099:崖を下る

 ほろり。

 そんな擬音をつけたくなる光景が、眼前にあった。


「とうとう低ランク入門の地、花畑へと挑まれたのですネ。背高草やケダマ草との、お戯れに熱意を捧げてらした、あのタロウさんが……」


 俺がマグタグを渡して内容を確認した大枝嬢は、どこからかハンカチを取り出して、ぐにゃりと閉じたウロの目頭らしき辺りに当てている。


 おかしい。

 てっきり、せっかく休日としたのに無理をしやがってと叱られることを想定していただけに、この反応は意外だった。

 俺の成長を称えてくれているらしいのは分かるし嬉しいが、漏らしている内容には意義を申し立てたい。


「そんなタロウさんが、ようやく花畑にもやる気を見せてくれたことは、職員としても喜ばしい限りでス」


 なんで俺にやる気がなかったことにされているんだ。


「その、俺はランク外から頑張らせてもらってましたし、まだ早いかと避けていただけで、やる気がなかったわけでは……」


 これじゃ言い訳っぽいな。案の定、そう捉えたらしい大枝嬢は、いいんでスと繰り返しながら、ぐにゃぐにゃと顔をほころばせて頷く。


 えぇ?

 喜んでくれているとしても、理由が少しおかしくないか。まるで俺にやる気があるなら、とっくに花畑に送り込んでいたかのような発言。不穏だ。

 また裏でシャリテイルが暗躍してくれちゃってんのか?


「今後は青っ花採取も、期待できそうですネ」

「え、いや……え? な、なんで、いきなりそんな高難度の依頼を俺に……?」

「高難度なんて、ご謙遜を。中ランクの魔物を、定期的に倒せるようになってらっしゃるのでス。ミズスマッシュやケロンどころか、ハリスンまで対応できるなら、通常の低ランク冒険者にご案内する場所など問題になりませン」


 ああ、西の森付近の魔物をハリスンまで倒せるなら花畑なんぞ軽いと、そう思われていたと。

 なのに俺はあえて金にならない誰も進んでやりたがらない草刈りに熱中して、花畑なんて入門場所なんかに行きたくないように見られていたと?


 どこをどう間違ったら、そんな勘違いが出てくるんだ……言いふらしそうな奴らなら幾らでもいたな。


「あのぅ、まとめ役とかの報告があったなら、話半分に聞いていただけると……」

「あら、タロウさんの心中も考えず失礼しましタ。入門場所ですから、報酬に不安があったのですネ!」


 心中を掠ってもいないです!


「採取量に限りはありますが、その分手早く済みますから、ちょっとした空き時間に最適ですヨ。これも人気のない依頼ですが、競争相手が居ない分、達成しやすい依頼となっておりまス」

「は、はぁ……頑張ります?」


 大枝嬢がぐにゃりと微笑む。

 またなのか。

 また俺は、大枝嬢に乗せられてしまったんだな?


「あー……それは置いておくとして、明日は依頼に入れそうですかね」

「はい、問題ありません。依頼の代表者に話は通してありまス。こうなったら、早く終わらせたくなってきましたネ」


 あっれぇ、この食いつきはおかしいぞ?

 確かフラフィエは、魔技石に使う青っ花は少量で済むから人気がなくても大丈夫、と言っていた。

 大枝嬢が嬉しそうということは、これも職員の雑務に組み込まれてる?

