028:大繁殖と力の差

「うぎぐぐぐ」


 俺はこの世界で生まれて初めての、筋肉痛を味わっている。

 人族の持久力を超える活動を俺はした。当然だな。

 逃げたことが主な理由だと分かってる。

 しかし――。


「草が、俺を呼んでいる」


 どちらかといえば、お呼びでないところを俺が襲い掛かりに行くわけだが……いい加減ぼやいてないで起きよう。


 重い体を引きずり、部屋に渡してある洗濯縄からズボンを取った。

 昨日は、ふらふらで帰ってきたのに結局洗濯してしまった。服にかかった粘液が気になって仕方なかったんだ。

 急いで洗ったけど石鹸で駄目だったときは焦った。まさかこれも魔素洗剤が役立つことになるとは。こんなこともあろうかと買っておいて良かった。

 ケムシダマめ、早速使わせやがって!


 荷物を取りまとめ、水筒に水を汲むと朝飯を食い、弁当を持って宿を出た。

 やはり飯があるかないかは、やる気に天と地の差がある。

 今日こそケダマ草に引導を渡してやる!




 草地を抜けて、森の端っこへと移動しているときだった。


「待て、草タロウ!」


 低い男の声が届いた。

 ここはカタカナ風の名前ばかりかと思っていたが、似た名前の奴もいるんだな。

 決して俺のことではないはずだ。

 心なし足を早め振り返りもせず歩く俺に、声は追いついた。


「おい草タロウ、考え事か?」

「草は余計だ!」


 くそっ、つい返事しちまった。


 俺と並んで歩き始めたのは、カイエンだ。何やら笑顔なことが訝しく、ちらと見上げる。ただでさえ、はるかに見上げなきゃならん奴に横を歩かれて気圧されるというのに。ギルドで声をかけてきたとき、勝負が云々と言っていたことも懸念の一つだ。


「高ランクの仕事がこっちにあんのか」

「ハハハ。すっとぼけるなタロウ。貴様からの報告、しかと受け取った」

「なんの話だ?」


 俺の質問に、見ていると疲れるほど暑苦しいカイエンの笑顔が、消えた。


「繁殖期が来たそうじゃないか。緊急討伐の指示を受けた」


 その内容に、はっとする。

 カイエンの態度からも、この前のようにふざけたところはない。真面目な顔で言われると、威圧感がぱないな。

 よっぽど、あのケムシダマの状況が異常なのか。と同時に違和感。

 なんで、こいつ一人なんだ?


「他の奴は? 幾ら低レベルつったって、草原中にいるだろ。あの粘液攻撃は、まずいんじゃないか」

「ほう。そこに気付くとは、さすがは草に仇なす者だな」

「お前は草のなんだってんだよ」


 思わずツッコミを入れたがスルーされた。


「その通り、ここのケムシダマは草原の支配者と呼ばれるほど溢れる。繁殖期にはな」


 おい、その呼び方。聞き覚えがあるぞ。

 確か俺のことを、そんな風に呼んだやつがいたよな。

 あんなもんと一緒にするな!


 カイエンは話しながらこちらを向いて、不思議そうに見た。複雑な気持ちが顔に出ていたようだが、誤解してくれたらしい。


「なんだ、繁殖期に当たったことがないような顔だな?」

「……平和な、地域だったもんで」

「そうか」


 とっさに言い淀んでしまったが、俺が知らないとなれば、また前方を向きあっさりと頷いた。


「馬鹿みたいに魔物が増えっから繁殖期と呼んでるが、魔素の均衡が崩れて起こる現象だ。困ったことに、時期が決まっているわけじゃあない。だから都度、その場にいる冒険者で対処しなきゃならん」


 知らない方が珍しいような態度を見せたというのに、別に知らないからと呆れられることもなく、カイエンは切り替えて説明を始める。シャリテイルが言っていたように、情報の共有は当たり前なんだろう。


 説明を聞いて、なるほどと納得する。

 実際に繁殖するわけでなくて安心したが、厄介な現象があるもんだな。


「特に低ランクの魔物が爆発的に増えるんだ。その間、中ランク中位者以下の奴らは東西に重点的に配される。畑や放牧地があるからな」

「ケムシダマに限らないのか……」


 昨日のカピボー討伐数にも納得いった。俺が運悪くカピボーの潜む藪だけ、つついたから出てきたんじゃなかったわけだ。


 なら今日のケダマ草採取も厳しいか?

