103:コイモリ盛り

 本日の依頼も、前回に続き放牧地方面の森だ。

 結界柵の外側に連なる狭い畑の北端に、ちっこい物置小屋がある。その待ち合わせ場所へ向かおうと宿の側の路地を抜けると、ぼんやりと明るい朝の陽ざしに照らされた放牧地が視界に広がった。


 見渡すとウギの群れが小屋から草地を移動していたり、南の崖側では小屋の間で蠢いているものがいたりだ。なんだあれ、気になる。時間に余裕はあるし寄り道だ。


「うわ、なんだこいつら。ぷくぷくしてんな」


 小屋の狭間に立てつけられた柵内に居たのは、鶏もどきだった。飼われてるのはウギだけじゃなかったんだな。


 柴犬サイズの鶏もどきは、足と嘴が短くて丸っこいためか鶏ほど凶悪そうには見えない。とはいえ柵で囲われた中にいるくらいだから、ウギほど秩序だった行動は取れないのかも。鳥頭なんて、ここでも通じるんだろうか。


 柵の高さは俺の腰辺りだが、羽ばたきはしても飛ばないし、たまに跳ねるが脚力もないのか抜け出せないようだ。

 中央に山盛りの巨大な大豆のようなものを、ついばんで喉を鳴らしている。朝食なんだろう。初めて食堂で食ったのは鳥のもも肉っぽかったよな。


「あれ、お前ら?」

「ケキョーッ!」


 呟きに答えるように鶏もどきは羽を広げて飛び上がり、俺もビクッとして体を反らす。仇めと威嚇されたのかと思ったら違った。

 鶏もどきが反転した先に迫る、見覚えのある姿は――。


「げっ、カピボー!」


 こんな柵など魔物には無意味だ。カピボーがよじ登ったり隙間から入り込んで飛びかかる。


「貴重な肉になんてことしやがる!」


 走り出そうとしてつんのめった。

 鶏もどきが一つ羽ばたくとカピボーは叩き落され、周囲から嘴攻撃を受けて瞬く間に突き殺されたのだ。


「くっ……このケダモノめ」


 俺はあんなに苦労したのに……。

 いや人間なんて裸でサバイバルできる動物に素で勝てるはずがないんだよ。

 はい寄り道は終わり!


 待ち合わせ場所まで来ると、珍しく森近くまで来たウギの群れが目に入った。心配になるが、この辺に出てくる魔物といえば、カピボーとケダマくらいのものだ。

 案の定、何かが跳んでくるが、ウギはもっしゃもっしゃと草を食みながら頭を振って弾き飛ばした。鶏もどきがあれだけ強いなら、ウギは当然か。


 そんな光景を見てしまい少しへこみつつ、開け放されている小屋の戸口へと声を掛けた。




 ジェッテブルク山から東へ向けて、放牧地をぐるっと囲むように、なだらかな丘が連なっている。山は魔物の難易度が跳ね上がる危険地帯といった印象だが、魔物はほとんど放牧地側まで出てこない。それは魔脈が押し上げてできた山で、洞穴が巡っていることが関係すると聞いてはいた。


「手間がかかんなくていいだろ?」


 そう言ったのは、落ち着いた感じのスウィ・トホム。炎天族にしてはかなり小柄で、岩腕族を見上げるのと変わらない。うん、俺が見上げることに変わりはない。


 スウィは俺と並んで歩きながら、ウギに被害がないのはいいがほとんど魔物が出ないのは不思議だと、つい漏らしてしまったことに真面目に説明してくれていた。

 やや前方を歩く、がっしりと横幅のある岩腕族のドラッケ・エンは、寡黙なようで一言も口を挟まずにこくこくと頷くだけだ。


「その分、地下にもりもりでブッ殺すのも全力だぜー!」


 ひょうっ! とか叫んでいる森葉族のハゥス・ザデッドは、テンションがおかしくて目を合わせたくない。合わせたくはないが、後ろから物騒な声が上がるのも神経が磨り減るから落ち着いて欲しいというか、お前ら足して割れ。


