幼馴染に監禁されました。

瑞谷 桜

幼馴染に監禁されました。

 下校途中。俺は背後から、何者かに棒状の物で殴られた。

 映画とかだけだと思っていたが、人間、殴られたら、この程度で気絶するものなんだな。



 ——…目が覚めると、俺は、ベッドとドア以外に何もない部屋にいて、そのベッドのヘッドボードに空けられた穴に、鎖で手足を繋がれていた。


「……ッ……どこだよここッ⁉︎」


 さっきまでの、状況把握などしていた程の冷静さは、我に帰ると同時に——焦燥感へと姿を変えた。

 ——ガチャガチャッ‼︎

 俺が暴れる度に、鎖が音を立てる。

 しばらく暴れていると、ドアが開いた。


「……? ⁉︎」


 ドアを開いて入ってきた人物に、俺は驚く。

 なんとその人物は、だったのだから。


「音がするかと思ったら、……目が覚めたんだね」

「お前が俺をこんなところに閉じ込めたのか?」


 出来れば、"そう"なんて言葉は聞きたくはないが、俺はそう訊いてしまった。


「そうだよ? 私以外に誰がいるの? カナくん(俺の名:奏)には私以外誰も近づけてないはずだけど」


 奈那美(幼馴染)は笑顔で、聞きたくはなかったことを言った。


「悪ふざけは止せよ。いいから鎖を外してくれ……」


 奈那美はふざけているのだろう。まだそう信じながら、俺は奈那美にそう言った。

 だが、


「悪ふざけ? なんのこと? 鎖は外さないよ。だってぇ、外したら他の女のところに行っちゃうでしょぉッ‼︎」

「ヒィ⁉︎」


 奈那美は、壁を拳で殴りながら、俺の知っている彼女が使わない……少し汚い言葉を言った。恐怖を感じ、自然と声が出た。


「ハァ……ハァ……カナくんには、私だけがいれば良い。そうだよ? そうだよね? そうだよ‼︎」


 興奮で頬を赤くしながら、奈那美はヒステリック気味に声を出した。

 ——これは夢だ。夢であってくれ。俺の幼馴染はこんなのじゃない。

 俺はそう、心中で唱えるように繰り返し呟いた。



 ヒステリック気味に叫んだ後に、奈那美はドアを再度開けて、俺へニコリと微笑みを見せながら出て行った。女性の微笑みにここまで恐怖を覚えたのは初めてだろう。

 ——ここで俺は、ふと思った。家族は心配してくれているだろうか? と。

 父さんは、母さんは、妹は、3人の顔が、3人との思い出が、頭の中で次々と浮かんでくる。……これが、走馬灯ってやつか?

 パニックを起こしすぎたのかもしれない。だがそれは、自然なことなのだろう。この状況では……。

 ——ぐうぅ。

 空腹からか、俺の腹が音を鳴らした。

 その音が聞こえたのか、偶然だったのか、奈那美がドア越しに、『お腹空いた?』などと訊いてきた。俺はもう、彼女の声を聞いただけで、震えが止まらなくなった。人は短時間で、ここまで特定の人物に恐怖を覚えられるものなのか。

「ッ‼︎」ガチャガチャッ。

 恐怖からなのだろう。俺の舌はうまく回らなくなかった。代わりに鎖の音で返したと思ったのだろう。奈那美は、『今食べ物作るね♪』と言い、足音を立ててどこかへ行ったようだった。



 胃がキリキリとする。もう、その痛みがこれは夢ではないと、無情に告げているようだ。

 ——ドアが開いた。その瞬間、部屋を香ばしい匂いが満たした。


「カナくん、スープだよぉ。今食べさせてあげるね♪」


 俺は一瞬、奈那美に食べられないから手の鎖を外してくれ、と言い、外した途端に逃げようと考えていたのだが、彼女はスプーンでスープをすくうと、なんと自身の口にそれを入れた。そしてそのまま、

