は、その配分もバッチリよ。三度目の正直だ。
恐れず、青っ花の巣へ突撃!
「ブビヴブー!」
「ひゃー」
思ったほど近付けない内に、いきなりスリバッチ三匹に追いかけられて情けない声が出た気はするが、予定通りだ。
振り向きざまの勢いに乗ったラリアットで叩き落してやった。
落ちたところを踏みつぶしたり、握りつぶしたりと、もうひと手間かかるのが悲しい。
スリバッチは虫らしく急停止したものの、全力で飛んできた勢いもあってか、避けるのは間に合わなかったようだ。
でかい分だけ、動きが大ぶりになるからだろうか。
「ゼヘェ……いつも、いつも、逃げてばかりと思うなよ」
巣に待ち受ける残りの二匹に向けて、猛然と小走りで駆け込む。
二匹は青っ花を守るためなのか、前に出るが、それ以上は動こうとしない。
初見で、足りない速度を補うためにジャンプで距離を詰めようとして失敗した。
でも案は悪くなかったはずだ。
あの時の俺とはレベルが違う。
今なら、跳べそうな気がする。
荒ぶった、鷹のポーズ――!
「ぶビャッ!」
「ヴャぶッ!」
広げた両腕それぞれに、ぐぎっと折れるような衝撃が走った。
どうだ、この研ぎ澄まされたダブルラリアットの味は!
折れた気がしただけで、スリバッチは花の上でもがいていた。
そそくさとスリバッチに近寄り止めを刺す。
「それじゃ、今日こそ蜜をいただこうか」
道具を取り出して、青っ花の傍にしゃがみ込んだ。
棒の、ぐるぐると渦を巻いた先端を、紫がかった青い花の中心へ突っ込んで、くるくると回す。
真ん中の黄色い粒々したやつも、くっついてしまうが、これは混ざっても問題ないんだろうか。
確か、前回は何も言われなかったと思うけど。
棒に絡んだ、でろでろとした蜂蜜のような液体を、手のひらサイズの茶色い木皿へ垂らす。掬っては、皿に落とす。
地味な作業だ。
「どうも、前より手応えが軽い気がする」
蜜ではなく、スリバッチの手応えのことだ。
前回よりも倒しやすかった気がする。
レベルが上がったお陰だろうし、ちょうど良かったな。
コイモリを倒した経験値は、結構でかかったんだろう。
でも、思えば意地になって俺が倒すのを、スウィたちが補助してくれていた。
本来の仕事よりも、負担をかけていたよな、絶対……。
落ち込むのも、今日の分は終わりだ。
レベルは28。ひとまずの目標である30まで、もう少し。
その、わずか2がでかいけど。
「この調子だと、遠いよなー」
いや体感ではそんな風に感じるけど、ちょい無理めかと思う魔物を倒し始めてから、着実に上がっている。
せっかく防具を手に入れて戦い易くなったんだ。
新しい場所で戦って戦って、戦いまくってやる。
花畑だけでなく沼地も殲滅だ。
「次は……次こそは、魔物を倒してレベルを上げてやる!」
木皿が満たされ蓋を締める。
よく見れば、回復薬の黒い入れ物と色違いだ。
二つ目の皿を取り出して再び蜜を掬い取る。
雑貨屋でもガラス製の入れ物は見ないが、割れやすいだろうし不便なのかな。
種族ごとに力が違うというのも影響がありそう。
見るのは窓ガラスくらいだが、それも小さいし分厚くて、表面は波打ちくすんでいる。
壺とか陶器はあるから、そっちがメインなのは材料の問題もありそうだ。
透過してガラス代わりになりそうといえば……一応、マグ水晶があるな。
使われてないってことは、何か問題があるんだろうか。
まあマグを吸い寄せる特性は、確かに使いどころが面倒そうではある。
「あんなに丈夫なんだし、もったいないよな」
今でも十分に、あちこちで使われているが、他にも応用できそうなもんだけど。
ああ、採掘量にもよるんだろうか。
硬貨にも使われてるなら、あまり他に割けないのかも。
思えば、小型のアイテムしか使われてるのを見た覚えがない。
人族最高レベルらしいオッサンが言うには、昔はマグタグも巨大だったというし、一つに使われる分量が実は多いとか、他にも俺の知らないことはありそうだ。
小型で、誰も考えてなさそうなやつで、冒険者にも使い勝手の良さそうなものなんてあるかな。
透明な装備……バイザーとか?