 要するに北から東辺りの洞窟は魔脈からマグが抜けた後だし、魔物も底の方にマグの残っている魔泉から生まれて姿を変えつつ上ってくるため、外に出るのも時間がかかる。だから巡回して倒すので間に合うようだ。


 シャリテイルの話や、他の出来事からあれこれと推測はしていたが、改めて納得できた。 

 まあ、魔物が少ないんじゃなくて、外には出てこないように見えるだけってことだから、繁殖期や魔震などが起これば真っ先に確認に向かうようだ。

 魔泉も初めは、山のてっぺんとか側面とか地表に穴があって、そこから湧くと思っていたな。


「魔泉って、場所が決まってるわけじゃないんだな」


 スウィは焦ったような顔を向ける。カイエンに尋ねたとき言い淀んだことを思い出した。まずいことを口走ったか?


「おっと言い方がまずかったな。そうじゃなくてよ」


 たんに俺が不安になったと思ったらしい。魔物がすぐ足元まで吹き溜まっているわけでもないと、慌てて付け足してくれる。


「随分と昔、前の戦いんときに、あの主が使い切ったって話だ。マグを操るらしいからなあ」


 あのぬしと言って顎で示されたのはジェッテブルク山だ。ここでは最も高い山は、木々の狭間からでも見ることか出来る。

 邪竜は、直接マグを操る能力を持つ。それは本体を封印された現在も、魔物に脅かされているんだから確かだろう。

 でも、それなら地下の魔物はどこから来てるのかという疑問に答えが返る。


「使い切ったってのは浅い部分だけとの話だが、浅いってのも邪竜にとってはで、俺たち人間にとっちゃ随分と深くまで空洞なんだ」


 魔泉に当たる最深部までの巡回は、さすがに高ランクと中ランク上位の奴らが担っているらしい。ただし全ての魔泉に当たる出現ポイントを毎日のように回り切れるわけでもないから、残った場所に現れた最高ランクの魔物を倒し損ねるだけで、そこらに溢れてしまうということのようだ。上位陣の仕事って、大変なんてもんじゃないな。


 と、そんな話が出ている時点で、行き先はお分かりだろう。

 また洞穴だよ。

 依頼書の『森』って、大ざっぱすぎんだろ。現代日本だったら詐欺契約になるんじゃないか。


 まあ、あっちこっち警戒してないといけない森の中よりは、幾分かマシかもしれない。俺以外の皆さんにとってはね。問題は、どこの洞穴かってことだが、伝えられた行き先は余計に気が重くなるものだった。


「もう少しだ、そこの山を越えたとこに入り口がある」


 北側の山並みを越えると聞いた時は、あやうく絶望に闇落ちするところだった。

 昨日の場所より難易度上がるだろうと思ってはいたが、もう岩場方面と比べてどの程度変わるってんだよ。今後は、これより危険な場所しか残ってないのか?

 気が重くなった心情はダダ漏れだったようで、スウィはすぐさま補足した。


「一応言っておくが、あっち側に行かなきゃ大丈夫だぜ」


 スウィが指さしたのは北東方面だ。あー、そんな話も聞いたな。

 ゲームではマップに洞穴アイコンがあって中盤以降に行けるようになる面で、シャリテイルもちょっと危険だから近寄るなと言った場所だ。

 シャリテイルの不満げな口ぶりによると、カイエンなら楽勝そうな感じだったから、中ランクでも高難度地帯ってところだろうか。誰が近寄るか。


「クェキャクゥャッ!」

「ひゃっひゃー!」


 敵が現れる度に背後から聞こえる可笑しな声を無視して進み、間もなく目的の洞穴にたどり着いた。

 以前シャリテイルに連れられてきた場所に近く、天井の所々に開いた穴から光が差し込んでいるのも似ている。念のためランタンに火はつけておこう。

 俺の仕事は何も変わらない。

 ランタンを掲げ、薄暗い奥地を睨み据える。


「苔草討伐だよな」

「ああ苔草も頼む」


 気合いを入れて踏み込んだ足は、止まった。

 苔草、も?


