麦わら帽子は、二度飛ばない
澤田慎梧
1.窓際の彼女
七月上旬、中三になって最初の期末テストも終わり、帰りのホームルームを待つ教室には、どこかうわついた雰囲気が漂っている。
この後どこか遊びに行こうか? 夏休みはどこにいこうか? ――テスト明けの解放感と、夏に向けての期待感とが、皆をどこかおかしなテンションにしていた。
でも、皆が口にするのは、楽しい話題ばかりではなかった。
――「高校受験」、数ヶ月後に控えた一大イベントに向けて、ぼちぼちと本腰を入れ始める時期が来ているのだ。
遊びの相談に混じって、どこの塾の夏期講習に通うのか、模試は受けるのか、といった会話もちらほら耳に入って来ていた。
普段はまともに授業を聞いていない派手な女子のグループの面々でさえ、受験の話に花を咲かせている。やれ「模試の結果ヤバい」だとか「内申ヤバい」だとか、「いや、まだ行けるっしょ」だとか……。
僕は、「模試はともかく、内申の方は今から頑張っても無理じゃないかな?」等と思ってしまったが、もちろんそんな野暮なツッコミは入れない……というか、彼女達は極力関わり合いになりたくない人種なので、そもそも僕から声をかける訳もない。
本当なら、彼女達の会話だって別段聞きたい訳じゃないのだが、何せ声がデカい。聞きたくなくても自然と耳に入ってくるので、全く困ったものだった。そんなことを考えていると――。
「まーあたしらは、どっかしら
女子の一人の、そんな言葉が耳に入って来た。心底馬鹿にしたような、とっても不愉快な口調だ。そしてその言葉は、クラスのある一人の女子に向けられていた。
――窓際の一番前の席に、彼女はいた。
おおよそ中学生らしからぬ、派手な金髪のショートカットに濃い化粧。常に人を寄せ付けぬしかめっ面を浮かべ、独り窓の外を眺めている。
一昔前のヤンキー漫画にでも出てきそうなその女子は、名前を川上
その見た目のせいで一年の頃から有名人で、周囲には時代遅れのヤンキーとして認識されている。うちの学校では珍しい人種なので何かと敬遠され、誰かと仲良く話している姿は見たことが無かった。
聞いた所によると、あの金髪と化粧は小学生の時からのものらしいので、さもありなんと言ったところかもしれない。
川上さんには、やれ暴走族に入っているだとか、日々ケンカに明け暮れているだとか、はたまた週末は都心で
――でも僕は、それら噂が根も葉もないデマであることをよく知っていた。
一年の時から図書委員をやっていた僕は、川上さんが図書室の隅っこで隠れるように勉強をしている姿を何度か目撃していた。
彼女は本を借りていく時もあり、その際に軽く雑談をしたこともある。相変わらずの仏頂面だし口調はちょっとぶっきらぼうだったけど、怖いという印象は受けなかった。借りていった本も、勉強関係か一昔前のベストセラー小説ばかりだった。
恋愛小説を借りていった際に、「こういうの好きなの?」と聞いたら、「いや、カーチャンが昔読んだって聞いたから……」と少し照れた様子も見せてくれた。
見た目とは裏腹に、案外普通の女の子なんだな、と思ったものだ。
二年で同じクラスになった時、僕は周囲の川上さんに対する誤解を解くチャンスだと思った。
図書室でするように、僕が彼女ととりとめもない雑談をする姿を見せれば、クラスメイトの彼女への印象が変わるのではないか、と考えたのだ。
でもそのアイディアは、当の川上さんに却下された。
『昔、あたしと仲良くした奴がいじめられたことがあるんだ。あたし本人には、近寄りもしないのにさ……。だから、あんたも教室ではあたしに話しかけたり、庇ったりするなよ?』
ちょっと困ったような――そしてどこか寂しそうな彼女の表情が、今でも目に焼き付いている。
本当なら、川上さんの陰口を叩くような連中には、今すぐ食って掛かりたい気持ちだった。でも、他ならぬ彼女自身が、それを望んでいなかった。
三年では図書委員にならなかったし、放課後は塾に通い始めたので、僕もめっきり図書室には行かなくなってしまった。そのせいで、せっかくまた同じクラスになれたというのに、川上さんとの距離はむしろ開いてしまっていた。
卒業までこの距離は縮まらないのだろうか? そんなことをぼんやりと考えながら、川上さんの姿を盗み見る。
窓の外を眺める彼女がどんな表情を浮かべているのか、残念ながら僕の席からは窺うことが出来なかった――。
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