027:新たな日課を模索

 見晴らしのいい森沿いを通り、街を囲む柵沿いへと戻っている。

 ケムシダマが近くまで来ると思うと、もうケダマ草を探す気分じゃなくなっていた。

 なるべく草原側を横目に見ながら移動していたが、やや遠くへと視線を向けて絶句した。


 よく見れば、草原のあちこちに不自然な緑の塊が……怖っ!

 ケムシダマどんだけ居るんだよ!


 遠くへ行くほど増えているように見えるのは、気のせいだ。

 草と馴染んでそう見えるだけだ。そうだとも。


 足を止めて、じっと睨む。気のせいではないらしい……。


 限りのあるゲームのフィールドとは違うんだと思ったばかりではなかったか。

 遠くはあるが花畑との間に壁や川なんて仕切りはない。

 ここまで移動していたって不思議なことはないんだ。


 だけどさ、真似した元の生物の影響なのかは知らないが、生息場所はある程度決まっているはずだろ?

 それがなんで、こんな広範囲に広がってるんだよ。

 ぞっとして歩みを速める。


 ぐにっ。


「ケムュッ!」

「うわっお休み中すみませ……またお前か!」


 うっかり一匹を尻から蹴飛ばして気が付いたのは、背後から飛びかかられなかっただけ運が良かったのだろうか。

 だけど、そいつの叫びが合図だったのさ。


 花畑に近寄らずに歩く限りは平気だと思い込んでいた俺は、かなり街から離れてしまっていた。

 そして気が付けば、周囲の不審な岩の輪は、狭まっていたのだ。

 嘘だろ、いつの間に……。


「シャリテイルが言っていた、森と草原の境目から離れるなってのは……」


 境目ならどこでもって意味じゃあなかった。

 森の端でも、特に街に近い辺りってことかよ!


 シャリテイルめ、いつもいつも肝心なところが抜けてないか、え?

 いや早合点した俺が悪い。分かってるさ俺が悪い!


「だから、このケムシダマ地獄から抜けさせてくれえええぇぇ!」


 最初の叫びに呼応するように、背後に潜んでいた奴らが――跳んだ。


 数匹ならともかく、十匹は下らない数の巨大芋虫の跳躍だ。

 全速力で駆け抜けた背後で、木にぶつかったり藪に突っ込んだらしい音が響く。

 冷静さなど保てるはずもない。

 全身に立つ鳥肌が、この地を去れと言っている!


 奴らの動きは鈍い。跳躍さえなければ早歩きでも十分に距離を取れる。

 それでも、走ればあっという間に息切れすると分かっていても、走らずにはいられないだろうが!



 森の魔物の方がまだマシよとのシャリテイルの言葉が浮かぶ。

 結構、奥の森付近まで来ていた気がするが……そんなこと言っている場合か。

 思い切って森の中へと進行方向を変えた。このまま、どうにか突っ切る!


「キシェー!」


 森の中に入るや藪を蹴ったのだろうか。びよびよとカピボーが跳び掛かってきたが気にしていられない。

 幸いカピボーの跳躍力は俺の腰辺りが限度だし、ケダマのように木を登りもしない。無視だ。


「ケェ!」

「思ったそばからケダマかよ!」


 横から跳んできたケダマが、前方を掠めるのをとっさに殴ると、木にぶつかってどこかに跳ねて行った。

 それを無視して、取り付いたカピボーはそのままに、俺は爆走し続けた。

 俺基準の爆走だが。


 森を抜け、見慣れた背高の草に飛び込んでも走った。

 もうほとんど足がもつれるようだったが、草を抜けて柵が見えたところで、ようやく足を止めていた。


「フィ、くそ、どうにか、戻ってこれた……」


 膝に手をつき、ゼェゼェと荒い息が整うのを待つ。

 しがみつくので精一杯だったのか、それともどこかにぶつけでもしたのか。カピボーは服をつかんだまま目を回して、ぶらんとぶら下がっている。


「服が、傷むだろうが」


 一匹ずつ潰し終えると、思い切り地面に座り込んだ。


「ぷギェ!」

「うえ!」


 くそっ、ケツにも一匹ぶら下がってやがった。

 フッ、カピボーに集られたくらいでは俺も動じなくなったか。


 落ち着いた途端、真っ白だった頭に嫌な状況が浮かぶ。


「しまったな……なんかすげえ数いたけど、あれ、こっちまで来たらどうしよう」


 どこまで後を追われていたのかもわからない。

 まさか、モンスタートレインになるのか?

