羽のない蝶
佐宮 綾
始まり
それは、公演のない中日、トレーニングから帰宅する途中での出来事だった。
進行方向の歩行者信号は間違いなく青を示していた。
数瞬の後、けたましいブレーキ音、ブチッ、となにかが切れる音。悲鳴。右足に走る激痛。……何が起こったのだろうか?
「大丈夫ですか!?」
一人の女性から声をかけられる。あまりの足の痛みに体を起こせない。辛うじて、視界の隅、さっきまでわたしがいた場所に、一台の黒い車が止まっているのが見えた。車から人が降りてくる。
「まじか、人ひいちゃった」
わたしはどうやら、交通事故に遭ったらしい。
公演に穴を空けてしまう。それ以前に体は動くだろうか。わたしの仕事……バレエダンサーはからだが資本だ。ステージでそのからだを美しくしならせ、お客様からお金をもらうことで生活している。すぐに右足に走った激痛が気になった。頭は妙に冷静に動くもので、さっきブチッといった音は、もしかして靭帯の切れる音だったのではないかと、嫌な予感がして冷や汗が出た。
靭帯が切れては、一生踊るどころか、歩くこともままならない。
車から降りてきた男性が呼んだ救急車で、わたしは近くの病院へ運ばれた。検査の結果、右足の全十字靭帯はすべて切れていて、もうわたしは踊ることができないからだになっていたことがわかった。プロのバレエダンサーになりたい。ステージ上で美しく舞ってみたい。その夢を叶えるために幼少期から何年も費やしたのに、その夢が散るのは一瞬だった。
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