なんて色々と空想開発していると、あっという間に木皿五つは埋まっていた。
半畳ほどしかない場所に咲いてるのは十本もないが、丼サイズの花だ。皿五枚じゃ、この一カ所すら全部は採取しきれなかった。
皿を買い足した方が良さそうだな。いや、フラフィエはとりあえず五個セットで売ってくれたんだから、数にも意味はありそうだ。嵩張るし、たんに持ち運びのしやすさかもしれないが。
……ああ、金になる蜜が目の前にあるというのに。
一枚、二枚……五枚。皿が、足りない。
ようやく到達したお宝を前にして、採取道具が足りずに持ち帰れないとは。
恨めしく思いつつ魔の花畑を後にした。
急げば今からでも皿を買い足せば、間に合うか?
空を見れば、まだ明るい内に戻って来れそうだと考えて走り出したが、すぐに速度を落とす。
苦労してスリバッチを倒したから、もっと拾いたいと欲に眩んだが、低ランク入門の依頼で良い報酬のはずがない。道具代金の方が高くつくのが普通だ。
しかも俺にとっては、限界まで動いて、どうにか辿り着ける場所だ。こんなところで貧乏性を発揮すると危険な目に遭いそう。
蓋をした木皿を手のひらに取り出す。
これって皿ごと渡すしかないような。蜂蜜のようにでろでろしてるし、スプーンで掻きだしても大した量ではない。
少量しか使用しなくとも、魔技石自体は結構な数を作ってるようだし、もっと大きな入れ物でも良さそうだが。
「スリバッチか。あの素早さ、どうにかならんかな」
見晴らしがいい場所で、あまり移動しない相手だというのに、遠くから攻撃できないのがもどかしい。
四個も余った攻撃用の魔技石を思い出すと胸が痛む。あれっぽっちのMP使用で倒れるとか、人族ポンコツすぎない?
「いや、でもなぁ、なにか違和感が……感覚というか。あー、意識」
そうだよ。意識は、はっきりしてた。
魔技石の中身が形になった瞬間だったかな。一気に体から力が抜けた感覚があって、実際倒れたけど、鼻を潰さないよう顔を背けるくらいはできた。
その後も力が戻るまで眩暈もなかった。まあそれは、げんなりして倒れたままだったせいだと思うが。
やっぱり前にノマズから怪我を負ったときよりも、マグの流出は少ないんだろうな。あの時は意識も怪しかったし。
実際に血と一緒に体外に出るのも大きいだろうが、他の違いは一瞬で抜けるかどうか?
「だったら、マグさえどうにかなれば……」
おお、いいこと思いついた。
魔技石を割ってから、棘を形作るまでのタイムラグで、どうにかできるかもしれない!