 魔技石といえば、遠征時には参加者に配っていたが、ああいうのは急に数が必要だろうし、やむを得ず職員も採取に出かけていたのかも。


「それでは近場で難度の低い場所から、順に片付けられてはいかがでしょうか?」

「……それでお願いします」


 俺自身が難易度の違いを比べて分かるはずもないから、そこはお任せだ。俺に軽い場所だったところなどない。

 これまでも、間を挟みつつ空き時間に見合う件から進めていたのは、様子を見るためでもあったようだ。それで、これなら大丈夫と判断を下したらしい。

 早まるなと止めたいが、多くの冒険者を見てきた大枝嬢の意見だ。少しは信じてみてもいいのかもしれない。


「では、明日は東の森付近にしましょウ。放牧地の干し草倉庫でお待ちください」


 はーい。

 思わぬ話が出てしまったが、本気で終わらせる予定が立ったのは良しとしよう。




 宿に戻って飯を食うと、また装備やらを洗う。ストンリに確認してもらうため、防具は縛って背にぶら下げる。

 預けることになるなら、夜は無理せずカピボーたちと遊ぶとして、ポンチョも干すから、この前買った冬用の上着でいいか。


「防具の手入れの仕方と、あとなんだっけ……」


 ベドロク装備店に向かいながら、もやもやとした用件を頭の中でまとめる。

 今日一日だけでも幾つか改善が必要だと思い至ったはずが、必死だったせいでどこかにすっとんでしまった。なんだっけと、行動を思い出しながら唸る。


 最後はデメントに魔技で助けられたのを見て、首羽族のように矢とか、遠距離攻撃の手段があるのはいいよなと改めて思った。

 だからって弓など扱える気はしないから、せめてもと石を拾っていたが、ここにはもっとまともな手段があるじゃないか。

 魔技石だよ。

 俺に使えるかは別として、試しに買ってみよう。

 シャリテイルの口ぶりでは人族が魔技を使う素養は微塵もなさそうだが、感覚を掴んでおくだけでも楽し……誰かの助けになることもあるかもしれないしな!


 今日の花畑への強行は、沼地で装備が当てになると踏んだからだ。これまでの俺は、そんな装備で大丈夫かというくらい身軽だったと実感した。


 逆に、ほとんどの冒険者たちの防具は、一部のパーツはゴツかったりするものの、今の俺より軽装に見える。

 装備の損耗や日々の疲労を抑えたいのか、この近辺の魔物なんぞ、それで十分ということなのかは分からない。俺には思いもよらない理由も色々ありそうだが、そこそこ生活ぶりも知れてきたし、そんなに間違っていない気はする。


 まあ武器一つとっても質が違うんだろうけどな。

 カイエンは全体に金をかけていると言いつつ、さらに遠征時の本気装備は、また別に用意していた。

 あ、それだ。武器だよ。


 花畑と沼地でで討伐を試みたことで、無視したくとも、しきれない事実が浮かび上がってきた。中ランク最低難度の場所とはいえ、殻の剣では強度に問題があることだ。その不安が頭を過って、コチョウを相手中に躊躇してしまった。

 今考えればレベル一桁台の魔物だから問題なかったんだけどな。

 ただ、手応え的に低ランクの境目がレベル10辺りなら、ギリギリというのもいいことではない。


 マチェットナイフは武器とは言えない。

 が、同等の切れ味でノマズを倒せるマシなものが欲しい。


「武器も買い替え時か……」


 殻の剣は軽くて持ち運びも楽だ。魔物の発生間隔の問題で、どこか一カ所に居座って稼ぐなど出来ない以上、今後も南の森で世話になる。だから新しく買っても箪笥の肥やしにはならないが……うう、出費が。

 他の奴らは武器一本と決めているようだが、それは自分に合ったものを見極め習熟しているからだろう。

 防具を揃えて、ようやく大きな買い物は一段落したと思ったらこれだ。贅沢になったのか、より知見が広がったと思えば良いのか。


 しかし俺に買える武器の素材など、結局殻製になりそうだ。仮に想像すると、ハエもどき殻をヒソカニ殻に変更するくらいしか浮かばない。しかも、そうしたところで所詮は殻素材。強度面の不安は拭えない気がするんだよな。


 殻の次に良い素材は皮だが、さすがに皮素材の剣はないだろう。あっても嫌だ。

 そうなると、いきなり金属素材へとランクアップせざるを得ず、金額も倍々だ!


 あれこれ考えてると装備店に到着。

 こうして考えるのも楽しいけど、大人しくストンリに相談するとしよう。




 ストンリは、俺が防具を抱えて現れたのを見るなり渋い顔になった。


「何か、まずかったか?」


 壊れたとか合わなかったとでも誤解させてしまったらしい。いつもはチラ見で挨拶もそこそこだというのに。自信もありそうだったもんな。


「とんでもない、大活躍だったぞ。試しにノマズと殴り合ってさ、どこか痛んだりしてないか心配になったんだ」

「なんだ」


 俺の答えを聞くや、ストンリは眠そうな半目に戻った。

 もう、それだけで答えが分かったようなもんだな。そんくらいでどうかなるかボケということだ。安心したよ。


 念のために見てもらいながら手入れの仕方などの講習を受け、水洗いしてしまったことを尋ねた。


「問題ない。遠征中は川や湖しかないし、水洗いもできなかったら困るだろ。後で持ってきてくれればいいんだし」


 なるほど確かに。

 根気がないというと語弊があるが、そんな奴らが多い。重い上に手入れまで面倒だと、使う奴が減りそうだ。遠征は当然のこと、日々の討伐だって本当に軽装では負傷率も上がるだろう。


