低ランク冒険者見習い
026:草原の支配者
低ランクの中で最低難度の依頼だというケダマ草採取の報酬は、実のところなかなかのものだった。俺にとってはな。
通常はシャリテイルの道具袋――大き目のコンビニ袋ほどの量で、目安だが50マグほどらしい。もう、これだけで宿代も飯代も賄えるじゃん。
シャリテイルの報酬は100を超えていたが……ギュウギュウに詰めすぎだろ。
ちょろっと草を毟るだけでこの報酬だとは、実は不人気なため報酬を上げてるのか?
最低限生活できるだけの報酬がなければ冒険者として生きていけないだろうし、当然と言えば当然なんだろうか。
などと考えたが、普通の冒険者なら討伐を選ぶだろうと気付いた。
たかがレベル5のモグーが500マグも持ってるのに、それ以上の魔物を倒せる奴が、わざわざ選ぶ依頼ではない。
うわっ、俺の金銭感覚って……まだまだ低すぎ?
今回、シャリテイルと大枝嬢は報酬を見せてくれたのだが、この量でこの位と参考に教えることも、目的の一つだったようだ。
どうやら俺に、不人気らしい依頼を押し付けたかったみたいだし、金額で釣ろうという魂胆だろう。
ああ、釣られたとも!
今日は、あれこれシャリテイルに聞きながらや、その後試しに探したのを合わせて二時間程度だったか。その程度の時間で、俺ですら袋の半分ほどは採れた。背高草狩りと比べるまでもなく、良い報酬だ。
慣れれば一袋くらい集めた残りで、草とカピボー狩りもいけそうな気がする。
「さっそく受けていただいて助かりまス。詳細をご説明しますネ。低ランクから納品量が指定されていまス。最低でもこちらの袋一杯分程度は必要ですから、ご注意くださいネ」
「はい、頑張ります。パンツの十や二十枚作れるくらいむしってきますよ!」
「なんだか嫌な言い方しないで」
他にも出来れば茎を切り離さないように摘むとか、三日ほどで萎びてくるから、採取期間に気をつけるようになどの注意点を聞いた。
ようやく、冒険者一日目を体験しているようで、少し不思議な気分だ。
そりゃな、ランクアップしたといっても、低ランク。
ようやく一般の冒険者として認められただけだ。
普通は、初めから低ランクから始めるものらしいからな……。
死なれても困るといった心配と、収入の面も含めて続かないだろうという懸念からだろう。大枝嬢は、特別にランク外で様子を見てくれたわけだ。
一度やらせてみれば満足するだろうと、あしらわれただけかもしれない。
けど、それでも励ましてくれたりして、なかなか優秀なギルド職員ではないだろうか。
機会を与えてくれた大枝嬢には感謝してもし足りない気分だ。
ついでにシャリテイルにも感謝しておこう。色々と手助けしてもらったのに、素直に喜べないのはどうしてだろうか。
いつも何か企んでいるからだ。答えは出ていた。
とにかく、ようやく駆け出し冒険者と名乗っていい立場になったんだ。
改めてランク毎の違いとか、規則のようなものがないか尋ねてみよう。
「そうでしたネ。大まかにご説明しておきましょうカ」
そうして知った重要なことがある。
中ランク以降は、報酬の一割をギルドへ手数料として納めることになるらしい。
低ランク冒険者に課さないのは、仕事に馴染んでもらうことや、生活を安定させたり装備を揃えるなどに費やす、準備期間のようなものだからとのことだ。
低ランク認定の依頼は報酬が低いものが多いために、依頼者側への手数料も免除されるらしい。
免除は上位ランク者が低ランク依頼を受けるときも同様で、理由は、安くとも生活に必要なものが主だからだということだ。
それに、上位ランク者が安い依頼を受ける大抵の理由が、怪我をしてとかで少しでも足しにしようといった状況らしいし、そこからは差っ引けないようだ。
手っ取り早く金が欲しくて戦えるなら、魔物討伐の方が割がいいよな。
手数料か。今まで考えもしなかったが、ギルドの運営を考えれば当然か。
ふと気になったことを聞いてしまう。
「税金とは別ですよね?」
「いえ、兼ねてますのでご安心ください。一定期間で得た、この手数料の総額から決められた割合を、ギルドが責任もって国へと納めさせていただきますヨ」
あれ、そうなると、随分と冒険者の取り分は多いんだな。てっきりギルドの方が中間搾取するイメージがあった。
しかも、冒険者には人頭税に当たるものもないらしい。そういったものは物品の方にかかり、店側が手間を負担するということのようだ。消費税?
