025:ランクアップ!

 草刈り場近くの柵に腰掛けて、パンを齧り水を飲む。

 ふと安すぎる宿の飯へと考えは及んだ。


 いくら食材が自前で、自分達の食事のついでだろうと、食器を洗うだけでも手間がかかるし損してるんじゃないだろうか。

 コンロなんかも無いだろうとなれば、燃料は何か知らないが、たとえば炭代金などもかかるだろう。


 そんなことを考えていて、いくつか思い当たることがある。

 宿を紹介されたときに、低ランク向けと言われたことだ。


 どう見ても、エヌエンの宿は三部屋しかない。

 室内の掃除や寝具の交換もきちんとされているようだし、他の二室が仮に倍の宿代としても、毎日満室だろうが儲けが出るとは思えない。


 シャリテイルが新人だと連れて行ってくれた。

 おっさんも、わざわざ低ランク向けと謳っているってことは、ギルドと提携し助成があるんじゃないかと思ったのだ。


 それを考えると、不安になってきたこととも関係する。

 今は他に客も居ないし、いいだろう。

 問題は、もし新たな加入者がやってきたら?


 普通さ、冒険者としてやっていこうとして、一人で最も危険な立地らしい街にやってくるか?

 もし初めからパーティー組んでやってくるなら、部屋が足りない。

 そうすると、後輩に部屋を譲ることになるんじゃないか。

 それとも、他にこういった宿があるのか。いや、ないだろう。さすがに。


 そんな広い街ではないし、外から頻繁に人が来る気配もない。いつも街道の近くで働いてるが、この一週間ほどで人を見かけていないんだ。

 何種類かの店を回ったところ、あの安さは一時的なものと考えた方が良さそうに思う。

 いつまで猶予があるかは分からない。

 けど、出て行かなければならないことは、念頭に置いておくべきだ。


 普通の宿代がいくらかも知らないが、今の稼ぎだと、一晩でも過ごせる気がしないぞ……。


 いかん。

 手持ちが寂しいと、気が重くなることばかり考えてしまうな。

 そんなの確認すりゃいいだけだ。


 いずれは出なければならないとするなら。

 もしかしたらシャリテイルは、そのために新たな依頼を紹介してくれたのかもしれない。

 ケダマ草毟りも、日課に組み込んだ方が良さそうだ。




 そうだな、まずは草刈りに励もうと思っていたが、予定変更だ。

 ケダマ草採取に向かおう。

 まだ真昼だ。魔物が活発に動き出すまで、あと二時間くらいだろうか。

多少は戦闘にも対応できるようになってきたとはいえ、作業に集中するためにも、なるべく魔物に会わないほうがいいからな。

 さっさとケダマ草摘みに慣れてやる!


 そう決めると早速、森の端を突き抜けるように移動した。

 夢中になると、つい周囲への警戒を怠ってしまうからな。


 ケダマ草の特徴をよく思い出そうか。

 日陰を好むそうだが、森の奥ほどの暗すぎる場所も嫌いなようだ。

 この草原地帯に面するような、明るい森。その木々の合間にある下草に紛れているとのことだ。

 特に、日が当たり辛い方の幹側が多いと聞いた。

 日差しは嫌いでも、地面の温かさが必要なのではないかと話されているらしい。

 だから、闇雲に暗い森の奥へと向かう必要はない。


 草原地帯へと出て森を振り返ると、下草の位置が把握しやすい気がする。

 もちろん視界が届く範囲でだが、どの辺に生えているか感覚を掴むには良さそうだ。

 ちらと周囲を見渡す。


 花畑のある丘は、遠く微かに見える程度だ。

 街から距離のある森の奥側も、同様に離れている。


 移動範囲は、この辺りまでと大体の目星をつけると、森の中を窺いつつ歩き始めた。

 聞いた情報通りの場所を確認すると、見つけやすい。

 ありそうな場所を見つけては、ぷちぷちと摘んで歩く。

 藪をつつきたくないから、草を掻き分けてまでは調べないが、それでもよく採れる。

 一袋は、無理な下限ではないと分かった。


「草刈りに加えて、一から二袋集めるのも日課にできそうだな」


 ケダマ草の復活サイクルにもよるだろうけどな。

 それに加えて、午後からはカピボーも出る。今のところ、出なかった日はない。


 毎日100マグ稼ぐことを目標にしてもいいかもな!


 皮算用の時間とは、なんと楽しいひと時なのだろうか。

 新たな希望に、また懲りることなく気が緩んでいた俺だった。



 汚い毛玉が頭を出した草むらを、念のためナイフで掻き分けながら、引っこ抜いていく。慣れてくれば、ずっと腰を屈めて痛めることもない。

 さすがは、人族の肉体だろうか。さすがに関係ないか。


 先ほどの懸念が頭を離れず、どうやれば、もっと稼げるかと考えている。

 濡れ手に粟なんて夢は見ないが、現実的な取っ掛かりが欲しいといった焦りはある。この世界や国について知らないことだらけなんだから、無茶なことだが。


 一つ知ったはっきりとしたことといえば、持久力だ――。

 これに活路を見出すしかないだろうな。


 もう一つは、草からもマグが貯められることだ。

 十五束で1マグと、普段は観測できないはずの、ささやかなものだ。

 が、俺の場合は十五日で一泊分無料になるじゃないか。最近は、三倍は刈れるようになったし、買い物カードにポイントが貯まっていくようで喜ばしい。


 このケダマ草でも、おまけは付くはずだよな。そっちも、何袋でどのくらいというのを確かめよう。

 塵も積もればを実感できるのは嬉しい。

 こういったことは、ゲームでは感じられなかったことだな。




 一袋は集められそうな見積もりが立つと、慌てて草刈り場に戻った。


 やべ、とっくに昼飯なんか食い終わってるよな?