 唇を舌で強引に開かれ、口内に奈那美の舌が侵入してくる。それと同時に、先程彼女が含んだスープも侵入してきた。

 奈那美の舌は、俺の舌に絡みつき、恋人同士のキスのようなものを行ってきた。

 スープの味など、この状況でわかるはずもなく、ただ、奈那美の唾液が口内に溜まった。


「……んっ……ぷはっ」

「何すんだよ!」

「えっ、……カナくん嫌だったの? 嫌じゃ……ないよね?」


 そう言うと彼女は、いつの間に持っていたのだろう。鉄パイプを振り上げた。


「い、嫌じゃない……っ!」

「だよね♪ カナくんとキスできるのは、私だけだもんね」


 もはや、先程まで食事だったはずの行為を、キスと言う奈那美。

 だが、振り上げていた鉄パイプを下ろしてくれた。

 ——…前は、こんな性格じゃなかったのにな。


「……私には、カナくんだけなんだよ……」

「えっ」


 奈那美が突然泣き出した。コロコロ変わる彼女の機嫌に、俺はどうしたらいいのかわからなくなった。


「奈那美、この鎖を外してくれ。……お前を抱きしめることも……できないからさ」

「……逃げない……?」


 上目遣いで訊いてくる奈那美に、「ああ」と答えた。逃げたくても、幼馴染がこんな様子じゃ逃げられないからな。

 ——ガチャガチャ、ガチャッ。

 音を立てて、鎖が外れると、奈那美は直ぐに俺へ飛び込んできた。

 それを抱きしめてやると、顔を俺の胸に擦りつけ始めた。


「カナくん、カナくん、カナくん!」

 俺の名前を叫びながら、さらに擦りつける。

「お、おいおい。擦りすぎじゃないか?」


 慰めてやろうと思ったのだが、何やら様子が変だ。


「好き好き好き好き! 大好き‼︎ だいしゅきぃ……!」


 顔をとろけさせながら、すりすりすりすり擦ってくる。


「そ、そろそろやめろよ⁉︎」


 そう言ったのだが、彼女は一向にやめる気配がない。しかし、突然ピタッと動きが止まった。


「? おい……」

「ピクピク……」


 なんと、顔をさっきよりとろけさせ、ピクピクと痙攣しながら、気絶していた!


「今、逃げるチャンスなんじゃ……?」


 そう思って立とうとしたのだが、まだ足に鎖がついているのを忘れていた。

 バランスを崩し、ベッドから転げ落ちてしまった。


「痛っー!」


 しかも、コンクリートの床に、身体を強打してしまったようで、激しい痛みが俺を襲う。しかも、不幸にも奈那美が復活した。


「……逃げようとしたの? してないよね。だよね……」

「そうだ奈那美、これは違う。えーっと、ベッドからただ落ちちまっただけだ!」

「うん、分かってるよ。カナくんと私は両思いだもんね♪ お互いのことはちゃーんと知ってる……カナくんが本当に焦っているときは、親指を隠して拳を作るのも……ね」


 気がつくと、確かに俺は親指を隠して拳を作っていた。


「ち、違う! これは偶然——」

「——そうだよね。さらに言うとね? 焦っているときはカナくんいつも『えーっと』っていうんだよ。偶然だよね〜」

「……⁉︎」


 奈那美には、すべて見えている。俺が逃げようとしたことも、何も……かも。



「——…奏華(妹)心配してくれてるかな……」


 自然に出てきたポツリとした呟きに、奈那美は反応する。


「そっかー、まだ他のメスブタの事を考える余裕があるんだ……」


 しまった⁉︎ と後悔したが、もう遅い。

 奈那美はいつの間にかドアを開けていて、どこかへ行ってしまった。

 再度、チャンスだと思ったが、鎖をまだ足につけられたままだった。

 …——しばらくして、奈那美が何かを持って戻ってきた。


「お粥……?」

「そうだよ、こっちの方が食べやすいでしょう? 手も空いてるし食べられるよね」


 そう言って、スプーンを俺に渡してくる。

 渡されたスプーンを手にして、お粥を覗くと、梅干しが入っているからだろうか?

