第6話 ヘールポップ彗星を覚えてますか?

 呼吸音さえもどかしいのは、離れていた時間があまりにも永すぎたから……。


 夕陽の残像を辿り、長く伸びる君の影を追った。

 いつかの春の夕暮れのように。

 眩暈がする程に、君を見詰める。細い月だけが支配する、この夜に。


 君と居た春。思春期の淡い春。桜と、甘い風。

 

「ヘールポップ彗星を、覚えてますか?」

 

 星を探して、空を見上げた春の宵。恋を覚えた、春の宵。

 いくつもの春を振り返り、15歳の君にもう一度恋をする。

 いつだって、ためらい勝ちに君を追いかけた。

 視線を交わす事すらできない、臆病な僕は。


 低い宵の空にヘールポップ彗星を探すふりをして、本当は君ばかり見詰めていた。

 君を覗めば、いつだって春の心地になる。


「私の事、いつから好きだった?」


 君が囁く。雨にさえずる、小鳥のように。

 生唾を呑み込む音が、鼓膜に異常に大きく響く。


 今宵、いとしい君と。


 欲望ばかり渦を巻くけど、わざと素知らぬ顔をして笑う。

 まるで、誘蛾灯のように甘い罠。


 毛細血管の末端まで、君で満たされていく。

 明け方の浅い夢のように……。

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