 でも、あと半袋分だしなぁ。急げば午前中でどうにかなるだろ。

 カピボーが増えても、残りは大人しく草刈りしてりゃ宿代分ノルマは行けるな。


「で、こっちに割ける人員は、カイエンしかいないと」

「やれやれ、高ランクってやつは辛い立場なのさ」


 格好つけようと首を振っているが、にやけ面で照れが隠せてない。褒めたわけじゃないんだが。

 どうもシャリテイルと同じ類の人間に思える。間違いなくそうだろう。


「まあ、なんつーか。気を付けて?」

「おう、任せろ。タロウは背後を警戒してくれてりゃいい」

「ああ、背後ね……は?」


 おっと刈りかけの草地が見えてきた。やっぱりケダマ草採取の残りは明日にして、今日は一日草刈りしてよう。そうしよう。


「あ、持ち場はここなんで。これで」

「ふむ、シャリテイルから聞かされた通りだな。自らの意志を曲げず貫く頑固君。優秀な冒険者には必要な資質だ」


 シャリテイルの言い分を鵜呑みにするな。

 冒険者とか関係ねえ。生活がかかってるんだよ。お前らとは違うんだよ。。


「おっ、その嫌そうな顔は気付いたな。その洞察力も冒険者には……」

「いいから、なんなんだよ」

「せっかち君とシャリテイルが呼んでいたのも、また正しいようだ。オレも優秀な冒険者だからな。任務はきちんとこなすと言いたかった。さあ急ぐぞ!」

「断ぐべっ!」


 断る、と言いかけて変な空気が喉から出た。

 見えている景色が回転した衝撃らしい。

 あ?

 逆さまの草っぱらフィールドが横スクロールし、加速する。瞬く間に緑の筋となって遠ざかり、視界は南の森面へと移っていた。


 俺は、カイエンに担がれていた。


「離せええええぇ……!」


 なんでケムシの海に低ランクの俺が行かにゃならんのだ!

 辺りを気にかけることもなくカイエンは走り、ちょっとした藪などものともせず突っ切る。おかげで、わらわらとカピボーが飛び出る始末。


 おお! カピボーのスピードを振り切っている、だと!?

 これが炎天族の特性だというのか……。


「……ぼええええ」

「オオイ肩で吐くなよ!」


 俺は乗り物酔いなどしたことはない。だが、揺れる度に腹に来る衝撃は殴られてるのかというほどの凄まじさだ。

 その時間はすぐに終わった。


「よし、降りろ!」

「お前が降ろせ」


 そのままどこぞへ連れ去られるかと思ったが、森の中を突っ切り、あと少しで草原に出るといったところでカイエンは止まった。


「うぼえぉ、炎天族はどんだけ馬鹿力だよ……」


 装備も重そうだし、俺を担いで全力疾走とかアスリートか。


「おー疲れた。無理するもんじゃないな。もう少しだから、逃げるなよ」


 無理してたのかよ。

 肩を回しながら歩き出すカイエンの後を、仕方なく歩き出してみれば、大した距離を移動したわけではなかった。

 ああ、そういえば、一時的な力の発揮はすごいが長くは続かないんだっけ。


 一長一短か。種族差を目の当たりにできたようで、思わず感心する。

 本当に、人族が特別劣っているということはないんだろうな。

 生活することを考えれば今では、地味だろうと長時間働けるこの体で良かったと思えるし。


 ただ、戦闘において最弱なだけ。

 最弱が、特徴なだけ……。

 悪意が含まれなくとも、含まれて聞こえる言い方なのは、どうにかならないのかと思うが。

 内心でぼやいていたら木々が途切れた。


「んじゃ遅れるな。念のため武器を持ってろよ」

「へいへい」


 ナイフを手に、諦めてカイエンの後に続きキモ草原に踏み出した。




 草むらに緑の岩がゴロゴロしている。いるのだが、パッと見さらに増えてる気がする……。

 そこへ大股でずかずかと歩いていく恐れしらずが。


「おい、まずいだろ!」

「いいからいいから」


 よくねえだろ。

 俺は近づく勇気もなく、立ちすくんでいた。


 遠目には折り重なって草原を埋め尽くしているように見えたケムシダマだが、よく見れば何匹かで集まった列が幾つもあるようだ。多少は列と列の間に距離はあるらしい。それでも、俺には安全な距離など判断がつかないし、びくびくしながら眺めるしかできない。


 一応はカイエンも、手前の列の端から近付いている。なにか手があるのか?

