ヒーロー

のら

第1話

家に帰り、玄関横の明かりを灯すと、台所のテーブルで息子が絵を描いていた。ぐるぐると金色のクレヨンで丸く塗りたくっているのは、彼がずっと夢中になっているゴールド仮面だろう。一昔前にテレビで放映していたヒーローものの主人公で、名前の通り、金色のピカピカした仮面を被って悪と戦う。一般的な戦隊モノとは違って、ゴールド仮面はその一見趣味がよいとは言い難い仮面を身につけ、一人孤独に悪に立ち向かうのだ。息子が着ている赤いTシャツの胸にもゴールド仮面が笑っている。俺がいつだったかさびれた駅前の、忘れられたような雑貨店のワゴンセールでたまたま見つけたものだ。確か70%オフとか、そんな値段で売られていたのだった。Tシャツを包むビニール袋にも埃まみれで、手に取ると指の跡がついた。ほら、あなたの指紋がついたんですから、買ってくれるんでしょうね。店の奥から見つめるばあさんと目が合った時、そう言われた気がして渋々買ったのだ。世間一般では決して人気があったとは言い難く、我が息子を除いてこのヒーローに熱中しているという子供の話は聞いたことがなかった。そんな世間の冷遇をよそに、息子はTシャツを見て飛び上がって喜んだ。今では仮面の金色の塗料は何十回もの洗濯を経てほとんどはげてしまっている。さらに成長期の息子にはもう小さいようで、二の腕のあたりが随分窮屈そうに見えるが、本人はまるで気にすることなく、ずっとそのシャツを着ている。このTシャツは、おそらく生産されたものの中で、最も恵まれた一枚だろう。


「おかえり」

息子が言った。

「ただいま」


俺は息子の横を通ってクローゼットまで行き、スーツのジャケットをハンガーにかけてネクタイを外した。それから台所に戻ってやかんを火にかけ、カップラーメンの包装を破いた。息子はまだゴールド仮面の製作中で、今は大地にしっかりと立つ両足のブーツを金色に塗っている。


「どこがそんなにいいんだ、ゴールド仮面」

顔を上げた息子は、まるで出来の悪い生徒を押し付けられた教員のような顔をした。君、今まで何を勉強してきたんだね、とでも言いたげな。

「ゴールド仮面はかっこいいんだ」

「うん、どの辺が?」

「ゴールド仮面は強いんだ」

「それはパンチが強いとかそういうこと?」

息子は視線を斜め上にして少し考える。

「うーん、パンチは強くないんだけど、ゴールド仮面は一人でも負けないんだ」

息子はそう言ってまたクレヨンを動かす。

「パンチがだめならどうやって戦うんだよ」

「かんたんだよ、諦めなければいいんだ」

息子は自信満々に言う。

「ゴールド仮面は諦めないんだ」

すると、ちょうどやかんのお湯が沸いてピーと間の抜けた音が台所に響き渡った。カップ麺のふたをあけて熱湯を注ぐ。


「そういえば、パパはゴールド仮面にちょっと似てるね」

「えっ、どの辺が?」

「こことか」

息子はそう言って俺のもみあげを指差す。

「なんだそれ、人間だったらこの辺は大体みんなこんな感じだろ」

「えー!全然違うよ!」

息子は俺を驚愕の目で見た後、最後には憐れみの視線を向けた。

そうだったか?息子のTシャツのゴールド仮面にはもみあげなんてない。仮にそれほどまでに特徴があるもみあげだったとして、そんなものは金色の仮面の下だろう。しかしよくよく見てみると、確かに息子の描くゴールド仮面には、やけに迫力のあるもみあげが描かれていた。

「ゴールド仮面は違うよ。すごく特徴があるんだ」

「ふーん」

クレヨンを動かす息子は真剣そのものだ。その様子を見ていた俺も、つい夢中になっていつの間にかラーメンを待つ3分をとうに過ぎていた。


一人でも悪に立ち向かい、決して諦めない、おまけに気の利いたもみあげを持つ。考えてみると、なかなか悪くないヒーローのような気がした。俺は延びたラーメンをすすりながら、自分をのもみあげをこっそり撫でた。

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ヒーロー のら @Nora_0608

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