 ゲームでも顰蹙ものなのに現実でって、殺人未遂かテロか……。

 この世界の時代背景なんてよく分からないが、し、死罪もんじゃないかこれ!?


「うおぉ、戻りたくねえぇ……」


 思わず頭を抱えて転がってしまう。


「あああっくそ! 俺のせいだし、仕方ない。仕方ないだろ」


 覗くだけ。慎重に、様子を伺うだけだ。

 大丈夫。行け、タロウ。逝けば分かるさ……。




 震える足を宥めながらも気合いを入れ、そっと戻って覗いてやったさ。

 この震えは無理して走ったから筋肉が微笑んでいるだけだって、自分に言い聞かせながらねハハハ!


 森の端でも街に近い木陰から覗いた草原には、ケムシダマの大群どころか、一匹も姿はなかった。


「ハアァ……良かった」


 一気に気が抜けて、縋りついていた木をずるずると滑り落ちて座り込んでいた。


 やっぱりシャリテイルに連れて来られた、この辺りだけが安全な区域らしい。

 街側の森の端っこ限定かよ。すげえ狭いじゃないか。

 座り込んだ木陰の藪から、頭を出していたケダマ草を、忌々しく思いながら千切りとる。


「こいつのノルマも、考え直さなきゃなぁ……」


 力の戻った足に気合いを入れて立ち上がり、念のため少し進んで様子を窺う。すると、すぐに不審な緑岩がちらほらと見えだす。

 つうことは、敵を見失うと持ち場へ戻るってことなのか。

 手にしたケダマ草を、そっと口元へ近付ける。


「こちらタロウ。ケムシダマの進軍を阻止し、街破壊の脅威を退けることに成功した。これより刈り場へ戻る、オーバー」


 やる気ない敵で、本当に助かった。

 後は、すたこらと退散した。




 一応の安全圏まで戻ると、再び何度も深呼吸する。


「ま、まあ、ワンランク上の依頼だからな。一日目から、そうそう上手くいくはずないって」


 魔物さえいなけりゃ、低ランクの採取依頼などちょろいわ。なんて思っていたのが恥ずかしいな。

 昨日までランク外だった俺には早すぎたのだ。午後は地道に草刈りに励もう。


 へこんでばかりもいられない。

 それでも袋半分は集まったんだ。明日には納品できるだろうし、宿代のノルマ分は稼いでおかないとな。


 またしても気が付けば体にまとわりついていたカピボーを、ぷちぷちと摘み取りながらも今日の刈り取り前線へと戻った。




「どうにか十五束いけたか。あー疲れた」


 辺りを見れば、すっかり日が暮れかけて、赤い空は紫の裾を引いている。

 草刈りに戻ったのは、午後も半ばを回った辺りだったか。遅くはあったが、昨日までなら、もっと早く終えていただろう。


 草刈り中に現れたカピボーの数が、いつも以上に多かったせいかと思ったが、腕の疲労じゃないんだよな。

 どうも逃げたり戻ったりと、走り過ぎたのが響いているとしか思えない。足腰に重りがついたように鈍い疲労感が、ずっと続いているようなんだ。

 スタミナ値でもあるのかね。ステータスバーが見れたら楽なのにな。


 どうにか間に合ったから良かったが、危なかった。

 憎きカピボー許すまじ。よりによって、こんな時にわらわらと現れやがって。

 ただ、ケムシダマの積み立て分があったのか、何匹か倒すとレベル10に上がったから、今日のところは許してやろう。


 おっと日が暮れそうだ。急がなければ。

 だけど、もう慌てたりはしない。


「ふふははは、もう夜におびえる生活は終わりだ。輝け灯の精霊よ我が腕に!」


 カシュッ、カシュッ……なんどか打ち合わせた火打石は、火花すら散ることなく空振り。