「ほら、ここは穴だらけだろ? 外からの空気が多いせいか、絡み草と巻き込み草も縄張り争いしてんだよ」


 隅の暗がりに目を凝らせば、ごわごわとした何かが絡まり合っていた。

 蜘蛛の巣のように広がった網が岩と岩の隙間を隠すように張り付いているのが、絡み草からみそう。丸めた有刺鉄線のようなヤツは棘の先が釣り針のようになっている、巻き込み草まきこみそうとのことだ。


 もうね、この駄洒落翻訳がどうなっているのかとか考えると気が狂いそうになるから無視したいんだけどさ。


「いい加減にしろよ!」


 思わずナイフを手に襲い掛かってしまうのは、仕方がないと思うんだ。


「おお、やるじゃねえか。こりゃ依頼に同行したやつらが騒ぐはずだぜ。この気合いと熱意は本物だな!」

「へっ、俺たちも負けてらんねぇ! 暴れるぜーッ!」


 気が削がれるから斜め上のポジティブシンキングはやめろぉ! ハゥスは、そのテンションですぐバテたりしないのか。ドラッケは、こくこくと激しく頷いていて、それも無駄に疲れそうだ。


 率先して奥へ駆け出すハゥスへと、岩陰やら暗がりに潜んでいたコイモリがわらわらと襲い掛かってくる。


「チェキキキッ!」

「おらおらァ!」


 げっ、何も考えずに草に突撃してた。あいつら天井からぶら下がってるだけじゃなかったんだな。


 ハゥスは、長めの杖をぶんまわしてコイモリを塵にしていく。杖にしては太くトゲ付きだし一応は魔技石もついてるが、もうそれ棍棒だよな?


「見ての通り、あらかたハゥスが片づけっから安心してくれ。長時間は持たないけどな。ドラッケ、交代できるように控えていてくれ」


 ドラッケを見ていると、民芸品の首振り人形を思い出す。スウィと俺が話すたびに、緩急自在に頷くのだ。ヘドバンかましてるのかと思うほど頷くくらいなら話好きなんだろう。喋ろうよ。


 ともかくドラッケは、頷きながらも変わった武器を手に先へ進む。普通の長剣程度の長さに見えるそれは、巨大な矢のような棒だ。短い槍じゃねえかと思うが、鏃のような先端とは逆の端には、しっかり矢羽のような部分もある。似た形なだけで硬そうだから、ただの持ち手なのかもしれないけどと思ったら、やっぱり持ち手だった。


 ドラッケはハゥスの横からこぼれてきたコイモリを、普通に突いたと思えば、やや距離のある奴には矢羽部分を掴んで突きを入れていた。普通の槍ではダメだったんだろうか。


 人の世話を焼いている場合ではない。俺には新しい敵が現れた。少し時間がかかるかもしれないし急ごう。

 この洞窟内では特別問題となる一か所があるのではなく、全体的に気になるらしい。見るからに絡まりやすそうな草が、二種類もはびこっているなら当前だな。

 ごわごわして絡むし面倒な敵だが、ひとまず目に付くものだけ刈って隅に置き、先へと進む。嵩張るから後で回収だ。まずは、どこまでやるか全体を確かめて見積もるためだ。奥から片づけた方がいいだろうし。


 奥へ進むごとに、やや下り坂になっていき、気が付けば天井の穴もなく真っ暗になっていた。


「ブヒャブヒャ!」


 ハゥスが率先して進むためか、スウィが戦うことはあまりないようだ。一応、やや幅広の直剣を手にしている。短めに見えるが、人族には普通のロングソードといった長さだろうか。


「お陰で、タロウの護衛に専念できるだろ」


 にこにこと、この引率依頼に向いてるから立候補したとか話している。そんなに張り合って奪うような仕事ではないと思うんです俺は。それどころか、こいつらは依頼側だから仕事でもない。


 のんびり話す余裕は見えるが、スウィもずっと控えてるわけにはいかない。さらに進むと、例の天井トラップが現れた。


「来いや、ど畜生がアァァッ!」

「おい、待てよ!」


 よりによって、天井からコイモリの尻尾攻撃が降り注ぐ中に突っ込んでいきやがった!