なるほど、装備類への出費がすごそうだもんな。魔物退治に居てもらわなきゃならないのに、あまり複雑なことをやると反発されそうだ。
そういえば、この街はどこの領地に属してるんだ? 領主とか居ないのかね。
まあ、こうして大枝嬢の采配などを目の当たりにすれば、少なくともギルド職員は、陰に日向に活躍しているだろうことは想像に難くない。
俺も、いつかはギルドに貢献できるような中ランクに、上がれるんだろうか。
上がろう。
そうだ、気合入れて頑張ればいい。
中ランクに鼻先でゴールイン出来る可能性なら、ゼロではないはずだ。
何年かかるか分からないけどな!
俺の冒険者ライフは採取依頼がメインになるだろうが、様々な活動によって見聞を広げるのはいいことだな。
少しずつでも行ける場所を増やして、場所や魔物の情報を調べていきたい。
なるべくゲームの情報のことは頭の隅にやって、色々なことにありのまま触れてみた方がいいだろう。
◆
本日も南の森沿いは晴天なり。絶好の草むしり日和だ。
「そういやコットン採取って、依頼があったよなぁ」
誰に話しかけるともなく呟きながら歩く。
「まさか、あれってこれのことか?」
ゲームのクエストに存在した、似た採取依頼のことを思い出していた。
ケダマ草なんて気持ちの悪いものではなく、コットンという植物素材を採取する依頼があったのだ。
野生のコットンを採取というのもおかしなものだろうが、同じ名前でも現実の綿とは別物だ。以前は深く考えたことなどなかったけどな、ゲームだし。
利用先も下着製作などではなく、木製カテゴリーの装備強化用だった。
もしかしたら、形が違えどゲームのクエストと同じようなものが他にもある?
うん、ありそうだな。
他に俺ができそうなクエストは、なんだろう。
この依頼のように難易度にも違いはありそうだけど、リスト化して聞いてみてもいいんじゃないか。
あ、つーか俺、クエストボードなんて見たことなかった。
まずはそっちを見てみりゃいいな。
今なら低ランク向け依頼の確認をしてると言えば怪しまれないだろうし、心配されて止められたりもしないだろう。
意外なランクアップの高揚を思い出して、自然と口元がにやけるのを感じる。
へらへら笑いながら俯き気味に草むらを漁りつつ森をふらつく男。
想像するだけで危ない奴だ。
浮かれすぎて警戒を忘れないように、もう少し気を引き締めよう。
いい陽気だなぁ。
風は涼しく、過ごしやすい。空気が乾いているのか、汗をかいてもさらっとしているんだ。
気を引き締めようにも、のどかな光景が、自然と危機感を薄れさせる。
当然のことながら、迂闊でした。
「ぉわあっ! っぶねえぇだろが!」
俺は赤い水しぶきを間一髪で避けていた。
いや、雫は完全に避けきれたわけではない。
それらはズボンにポツポツと染みを作っている。
だが構ってはいられない。
完全に浴びさえしなければいい。
「くそっ、花畑からこんなに離れたところまで、来やがるとは!」
草原側から森の中を窺いながら、街から森の奥方面へと向けて、ケダマ草がありそうなポイントを見つけながら歩いていた。
その方が、魔物が潜んでいるかもしれない藪に囲まれた状態よりは危険はないだろうと考えたからだ。
甘かった。
初撃をとっさに避けたのは、運だった。
草原地帯は草の背が低い上に、ヤツは進行方向の視界にいたから姿が見えていたこともある。
それでも運だと思えるのは、潜んでいた魔物が、草むらと同化するような色合いだったからだ。
そのムラのあるくすんだ淡い緑の塊は、わずかに身じろぎした。
そうでなければ、それが魔物だと気づけなかっただろう。
不審に思い、立ち止まって目を凝らしたとき、緑の塊がほどけ長い胴体が頭をもたげた。