「それで、感触はどうなんだ」

「おお、もう最高! 俺にはもったいないくらいだ」

「それは……良かったな」


 なんで、そこで微妙な顔するんだ。


「俺には十分だってことだよ」

「それは分かった」


 なんだその憐れみの視線は。く、悔しくなんかないし。


 とにかく、ざっと見てもらって問題ないということで防具を着込んだ。

 できれば夜も装備しておきたいからな。どこからともなく食いつかれる心配を減らして、大胆に動けるというものだ。

 問題は、防具の上からでは新しい上着が着れなかったことくらい。ついポンチョの感覚でいた。腰にでもまいておくか。


「待った、肘当てを外してくれ」

「どこか変か?」

「ここ、欠けてる。少し削った方がいい」


 俺には、殻が元から持つ段差のような模様と違いがよく分からない。撫でてみてさえ、でこぼこしてるかもしれないと思う程度だ。

 そこからひび割れ易くなると言われたので素直に渡すと、ヤスリのような道具で手際よく整え、例の赤い砥石のようなもので研いでくれた。

 俺はといえば、そんな職人魂に感心するより、懐が心配でそわそわする。


「最低限のマグ加工だけだ」

「そ、そうか」


 顔色を読んだように、ストンリは言葉を添えて肘当てを差し出した。俺が予算にぴりぴりしてるから、気にかけてくれているようだ。

 マグ加工、そうだよ、加工で聞きたいこともあったじゃないか。


「そういえば、シャリテイルの装備には、色んな加工がてんこ盛りって聞いたんだけど」

「てんこ盛りって……はぁ」


 ストンリはシャリテイルの物言いに頭が痛むような振りを見せ、項垂れて溜息を吐く。そこは流そう。


「ええと、滑り止め効果って付けられるか?」

「まあ、革素材でも中級以上なら」

「あ、そう……」


 やっぱり低級素材だと、単純に合わないだけでなく、加工に耐えられないとかあるのか。さすがに、これ以上の出費はまずい。


「こいつじゃ難しいか?」


 念のため、普段使っているグローブを見せる。


「そいつなら大丈夫。ちなみに、その靴も加工できる」


 ほほう、できるなら靴にも欲しいな。


「お、皮で思い出した。この前カワセミの皮を手に入れたんだ。俺でも使えるものを作るか、ダメなら売ることはできるか?」

「へえ、あいつを倒したのか。もちろん作れる。というか、その装備がカワセミ製だ」

「え」


 考えるまでもない。あれ以下の魔物に、皮素材を落とす魔物なんかいないじゃないか。

 なんてこった。あいつ中ランクだから、もっと良い物かと思っていたのに。


「量は」

「二枚ある」

「それじゃ何を作るにも足りない。買い取らせてくれ」

「分かった。宿に置いてるから取ってくるよ」

「ならグローブと靴をいいか。待ってる間に、滑り止め加工しておく」

「えっ、そんな早くできんの」


 頷くストンリに驚きつつグローブを渡した。室内履きのような靴も渡されたから、素直に靴も渡す。

 グローブなしで狩りや刈りは嫌だから、すげえありがたい。

 できるだけ急いで宿屋に戻り、箪笥を漁って素材を手にすると、再びベドロク装備店へ。

 そして、カワセミの皮を手に掲げて扉を開けるなり俺は叫んだ。


「聞き忘れてた!」

「毎回、慌ただしいな」


 うっかり手間賃を聞かずに頼んじまっただろうが!