 バキキキキ――そんな音と共に、振り回した杖によって尻尾は叩き折られていった。激しい鳴き声がうるさいほどに反響し、そこにスウィの声も重なる。


「今だ!」


 ハゥスの攻撃で弾けるように散ったコイモリが、瞬く間に壁を流れてくる。波打つような壁面に、腹がひょーと浮く気分だ。

 コイモリの範囲攻撃くらいじゃ、並の中ランク勢にとっては問題じゃないのかよ。

 それでもシムシたちが立ち止まったのは、安全な方を取ってくれたんだろうと思った。


 ドラッケやスウィが、ばらけたコイモリを豪快に片付けていくが、数が多く素早いし、どうしても取りこぼしがでてくる。

 俺も腰を落としナイフを構え、果敢につっつく。つっついてるところで、それも横から片づけられていくが。


 どうにか倒せないか?


 天井からの尻尾攻撃は特殊攻撃のようだし、次に使えるまで間がある。

 尻尾自体は見た目通りに柔らかくて普段はそこまで脅威でもないのではないか、なんて推測をしてみる。


 だったら俺の場合、こんな狭い場所でナイフを振り回すよりは、まだ素手の方が倒しやすい。念のためスウィに確認だ。


「こいつらの尻尾、結構柔らかい?」

「そうだなぁ、ただ数が多いからな。集まってぴしぱしやられると結構痛いぜ?」


 痛いで済むのかよ。

 ドラッケも思い切り頷いているが、お前、二の腕は剥きだしじゃねえか。岩のような肌のお蔭で平気なんだろうか。硬さはあっても、触覚とか痛覚はあるような感じと聞いたはずなんだが。そういえば大抵の岩腕族の奴らは、腕の防具といえばグローブ程度だ。


 だからなんだ。

 今は俺だって、岩腕族の素肌程度の防御力はあるだろう。

 ヒソカニ殻のおかげでな!


「くそ、負けるか!」


 最弱人族だろうと頑張ろうといった殊勝な気持ちではない。すぐに怯む、己の心の弱さに負けまいと声を上げただけだ。壁を這ってきたコイモリの塊に腕を突っ込んでいた。


 適当に掴んだコイモリを引っこ抜くや距離をとる。掴んでいたのは羽だった。身を捩って逃れようとするコイモリの首を逆の手で掴む。

 肌の表面にはぬめりがあり、以前の装備なら逃がしていただろう。だが滑り止め加工はここでも効いた。


 逃れられないと諦めたのか、コイモリは掴んだ腕に尻尾を絡めるように伸ばす。技は関係なく元から伸縮自在かよ。


「チケキッ!」

「ふっ、他愛もない」


 反撃を受ける前に羽をむしり取っていた。さらに首を掴んだ手に力を込める。


「ぐぬ……」


 ナイフを取り出し、弱ったコイモリに止めを刺した。


「ほぅ、やはりコイモリ程度は軽いようだな!」

「ま、まぁな……」


 ハリスンほど早くないし、レベルも下のレベル17だ。倒せるだろと思ったけどさ、本当は首をねじ切ろうとしたんだ……細く見えるのに、意外と硬くて無理だとか詐欺だろ。さすがにケムシダマと同じとはいかないか。


 まあ、そうと分かれば、掴んでは刺しと繰り返すだけだ。もちろん、うっかりでハゥスの野郎に殴り殺されたくないし、周囲の邪魔にならないように近い奴だけを倒す。


「チキキケケッ」

「ひあっ」


 もたもたと倒している内に、背に取り付かれて飛び上がっていた。




 へっぴり腰で果敢にコイモリを倒しながらも、本来の敵だって逃しはしない。

 引きちぎったり叩き切ったりして取り除いた、巻き込み草と絡み草を丸めて隅に放置していくのも慣れてきた。

 新種の草も面倒といえば面倒だが、苔草が少な目なのはありがたい。この辺の苔草は湿気が足りないのか小さめだ。その苔草を、後で回収し易くなるかと巻き込み草の釣り針のような棘に刺してみた。