俺の太ももよりも太い胴体に、体長は俺の半分よりは長いくらいか。
団子を連ねたような肉付きの身体の先、お椀をかぶせたような先端がパカッと縦に割れるのが見えると、頭は危険だと告げた。
重心を横に傾けたのと、何かが噴射されたのは同時だった。
玩具の水鉄砲から噴き出されたような勢いの、半透明の赤い液体。
それが右足の爪先を掠め、わずかに踏みしめる草に掛かってしまっただけだ。
「うおっなんだこりゃ!」
さらに動こうとして、つんのめった。
赤い液体は、トリモチのような粘度を持っていたのだ。
ごく少量だ。思い切り引っ張れば伸びて切り離せた。
慎重に後退りながら、記憶の情報をさぐる。
「ケムシダマか」
芋虫のようなこいつは、敏捷値を下げる麻痺攻撃を持っていた。
それが、こんな形で再現されるのかよ。
しかも道具屋で、状態異常攻撃持ちに会いたくないなぁって思ったばっかじゃねえかよ。くそが!
中ランク対象の採取場所である花畑。
ケムシダマは、そこで現れるには弱すぎるレベル4のモンスターだ。
その理由は、こいつらだけで現れることはなく、常に強めの虫モンスターと共に三匹ほどで固まって現れるおまけだったからだ。
だが、ここでは倍くらいの強さで考えるべきだろう。
俺は現在レベル7。
一対一なら、ぎりぎりなんとかなる、なるか?
周囲を警戒するが、飛行系のモンスターの姿はない。
ならば、同系統の仲間はどうだ。
攻撃を仕掛けてきた一匹の背後。膝丈ほどの草むらの隙間に、不自然に動かない緑の塊が二つ――。
やっぱ居やがったか。
なら、目の前のヤツは陽動か?
三匹に囲まれてのトリモチ攻撃は本気でまずい。
後ずさっていると、踵が硬い何かを踏んだ。石だ。
急いで拾うと、手前の一匹に向けて思い切り投げつけ即座に後退する。
「おらっ来いよ!」
「ケビュ!」
体を狙ったつもりだったが、硬い頭のお椀部分にぶつかり、ゴインと間抜けな音が響く。激昂したケムシダマは、身を縮めて震えると跳ねた。
「なっ……こいつ、飛びやがった!」
とっさに頭を庇ってその場にしゃがむと、ケムシダマは頭上を越えていき、背後でボスッと音がした。
スプリングのような単調な跳ね方で、そこはモグーらとの違いは感じられない。
跳躍力は上のようだが、低レベルモンスター共通の動作なのか?
同じアルゴリズムの使いまわしかよ。
どうでも良い感想が浮かび、パニックに陥りかけていた思考を落ち着けていく。
冷静になると、まずい配置に気付いて再び混乱し始めた。
前後で挟まれてるじゃねえか、最悪だ!
追うように跳ねた二匹と、背後の一匹の間から逃れるように、横へと小走りに駆けた。
そのまま一匹の背後へ回るようにと移動する。
すぐ後ろは森だ。
森に入りきるのではなく、木々の狭間で待ち受けたほうが、トリモチを避けやすいんじゃないか。
モグーとの戦いを思い返し、森の方へと移動しながら様子を見た。
跳ねるには体力を使うのか、ケムシダマは一度跳ねるとしばらく地面を這っている。這う速度は、ありがたいことに俺が普通に歩くのと変わらない。
ナイフを取り出すと、仲間と離れている一匹の背後へ戻り回り込んだ。
すれ違いざまに背を切りつけた。
ぐにゅっとした反応はあったが、うっすらと赤い筋がついただけだ。
柔軟で刺さり辛いらしい。
側面の下部に小さな突起が並び、それで練り歩いているが、腹側は白っぽく柔らかそうに見える。
動きは止めず、ぐるっと一回りして元の位置、ケムシダマの背後に戻る。
「試してみるか」
上げたお椀頭は口を開くが、粘液を吐くのは躊躇しているようだ。
体を捻った状態では吐き出せないのか、それとも自分にかかっても動きを止めてしまうからなのか。
どっちでもいい、チャンスだ!
