書付想起譚
水縹F42
とあるミミックの生存戦略
私はミミックである。名前はいっぱいあってな、ポチだのミケだの
ミミックとは宝箱に擬態する魔物である。さも宝物があらんと主張することで罠を張り、開けようとした愚者を巨大な口でぱくりと一飲みにする。自画自賛ではあるが恐るべき
鍵付きの頑丈な宝箱や、宝飾の施された高価な箱、貴重な金属を用いた遺産箱等『開けてもらう』為に努力を惜しまぬ我々ミミック。だが私は故あって、何の変哲もない鋼鉄の箱に擬態している。
肌も適度に錆びついて、適度に新しく、適度に地味。金属的価値は持ち帰るほどではなく、壊すには頑丈すぎるし、なにより重すぎる。
明らかに良いものは期待できないと判る、普通以下の不細工な箱。
それが私だ。我ながら絶妙なさじ加減の普通っぷりである。
なぜそうしたかと言えば、物騒な
以前私の同期で、特に
ただ私のような
嫌われていたのに許されていたのは、
普通はちょっとした飾りがあるだけで話題になる所、希少金属を持って生まれるなどもうお祭り騒ぎだ。そんなスンバラシイ箱ならどうしてもチヤホヤされるというものだろう。実際モテた。
あんなに勝ち気で自信に溢れた
当然私は何処にでも在る凡箱なので助けることも出来ず、静と固まり存在感を消して『私は石になりたい、よしんば岩で』と自己暗示するしか無かった。
正直あの光景には蝶番が歪んだね。っと、これは誰にも知られてはならない秘密だ。バレたら百年来の笑いものにされる事間違い無し、若気の恥ずかし話である。
そうして私は1つの事を学んだ。
だから私は慎ましく生きることを決めた。夢はでっかくなんぞ他の箱がやっていれば良い。私はあんな風に
そんな凡箱の住処はさるダンジョンの2階、先へ進む階段への経路から大きく外れた袋小路にその居を構えている。絶妙に人間が来ず、魔物すらめったに訪れない寂れた場所だ。
何故そんな場所に居るかといえば、私なりの生存戦略によるものだ。
――タッタッタッ……
おや、遠くからこっそりと駆け寄ってくるのは……
私としては単騎で竜狩りを可能とする戦力のほうが重要であり、容姿が優れているなど二の次だ。彼女にかかれば私など指先1つで消し飛ぶだろう。
彼女はダンジョンの2階という、適正からすれば大幅に難易度の低い階層にも関わらず注意深く周囲を確認する。この階層なら彼女の存在が有るだけで魔物は殆ど逃げ出すだろうが、その警戒対象は生憎人間だ。人は無意識的にああいった威圧を感知出来ないから、彼女が慎重になるのも致し方ないことだろう。
誰も居ないことを確認した彼女が私を目に止めた。その顔は喜色に染まって少し紅潮しているようだ。
彼女は一足飛びに駆けると、衝撃波を伴い私の前にずさっと土下座するように座る。鋼の
彼女は我が自慢のスティールボディを両手でぺたぺたと叩いて、その嬉しさを全力で伝えようとはしゃぐ。これも最初は手形が出来ていたのだが、ご覧の通りぺこぺこと凹む程度で普通に接することが出来ている。これ鋼鉄なんだがね、怖いね
しかしまぁ、なんだ……その成長具合には確かに感慨がある。少し涙が出そうだ。とはいえ私に目は無いからただの気分なのだが。
「あの! あの!」
『その様子では上手く行ったのかな?』
「師匠のいうとおり! うまくいった!」
『それは良かった』
「うん!」
この娘には好きな
どうにも好きで仕方ないのに、なんとも心が伝わらない。それがもどかしくてダンジョンに逃げ出し、上手くやれない悔しさからぽろぽろと静かに泣いているような娘だ。それがちょうど一年前、この袋小路での出来事である。
竜をも殺せるのに何を泣くことがあるのか……。さっぱり解らぬ私が思わず声をかけたのが切っ掛けで彼女の相談に乗っていたのだが、その甲斐あって長らくの恋は実ったらしい。全く誇らしいことだ。
「あの、お礼! もってきた!」
そういって娘は腰のマジックポーチからひとかたまりの紙包みを取り出す。さっと広げれば、そこにはいまだ湯気くゆる鳥の丸焼きの姿がお目見えだ。香草とスパイスの交じる芳しい香りが蓋が閉じた状態でも十分に感じられる。これは期待できそうだ。
彼女は手ずから作ったその一品を、私の蓋を開いてそっと収めた。私はミミックであるから箱の中身は鋭い牙や赤黒い肉が見えているのだが……彼女に気にした様子もない。
まぁ、今回が初めてではないし、私も彼女をかじるつもりは毛頭ないので問題はない。そもそも私が噛んだ所で傷が付くかわからないのだが。
そんなことより丸焼きだ。既によだれが出てたまらないのだ。ハリーハリー! 我が崇高なるお食事タイム!