 えぐい。却下。


 無駄なこと試みる余裕をかましながら、さくさくと先へ進む。

 やっぱり難易度的なものか、コイモリの天井トラップは近い間隔で待ち受けている。その度にハゥスが突っ込んで、かなりの数を減らしてくれるから全滅させるのに時間はかからずに済んでいるが、隙間から流れてくるのを片付けるのも気分的に忙しい。ここぞとばかりにおこぼれを漁っているからな。

 幾ら護衛がいるからって、無謀なことやってると思う。花畑の魔物にすら苦労してるってのに。


 コイモリのレベルはコチョウの倍もあるが、レベル十代の魔物にしては体格は小さく、四肢を広げても俺の胴ほどだ。ちょうど天井から落ちてきて、俺の腹に逆さまに張り付いたから間違いない。

 目の前で尻尾が揺れる。


「チキキッ」

「はなれろ、べばっ!」


 俺の顔は鞭打たれた。もう許さん。

 尻尾を掴んで剥がしたところで追撃が。


「わわ、来んな!」


 数匹同時に跳んできたから、反射的に掴んでいたコイモリの尻尾を持って殴りつけたら千切れ飛んでしまった。


「えぇ、なんで?」


 俺が取り逃した奴は、すかさずスウィが片づけていく。それでもまだ数はいる。足元から跳んでくる一匹を捕まえると、足を捻ってみる。


「チキぴャッ!」


 思ったより軽く裂けてしまった。

 他の奴を捕まえて尻尾の根元を捻ると、やはり毟れる。首は、無理。レベルが高いせいじゃなく、首だけ頑丈にしているだけだったようだ。


 そうと分かれば、ナイフはしまっておこう。手間がかからなくていい。

 さあ、始めようか――血の饗宴を!


「まだだ……まだ、足りない」


 などと酔いしれつつも、数匹掴むのが精一杯なのが俺クオリティ。


「おいおい、タロウ張り切りすぎだ。あんまり俺たちの仕事を取るんじゃねえよ」


 スウィは呆れたように笑いながらも、俺の背後に落ちてきたコイモリを排除していた。

 すんません、迷惑かけます。




 それからも二度ほどコイモリトラップと接触する。


「ひゃーひゃっひゃっ、死ねえぇ!」


 その度にハゥスの物騒な掛け声が洞窟内に響き、びくっとして慣れない。

 スウィとドラッケは暢気だが、こんなテンションのヤツと居て平静でいられるのが不思議だよ。よく釣られないなという意味で。

 まあ性格や戦い方とかバランス取れてるようだし、馬が合うんだろう。


 どうも、何かが引っかかるな。


 これだと、ハゥス一人だけ討伐数が多くなるんじゃないか?

 たんに収入のこともあるが、高ランクにまで到達する奴らの理由とか共通項とか、無駄に考察したことがあったよな。俺とは無縁のことだけど。

 以前、気にしていたのは高ランクに炎天族の割合が多いのではないか、といった推測についてだ。といっても、ここには五人中二人だからという当てにならない情報が元だが。他の街は、どうなんだろうな。


 それはいいとして、その内ハゥス一人だけ強くなりすぎて、パーティーは解散の憂き目にあうんじゃないだろうか。

 実際にパーティーを組んでるのかは、よく分からない。ギルドでも大抵が同じ奴らと行動しているが、グループでの登録が必要といった話は聞かなかった。

 でも俺の依頼に関する大枝嬢の連絡は、パーティー毎に管理しているような雰囲気ある。

 バロックから、同時期に来た低ランクの奴らは一まとめにされるような話は聞いたから、中ランクに上がってから他の奴と組む機会があるのかもな。その後に気が合うとか能力的なバランスなんかで、自然と一緒に行動するようになるんだろう。


