054:奥義

 ギルドの室内に踏み入れた途端に漂う、むっとした空気。お昼時だよな?

 大抵の奴らは出払っている時間帯だったと思うが、現在は数組が駄弁っていた。

 くたびれ具合からいって仕事上がりのようだが、何かあったにしては随分とくだけた雰囲気に疑問が湧く。いや、こいつらはいつもこうだったな。参考にならん。


 それにしても、どうも見覚えのない奴らだ。

 すべての時間帯に来たことがあるわけでもないし、まだまだ知らない人間が居て当たり前なんだけどさ。顔というか身なりが見慣れないというか。装備が上等そうだし、中ランクでも上の方だろうか。


 待合スペースに集まっているそいつらは、俺を見て軽く手を上げたり声をかけてくる。


「ようタロウ! 随分と早いな!」


 誰なんだよお前らは。揃いも揃って一方的に知った気になりやがって。


「なにタロウだと? 前代未聞の人族の英雄様じゃねえか」

「そうそう、アラグマを見事な石鎌さばきで退治したって聞いたぜ」

「不敵に嗤いながら刈り取ったとか」

「ああ只者じゃないと思っていた」


 噂が踊り食いされている。なんだよ石鎌って。ただの石ころだし倒すどころか傷一つ与えてねえよ。あの四人組、何を言いふらしやがった!


 しかし追求はしない。噂など黙ってればすぐに忘れ去られるはずだ。これは慣習に違いない。バイト先で夜でもおはようございますと言うことなかったか?

 顔も知らない者同士、いつ交代したかも分からないから会ったらとりあえず言っとけってやつだ。あれと同じなんだよ多分。


「お、おぅ」


 挙動不審になりながら挨拶だけは返しておく。

 話に巻き込まれると長いからな。適当に相槌して薄汚い冒険者たちを避け、窓口からにょっきりと生えた大枝嬢のもとへと逃げ込んだ。




 いつもギルドの待合スペースを通りすがる際に、漏れ聞こえてきた会話を小耳にはさむだけだが、それらの内容を繋げていく内に、俺が話題の中心になる根幹らしきものが見えてきていた。


 俺はよっぽどの僻地から、行商人などの風の噂による冒険者への憧れだけを胸に抱いて遠路はるばるやってきた勇気ある人族の男であり、かつ成し遂げた強運の持ち主という設定らしい。

 そんな一目の置かれ方は嫌だ。無謀なだけのすっげー痛い奴じゃねえか。


 それらに納得される背景には、時おり耳にする隠れ里という存在がある。

 人族はその弱さゆえに、魔物どころか他の人種とも隔絶された場所に集落を作って隠れ暮らしていた歴史が長いようだ。そうでなければ淘汰されてそうだよな。


 そんな里も、魔物が溢れて立ち行かなくなったときに近隣の国に身を寄せたそうで、残り少ない里も今じゃ国が把握できていない場所はないようだ。隠れてないよなそれ。

 そういえば首羽族も樹上にねぐらを作って隠れ住んでいたらしいが、弱さが理由ではなく獲物を闇討ちし易かったからだとか。物騒な。


 そういえば、誰もどこから来たとか聞いたり聞かれたりしないのは、この街に暮らす者のほとんどが国内外からやってくるからで、脛に傷持つ連中だろうと冒険者なら受け入れるような下地があるからと思い込んでいた。