ぱたりと蓋が閉められた瞬間、私はたまらずわっしわっしと咀嚼する。
調理次第でパサつきやすい鶏肉は、然し噛むほど溢れる脂で正にジューシー! 溶け出す油と塩気が混ざり、香草の香りとスパイスの辛味がそれを引き立てる。またじっくり火を通した結果か、はたまた彼女の調理技能故か、軟骨のように柔らかくなった骨が
ぱきべき、ぽきゅっとすべて砕いてすりつぶし、堪能し切った上でごっくんと飲み込むと、思わずほぅとため息が出る。いやはやミミック好みの素晴らしい逸品であった。客に合わせた調理を可能とするまでに己を高めるとはなかなかやる。まったく彼女が射止めた彼を羨ましく思う。
このような料理を口にしては、人間やネズミを生で食らう
まぁ……これでも始めは焦げ目ばかりで苦々しい炭を量産していた娘であった。メシマズは致命的であるからして、よくぞ此処まで上達したと褒めてやりたいところだ。
『また腕を上げたようだ、とても美味かった』
「うん! あの、えへへ……彼もおいしいって、いってくれた! たくさん、いってくれた!」
『そうか、そうか』
満面の笑みではにかむ彼女はとても嬉しそうだ。元々言葉で語れないのであれば、形で表す事を勧めたのだが……。その結果彼女は料理に傾倒し、今ではそこらのシェフに劣らぬ腕前となっている。
元来真面目な上に素地がハイスペックなのだ、覚える事を苦としない彼女ならそうなるのは時間の問題であったといえる。
とはいえ元来のディスコミュニケーションぶりは健在。最初こそ料理をぎこちなく押し付けていたらしいが、こうして薫る極上の料理を前にして胃袋を掴めぬわけもない。約束された勝利の料理である。
なにより真っ直ぐで純粋な好意なのだ、之に気づかぬ鈍感馬鹿であろうものなら、私はすぐさま
ふと、彼女がもじもじと手持ち無沙汰に手を組みつつ此方を見やる。
「あの、あの、またきていい?」
『いいや、それはだめだ。もう此処に来てはならない』
「え……」
『之にてお別れということだよ』
「なん……で」
瞬時、絶望に彩られた彼女が目を見開いた。私を『師匠、師匠!』と慕う彼女には申し訳ないが、これもまた私の取り決めた
「私、きらい……になった、の?」
『違う違う。私に使う時間があるなら、その分彼に使ってやれという事だバカモノめ』
「う、でも……」
『もはや私の助言がなくても、君は彼と一緒に進めるだろう?』
「あぅ……」
『……』
泣き出しそうな顔できゅっと私の蓋を握る彼女。少しひしゃげているが……ま、まぁ何とかなるから良しとしよう。明らかにミシミシ言っているのも我慢する。私は黙して彼女を待った。
私はいつだって少しの後押しをするに過ぎず、人はいつだって己の足で前に進めるのだ。だから彼女も……。
「……うん、わかったよ」
暫くして息を整えた彼女は、決意に満ちた顔で私に向き直った。その顔は凛々しく気高い、困難に立ち向かわんとする戦士のものだ。
彼女は恋する乙女であると同時に、誰もが恐れ羨む竜殺し。泣く
「わたし、がんばる。彼と、一緒にいたい、から」
『その意気やよし! では頑張り給え、君の行先に幸あらんことを。乙女よさらば!』
「師匠も、げんきでね……!」
そういって去る彼女はしかし名残惜しげに1度だけ振り返って駆け出した。姿は直ぐに見えなくなり、再び辺りは元の静寂に包まれた。
ああ、彼女はもう二度と此処には来ないだろう。二度とあの丸焼きを食えないというのは惜しい事をしたのだが……寧ろそうでなくてはならない。
彼女はきっと、己の眼が見定めた相手に私の存在を伝えるだろう。そしてそれを信じた次の誰かが私の元へとやってくるのだ。私はそれを長いこと、延々と繰り返し続けている。
これが私の生存戦略。
目立たぬ外観の代わりに、私は一つの『舌』を得た。だから
それを以て訪れる
生き残るためのリスクを極力抑え、また報酬は望むものを必要なだけ。凡百の箱たる私が生き残るために編み出した、たったひとつの冴えたやりかたである。
まぁ、舌が出来たから
――こつ、こつ……
おや、そんなことを考えていると新たな客人の足音が聞こえる。遠目に男の子と思わしき彼は、困惑げにダンジョンを歩いている。さてさて、彼は一体どんな悩みを持っているというのだろうか。
私は
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