第23話 冬の朝
とうとう
昨夜は少し雪が降った。外に出しっぱなしだったので、表面がうっすら凍りついてしまっている
洗濯機などという便利な物は無い時代である。手で
冷たいなんてものじゃない、
「
後ろから足音が近づいて、
(又、来た)
鞠も困るけど。
「何や、知らん
この人も困る。
気軽にしゃがみこんで、紅の
「
「
時の関白、
彼の父・
年も同じで、共に
気が合う。
「そちは、ほんに
「いいえ、全然。」
「それは
「私なんかより叔母さまは、もっとずっと、お美しかったですから。
「何と!そちに叔母上がおいでか!今、何をしとられるのや?」
「亡くなりました。」
「えっ、それは
「見ないでください。」
「ほーっ、それは、そちのか?」
「ちっ、違います、私のはこんなに大きくありません。これは千鳥さまのです!」
「なんと!千鳥のか!それ、もそっと
「いい
「そちの
「結構です。」
「そう言うな。貸しゃれ。」
言うと、洗い終わった洗濯物を勝手に取り出して、おお冷た、こんな氷のような物を洗っとんのか、そちも
「そちはほんに冷たいのう。でもそうやって口を
「……。」
「紅、そちは
「
紅は言った。
「何で、いつも武衛陣に出入りなさっておいでなのですか、公家なのに。」
「そちの目から見ても」
前久は、
「公家と武家は違うか。」
「違います。でも殿下は、他の公家の方とは又、違います。」
「どこがや?」
「全てです。」
前久は、公方の夜の訓練に参加している。
自分も訓練に出て、彼の武術の腕を実際にこの目で見るまでは、失礼ながら、公家のくせに武衛陣に入り
「公家に、あそこまでの戦闘能力は必要無いでしょう。武家になりたいのですか?」
「ええとこをついとるが」
前久は腕を広げて、大きくバツを作った。
「
「夜は正親町さま、烏丸さま。あと、昼間は久我さま、高辻さま。」
「武家になっても
前久は
「
足利将軍家の正室は代々、日野家から出ていた。慶寿院は、近衛家から出た初めての正室である。だがこの時代、足利将軍家と
「麿も昔は、先代将軍の名を一文字
首を振った。
「あいつのことは認めとる。」
公方のことだ。
「
前久は思い出をたどっているらしく、ほうっとため息をついた。
「
「ええ。」
その感想には、心から同意した。
前久は上杉謙信に魅せられた。
あるいは、義輝が謙信に
あんまり気に入って、謙信に
前久は、謙信の
彼は、関白という地位の自分が関東管領の謙信に同行すれば、関東の諸侯は
越後と関東は遠く、その間に雪を
謙信が戦いを
彼が越後に帰ってしまうと、それまで彼に忠誠を誓っていた小さな城の主たちは又、北条の旗の
いつまでたっても果てしない
結局、前久の『冒険』は、二年に満たずに終わりを告げた。
「いや、血の
前久は困りきった顔で、
「実際血を流した山内からすれば、血の
それってあたしが、お屋形さまからの仲直りの
ううん、小侍従さまに言われたとおり、あんまり難しいことは考えないことにしよう。
「でも、お屋形さまもどの程度、期待なさっておいでだったんでしょう?」
紅は首をかしげた。
「鎌倉に幕府があったときだって、京からお公家の将軍が下ってきても、実際の職務は
言ってしまってから、前久に失礼だったな、と気づいた。
前久はあんまり気づいていないようで、
「うん、それでも、北条は少しは気にしていたみたいやったがの。」
「のう、紅。」
前久は紅に、にじり寄った。
「な、何です?」
彼女が
「
「……。」
「麿は、
前久は、ぽつりと言った。
「山内が越後に帰国した際も、危険を覚悟で古河城に残った。
紅は洗濯物を手に取った。
誰の物か、食べこぼしの
「我ら武家に生まれた者の手には血の染みが付いて」
ごしごし、
「洗っても落ちません。でも殿下は、手にこのような染みをお付けになる必要が無い。こんな何でも力で解決する時代に、何を言っているんだろう、とお思いかもしれませんが」
日に
ちょっとは薄くなったかな。
おそらく、これ以上は落ちまい。
「ある意味、お幸せなことと存じます。私たち武家の者は、恐ろしいなどと思うことは許されないのです。命を惜しんではならぬのです。特に私のように、いえ、かつての、と言わねばなりませぬが、姫君と呼ばれたり、城の
洗濯物をぎゅっと
「命を惜しまぬというのは
振り向いて、前久を見た。
「そのような恐ろしい思いをなさって戻ってこられたのに、
「実際の
前久はため息をついた。
「皆が
「殿下は」
紅は言った。
「正直で、
「そなたも」
前久も言った。
「武家に生まれて苦労が絶えないの。自分以外の者のことも心配せなあかんしな。」
「!」
「あと四、五年もしたら、
言葉には出さなかったが、顔に、
「ゲッ!」
と描いてあったようだった。
「喜平二のことや。何、驚いてんのや。もう皆、知っとるで、そちの
「み、皆って、誰ですっ?」
「公方に、小侍従に、叔母上、摂津糸千代丸に……。」
「って、
いったいどうして。
紅の考えを
「鞠、や。そこら中、
鞠さまっ!
喜平二の為に
まさかそのまんま、武衛陣中に広まっているとは。
紅が
「疲れたか。こっこは
「行きません。」
きっぱりと言った。
「私が居ないと、ここの人たち、困っちゃうと思うから。」
「ほう、自信満々やな。」
「それが証拠に」
にこっと笑った。
「おお、かいらしいのう。」
「もう
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