 焦って聞いたが、ストンリの答えは相変わらずだ。


「まあ、大した手間じゃないし、タロウに厳しそうな額なら初めから言ってるよ」

「そんな問題じゃねえよ」

「じゃあ五ひゃ……」

「千マグな! 今、皮見て勝手に値引いただろ」

「気のせいだ」

「目を逸らして言うな」


 そうした問答をしばらく繰り返した結論は……。


「滑り止め加工代は千マグ、皮の買い取りは二千マグ。それでいいな」

「滑り止めは二点分だし、さっきの修繕代金もあるだろ」

「だから、それは俺の確認漏れだし」


 と、もうひと悶着して決着がついた。


「分かった分かった、素材と交換でいい」


 俺が手間賃を払うどころか、素材代金を支払おうとしてきたストンリを止めることに成功した。ストンリは折れたというか呆れ顔で見ている。

 そう何度も買取で値引きするなんて手に乗ってたまるか。中途半端な量と言っておきながら、買い取り額は結構良い値のはずだ。また趣味だからと色をつけてくれたに違いないからな。

 結局は交換だから、それでも俺が得しているようで腑に落ちない。


「得しすぎだと気になるなら、もっと量を取ってきてくれ」

「う……善処する」


 ふて気味のストンリに礼を言って店を出て、しばらく歩いてから、また叫んでいた。


「武器の相談をしたかったのに!」


 いつも長々と時間を取って悪いし、また今度な……。


 ようやく夜の森へと来たわけだが、どのみち長居はできない。昼の膝の震えを思えば、今晩無理すると翌日に響くのは確実だ。明日は早朝から山に入り込むなら、早めに切り上げた方がいい。

 こういう体なんだと慣れなきゃな。



 ◇



 がさがさと藪を掻き分けつつ、森の中を歩いている。

 南の森とは違い、うねるように伸びた木々が密集しており、足元の根も浮いて絡まり合っている。それに加えて傾斜した足場の緩急が激しく、歩き辛いことこの上ない。

 俺は片手で木々を掴みつつ、一歩一歩を踏みしめながら移動しているため、周囲を見渡す余裕はあまりなかった。

 離れた場所から近付く何かの物音は聞こえていた。だが俺が反応するより早く距離を詰めたものは、頭上の枝葉の間から飛び出す。

 忌々しいハリスンだ。


「クゥェケゥ……ぴケャッ!」


 そして心配するまでもなく、前を歩く男にハリスンは叩き切られていた。男は振り返り、俺の手元を訝し気に見る。


「タロウ、まだ移動中だ。仕事するには早いぞ?」


 仕事してんじゃねえよ。

 飛び出したハリスンにビクッとして木を掴んだつもりが藪だっただけだ。




 俺たちは今、北の森沿いに東を目指している。

 本日の依頼場所は東の森付近だ。毎度のことながら、依頼書には曖昧にしか記されていない。

 それにしても難易度が低い場所からと言うのが、東の森とは意外だった。俺が東の森に入り込んだのは、ウギのスプラッターなハウスまでだ。

 こっち側の知識はないが山が近いからな、出る魔物も北の洞穴への道沿いと変わらないだろう。


 放牧地の倉庫で待ち合わせというから、ウギを掻き分け草っぱらを突っ切って東の森に直行するものと考えていた。しかし思い出してみれば、放牧地側で冒険者の姿を見たことなどほとんどない。

