花冠は天使の座

日高 森

第1話 永久の愛とか笑わせるな

 光る雲の縁に、何か座っている。海音(かいと)はてのひらの傘で夕方の灼光を遮り、空を仰いだ。西から空を焼く日光が邪魔で、せっかく見つけた何かが見えない。

「ぜってー何かいるのによ」

 少年の呟きは生暖かい風に吹き上がってゆく。光りがもやもやと動き、打ち寄せるさざ波に似ていた。見据えた瞳を守る小さな闇は、角度を変えれば役に立たない。ざらつく足元の雑音が、空の何かわからぬ存在に気づかれそうで、苛立つ。そんな些細な音より、近くの交差点から響く重低音のほうが、よほど影響がありそうだが。

 海音は耐えきれず、剥き出しの腕にまとわりつくぬるい空気を払う。呼応するかのように、光のさざ波は不意に荒れた。雲の縁にいたはずの何かが、揺られていた寝床を追われ、一瞬でかき消える。さざ波を編んでいた光も途絶え、気づけば辺りは色を失って、闇。

 舌打ちした海音はわざとらしく肩を下げ、とぼとぼと家路につく。波打つ薄っぺらい金属の塀が、妙に腹立たしくて大きく迂回した。そのせいで狭い歩道をはずれ、直進してきた自動車にクラクションで怒鳴られる。ふだんなら重ねて舌打ちするだけだが、カバンを肩に掲げて大げさに肩を狭めて歩道に戻る。

「オレ、可哀想~」

 雲の縁の何かにフラれ、海音はひたすらふて腐れる。

 しょぼしょぼ歩く彼の頭上には、やわやわと光で編まれた雲がついていく。気づく訳のない小さな異変に追われ、いたって平凡な少年は自宅までの少しいりくんだ道を、ジグザグにたどった。

 当然ながら頭上はノーチェック。だから何かが海音の頭頂部をめがけて落ちても、グレグレの彼が知るよしもなく。

「それ」はみごとに、海音の脳天を直撃した。悲鳴もあげられずうずくまり、低くうなるしかできない。頭頂部からまっすぐに体を貫く痛みは、足の裏までジンジンさせた。涙目で前方を確認すると、しゃがんだ目線に「犯人」が映りこむ。干からびた声音が、からからの喉から漏れた。

「……た、種ぇ?!」

 苦痛の原因が音もなく転がる。それはきゅうりを膨らませたような形の、15cmはある何かの種子。金色の殻の先端部が、双葉のように拡がっている。

 無言でそれを拾い上げ、海音はおもむろに話しかけた。

「こーゆー時降ってくるべきなのはぁ、美少女とか、美少女とか、美少女だろっ!」

 だんだんとヒートアップし、海音は種子らしき何かを抱えて立ち上がる。醜態を見られていないかと辺りを見回せば、ブロック塀の向こうから薔薇が申し訳なさそうに覗いているだけ。苦笑いした海音は大きく振りかぶり、得体の知れない物体を遠くへ投げた。思いきり、容赦せず。

 そして何事もなかったごとく、少年はモザイク的な線画を模した門を目指す。

(帰って、課金してやる)

 キレたついでに、海音は自傷行為としてゲームガチャへの課金を決意する。絶望的な確率に身を委ね、今はすべてを塗りつぶしたくなっている。

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花冠は天使の座 日高 森 @miyamoritenne

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