4話 『柊崎 悠馬の独白』
九条と2回目の
オレが完全に眠ってしまっていた間に新着メッセージが3件。視界の端で黄色のアイコンが鬱陶しく点滅している。
永遠に視界の端でピコピコ点滅されるのも鬱陶しいため、3件のメッセージを開封してみる。
そのうちの2件は八木たちからだった。どこから聞きつけたのかは知らないが、初
なんとも律儀なものだ。明日以降、その件については弁明がてら説明が必要だろう。
もう1件は今あまり考えたくない相手、九条からだ。
晩飯をおいておくという内容の簡素なメールだ。
九条と話しているときに稀に感じる違和感と何かしら関係があるのだろうか。
今1番考えたくもない相手のことを自ら考えてしまう自分に嫌気がさす。
オレは彼女に期待していたのだろうか。だとすれば何を期待していたというのだろうか。
人は誰しも他人に褒められたい、認められたいという気持ちを少なからず持っている。
それは【承認欲求】だとか【自己顕示欲】と一般的に呼ばれるものだろう。
幼い頃から両親に虐待を受け、その影響で悪質ないじめにあった。そんな中でも誰かに褒められ、認められれば嬉しいと感じることは少なからずあった気がする。
そのおかげであの頃のオレは生きていけていたと言っても過言ではないのだろう。その小さな幸せのおかげで、親からの虐待もクラスメイトからのいじめにも耐え抜く事が出来た。
いじめられる度に、あいつらには負けたくない。その気持ちで色々なことを頑張った。自分に危害を加えてくるやつらに直接仕返しはできなくても、外見、勉強、身体能力、歌、絵・・・なんでもいいから1つでもそいつらに勝つことで優越感を感じ、所詮バカがやることだと割り切ることが出来た。
しかし、それも長くは続かなかった。虐待やいじめを受け入れれば受け入れるほど、その行為はエスカレートしていき、遂にオレ自身の意識や行動にも影響を与え始めた。
なにか他人より優れた部分があればそこを叩かれる。なにか他人よりズレた部分があればそこを叩かれる。
そんな世界に嫌気がさしたオレは極端に普通であることにこだわるようになった。心の中を空っぽにし全てを受け入れ、出来るだけ空気になれるように努力した。
「そして、全てを受け入れる代わりに何かを求めることもやめた」
助けを求めることも、誰かに褒められ認められることも人並みの幸せすら願うことをやめた。
欲しがるからこそ手に入らない悲しさを感じる。なら、欲しがらなければいい。傷つき何も得られないか、傷つかず何も得られない方か。どちらがいいかなんて子供でも分かるだろう。
そんなオレが九条に何を求めたのだろうか。
彼女のような無慈悲な女に、何を求めるのか。
何故彼女より劣っていることがこんなにも悲しく、辛いのか。
仮に彼女と同じ場所に立てたからといってなにをしたいのだろう。
そこまで考えてオレの中に答え、のようなものが浮かび上がってくる。
オレは九条 紗乃という1人の女が持つ芯の強さが羨ましかったのだ。自分と同じ孤独に身を置きながらも、ベクトルの違う孤独にいる彼女が。
彼女の孤独は"孤高"という類のものだ。強く、気高くそして美しい。薄汚く他人の顔色を伺いながら生き続けてきた自分とは真逆の存在。
「人は自分にないものを求める。ってのはよく言ったもんだ・・・」
なぜか物心ついた頃から流したことのなかった涙が目を伝う。そして胸の苦しさに思わず目を瞑った。
暗闇の中、思い出されるのは九条と初めて会った時に見た彼女の美しい剣さばき。遠くを見据えながら、力強く流麗に4度刀を振るう彼女の姿が頭から離れない。
あの瞬間からもう、オレは九条という存在に憧れていたのかもしれない。そしてそれは憧れと同時に彼女に認められたいという気持ちへと変化したのだろう。
だからこそ、彼女の役に立てていなかったという事実が悲しかった。勝手に役に立ったと少しでも彼女と肩を並べられたと思った自分が馬鹿らしく、心のどこかで笑われていたのではないかと不安になった。
しかし彼女、九条はそんな奴ではないだろう。短い間だが隣にいて彼女が他人と距離を置いても、馬鹿にしたりするような人間ではないことは分かった。
そうであるなら、
「こうやって、惨めに泣いてるのは違う・・・よな」
オレは立ち上がり、目から零れる涙を袖で拭い九条のいないリビングへと向かう。
食卓に置かれた皿には数個のおにぎりが乗せられていた。隣には夜食、文句は言わないでとのメモが1枚。
本当に彼女の考えることは分からないが、きっと根はいい奴なのだろう。
用意された夜食を胃袋へと入れ、後ろのキッチンを見れば料理に使った調理器具や皿がそのまま並べられている。
どうやら皿洗いはお前の仕事という意味なのだろう。
普段といってもまだ2日目だが、そのいつも通りを続けてくれる九条の心遣いが妙に嬉しかった。
他の誰でもなく、彼女がチームメイトでよかった。
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