 だったら逆に、合わなくなれば別に行動するなんてのもありそうだ。

 一人だけ強くなってしまって、もっと上に行かなきゃならなくなったら。

 めでたいことではあるけど、ここの奴ら、やけに感情豊かだし、今生の別れのように嘆きそう。

 そんなことを考えていたら、前から息も絶え絶えの声が前方から聞こえた。


「か、かかってぇ……ゼェゼェ……来いやぁ……」

「休めよ」


 思わずツッこんでしまった。足を引き摺りながらも、まだ殺す気満々かよ。なんて根性だ。

 ……どこかの誰かを思い出すな。最近、膝が笑いながらもコチョウに特攻していた奴が居たような。ちょっと親近感が沸いてしまったのは気のせいだ。


「ははは、タロウの言う通りだ。俺たちも少しは配分を考えろとは言うんだがな」

「交代、ひながらで、ちょうろ、いいだろぉ」


 余計な心配してしまったけど、この分だと、別れ別れになるような日が来るのは当分先だな。


「次は俺が先頭だ。ドラッケは背後を頼む」


 背後と言いつつスウィは俺を見たから、俺の護衛ってことだ。ドラッケは俺の近くに立ってこくこくと頷く。苦い気持ちになるのは抑えられないけど、こればっかりは強がっても仕方ない。


「じゃ移動するぞぉ。もう少し進んだら、折り返し地点だからな」


 折り返しってことは、そこまでが依頼の範囲だな。

 依頼の仕方自体は、どれも思い付きのいい加減な感じだが、難易度的にはこのくらいなら護衛しながら進めるとか、判断する基準があったりしそうだ。


 ゲームだと何が居たっけ。

 洞窟内で強い敵っていったら、イモタルという不死属性っぽいのが筆頭だ。当然、そんな場所までは行かないだろう。行ったら死ぬ。いや、行くまでに死ぬか?


 中ボスだとか苦労した奴ならすぐに思い出せるが、数合わせのような雑魚はあまり気にかけなかったもんな。特に新鮮な気持ちでゲームを始めた序盤ならまだしも、慣れてレベルも上がって適当に殴ってたら進んでしまえる中盤以降なんて、ボタン連打で他の事しながらだったり画面すらよく見てない。

 もちろん、ずっと遊んでいたゲームだし、順を追って思い出せば頭に浮かびはするけどさ。

 洞窟内では幾つかの強めの敵が、コイモリを従えてるという設定だった。

 そうだミミズっぽい奴とか居たろ……でかいミミズとか嫌すぎる。


「なあ、他の魔物はいないのか? 今んとこコイモリしか見ないけど」

「そりゃあ、そうだ。これ以上進んだら、なんつうか、面倒だからな」


 なんとなく聞いた俺の問いかけに、前を歩くスウィは一瞬振り返って答えたが、どうも言い辛そうな表情だった。そうか俺がいると、この辺が安全を確保できる限界ってところなんだ。

 こいつら三人で戦ってもコイモリの取りこぼしはあるし、その中により強い奴が混ざったら、とてもじゃないが対処しきれない気がする。

 なんで俺は、わざわざ気が重くなるようなこと確認してんだよ。


 しばらく静かに歩く時間が続く。

 魔物が出ないと、ハゥスは死んだように静かで極端な奴だ。こういうときに騒いでほしいと、勝手なことを思う。


 間もなく道が分岐する場所にたどり着いた。


「ついたぞ! ここらで少し休憩だ」


 スウィの態度が、気を遣ってるように感じるのは気にし過ぎだろうか。

 気まずい。

 本当は俺が人族なら当たり前ってことを、受け入れてなきゃならないのにな。


 スウィたちが分岐した道の先に魔物がいないことを確認してから、隅に転がってる岩に座り込んで休憩する。

 せめて受けた仕事はしっかりやろう。人族の良い所は躊躇なく発揮だ。

 俺は水を飲むだけにして立ち上がる。


「みんなは休んでいてくれ。これくらいなら俺は疲れないから」

「おう、そうか。そうだよな。頼むぜ!」


 心なしかスウィは、ほっとしたような笑顔を見せた。

 本当に、もっとしっかりしないとな。


 岩の隙間を覗く。相変わらず苔草は多い。

 やっぱり、こういう分岐するような場所には吹き溜まり易いんだろうか。代わりに巻き込み草やらはないから慣れたもんだ。黙々と引っこ抜いていく。いつもと何の変わりもないと、油断しきっていた。