 どうも、それは少し違うらしい。


 昨日の、バロックらとの会話で感じたことだ。

 ギルドから通常はされるはずの説明がされなかったことが、人族だからという理由になったときに言い淀んでいた。

 思うに、種族差に附随することには、なるべく言及しないようにしているんじゃないかって。当然、出身地や国に関連するだろうし。特に悪い方面に行きそうな場合に限ってだ。

 逆に自身の特徴は堂々と自慢するし、他人だって臆面もなく褒めるもんな。


 とにかく、だから何も知らない俺を、シャリテイルだけでなく皆が仕方ないと早合点してくれるのだろう。後押ししたのは、中途半端にこの世界の知識があるせいかもな。


 思えば、シャリテイルなりに気遣っての根回しだったんだろうか。

 初めは何かを聞く度に不安があったから、シャリテイルくらにしか迂闊に聞けないと考えたりした。


 だけどこれで、俺が世間知らずなのも当たり前といった前提を手に入れたことになる。もう堂々と、おっさんや大枝嬢にだろうと質問できると思うと、かなり気が楽になった。

 もちろん知らなかったとしても、不快に思われるデリケートな事柄もあるだろうから、完全に気を抜くのはまずい。そこは様子を見ながら対処するしかないな。


「タロウさん、どうされましタ。何かお困りですか?」

「あっ、す、すいません」


 ついまた妙な場所で考え込んでしまった。


「ひょー! じろじろ見やがってよ! タロウはコエダさんが好みかぁ?」

「大人って感じでいいもんな?」


 お前ら後で殴る。




 背後の声をシャットアウトし質問に集中した。


「暦ですか?」

「はい、ギルドで時計を見ないですし、数日にまたがる依頼もあるのに予定をどうしてるのかなと。たしか予定表はギルドにもあったのに妙だなと気になって……」


 今さらだし苦しい言い訳のような気もするが、先ほどつらつらと考えていた俺に対する印象は、大枝嬢も持っているようだ。特に気にするそぶりもない。散々に妙な質問に行動してるから今さらだろうけどさ。


「あら、小さいものですカラ、職員は持ち歩いているのですヨ」


 なんだって。

 ローブの縫い目らしき場所にポケットがあり、大枝嬢はそこから革紐を引っ張り出して、シャリテイルが持っていたのと似たマグ時計を見せてくれた。


 鮮やかな半透明の赤色が揺れて綺麗な水晶だ。無駄遣いは控えると決めたばかりというのに、やはり欲しくなる。時間単位で動く予定があるかと言われると無用の長物だが……今は質問に集中だ。


 正直なところ暦の概念がどうなってるかは、ここでの太陽や月の動きや街の生活風景を見れば把握できている。俺が大ざっぱに働く分にはな。こういったことは、来てすぐには役立つだろうが、今更確認するのは答え合わせのようなものだ。


 大枝嬢はカウンターの向こう側、部屋の隅にある扉に掛けられたボードをちらと見てからこちらを向いた。組合職員用の扉だ。事務作業部屋や控室やらがあるらしい。

 そこに掛けられているのは俺が見たことあると思った予定表だ。素材引き渡し用の台がある窓口の裏だから、俺も目にしたことがあったのだと気づいた。


「そうですネ。予定と言えば、十日ごとのまとまりが一般的でス。それに加えてギルドでは、長期の計画には、その一巡りを足していってますヨ」


 十日で一巡りが一般的な感覚らしいのは聞いたし、宿代でも実感している。

 けど少し説明内容に困惑した。

 大枝嬢の答えは、あくまでもギルドにおける日程の扱いを説明したものだ。


 さすがに一日が何時間で、一年が何日かどうとかなんて質問をしたとは思わないよな。この国での基本の知識だろうし。

 そもそも、その知識だけ聞かされたところで、計測器を双方の世界に設置できるわけでもないのに比較のしようもないか。


「あまりギルドでは予定を詰めることを推奨しておりません。ですからマグ時計が必要な予定の立て方はしないのですヨ。職員は会議や交代時間などを知るために持たされているだけですネ」


 なるほど。車や電話といった遠距離との連絡手段がないなら、短距離内限定でないと使いようがないのか。


 ついでに気候の話をしてみたら年単位のことは知れた。この街では、あまり季節の変化がないらしく予定が組みやすいが、冬季と呼ばれる時期はある。それも短期だし、山の影響かたまに雪が降るくらいで、街が閉ざされるほど過ごしづらくはないらしい。それはありがたい。

 大きな計画となると、その冬季を一巡りと換算するようだ。


 まあ十分聞けたよな。




 ざっと説明を聞いたところで背後に動きがあり振り向くと、さっきの集団が出ていくところで、思わず声を潜めて尋ねていた。


「なんでこの時間に?」

「彼らには遠征中の者らに代わり、高ランク指定場所での討伐をお願いしていたのですヨ」

「まさか、同じ場所にあれだけの人数がいるわけじゃないっすよね……」

「そうですネ。二、三カ所、厳しい場所がありますから、それらに割り振っていただいてまス」


 そういう問題ではなくて。たった二、三にあれだけのグループが要んの!?