思い立つと、フェザン道具店へと駆け込んだ。
「フラフィエ! マグ回復の中を売ってくれ。四つだ!」
「お、おや、いらっしゃいタロウさん」
俺の切迫した声に気圧されてか、体を引きつつもフラフィエは商品の入った小さな箱へと手を伸ばす。
「疲れ目ですね。寝不足ですか? ちょっと驚いちゃいました」
俺の気迫は幻だったようだ。
言うほど驚いた風もなく、フラフィエは欠伸をした。
現在俺が所持しているマグ回復の中効果は、切り札的な一つだけだ。後は小の五個だが、魔技石使用後に倒れた際に一つ使い、翌日の体の怠さが心配で、念のために寝る前にも使ってしまった。それも補充しておこう。
なんだか栄養ドリンクみたいに使ってるな。ドーピングして仕事とか、噂に聞いた社畜とかいう生き物みたいではないか……いやいや俺は違うから。
追加で小効果も二つお願いする。合計十個。魔技石用ポーチは、それでいっぱいになった。一番、安い小さなやつだろうしな。
「あのぅ、タロウさん。マグ回復が必要ということはもしかして」
フラフィエが不安げに見上げてくる。結果を言うと止められるかな。まあ嘘を言って何かあると困るか。
「魔技石、試したよ。それで、ほんの少しだけ気分が悪くなったというか、ええと……倒れた」
「わー、そこまでですか」
フラフィエは目を丸くするが、非難する感じはない。
人族には魔技を扱えるほど魔力がないと知ってはいても、実体験からの話は聞いたことがなかったんだろう。
「なんだか、ごめんなさい。そういった資料は、王立研究院から送られてくるんですけど、鵜呑みにしすぎたみたいです」
へえ、研究所だか立派なもんがあるのか。ちょっと意外。
フラフィエは申し訳なさそうに肩をすくめ、首の羽も器用にすくめる。
多分、炎天族より低いくらいにしか考えてなかったんだろう。俺がそうだし。そうじゃなければ、幾ら趣味といえど危険と分かってて売らないと思う。
そもそも、いつも無理言ってるのは俺だ。
「あー、倒れたと言っても、ちょっと立ってられないくらいだぞ。でも意識はあったから! マグ回復の小効果で立ち直れるくらいだったし」
「ほぅほぅ、そうなんですね!」
おい、急に元気になったな。
フラフィエは興味深そうに俺の話を聞くと、エプロンの大きなポケットから紙と鉛筆を取り出してメモをつける。研究熱心なのか興味本位なのか。
治験の仕事とかないですかね。ありとあらゆる人族には厳しいといった魔技石の性能を、検証する良い機会だと思うんです。
恐ろしいから口にはしないが、少し本気で考えてしまった。
「ただ、実戦で使うのはやめた方が良さそうだった」
「そうみたいですね。書き留めておきます」
ついでに使い方も改めて聞いた。
使用法が間違っているせいで、無駄にMPを消費しただけかもしれないという期待は、当然淡いものだったけどな。
「卵を割るようにですか……いえ、それでも問題ないですよ。ただ、皆さん大抵は武器に叩きつけたり、武器で叩いたりとされてるみたいですね。私は試すだけですから金槌を使ってますけど」
単純なことだった。そうか、硬いものを利用すれば良かったんだよ。
いや剣で叩きつけるってのも、手までざっくりいきそうで怖いような……。
ふっ、図工の時間に金槌で釘を打っているはずが指を叩いたことは一度や二度じゃないんだぜ。
とにかく、湧き出る煙で嫌でも手が触れるんだから、割るだけで十分なんだと。
中身が飛び出す方向の決め方は、煙から形になる時間があるため、その間に向けたい方向へ投げるといいらしい。
よぉし、今度はうまくやってやる。
「タロウさん、残りは返品してもらっても構わないですよ?」
「せっかくだから、もう少し試すよ」
「えぇ! でも、あのぅ、売っておいてなんですが、気を付けてくださいね?」
「もちろん、結界柵の近くで試すから。砦兵の巡回もあるし、何かあれば怒られるくらいだ」
「それもどうかと思います」