 少しばかり成長しすぎな苔草を引っこ抜いたとき、それは起こった。

 体の内側から全身へと巡る熱き血潮の感覚。


「だから、なんで草むしってレベルが上がるんだ、よ! ぶびゃ!」


 怒りに任せて思いっきり投げ付けた苔草は、べちょーんと壁に跳ね返り、顔面に反撃しやがった。


 おえぇ、苦い、臭い、気色悪い……。


 水筒を取り出し顔を洗う。こんなところで飲み水を無駄にすることになるとは。


「タロウ、苔草が憎いのは俺たちだって同じだ。だが、先は長いんだ。そう力むなよ」

「思わず猛攻を加えたくなる気持ちは分かっけどよ」


 ストレス溜まり過ぎて切れたヤツを相手にするような、怯えた慰め方はやめてくれ。あ、まさに今の俺か。いたたまれない……。


「……力入り過ぎてた。気を付けるよ」


 頭に血が上っている。別に苔草の逆襲のせいじゃない。ここは深呼吸だ。平静に平静に。ふぃー。


 本当は朝起きた時からテンション低かった。理由には、見当がついている。

 上手くいくかもと淡い期待をしていた、もっとも簡易な遠距離攻撃手段の道が断たれて傷心気味だったんだ。自分で思った以上にガックリきたらしい。


 いつもなら腰が引けるようなレベルのコイモリ相手に、積極的に戦おうとするのもそのせいだ。昨晩の悲しみが、俺を無謀な戦いへと駆り立てるのだ。

 寒いと泣くんだよ、懐がさ!

 無駄遣いした魔技石への恨みを拳に込めると、がむしゃらに苔草へと掴みかかっていた。




 道を折り返しながら、丸めた草を回収しつつ、隅の奴を刈り取っていく。

 スウィたちは談笑しながらも、たまに襲い来る魔物を片付けている。片手間にしか見えないが、視線は鋭く獲物を捉え、武器を持つ腕にしっかりと力がこもるのは体の動きで分かる。攻撃時は張り詰めた空気になるのも、なんとなく今では分かる。一瞬で緩むが。ただの条件反射か、意識的なものかまでは分からない。


 俺は戻りの方が本番だからな。会話には加わらず手先に集中だ。

 そうすると、またあれこれと頭に浮かぶ。こいつらも、中ランクのなかでは上位になるんだろうかとか。思うに大枝嬢は、手が空いた奴の中からでも、実力の高さで選んでくれてるよな。


 シムシたちは、この街に長く居ることを、珍しいことだと自嘲気味に言っていたようにも思える。

 考えすぎだろうか。ただギルド長も、冒険者が出て行くから人員確保に困っていると言っていた。


 どこかから来た、これからどこかへ出て行く……ふと、そんな冒険者たちの行く末が気になったのはなんでだ。

 ああ、色んな街を巡ってみるのもいいぞと言われたことがあった。

 ハンツァーたち、俺が知る唯一の外の冒険者だ。聖者ビオたちと一緒に来た行商団の護衛で、王都から来た四人組。

 その巡るといい理由の一つに、考えが及んでいた。ものすごい遠回りな連想だが、色んなことが繋がる瞬間ってあるよな。


 遠距離攻撃について最も楽な道が閉ざされたことで次に浮かんだのは、シャリテイルの見せてくれた杖の妖怪だ。


 聖獣――他に使っているのを見たことも、話しているのを聞いたこともない。


 この街は掘り尽くされたが、あちこち巡ればまだ居るだろうという話を思い出していた。

 背後を見ると三人は護衛役と交代で、丸めた巻き取り草らを岩で押しつぶして平たくしたものを縛ってまとめてくれている。

 こいつらも、聖獣と契約してるのかな。


 聞いたら失礼だとかあるかな。嫌な顔されたら、やめればいいか。

 水分補給がてらの休憩時に尋ねてみることにした。


「ちょっと聞きたいことがある。その、まずいことだったら悪いんだけど」

「なんだ、改まって?」


 スウィは何を言われるのかと身構えた。

 また怯えられてる気がする。俺、そんなに目つき悪いのか?