 案の定、近くの奴から頭を上げていく。口が開いて粘液を吐くと思った瞬間、カイエンの蹴りが端の一匹に入っていた。


「ゲュ……」


 粘液は吐き出されるどころか叫びも最後まで放たれることなく、水風船が割れるように弾け飛んだ。


「え」


 のんびり歩いていて、蹴るにはまだ距離があるように見えたのに、いつの間に近付いたんだ?

 一匹目に起こったことを、俺がどうにか認識する間にも、カイエンは次々と一列を蹴り潰していく。

 列の最後に残った一匹の首を片手で掴み上げると、こちらへ歩いてきた。


「……はやくね?」

「ちょーよゆう」


 ニカッと笑いながら、カイエンはボーリングのフォームを取った。

 そして地面に、手にしたケムシダマを転がす。

 俺に向けて。


 とっさにサイドに移動して避けた。

 蟹避けは一番うまくなった動作の気がする。転がるケムシダマは俺のそばを通り過ぎて、背後で止まった。


 じゃなくて。


「なにしやがるんだよ……!」


 気が付けば、すぐ近くに立っていたカイエンは、良い笑顔でほざいた。


「ちょっと戦ってみろ?」


 何をちょっと跳んでみろ小銭の音がするなぁみたいに軽く言ってんだ! いじめか!


「なにを驚いたような顔してる。ケムシダマ程度はあしらえると、コエダっちからも聞いてるぞ」


 うわあ、馴れ馴れしい。これが高ランクの貫禄って奴か。

 って、大枝嬢! なにを伝えてんだ!


 泡食ってると、顎でくいと俺に戦えと支持する。

 どうしたもんか。何か意図があるに違いないと思うと警戒心が沸く。

 カイエンの笑みは、不敵なものに変わった。


「それ一匹だけだ。ただ見てえんだよ……最弱の戦いってやつをな!」


 なんだその理由!

 俺が問い詰めるのを避けるためか、カイエンは距離を取った。

 何のつもりかは知らないが、こんなところで放置されたら戻れる気がしない。

 ナイフを掴む手に力を込めると、体勢を立て直したケムシダマと向き合った。


 俺にできることなんか、大してない。

 落ち着け。

 落ち着いて、昨日と同じことをやればいい。


 息を吸うと、小走りにケムシダマの背後へと回り込んだ。


 一匹だけで周囲を気にしなければ良いなら、カピボーよりも楽な相手だ。

 ケムシダマの喉への攻撃を決めると、即座に離れた。

 腹立ちを込めてカイエンを睨みつける。


「これで、満足かよ?」


 カイエンは両拳を固めて、子供のように輝く顔で見ていた。


「うん!」


 楽しんでんじゃねえよ!


「ほほう。そうか、そうきたかー」

「勝手に満足するな。一体なんのつもりだ」

「いや、感嘆したんだ。鈍足具合を補うための、迂遠な攻撃……見事だったぜ」


 殴りたいんだが。

 まさか、本気でそんだけの理由かよ?

 どう怒ればいいのかと考える間に、カイエンは別の列に近付いていく。


「んじゃ、次はオレの番な」


 軽い口調とは、不似合いな気合いを感じた。

 おい、まさか、これが勝負云々の話か?