 シャリテイルに、今日は持ち場を動かないと伝えたばかりだったよ。


 慌てて戻ると、遠くから手を振りながら歩いてくる姿が目に入った。

 随分と遅かったな。ここにいると言ったから、別の用事でも済ましてきたのかもな。

 ほっとして、俺も手を振ると駆け寄った。


「あらっ? さっそく行ってみたのね」


 膨らんだ道具袋で、行動はバレバレだ。


「つい気になってさ」


 一緒に街へと歩き出しながら、バカ正直に答える。


「そこまで、やる気を出してくれるなんて嬉しいわ。ちょっと放っておくと、不足しがちなのよ。安い依頼だから、しょうがないのだけどね」


 やっぱり、依頼の人気不人気はあるよな。

 ギルドで見る、ゴツイあいつらが、喜んでケダマ草毟りする姿なんぞ想像できない。

 シャリテイルのような上級者が、好んで受けるのもピンとこないが、女性ならではの服飾へのこだわりかもな。




 ギルドに到着し、俺たちは、まっすぐ大枝嬢のもとへ報告に来たのだが。


「お疲れ様でス。まあ、ケダマ草ですカ。シャリテイルさんが言っていた適任とは、タロウさんだったのですネ。確かに、ぴったりの人材かもしれません」


 聞き捨てならん言葉が聞こえた。


 どういうことだシャリテイルうぅ!


「でっしょー! タロウでも安全な一角を教えてきたわ。今後はもっと、はかどると思うわよ」

「ほんとうに。あの草刈りの手際を考えれば、次の段階をお願いしても良い頃でしたネ。タロウさん、ごめんなさい。いつまでも最低難度の依頼ばかりお願いしてしまって。つい不人気な草刈りが片付くし、職員も借り出されずに済む……あっいえ、うっかりしておりましタ」

「コエダさんったら、ケダマ草摘みだって不人気じゃない? ちょうどいいわよ」

「それもそうですネ」


 きゃっきゃと嬉しそうな二人だが、話していることはろくでもないな。

 親切心とか先輩冒険者面とかしてたが、はじめから裏があったのかよ!

 何を勝手に画策してるんだ。しかも大枝嬢まで。

 大枝嬢だけは……信じてたのに!


 呆然と見ていると、まずは大枝嬢が俺の存在を思い出してくれたようだ。


「コホン。こちらで盛り上がってしまい失礼しましタ。これでタロウさんには、特殊な最低ランク依頼限定を解除しまして、通常の低ランク依頼もお受けできるようになりまス」


「へ」


 大枝嬢に言われたことに、驚きすぎて間抜けた声しか出なかった。


 そういや、はじめの説明で、俺は様子見で最低ランクの依頼を受けてもらうと言われていたんだっけ……すっかり忘れていた。

 どうも種族特性としても草刈りが向いてると思っていたから、このままずっと草刈りメインでいくもんだと考えていた。


 それが、低ランク依頼の解禁となる。

 ようやく、普通の冒険者の仲間入りってことだ。


「俺が……低ランク」


 おお。

 おおお。

 うおおおお。


 じわじわと、興奮が胸に広がっていく。


「嬉しそうね。えっへん、どんと感謝しなさい? 私が推薦したからなのよ」

「では、タグを出して頂けますか? 刻印を施しまス」

「は、はい! お願いしまっす!」


 大枝嬢は、個人認証を施したときに使った大きな銅色の板にタグを乗せて、上から小さめの同じ銅色の板を嵌め込み何か操作する。

 開くと、タグの端に丸い模様がついていた。鉛筆の芯くらいの小さな丸だ。

 すごい道具のはずだが、どこかアナログだよな。


 この刻印は、丸の数でランクを表すものだ。

 中ランクで二つ目の丸、高ランクで三つ目の丸とタグの端に並ぶ。

 ゲームでは星マークだったものだが、道具の精度的に星型は難しそうだしな。

 そもそも星型の意匠が、この世界に存在するのかって話でもあるが。


 受け取ったタグを、首にかけなおす。

 不思議な感覚だが、一つ丸がついただけだというのに気持ちが軽い。


「十分な成果を出していただけたのですから、私も受け付けた甲斐がありましタ」

「俺も無理言いましたし、できる限り頑張りますよ」

「じゃあ、さっそく低ランク依頼受けましょうよ。コエダさん、ケダマ草採取依頼一人前追加ねー」

「勝手に追加すんな! あ、でも受けます。受けるから困った顔しないでくださいコエダさん」

「ありがとうございまス」


 大枝嬢の、ぐんにゃり笑顔は自然だった。

 困った奴と関わってしまったと、初めは心労をかけたろうけど、最低限の信頼は勝ち取れたんだ。


 不人気らしい草刈りやケダマ草採取依頼を受けてほしいといった、本音が垣間見えていようが構わないさ。

 これで選択の幅が広がるのなら嬉しいじゃないか。

 さらばだ、俺の草刈りライフプラン。


 ランクアップは、ランクアップだ。

 よっしゃ!

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