あっと、本題を忘れるところだった。
買ったものはしまって、木皿を取り出した。途端にフラフィエは笑顔になる。
「採取できたんですね」
「どうにかね。ただ、皿が足りなくて、買い足そうかどうしようか相談に来た」
ついでに一度に多く持ち帰って良いものなのかとか、気になることを聞いた。ふむふむと頷いたフラフィエは、俺が商品台に置いた皿の一つを手に取ると、蓋を開けた。
「回収については、こういうことです」
フラフィエは笑顔で言って、皿を引っくり返した。
「ああっ!」
驚きに小さな叫びをあげた俺を嘲笑うように、逆さまにした小皿から、逆の手に持った蓋へと中身が落ちる。
だが、どろっと零れることはなかった。
俺の眼前は、ぷるるんと揺れている。
「ぷるぷるしてる……だと?」
「なんですか、その表現」
中身は、ゼリー状に変わっていた。
フラフィエが、内側に塗ってあるものがどーたらと言っていた気がするが、不条理なものを感じて、謎ゼリーを凝視していた。
「……まあ、でも、やっぱり皿は買い足した方がいいのか?」
「そうですね。たくさん採取してもらえるなら、それは嬉しいですよ。皆さん五皿分も採取すれば、限界だとか飽きるとか聞きますし」
飽きる、の方が本音だろう絶対。ああ、だから五皿セットが基本なのか。
在庫用の箱を台の下から引っ張り出しつつ、フラフィエは補足する。
「どのみち固まる効果は、数回程度しか持ちませんからね」
先に聞いておいてよかった。
その状態は持ち込んだ時に確認し、フラフィエが交換してくれるとのことだ。
「じゃ、採れるだけ採っても問題ないんだよな?」
「えへへ、とおっても助かります!」
どうも大枝嬢と同じ笑顔な気がする。
でも、どうせなら少しでも必要なものを持ち帰りたいし、喜んでくれるならいいか。
話しながらもフラフィエは慣れた手つきで、てきぱきと別の入れ物に青っ花ゼリーを移していたが、なにかを見落としているような……。
「これ、ギルドに持ち込まなくていいのか?」
「えっ、これギルドの依頼だったんですか?」
しばし、きょとんとして目を合わせる。
「いや、買い取ってくれるなら、どっちでも? 依頼を受けたわけじゃないから」
「あぁ、そうなんですね」
焦った様子を見せたフラフィエは、ほっと息を吐いた。
「てっきり、フラフィエが依頼を出してるのかと思ってたよ」
「まぁ、よく出しますけどね。薬屋さんや、たまには装備屋さんも使うみたいですよ」
「へぇ、装備もか」
意外に思ったけど、加工も色々とありそうだもんな。
次はギルドに持って行こう。
「はい、それじゃ採取のお代です」
「あ、どうも」
フラフィエは長方形の銅板を手に取る。見慣れてきた筆箱サイズの小型マグ読み取り器だ。その側面からマグ水晶を引っこ抜く。それから差し出されたフラフィエの小さな手のひらにマグタグを載せる。
いつもは表面の窪みに押し当てるものだが、側面のスリットにタグを差し込み、数字の書かれた小さな窪みを指先でつついて数値を設定する。フラフィエ側のマグ水晶を表面の窪みに押し当てると、タグ側にマグが流れていった。
改めてじっと見入ってしまった。ハイテクなのかローテクなのか不思議だ。
並んだ数字に視線を移して驚いた。
2500マグ。一皿、500マグの報酬。
なんと、素晴らしい採取依頼なんだ。
貧乏性を発揮していい案件だった。
皿は再利用できると分かったが、気をよくして買い足した。
もう忘れ物はないな? よし買い物はこれで終わり。
「また、遠慮なく素材を持ってきてくださいねー」
店を出ようとして、かけられた言葉に思い出した。
「素材か……あるな。使えるものか分からないから、聞きたかったんだ」
「わぁ、なんでしょう!」
ベルトに括りつけてある中で、ひとまずなんでも入れて置く用の、大きなカオス袋を漁る。
「そっ、それは……」
フラフィエは、かすかに動揺の色を見せる。
まさか、これに何かすごい利用価値が?