 勝負になるかよ馬鹿馬鹿しいと、呆れを伝えようと思った。

 背を向けたカイエンが、剣を抜くのを見て、緊迫感に固まる。


 手のひらほども幅広で、刃渡りも一メートル以上あるだろう。柄も両手で握ってまだ余るほどに長い剣だ。

 かなり重量もあるはずだ。それを片手で軽々と水平に持ち、無造作に緑の波に近寄る。

 刃の黒地に微かに浮かぶ赤いマーブル模様が、日差しを反射して浮かび上がる。

 素直に格好いいと見入ってしまった。


 カイエンは、列の端からではなく中心から堂々と近付いていく。

 立ち止まると、おもむろに重心を落とすと、真横に薙いだ。

 たった、それだけだ。


 それだけで――刃の線上にいた魔物が、すべて、弾け飛んだ。

 視界を埋める赤い煙を、声もなく眺めているしかできないでいた。




 身体能力に、ここまで差があるとは、正直なところ思っていなかった。

 あって、当たり前だってのに。

 だってさ、物語のように派手な魔法なんかない世界だぞ。

 そりゃ大人と子供くらいの差だって、とんでもないさ。

 でもこれは、その比ではない。


 これじゃ、ミドリガメとアフリカ象くらい違う。


「俺、いらないだろ……」


 身体能力の差を目の当たりにしたショックは、大きかった。

 これが、高ランクの実力なのか。

 感動してもいいくらいだというのに、喜ぶより空恐ろしさが胸に沸き上がる。


 炎天族――カイエンは雑魚専と思っていた。


 考えれば魔物だってゲームより強くなってる。キャラだって強くなっていても、おかしいことなんかない。

 ゲームと違って、一度に現れる魔物の数が決まってるわけでもない。より現実に沿った力だってあるだろうさ。


 これが、種族特性。ここまで、どうしようもないほど種族差があるのか。

 いや、炎天族の全てが高ランクになってるわけでもない。

 単純にカイエンの実力なんだろう。


 ただ道を歩くように、カイエンはケムシダマの群れへと近付き、剣を振る。

 到着してから、さして時間は経過していないというのに、見る間に魔物は片付いていく。

 何百体が消えたのか。その手際は圧倒的だった。


 言いたくないが、すごいよ。分かってるんだろうけど、それで何したいんだろうな。こうして差を見せて、心を折りたかったのか?


 腕に力が入らない。幾ら踏ん張ったところで、俺の力なんか微々たるものだからだ。そう思うと、全身から力が抜けたようだった。


 カイエンは相変わらず無駄話とともに、へらへらと余所見しながらケムシダマを消滅させていく。からかいたいのか、腕自慢したいのか。

 その後を、ただ俺は呆然と歩いていた。


 本心は、今すぐにでも走り去りたい。けれど行く手には、隙間もないほどの緑の波が厚くなっていく。逃げたくとも、カイエンが進む場所以外は、ケムシダマで埋まっている。


「なんで、俺は、ここに居なけりゃならないんだ」


 思わず言わずにはいられなかった。

 また剣を振りつつ、カイエンは意外そうな視線を俺に向けた。


「なんでって、人間にゃ背中に目はないだろうが」


 おま、こっち見ながら蹴散らしてるじゃねえかよ。

 不満が顔に出ているのは、気付いているはずだ。俺は、そういうのを隠せない。


「一人で何かあったらどうすんだ? こういう時は、誰かと組むもんだぜ」


 当たり前じゃんとカイエンは答えると、またケムシダマ殲滅に励んだ。


「え、緊急時の決まりがあったのか」

「ありゃ、言ってなかったか? わるいわるい」


 お前、大事なことをすっ飛ばすなよ。

 何かあれば、連絡に人手がいる。納得はできるが……それは、普通の能力がある冒険者に限るだろう。

 俺は、このケムシダマの海を一人で戻れと言われても、街にたどり着ける気がしないぞ。




 視界が暗くなったように沈んでいた俺に、不安な声がかけられる。


「タロウ、ちょっとまずい」


 ケムシダマの大群を背に、悠々と立ったまま振り返ったカイエンの表情には、気まずさが浮かんでいた。

 俺に何が言えようか。

 何を言うのかと、言葉を待つ。


「いやね、先輩面しようと張り切りすぎてな。配分間違った!」


 片手で己の後頭部をなでながら、悪い悪いと誤魔化すように笑っている。



 は?



 思考が停止している間、魔物が待っていてくれるはずもない。気が付けば、列をなし頭をもたげたケムシダマが、にじり寄っていた。粘液噴射がカイエンに届く圏内に。


「なに突っ立ってんだよ、離れろ!」


 叫んだと同時だった。

 半円状に囲んだケムシダマから、一斉に赤く透明な粘液の雨が降りかかった。


 カイエンはとっさに剣を胸元まで上げたが、そのまま全身が赤く染まっていく。


「馬鹿、野郎! なに舐めプしてんだよ!」


 馬鹿は俺だ。

 こんな場所で不貞腐れてる場合じゃなかった!