 聞けばジェッテブルク山側から伸びる道から入り込み、そのまま森の中を魔物掃除しながら巡っているとのことだった。


 そう話してくれたのは、本日の引率を担当する冒険者パーティーで、そこそこ長くいるベテランとのことだ。

 前回護衛してくれたオトギルたちと違い、見た目だけのモブ野郎ではなく、真っ当な方々に見える。

 今思えばあいつらの笑みは胡散臭いものだったが、今回の三人は落ち着いた態度で、ごく自然に自己紹介してくれたのだ。


 前を歩く岩腕族の冒険者がリーダーの、シムシ・テー。軽やかに周囲を移動しつつ警戒するのは森葉族のポプュ・ラース。背後には炎天族のエィジ・オブが控えている。

 この人たちなら何気ない質問をしても、おかしな事態にはならないだろう。


「目的地は遠いのか?」

「ほう、獲物が待ちきれずに手が疼いてしまったのか。喜べ、もう着く。そこの斜面を登り切ったところだ」


 もう俺の扱いがどうなっているかは無視するとして。

 山に入り込んで幾つも丘を越えると聞いたときは、無事にたどり着けるのか不安だったが、早朝から出てきたというのに魔物の数は多くない。

 朝の巡回前の時間帯だ。ばっさばっさとハリスンや四脚ケダマが飛んでくる時間のはずで、だからこそ討伐がてら森の中を進むのだと思っていた。


 それなりに出るし討伐がてらではあるんだろうが、西に比べれば静かなほどだ。

 西側と違って常に警備を立てたりしないくらいだし、こんなものなんだろう。

 あまり戦闘がないせいか、地形の割には早い到着に感じる。


「思ったより近いな」

「そりゃあ、今日中に二ヶ所の対象を片付けなきゃならんからな。近い場所を選ぶさ。だが時間内に始末できるかどうかは、タロウ――お前の腕次第だ」


 そんな重々しく言われると、自分の仕事内容を勘違いしそうになるぜ。

 死地に赴く任務と言えば大変そうだが、そんな状況になるのは俺限定だろう。


 依頼の内容に反して少人数だと考えたのは、こうして山中を練り歩くことに加えて、依頼を二件こなす予定と聞かされ少し心配になったからだ。

 集合場所の倉庫前での会話を思い返す。


「い、依頼を二回分、ど、同時?」


 声が裏返りかけていたな。少しどころの心配ではなかったようだ。

 だって東の森の情報なんかないし!

 同時攻略、なんて考えるとカッコイイ気がしないでもない。

 同時っつうか、まとめて済ますってだけだが。


 しかし大枝嬢、押し込んできたなぁ。

 ふふ、俺が力をつけたと認められたということ……のはずはないな。

 よっぽど花畑に人手が欲しいんだろうか。たんに二ヶ所回っても問題ない距離なんだろうけど。

 そんなに青っ花に需要があるんなら、どうにか時間を作って行ってみようかな。

 まあ、今は目の前の仕事だ。

 続いたシムシの言葉が、逸れていた意識を森の中へと引き戻す。


「そう深さのない洞窟だ。二ヶ所くらい回ってちょうどいいくらいでな」


 そこらへんは想像通りだった。ていうか、また洞窟なのかよ……。

 森、と曖昧に書かれていたら洞窟と思っていいくらいじゃないか。


 魔物が少なくて手持ち無沙汰だからか、シムシは辺りに注意を払いながらも、依頼の経緯などを語り始めた。

 小さな依頼が重なったのは、この辺を回る奴らの二組が、各々気になる場所を周囲と話し合うことなく届け出てしまった結果のようだ。募集期間も短かったし、そういうこともあるだろう。


「前もって話し合っていれば、初めからまとめて依頼したよ」


 西の森側と違って、そんな行き違いが起きるのには、別の理由があるらしい。普段はジェッテブルク山の麓を泊りがけで回っているが、戻ると数日は街周辺で過ごし、また他の奴らと交代で旅立つ。

 その街に戻った期間に、東の森方面や他に手が欲しい場所へと向かうのだとか。


 へぇ、また俺の知らない冒険者の日常を知ってしまった。

 感心しつつも、シムシの背を訝しく見る。まず、詳細を話すシムシの顔に見覚えがあるなと思っていたのが、今の話でやっぱり見たと確信する。


「まさか、こっちの依頼で一緒になるとは思わなかったな」

「こっちの依頼?」


 ギルドで見かけたような……といっても、ほとんどの奴らがそうだ。ただ、もう少しまともに話した記憶すらあるんだよ。

 その謎は次に言われたことであっさり解けた。


「ほら、以前話したろ。山の方で手を借りたかったんだが、受付が締め切られて残念だったって」

「あぁ、岩場での依頼をしたかったっていう」


 この俺を超危険地域へ送ろうと画策していた、とんでもない悪党じゃねえか!


「憶えていてくれたか! 俺たちゃ大抵は岩場から山向こうにいるが、たまたま戻ったところだったんだ。この依頼責任者と交代するところに、コエダさんから話が来てな。引率を引き受けることになった」

「あいつらの悔しそうな顔を見せてやりたかったぜ」

「随分と楽しみにしてたからな。代わりに、しっかり見届けさせてもらうぜ」


 エィジとポプュが笑いながら言葉を添える。

 俺はなんのアトラクションなんだよ。


 本来の依頼代表に同情して良いのか分からないが、話が来たときはまだ居たというのに、そのまま出かけていったのは意外だ。

 結構予定の決め方とかアバウトだと思うが、遠出だと準備にも時間がかかりそうだもんな。さすがに、出かけるところでの予定変更はできなかったんだろう。


 大体、ここでの連絡も午前と午後とか大ざっぱだ。期日厳守だとかで胃がきりきり痛むこともなく羨ましい世界だよ。ああ、今では俺もこの世界の住人でしたね。

 南の森にこもっているせいか、とても同じ世界に生きている気がしない。い、いや、俺だって花畑へ行ったし、大枝嬢にも低ランク冒険者のスタートラインに立てるとお墨付きをもらったようなものだ。これからなのだよ、うんうん。


