リカ
枡田 欠片(ますだ かけら)
第1話 潮の香
砂浜にリカは居た。
昼下がりの暖かい日差しの中、静かな波の音を聞いている。
優しく風が吹いた。
覚えのある香が風に乗って鼻先をかすめる。
リカは臭いのする方を向いた。
「さすが。鼻がいいんだね」
やって来たのは、明日香だ。
それを確かめるとリカはまた海の方を向いた。
「毎日、よく飽きないね」
明日香が言うと、リカは目配せだけでこれに答えた。
飽きる訳などない。リカは待っているのだ。
海に入って、帰って来ないあの人を。
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「征司さん。今日はガッカリだね」
明日香は、リカの隣に腰を降ろして言った。
リカも確かにそう思う。
穏やかな海の波間には、退屈そうにプカプカとサーファー達が浮かんでいる。
彼等と同じ憂鬱を、征司も感じているのかも知れない。
波の立たないこんな日、征司はいつまでも
退屈そうに、海に浮かんでいた。
リカの目には、そんな風景が映りこんでいる。
やがて陽が傾き、キラキラと輝きだす水面を滑るように帰ってくる征司を思い出している。
遠い過去のような、淡い未来のような、そんな景色を映しだしている。
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「寒くない?リカ?」
明日香は、そう言うとリカの背中をさすった。
多少、乱暴に動かすその手の暖かさを、リカは心地良く感じていた。
その昔、征司がしてくれたみたいだった。
リカはそうやって目を細めて、それでも視線を海から動かさなかった。
「リカ……」
明日香は、いつものようにリカに囁いた。
首に手を回し、おでこを耳に充てて、優しくリカに話かけた。
「征司さんは、もう帰って来ないんだよ」
その言葉に、リカは聞き覚えがあったが、相変わらず意味は理解できなかった。
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風が強くなってきた。
太陽が水平線に近くなってきたからかもしれない。
鼻腔をくすぐる潮の臭いに、リカは目をつむる。
リカにとって、この臭いこそが征司の存在だ。
それが胸に拡がれば、リカはいつだって征司を近くに感じられた。
だから、いつまでもリカは浜辺にいる。
征司と居た日々を感じながら。
相変わらず、明日香はリカの背中をさすっていた。
そうやって、リカの気持ちを少しでも自然に動かそうとしている。
次第にほぐれるリカの一途な想いに対する、祈りのようなものなのかもしれない。
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夕暮れが近くなると、波の音が際立つように大きくなった。
リカは、大きく1回身震いをした。
明日香は、それを見て「クス」と笑った。そして自分も小さく身震いした。
「さあリカ。帰ろ…。」
明日香は、今度はリカの頭をクシャクシャと乱暴に撫で付けた。
そして、スクッと立ち上がる。
ポンポンとリカの背中を軽く叩くと、リカも合わせて立ち上がった。
「行くよ、リカ」
明日香は言うと、スタスタと歩き出した。
リカは答えるように「クゥン」と軽く喉を鳴らすと、4本の足で明日香の後をタタタと追いかけた。
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