 い、一応、練習はしたんだけどな……。


 こんな道具に慣れているはずもなく、何度も石を金属片と擦り合わせてどうにか、縒った細長い紙片は燃え出した。

 それを急ぎつつも、ぷるぷると指を震わせながらランタンへと移す。


「ほっ、成功したか」


 うむ、ぼんやりと明るい。

 じんわりと温かな光を、穏やかな笑みを浮かべて見下ろした。

 ああ、なんと儚く悲しげな灯りだろうか。


 俺は完全に失念していたのだ。ランタンの燃料が消耗品だってことに……。


 買ったランタンは子供用だからか、たまたまなのかは分からないが、油ではなくロウソク式だった。小さな深皿に詰まったようなロウソクは、子供でも安全に交換ができそうだからだろうか。

 ともかく、おまけで一つ付いていたから助かったんだ。なければ、購入するまで無駄な買い物になるところだった。


 どうせ視界が悪くなりゃ仕事にならないんだし、今まで通り日が暮れ始めたら切り上げるしかないよな。


 いざとなっても移動を焦らないで済むというのは、気分的に余裕を持てるし、無駄な買い物ではなかったさ。ああなかったとも。消耗品を買うゆとりなんてまだないから、このロウソクが尽きるまでの短い間だけどな……。




 疲れ果ててトボトボと歩き、ギルドに到着したときには完全に真っ暗だった。


 明日からの宿代や飯代や消耗品で頭を痛めていた俺に、タグを確認した大枝嬢が大きく、ぐにゃりと微笑んだ。

 何事かとマグ読み取り器に表示されていた数字を見て、声がひっくり返った。


「よんひゃふぅ」


 本日の稼ぎ、435マグ――。


 しかし内訳を見て別の意味で驚き、微妙な気分になる。

 カピボーを四十匹以上倒していた。ケダマも積もればだな。

 それに、あの面倒なケムシダマが、100マグだったことに愕然とした。

 あれえ?

 モグーと差がありすぎないか?

 粘液が面倒なだけといえばそうだけどさぁ。


 腑に落ちないが、思い出してみれば納得もいく。

 人が歩く速度でしか移動できず、攻撃はトリモチと、当たるかも分からない体当たり攻撃だけだ。体も脆いしな。

 俺にはあの背中が、厚みと柔らかさで攻撃しづらいと感じたけど、普通の剣でもあれば十分叩き切れそうではあった。


 だが、草むらを埋め尽くすような光景を思い浮かべれぱ背筋が震える。

 トリモチで身動きできないところを、寄ってたかって齧られるなんて身の毛もよだつ想像をしてしまった。数が多いってのはそれだけで恐怖だな。

 その恐ろしさから、あれが常だと思いたくなくて、大枝嬢に念を押す意味で訊ねていた。


「コエダさん。草原にケムシダマがゴロゴロいるのは仕様なんですか」

「仕様? 花畑付近の草原地帯でしたら、そうですネ。ケムシダマが潜んでいる地帯ですヨ」

「それは、普通は数匹とかではなくて?」

「大抵は、三から五匹ほどで固まって行動していますヨ。そこは大抵の魔物に違いはありません」


 ああ、確かに初めは三匹組と出会ったな。


「草原に目を凝らしたら、視界一面に潜んでいたから驚いたんですが、まぁ距離がありますよね、はは……」

「まあ、そんな時期もたまにはありますけれど……えっ!」


 赤い水晶の埋まったような、大枝嬢の目が見開く。ウロ全開は怖いです。


「通常はそんなことはありません。繁殖期のようでス」


 大枝嬢の焦ったような口調が、俺を不安にさせた。その内容も。

 ケムシが、しかも魔物が繁殖ってなんなんだよ!

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