006:拠点確保(仮)

「いや、え? いくら、いくら俺が貧相な格好だからって最弱はないだろ」

「何を言ってるのよ。格好は関係ないでしょう」


 格好は関係ないって、そんな素で弱そうなのか。

 がっちりしたと思った俺の喜びはなんだったんだよ……。


「そりゃ確かに、まだ戦いにも不慣れだけどさ」

「まだ……? まさか慣れようなんて考えてるの? 危ないわよ」

「そうでス。人族は戦闘向けの身体能力に欠けますから、お勧めできかねまス」


 まるで、俺の方がとんでもないことを言っているような反応だ。

 俺が、ではなく、『人族』……?


「ええと俺が弱いと言いたいのではない?」

「こればかりは、人族の特徴ですカラ……」


 うん?

 人族の、全体の、特徴。



「は? さ、最弱ぅ……!?」



 どんな特徴だ!

 そんな設定聞いてないよ!


「そのですネ、ここは他の地域と比べて、特に魔物の発生率が高いこともありまして……現在この街に、人族の冒険者はいらっしゃらないのでス」


 嘘だと、言ってくれよ大枝嬢……。


 さっきまで思い描いていた冒険者生活は、がらがらと音を立てて崩れ去った。

 いやまだだ、まだ折れるには早い。ジェンガと思って積みなおすんだ。


 やべぇ……どうしよう。

 種族の特性に、そんな違いが出てくるなんて考えもしなかったぞ。


 そりゃ、ゲームと違いはあるだろうと思ってはいたさ。まず始まり方から違うんだし。

 ただ、ここに来る短い道のりでさえ、マップや敵やキャラの存在までほとんど同じだったじゃないか。罠すぎる。


 人種か。

 確かにゲーム内でも人族は、なんの特徴もないのが特徴な種族だったが、弱いとは言い切れなかった。

 単純にゲームだから、レベルを上げることはもちろん、装備や道具を使いこなす腕次第では、格上に挑むこともできたからだ。


 なのに、これじゃ根本的なところが違う。


 考えろ俺。この場を乗り切るんだ俺!

 そ、そうだ規定はないらしいし、低ランクで続けるならと注釈はついたが、ひとまずOKってことだ。

 くそっ……ならばここは、押し切る!


「ええとほらあれだ、冒険者になるのが夢で、わざわざ遠い田舎からここまで出てきたんだよ! 戻れないんです……だから、頼みます!」


 必死過ぎて身を乗り出してしまった俺から、大枝嬢は体を軋ませながら引いた。

 その表情は困ったようだったが、枝のような指でぎこちなく頬をかく仕草をすると、一枚の用紙を取り出す。

 改めて差し出されたそれには、『冒険者登録用紙』と書かれていた。


「あ、ありがとう!」


 木人間の木……いや気が変わらない内にと用紙を埋める。

 名前の他には、人種と特技の項目があるだけだ。

 特技は体当たりにしておいた。実績はあるから嘘ではない。

 受け取った大枝嬢は眉をひそめた、ように見えたけど気にしない。


 ていうか、あれ?

 日本語で書いたと思うが、通じてるのか。謎だらけだ……。


「はい、あなたのマグタグでス。失くさないよう、常に身に付けてくださいネ」


 おおおおぉ! 冒険者の証であるマグタグ!

 これが本物かぁ、ゲーム内だとタグのデザインをしただけの、ステータス画面だったけどな。


 たまに映画などで見る米軍などの認識票――いわゆるドッグタグと似た大きさと薄さを持つ楕円の板は、水晶のような半透明だ。

 端には丈夫そうな革紐が括りつけられている。アクセサリ用の鎖なんて存在するのか、または買えるのかも分からないし、このまま首にかけておけばいいから助かった。


 そうして首にかけようとしたところで、何かの台を両手で抱えてきた大枝嬢に止められた。


「ちょっと待ってネ。動作確認と個人識別認証処理を施しますカラ」


 へえ、このままだと、ただの水晶板なのか。


 カウンターに置かれたのは、タグにマグを転送する不思議道具らしい。銅色の分厚い金属板に、二つのくぼみがある。タグが収まる小さなくぼみと、手の平を乗せるらしい大きなへこみだ。