 高ランク者と中ランクの上位者って、どんだけ化けもんだよ……。


「それで、あんなにボロボロになるのか」

「いえ、泊りがけの依頼のため野営をお願いしているからでしょウ。山の反対側になりますから、毎日戻るよりはと一晩過ごして現地で後続と交代するのでス」


 夜勤みたいなもんか。高給取りは高給取りで大変そうだな。


 ん?

 交代まで山にこもっていたような奴らが、なんで昨日の俺の行動を知ってるんだよ!

 便利道具もないくせに余計な伝達速度だけはありやがる。

 冒険者ネットワーク、恐るべし。俺も混ぜろよな。


 しまった、殴り損ねた!

 俺の能力的に本気で殴れるなんて思いはしないが、歯噛みしつつ大枝嬢に礼を言ってギルドを出た。




 西の森方面へ向かうためギルドを出た俺は、西の畑を突っ切る道を進んでいた。

 これまで主な活動場所だった南側から順調に街の周囲を刈り進んでいる。昨日は森の中に進んじゃったから、これから畑周りの続きだ。


 ちょうど森から出てくる冒険者に目を向けると、クロッタやデメントたち四人組だった。すかさず体を屈め、まだらな草むらの間を縫うようにして小走りに近付く。話に夢中で、まだこちらには気づいていない。


 今なら、あいつらを倒せる!


「ふぉ!?」


 俺がクロッタの背後につくや、でかい図体が眼前で膝をついた。


「なっ、お前、タロウ? どう……して」

「フッ、たわいない」


 ガタイのいい岩腕族を人族の俺が地に伏せたのが信じられないのか、他の奴らはあんぐりと口を開け、目を剥いたまま固まっている。実は俺もだ。

 まさか、こんな技がこいつらに効くとは……。


「ばば馬鹿な!」

「人族が岩腕族を倒したなど、聞いたことがない!」


 ほぅ、すぐに立ち直り騒ぎ出したか。さすがは冒険者だ。


「禁断の奥義、ヒザカックン――!」


 中学時代に封印した技だが、未だその威力を減じてはいなかったぜ。


「ひ、被座覚悟?」

「いや、ヒット・ザ・コクーン!?」

「なんて恐ろしい技だ……俺たちは無意識に人族の戦闘力を舐めていたというか」


 コクーンって……繭を殴るってなんだよ。

 やたら大仰に驚きを見せたり、拳を握り悔しそうにしている。どう、反応したらいいのだろうか。


 大抵のもんはこの地に沿ったものがあり、現在のこの世界なりに生活水準は発達して俺の現代知識など糞の役にも立たないというのに。

 こんな子供の悪ふざけがなかったのか?


「くっ、ふはは……こりゃ人族が生き残り続けるはずだぜ!」


 ニッと笑ってクロッタは立ち上がり手を差し出した。白々しく健闘を称える握手にノリで応える。


「痛ぇ! 割れる割れる!」


 握力強すぎんだよ!


 また全員がゲハゲハ笑いだした。

 こいつらはふざけて付き合ってくれてんのか、どこまでが本気か分からん。


「んで、どうした。俺、何かヘマしたんか?」


 今度は不安そうにソワソワしだしたクロッタに今朝の文句を叩きつける。


「俺がアラグマに止め刺したことになってんだけど?」

「なぁんだそっちか」

「おい、他にもあるような口ぶりだな」

「ないない! 嘘は言ってないし」

「石鎌なんか使ってねぇだろ!」


 なだめるように俺の肩を叩いたのはバロックだ。


「いや、タロウ。嘘じゃねえ。あの正確な投擲技術な。石の軌跡が、まるで石鎌を振るうように、俺の目には映ったのよ」


 ほほう。お前が犯人だったか。


「あ、奥義はやめて!」


 膝を庇うバロックに容赦なく追撃をかける俺をライシンが止めた。


「でもよタロウ。男が謙遜しすぎんのも嫌味ったらしいぜ?」


 ハードル上げるのやめろぉ!