 魔物と対峙するとき、いつも頭から追い払ってきた死んだらどうしようという不安。

 それも、俺が行動した結果だしと、どうにか折り合いをつけようとしてきた。


 でも、誰かが目の前で魔物に襲われて死ぬかもなんて、少しも考えたことはなかった。

 しかも、冒険者が。


 だって、俺より弱い奴はいないはずだろ?



 いいや、できるできないは関係ない。

 助けなきゃ!



 すぐ近くまで寄っていたケムシ野郎の喉元を掻っ捌く。

 そのそばで、赤く染まったカイエンが頽れ膝をついた。


 そうだ、俺のナイフは粘液を弾くはず。


「粘液を剥ぐから、じっとしてろ!」


 まずは頭だ。

 気道をふさがれてはまずい。

 首の辺りから掬い取るようにして刃を入れる。

 顔の方に張り付いた膜を引っ張るようにして剥がし、外でナイフを振るとうまいこと粘液は地面に落ちていった。


 よし!

 顔はこのくらいで、手の自由を取り戻してもらわないと。

 大技なんか使わなくたって、適当に振り回すだけでも倒せるだろうに!

 動いてもらわないと、この魔物の山から抜け出すのは難しいんだよ。

 頼むから、動けてくれよ。


 腕の粘液を剥げはしたが、もうすっかり囲まれている。

 奴ら、もう跳びもしない。

 このまま齧れると思ってるんだ。


 焦るな。

 少しでも、足の粘液を剥がないと。


「ぷはー助かったタロウ。もう腕は動くから、左の奴らを倒してくれ」

「えっ。ああ、分かった」


 と、言っても、近すぎる。

 回り込むこともできないし、飛びかかったら粘液がくる。

 だが、正面なら柔らかい腹側が丸見えだ。

 弱点をさらして自らやってくる、愚か者たちだ。そう思え。


 こうなったら、切り付けまくるしかないだろうが!


 腰を低くしたまま走り寄り、切りつけては攻撃を受けないようにと、隣へと目標を移して走る。

 少し奥にいた奴が、前列に固まっていた仲間に粘液を浴びせたせいで、ケムシダマ団子ができあがる。


 馬鹿だろお前らと呆れる暇もなく、とばっちりを受けないようにと動きまくるのに必死だった。

 何度も切りつけ、走っては切りつけ……自分の息遣いと激しい心臓の音しか聞こえなくなる。


 間断なく周囲に目を走らせ、近寄る魔物の姿を探す。

 身動きできなくなったケムシ団子が幾つかできたところで、ようやくカイエンへと意識が向き、振り返った。



 何事もなかったように立つカイエンの周辺からは、綺麗さっぱり、魔物は片付いていた。

 剣を肩に担いで、休憩しているようだ。

 幾らか粘液は体に残っているものの、衣服や剣の粘液もすっかり消えていた。


「え? 全身がからまってなかったか」

「ああ、剣が動かせりゃ問題ない」

「刃がケムシダマの粘液を弾くとか、そういった強化がある?」

「武器は大抵そうだ。マグを弾くような加工が、魔物への殺傷能力へとつながるんだし。オレは装備全般に施してっけどな」


 あ、そう。

 俺のナイフが特別ってわけでもなかったのか……。


「て、おい。装備、全般と言ったか」

「おうよ。中ランク以降は、色々と面倒な特殊攻撃持ちがいるからな。装備には金かけてるぞ」

「あのさ、じゃ、粘液は」

「ばっちり対策済みよ。まあ全身浴びたって、どうってことないなハハハ」


 おかしいな。

 俺、すげえ必死に戦ってたよね。

 明らかに無理クラス相手だって、分かってるはずだよな。


「いやあタロウ心配しすぎ。すげぇマジメ君でやんの」


 ゲハゲハ笑うところか。ソウナノカ。



「ぶ……ッころす」



 手にはナイフ。

 目の前には俺を魔物の海へと放り投げた殺人未遂犯。


「うぉ? お、おい、こっちが疲れて身動きとれないときに、汚いぞ!」

「うるせえ知ったことか!」

「わあ、小賢しい動きを!」

「大人しく、成敗されろ!」


 これは正当防衛、自衛のために障害を排除するだけだ!

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