頭だけ振り返ろうとするケムシダマを跨ぐようにして、片足で背を踏みつけ体重をかける。
上げた頭が、口を開ききる前に掴んだ。
喉元の白い部分へむけて、ナイフを下から突き上げる。
「ケブギリュッ!」
「ひわっ!」
刺さったナイフは喉から頭頂部を貫いたが、ケムシダマは体を激しくよじり、俺は振り払われていた。
「ぐっ、即死とはいかないか……」
想像以上のパワーだったが、ナイフを握る手に力をこめていたのが良かった。
振り払われた勢いで、そのまま引きちぎるように頭が裂けていた。
噴出すようにマグが流れて、ようやく煙となる。
「あと、二匹」
石を拾うと、のそのそと追いついた二匹のうち一匹へと投げつけた。
今度は胴体に当たるも、ダメージもなく跳ね返される。
やはり背側の皮は厚いらしい。皮と言っていいのか分からんが。
腹側は柔らかいとはいえ、突き刺すのは駄目だな。
俺の腕力では固定しきれない。
どうにか切りつける!
左手のケムシダマへ回り込むと、同じように背側から頭を掴んだ。
その時、もう一匹が予想外の行動を起こした。
粘液を噴いた。
仲間ごと拘束するように。
「ひどいヤツだなお前!」
残念ながら動作は鈍い。
まさかとは思ったが、口が開くのを見て退いたのが良かった。
離れて粘液が絡んだ方を見る。
必死に頭を振っているが、逃れられないらしい。
草や地面にも絡まっているからか?
違った。
避けようとして頭をねじった際に、自分の胴とくっついてしまったらしい。
「自分らにも効き過ぎるってどうなんだ……蜘蛛を見習って工夫しろよ」
蜘蛛の糸も粘着質の糸は自分自身に絡むと聞いたことがある。
ケムシダマの心配などしている場合か。
動きが封じられてるヤツは後だ。
非道な一匹に近付きながら石を投げて、立ち止まる。
予想通り跳ねた。
落ちてゴロゴロと転がる隙に間合いをつめる。体勢を立て直し頭を上げたところを、背後から組み付き喉元を水平に掻き切った。
状態を確かめることはせず、手を離して距離をとる。
やはり、すぐには死なないらしい。
もがきながら血のようにマグが流れると、ようやく消えていった。
虫系はしぶとそうだな……。
「残り一匹!」
ナイフがくっつかないか心配だったが、都合の良い武器になりそうな枝が落ちてるわけもない。
なるべく当たらないようにと腹側を切りつけた。
煙となって消えていくのを確認すると、汗をぬぐいながら森の側へと移動する。
連戦は勘弁してほしいからな。
じっと息が整い鼓動が落ち着くのを待っている間、活力が湧くのを感じていた。
二度だ。
レベル9に上がった。
ケムシダマの強さは、倍レベルで済まなかったのか。
とはいえ、レベル10以上とも思えない。
二桁に乗れば、さすがにあんな単純な動きではないだろうし、HPも低すぎるように思う。
息を整えると、ナイフの刃を見た。
絡まった粘液は、本体を倒しても消えないらしい。
まさか、これも素材だなんて言わないだろうな。
拾えないし、拾いたくもないけど。
触ったら手がくっ付くだろうし、どうしたもんか。
なんとなく振ってみたら、水のように離れて地面に落ちた。
「おおっ、くっつかないのか?」
試しに指先で粘液をつついたらくっついてしまい、草にすりつけて剥がすのに苦労した。
ナイフの刃には、こういったものを弾く加工でもされてるのかね。
次に装備屋に行くときは、ストンリに尋ねてみようか。
一息つくと満足したし、草刈りに戻ろうと森沿いを歩き始めた。
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