 朱く染まっていた。……充分に警戒しながら、それをすくう。そして、口に含んだ。


「美味しい……。……? けど、なんだ? ような……? 何を入れたんだ?」

「ん? 隠し味が効いてるのかもね♪」

「隠し、味……」


 お粥を吟味しながら、ふと視線を落とす。

 ――気づいてしまった。ことに。


「……お、お前……まさか……⁉︎」


 震える指で、奈那美の指先を指す。


「あ、気づいてくれたんだぁ。……そうだよ、そのお粥には、私の血液あいが入ってるんだ♪ さすがにこれでもう他の女を意識なんかしなくなるよね?」


 ……血……液……? 何なんだよ……俺も俺だ。しかも、いくらこの状況で、おかしくなってしまっていても、血を美味しいと言うなんて……。


「ふざけんなよッ⁉︎」


 それ以前に、幼馴染に自分の血を食わせるなんて……。


「……お前なんか嫌いだ……」

「え——」

「——お前なんか嫌いだって言ったんだよ‼︎」


 俺に怒鳴りつけられた奈那美は、直ぐに顔を青くし……。


「嫌だ、嫌だ嫌だ! もう一人ぼっちにしないで‼︎ 嫌わないで、嫌々嫌々……」

「奈那美……?」

「嫌ぁ……、嫌……。……カナくんに嫌われたのなら、もうこの世にいる意味なんて無いよね……?」

「奈那美、落ち着け、今のは違うんだ!」


 俺が奈那美を手で落ち着けてやろうとすると、


「嫌ッ!」


 後ろへ後ずさった。そして——


「……そうだ。そうだよ。

「な、何言ってんだお前! ⁉︎」


 ——止めようとした俺を、奈那美はどこからか包丁を取り出し、切りつけてきた。


「あは、あははははは♪ カナくん、天国で一緒になろう?」

「おま、危ないからそんなもの置け!」


 足が繋がれている分、俺は力が入れにくく、ロクに飯も食えていないので、力が出ない。

 だがその時、幸運にも俺をつないでいた鎖の先、ベッドの枠が傷んでいたらしく、俺が暴れたことによって壊れた。

 ——今が本当の本当にチャンスだ!

 俺は自由になった足で、自由になったばっかりで力が入りにくいが、奈那美に飛びかかった。


「奈那美、俺がお前のことを……嫌いになるわけねぇだろうが‼︎」

「カナ……くん……?」

「嫌いになるわけ無いだろ。昔から、好きだったんだからさ……」

「!」



 ——充分に落ち着かせてから、俺をこうした経緯を聞いた。

 まず、高校生になってから、俺が友を増やしていたことには喜んでいたらしい。

 だが、その度に俺と仲良くしている女友達が羨ましかったそうだ。

 中学3年の頃から、からかわれたりすることもあり、疎遠になっていたことで、何も知らないくせに仲良く振舞っている奴らが妬ましかったのだ。

 そして、こうなることにさらに拍車をかけたのが、俺の所属する部活の先輩が、俺に告白する現場を見てしまったからだそうだ。


「どうせ、さっきの告白も、逃げるための嘘なんでしょ……本当は先輩のことが——」

「——そんなわけ無いだろう。……俺が先輩の告白を断った時に言った言葉――聞くか?」


 奈那美はコクリと頷く。


「『すみません、俺には大事な——異性として好きな幼馴染がいるんです! そいつ一筋なんで、先輩の期待には答えられません』だ」

「……え、でもそれって、先輩怒ったんじゃないの?」

「ははっ! そりゃあもう、『アンタなんかもう知らない!』って怒られたよ」

「アンタ……って、私のカナくんに……殺す‼︎」

「おいおい待て、そんなことしたら、一緒にいられなくなっちまうだろうが」


 そう言うと、俺は、俺の今の感情を込めて、奈那美にキスをした。



「——カナくん! 早く行こっ!」

「くっつきすぎじゃないか?」


 色々あって、後処理も大変。そして、幼馴染を失ったが、俺は恋人を得ました。

 これは、歪んだ愛が、純粋な愛へと変わったっていう話。

 ああ、あとな、監禁部屋がこりゃまあよく考えたな、って場所だったんだ。

 奈那美の家の地下室。まあ、ある意味ではそれでよかったよ。母親にも奈那美の家にいたって言い訳ができたしな。


 そんなわけで、この話は本当におしまい。俺の彼女は、たまにヒステリックになるが、ホント、可愛いよ。


 おしまい。

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幼馴染に監禁されました。 瑞谷 桜 @mizutani_ou

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