 早速タグをはめ込んで俺は片手を載せ、大枝嬢が側面のどこかを幾つか押すと、タグの一部が薄っすら赤くなっていた。


「あら、来がけに魔物を討伐してくださったんですネ」


 おお、一匹倒したケダマの分が、まだ残留していたようだ。

 やっぱり、これがマグなのか。どうやら一日は体に滞留しているらしい。


 そういえば、シャリテイルもそうだが、大枝嬢もモンスターのことを魔物と呼んだな。

 こちらでは、そう呼ぶのが普通なんだろう。覚えておこう。




 どうにか登録を受け付けてもらって嬉しい俺は、満足気にマグタグを眺めながら通りを歩いていた。

 そろそろ日が傾く頃らしく、依頼を確認することもせず出てきた。

 なんとなく居たたまれなかったこともあるし、まずは混乱した頭を整理したい。

 それになにより、体は疲れを訴えている。


「経験もない人族が、ここで冒険者なんて……あなたには呆れたわ」


 隣を歩くシャリテイルは、俺を宿屋へと案内してくれているところだ。

 通りの端っこになるが、低ランク冒険者向けで街一番の安宿があるらしい。


 ふと、シャリテイルの気安さの理由に思い至った。

 俺を怪しい者だと思いつつも鷹揚に構えていたのは、最弱種族と分かっていたからなのかよ……。

 今さらながら、先行きの微妙さに頭がくらくらしてきた。


「ほら、暗い顔しないで。ここよ」


 顔を上げて見た建物に、言葉を失う。

 案内してもらった宿屋はボロかった。


 隣近所に並ぶ昔風な木造住宅の中でも、染みだらけで薄汚れているし、特にひび割れというか板目の隙間が激しいというか、うまいことバランスを取ってるだけといった歪みも気になるような……。

 素朴な村の雰囲気がある街並みにあって、なおも疎い俺にそう思わせるのだから相当なあばら屋ではなかろうか。


 軋む扉を開けたシャリテイルの後を追って、渋々と暗い入口に踏み入ると、ぎぃと扉の軋む音が暗がりに響く。

 突如、狭い間口におっさんが顔を出した。

 飛び出そうになる悲鳴を飲み込む。


 記帳台というか狭いカウンターの背後は、乾燥した草花などで埋まっているのだが、その壁は扉だったらしい。半分ほど回転した隙間から出てきたようだ。忍者ハウスかよ。


「親父さんこんばんは。新人君を連れてきたの。急だけど泊められるかしら」

「おう久しぶりだなシャリテイル。泊められるに決まってんだろ! いつも準備だけはバッチリよ」


 自虐風でもなく自信満々に不人気っぷりを口にしている、枯れたような野太い声のおっさんは、俺と同じく人族だ。通りでも結構見かけたんだから、人族自体が少ないってことはないようだな。

 おっさんと目が合い会釈すると、なぜか眉根を寄せた。

 な、なにか嫌われるような態度を取っただろうか。


「そっちの兄ちゃんが新人? 俺もとうとう老眼か? どうも人族に見えるんだが……ま、余計な世話だな。低ランク用、一晩15マグの格安部屋だ!」

「じ、じゃあそれで」


 威勢のいい腹に響く低い声に押され、俺は反射的に頷いていた。

 しかし15マグって、かなりの格安じゃないか?

 ええと確かゲームでは、一番安い回復薬が10マグだ。

 薬が高いのか、この宿がよっぽどなのか……。


 台の上を指差すおっさんに促され、俺はぎこちなくマグタグを取り出した。

 カウンターの上には、手の平サイズの銅色の分厚い板がある。ギルドで見たものより小型で古びた感じだが、同じくマグ読み取り器なんだろう。


 どうすりゃいいのか分からないが、コンビニの電子マネーの支払いと同じか?

 違うなら注意されるだろうと、盤面の窪みに手に持ったままでタグを載せる。すると盤面の上部に、赤い光の文字が浮かび上がった。掠れたように不明瞭な線で『15』とだけ書かれている。

 支払い金額は合っているか、認証するかどうかの確認らしい。


「おっと少し強めに押してくれ。古くて反応が悪いんだ」


 なるほど認証は押すようにするのか。

 言われたとおり、窪みに押しつけるとマグが流れていった。

 側面には、宿側の水晶が嵌めこまれているみたいだ。


「ありがとよ! 部屋は上の奥だ。そろそろ灯りも要るな、案内しよう。しかし……いやなんだ、明日も頑張れや」


 気遣わしげな視線をいぶかしみながらタグを見ると、空っぽになっていた。

 冷や汗が出る。


 ゲームでは開始時点でタグをもらい、すぐにチュートリアル戦闘があるから、初めから幾らかまとまった金を手にすることが出来る。

 俺もすっかりそんなつもりで、宿を案内してくれなんて厚かましいことを頼んだが、残額を確認もせずにいた迂闊な自分に呆れた。

 一晩だけとはいえ、ケダマのお陰で宿代が足りて良かった……。


 どうにか野宿は避けられたし、振り返って微妙な笑みを浮かべるシャリテイルに礼をする。軽く頭を下げただけなのに、立ちくらみがした。


「案内にしろ、色々と助かったよ」

「ようやく話ができるわねって、あなた大丈夫? ふらついてるけど……」


 眩暈がするなとは思ったが、外から見てわかるほどって相当だな。

 頭を振ってみたら、余計にひどくなった。


「旅疲れみたいだ……勝手で悪いんだけど、話はまたでいいかな」

「そうね、もう休んだ方がいいわ。じゃあ体調が良くなったら、ギルドに言付けてくれる?」

「そうする。今日は、本当にありがとう」


 話す間にも眩暈はひどくなる。それ以上は話すのも辛く、残念ながらシャリテイルとの観光ツアーは、そこでお開きとなった。

 呆れたようなおっさんの後をよろよろとついていき、軋む階段に怯えつつも早く布団へと祈りながら階上へと向かった。

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