 そんなことは一度も言われたことないんだけど。


「ええと、聖獣ってやつ、持ってたりする?」

「聖獣? なんだ、そんなことか。わざわざ真面目な顔されっと、何か恐ろしいことでもあるのかと思うじゃねえか」


 怯えられるのって、そんな理由かよ。

 聞いて悪いことでもないのは良かったけど。今度から、もっと気楽にいこう。


「俺は持ってないな。ドラッケは……ないようだな」


 スウィは持ってないのか。ドラッケも首を振って否定した。その二人と俺の視線がハゥスに向く。


「あん? なんで俺を見んだよ。そりゃあマグ感知能力に長けた森葉族だし? 当然あるけどよ。普段は頼ったりしねえんだよ。こいつで一目瞭然だろ!」


 ハゥスは腕を掲げて立ち上がる。まあ、そうかなと思った。


 そこそこの強さの奴らなら持ってると思っていたから、ちょっと意外だ。使わないこと自体は意外でもないけどな。脳筋野郎が。


「なんだよ、もっと詳しく知りたいってのか? ほら聞けや迎え撃つぜ」


 ただの質問で臨戦態勢になられても困るが、これがハゥスの普通なのは道々で分かった。

 そりゃ幾らでも聞きたいことはある。シャリテイルの聖獣と同じなのか違うのかとか、俺にとってはなんでも貴重な情報だ。


「やっぱり、契約してるのは森の雫種?」

「お、人族なのに、よく知ってんな!」


 やっぱり魔力の低い人族が、聖獣と契約するのは難しいのか。


「俺のは森の雫種の中でも、葉の雨粒と呼ばれる奴だ……ああ、そうだよ下っ端のヤツだし、ちょろっとマグ補充してくれるかってくらいで少しすげえかもってくらいだよ!」

「そ、そうなんだ。なんかごめん」


 ハゥスは顔を赤くしながら声を荒げるが、怒るというよりは恥ずかしそうだ。

 聖獣の中だけでなく、同種の中にまでランクみたいなのがあるのか。


「いいってことよ。拾えただけでもめっけもんだしな」


 下っ端ランクらしくとも、ハゥスの中では特別らしい。胸をそらして自慢げだ。

 シャリテイルの聖獣も、口は利けなくとも意図を汲んでくれるくらいの反応はあるようだし、そうなると可愛くなってきそうだよな。


 それにしても、ランクのようなもんがあるなら、俺にも期待できるんじゃ?

 ハゥスの口ぶりでもマグ量に関係しそうだし、最弱種の聖獣でも厳しいのかな。

 魔技石もダメ、聖獣もダメ……なのか?

 外付けでどうにかできるなら、誰かが試してるよな。


「なんだよ、聖獣が欲しかったのか? でもな、魔物ブッ殺すのに大して役には立たないぜ?」


 それが基準かよ。いや俺もそうだった。どのみち森の雫種のようにマグ回復の能力があっても、俺には無意味だ。実際、他にはどんなのが居るんだろうな。


「分かってる。魔技が使えないから、あってもしょうがないし。ちょっと興味があっただけだ」


 これもゲームとは大きく違うところだからな。装備の属性を増やすオプションで、実体の絵など用意されてはいなかったものだ。

 結構、大きな要素なのにな。


「作業に戻るよ」


 俺は黙々と草を片付けるが、しばらく三人は聖獣の話題で盛り上がってくれたから、他の情報も補足できた。


「スウィとドラッケも、聖獣探してみっか?」

「街を出る時が来たら、それもいいかもな」

「王都の手前の山脈なら、すぐ行けるだろ」

「あのな、魔脈沿いに探して掘ってって、どれだけ時間がかかると思ってんだ。ちょっとした休暇でなんて無理だぞ」

「優れたマグ感知能力を持つ俺が、手伝ってやっから楽勝!」

「聖者じゃあるまいし、聖質の魔素なんか分からねえだろ」

「近付きゃ分かるって。感知して回るのは魔脈の方に決まってんだろ」


 言葉通りに掘るのかよ。

 それに探しに行くとしたら、魔脈沿いに長いこと旅しなきゃならないのか。

 護衛、雇うしかないじゃん。そんな金はない。


 分かってたが、初めから俺に聖獣の道はなかったようだ。

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