俺が取り出したのは、スリバッチのすり鉢。それが六個はある。
手のひらサイズではあるが、分厚いからあんまり重ならなくて、嵩張って邪魔だった。まだ良し悪しが分からないから、なんでも拾ってしまう。
「あのぅ、ごめんなさい。それは、特に使いどころが、ないといいますか……」
そうだと思った。
ここで捨てるわけにもいかないし、カオス袋改め粗大ごみ袋に戻す。
「あぁ、気落ちしないでください。私は使わないですけど、薬屋さんなら使うこともあったと思いますよ」
「こんなものを薬屋が?」
確かに、すり鉢を使っていたのは見たけど、人間には小さすぎるサイズだ。
「元は青っ花の蜜とマグを練り固めたものですからねぇ。砕いて材料にすることはできるんです」
できるけど、別にわざわざ使うほどのものでもないって口ぶりだ。含まれている成分量が少ないとか、そんな感じらしい。だったら無理に持ち込んでも面倒がられそうだな。
「ドラグさんのところにも寄ることはありますし、よければ預かりましょうか?」
「いや、自分で持って行くよ」
そんなに利用価値はないなら、手を煩わせるのも悪い。それに、大して金にならないもののために、あの暑苦しい空間へ出向くのも嫌だ。
「それじゃ、ありがとう。また!」
「お気をつけてー」
用件が済むと、つい終わった気になってしまうが、俺は急いでたんだった。店を出ると再び駆け出す。ありがたいことに、スリバッチは復活していなかった。
「はぁ、良かった」
日が傾き薄暗くなっている。これから戦ってとなると諦めるしかないと言いつつ、無謀な戦いに身を投じてしまうところだった。
そそくさと集めて、今度はギルドへ走った。
「まぁ、タロウさん、さっそく新たな依頼を成功させるなんて……お見事でス!」
「それは良かったです」
大枝嬢は、首を振りつつ大げさに感動の溜息を吐く。
採取物は窓口のカウンターで、大枝嬢の手によってぺろんと回収された。
褒め殺しにも、あまり動じなくなってきた。こんな成果で喜んでいただけるときは、他の奴らには辛い低レベルな仕事と決まっているからな。
しかしギルドでも一皿500マグの報酬で驚いた。フラフィエのところと合わせりゃ5000マグの収入。この短時間でこれだけ稼げるなら、俺にとっては悪くない。そう短時間で……くそっ、スリバッチめ!
報告を終えるや、ギルドを走り出た。
向かう先は南の森。
日は落ちて、空は紫だ。
いつもは先に飯に戻るが、思いついたことを早く試したい。焦ったってしょうがないのは分かっているが、使用法も聞いたしマグ回復の準備も万端なのだ。試さないでいられるか。
簡単に、遠距離攻撃の手段を諦めてたまるかよ!
「終点南の森、南の森ー。荷物を忘れないように云々ー……邪魔だカピボー!」
「キェシャーッ!」
木々の狭間に飛び込み、カピボーらを片付け、飛んできたケダマの頭を掴む。頭を……どこだ? とにかく足の反対側を鷲掴みだ。
「ちょっと面貸してもらおうか」
「ケャッ!」
ケダマを脇に抱えこむと、背高草跡地まで出て道具袋から紐を取り出した。
「ケェケゥ」
「動くな。くすぐったい」
紐は、多分袋を縛る用のスペアで、元から持っていたものだ。初期装備は丈夫だから、これからやることにはちょうどいいはず。
そいつでケダマの真ん中を縛ると、ひょうたんのように伸びた。謎い。
低木を選んでケダマを括りつける。木が痛みそうだからな。
すぐに回復魔技石を取り出せるように、ポーチの口を開いた。
ふらつくのが急激なマグ減少によるなら、攻撃の魔技石を使用と同時にマグ回復すれば、倒れるまではいかないんじゃないかと思うんだ。
気分くらいは悪くなるかもしれないが、戦闘中に立っていられるかどうかって重要だろ?
右手にナイフ、左手に攻撃石を持って掲げる。
「このまま叩き割るのは……難しいな」
「ケウゥ」
側の木の幹に魔技石を横向きに当て、ナイフの背で中ほどを思い切り叩いた。
何かを呪ってそうな光景だな。
もわっと煙が出る。
それが確実に手まで立ち昇ったのを確認するやケダマへ向けて、掛け声をあげながら投げつける。
「宿れ土の力よ我が腕に。来い、タケノコ棘!」
今だ、マグ回復石を――――。
飛んだ棘が、ぐさっとケダマに刺さるのは見えた。
細いとはいえ硬い木だから、傷がつくだろうとは思ったが、刺さりは浅いが突き立ったままだ。
縛っていた紐には当たらず、ケダマが消えてぱらりと落ちていた。
良かった。検証とはいえ雑貨でも減るのは懐に痛い。
しかし、この棘、やっぱり結構な威力があるな。
これで小効果ということは、例え低ランクの冒険者だって、最低限この程度の攻撃力は持っていないとおかしいんだ。
無気力に眺めていると、棘はさらさらと砂のように崩れて消えていった。
俺は地面に横倒しのまま、ケダマの協力に感謝し敬礼した。
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