「着いたぞ。そこが入り口への入り口だ」


 よし、そろそろ気合いを入れようか。

 幸いにも体調はいい。

 昨日は無理をしたというのに、早めに切り上げたのが良かったらしく、体に疲れは残っていなかった。

 お陰で、配分さえ間違えなければ俺だってなかなか戦えるではないかと、少しだけ良い気分を取り戻している。


 良い気分に水を差す言葉が聞こえたような……入り口の、入り口?


 洞窟に入るのはいい。もう慣れた。

 だけど案内された場所に立てば、崖だった。

 崖下へと視線を向けると、井戸の底かというように岩壁に囲まれた場所だ。底が見えるくらいだし谷底という感じではないが、決して落ちたくはない高さはある。


「あっちの崖下に、大きな穴が見えるだろう。あれが入り口だ」

「……ここを、下りる?」


 なんで、出入り口が切り立った崖下にあるんだ。すっかりお馴染みの背高草に、狭い地面は埋もれている。

 だがあろうことか、草の狭間に黒っぽい幾つもの影が、もぞもぞと蠢いているのを見てしまった。

 あれ、ヒソカニだろ……。


「心配するな、梯子がある。飛び降りるのが苦手な奴もいるからな」


 下り方を心配してんじゃねえよ。

 言いながら示されたものを見て、思わず真顔になる。

 蔦が絡みまくったような縄梯子で、岩肌の隙間から伸び放題の雑草と、半ば見分けがつかなくなっていた。


「俺が先に下りて、あいつらをる」


 シムシが掴むと縄梯子は軋むような音を立て、冷や冷やしながら見たのも一瞬だった。

 お前、梯子じゃなくて岩のでっぱり掴んでるじゃないか!


 崖下からヒソカニを叩き割ってるらしい音が響いたが、シムシはすぐに動きを止めて見上げた。


「下りていいぞ!」


 俺もなるべく、この怪しい縄梯子ではなく岩を掴もう。

 いいだろう。俺だって手の力ならある、はず。

 なんだっけ石の生えた壁をよじ登る、そう、ボルダリングとかいうやつ。あれに挑戦してると思うんだ。登ってるわけじゃないけど。そして下に見える鬱蒼とした草は安全マット。

 大丈夫だ、ゆっくり下りれば。

 次は、そこのでっぱりをキャッチして……。


 ボリッ――鈍い音と共に、でっぱりは取れた。


 なんてことでしょう。

 岩と思って掴んだのは、固まった土だったのです。


「くふゅっ……ふぐぬぅ!」


 空を掻く手を必死に別の塊へと伸ばす。キュッと音を立てて、手は固定した。


 お、おぉ、落ちるかと思ったあああ!


 とっさに掴みなおしたでっぱりは、ちゃんと岩だった。

 なんだよ、あの土。紛らわしい色しやがって!


「ははは、軽快な掛け声だな!」


 叫びだよ!


 暗い色が岩だと判断すれば後は問題なかった。

 問題なかった理由は、もう一つ。早速、滑り止めが身を助けてくれたらしい。なんという天啓!


 どうにか降り立った場所の向かいには、頭を屈めなければくぐれない真っ暗な穴が、背高草に半分隠れて開いていた。

 それらを気にもせず既に足を入り口に突っ込んでいたシムシに、なんなく降りて来たエィジとポプュも続こうとする。それを止めた。


「待ってくれ。こいつも片付けておきたい」

「こいつだと? こんなところに危険物が?」


 シムシは険しい表情で、剣の柄に手をかけながら振り向いた。

 なんでここの奴らは、こういう明らかに邪魔な遮蔽物はナチュラルに無視するんだよ。行動で説明だ。無言で背高草の殺戮にとりかかった。


「あぁ、そいつか!」

「なんと。真の敵は、眼前にあったってぇのか」

「戦いに身を投じる余り、俺たちゃ目が曇ってしまっていたようだな」


 己の額をぺちんと叩くシムシに並んで、エィジも低く唸り、ポプュは空を仰いで目を眇めた。


 初印象を修正。

 やっぱりこいつらも、どこかズレているようだ。

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