 俺をおだてるな。調子に乗せて何をするつもりだ。出来もしないことで、持ち上げられるなんて恥ずかしいだけなんだよ!


「今度から紛らわしいこと言うな。頼むから!」

「ははは。分かった。事実をありのまま心躍るように伝えてみせるぜ!」


 ダメだ。堪えてない。

 はぁ……脱力したし、気も済んだしいいか。

 仕事しようと戻りかけて振り返った。


「そうだ、危険な技だから気軽に人に教えるなよ」


 どの口が言うか。俺の口は一応の念を押した。下手すりゃクラス戦争勃発だからな。冒険者だからギルド……いやランク別?

 恐ろしすぎる。


「奥義とやらだろ。軽々しく口にしたりはしねえって」

「そこは安心しろよ」

「うんうん」


 自信ありげに請け負う森男ことデメント他一同を胡散臭げに見る。

 微妙な笑顔を浮かべているから何か企んでいるに違いない。

 キリがないから、その場を離れた。


 ちょい北側に刈りかけの場所がある。

 そこまで来て四人組を振り返ると、他に待機中の奴らに奥義を放っている姿があった。正気か。

 俺の視線に気付いたクロッタが両手を振って叫ぶ。


「喋ってはねぇぞおぉ!」


 まったく。

 こちらに叫んでいるところを背後から反撃を受けている姿を見て、本当にどうでも良くなった。


 反射的に突っかかってしまった。

 一応は低ランク冒険者同士だからか、切っ掛けもあったし話しやすい奴らというのもあるだろうか。

 これまで一方的に話題にされてもやもやしていたこともあって、過剰にぶつけてしまったように思う。ちょっと反省しよう。


 まだ周囲を巻き込んで逃げまどっている光景に、つい噴き出しながら眺めつつ、背高草を掴みにかかる。

 こんな日もいいな。




 アラグマ戦は、俺にとっては本格的な戦闘だった。

 だけど、ちょっとくらいでいい気になんてなれない。

 本当に安全な場所に隔離されてるんだなといった、情けなさやらもあるけど。

 俺が安全に継続してこなせる仕事なんて、これくらいのものだ。草を刈っていると昨日のことが思い出された。


 パーティー戦のお陰で疑問の一つも解消した。

 複数人で一体の魔物を倒したらマグはどうなるのかだ。今までは気にする余裕も機会もなかったからな。


 結果だが、戦闘が終わった後、それぞれにマグが流れて行ったのが見えた。

 俺以外に。


 傷をつけた者全員にマグは分配されるらしい。ただし、クロッタに最も多く流れ、次いでデメントといった感じだったことから、与えたダメージ量に比例してそうだった。ゲームじゃないなら、どうしてそんなことになるんだ?


 それはマグ水晶の仕組みにヒントがあるように思える。

 タグへは各人のマグで個人認証の処理をしている。個々人でマグの質が違うってことだ。遺伝子のようなもんだろうか。


 互いのマグが接触――攻撃して傷をつけると、何か化学反応めいたことが起こっているのではないだろうか。

 攻撃するごとに、魔物のマグが攻撃者のマグへと変質していき、器である体が消滅することによって、変質元の器である攻撃者へと流れていく。


 大まかにはそんなとこじゃないかと。

 今はそれ以上考えても分からないから、そういうことにしておこう。

 侵食されていくって考えると嫌だな……寄生されるホラーゲーみたいだ。


 で、この考察によって得た結論によると、俺は傷一つアラグマにつけられていないと証明されたわけだ。

 俺はダメージに関して、まったく貢献していない。

 泣けるが、これが事実なんだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る