第79話 敗北とナナシの死

突き飛ばされたルリエッタの表情が驚愕に染まる。

目の前で自分を押したナナシの左腕が木っ端微塵に吹き飛んだのだ!

ナナシの体も衝撃で吹き飛ばされ地面を転がる・・・


「ナナシ!!!?」


リルの叫びが響き見ていたネネも口元を両手で押さえて驚く。

この場に居る誰もがナナシのステータスを理解しているからだ。

確かに詐欺魔法の理不尽とも言える異常な力は理解しているが、本人自体は一般人よりもか弱い存在なのだ。

下手をすれば今の一撃で即死していてもおかしくない、だが虚ろな瞳で逆に折れ曲がった右腕をゆっくりと動かしながらナナシは口にした。


「ファイ・・・ア・・・ボ・・・ル・・・」


瀕死、だがまだ息がある!

誰もがそれに気付き最悪は回避されたのだと理解した。

生きてさえ居ればナナシには詐欺魔法のアレが在る!


「ん?」


そのナナシを眺めていた死神将軍は気付いた。

吹き飛ばされたナナシの様子に安堵しているナポレの姿に。

そう、動けない振りをしてその隙を窺っていたのだ。

そして再び死に掛けのナナシが口を動かしながら右手を自身に当てた。

浮かんでいた火の玉の一つを掴んだのだ。


「ファイ・・ア・・・」


それは時間を焼却し巻き戻す詐欺魔法。

自身の体を燃やして怪我をする前の状態にナナシは戻ったのだ。

その様子を指輪の一つを変化させた魔道具で楽しそうに見続ける死神将軍。

四角いボードの様な物を通してみる事で対象の状態等を確認できる魔道具である。

ナナシが元に戻った左腕で体を支えてゆっくりと立ち上がる光景に笑い出しながら死神将軍は告げる。


「今の一撃で死に掛けるとか本当に人間というのは脆いな・・・くくくく、しかも怪我を治したみたいだが体力は回復できない様子・・・その状態で一体何が出来ると言うのだ!くははははは!!!!」


見た目は完治しているナナシであるが状態を戻しただけで体力や精神力は消耗したままなのだ。

これが詐欺魔法ファイアーの欠点でも在った。

目に見えない疲労などは戻す事が出来無いのだ。

それでも失った左腕が戻ったというのは大きかった、出血が一瞬で止まった上に失った血までも戻ったからだ。


「これでも・・・視聴者の皆さんが応援してくれている身でね・・・」


かろうじで口に出来た言葉は勿論死神将軍には伝わらない。

だが余裕に見せてはいるが満身創痍なのは変わらず、死神将軍は体の骨を一本掴んでゆっくりと歩いて近寄っていく。


「それで、その状況から俺にどう対処する?お前に何が出来る?この魔道具でお前の状態は確認しているが既に死に掛けではないか?危機的状況から1発逆転なんてものはこの世には存在しないんだよ!お前は何も出来ずにこのままここで死ぬ!それが現実だ!」

「それは・・・違う・・・」

「何が違うというのだ?この状況を引っ繰り返す方法がお前にあると?戦いと言うのは始める前の事前準備で全てが決まるのだ!お前の負けは変わらん!」

「ふふふ・・・死神将軍、お前言ったよな・・・奥の手ってのは最後の最後まで隠しておくものだって」


ナナシのその言葉に死神将軍の足が止まった。

ナナシの周囲にはまだ2つの火の玉が浮かんでいる。

それが今のナナシに出せる最後のファイアーボールなのは状態を逐一見ている死神将軍も理解していた。

残りHPからファイアーボールを出現させるのに必要な分は足りないのだ。


「これが俺の奥の手だ・・・お前を滅ぼす・・・最終兵器だ!」


そう言って両手にそれぞれ浮かぶファイアーボールを掴んでナナシは駆け出した!

真っ直ぐに死神将軍に向かっているその背中にルリエッタが叫ぶ!


「ナナシさん!頑張ってー!!!!」


自らを助けた事でボロボロになったナナシの背中に向かって叫ぶ!

だがしかし現実とは無常、ナナシが突き出した右拳は死神将軍の手前で止まる。

三男の六郎が使う『制空剣』一定の範囲に入ったモノを自動的に攻撃するスキル。

次男の長兄が使う『結界』目に見えない一定方向に押す力を持つ空間を作り出すスキル。

この二つが合わさった自動防御にその拳が受け止められたのだ。


「それで、ここから何を見せてくれるのかな?」

「その余裕が命取りだ!黒の魔法、水の力よ我が手より生命の源となる水の奇跡を!ウォーター!」


ナナシの突き出した右拳に力が入る!

だが魔法が発動しないのかナナシはそのままの状態で死神将軍を睨みつけていた。


「これを!くらえ!!!」


ナナシの叫び、それは握っていた右拳を開いたと同時であった。

死神将軍もそれには一瞬驚いた。

ナナシの開かれた右手から銅貨が飛び出したからである!

これがナナシの持つ死神将軍も知らない、口座から自由に好きな金を出し入れ出来る能力であった!

その銅貨は手の平の少し先から飛び出し結界の向こう側へ落ちる。

ナナシの狙いは止められた結界の向こう側へそれを送り込むことだったのだ!!!

だがその出た数枚の銅貨も直ぐにもう一つの結界が受け止めて塞ぐ。

死神将軍までは残り数ミリのところであった。


「く・・・くそっ・・・」

「くはは・・・くはははははははは!!!!」


その状態で死神将軍は高笑いをし始める。

それはそうだろう、金を送り込む能力には驚いたがそれを防いだ事で勝ちを確信したからだ。


「一体何をやろうとしたのかは分からないがお前に良い事を教えてやろう・・・お前の奥の手だと言う水魔法な、あの魔道書をアソコに置いたのは俺なんだよ!」

「っ?!」

「良い顔だ、その顔が見たかった。お前の狙いを全て防いだ上でその顔が見れたのなら満足だよ・・・」


睨み付けるナナシに死神将軍は嬉しそうに続ける。


「最初から分かっていたのだよ、言っただろ?戦いとは始まった時点で勝敗が決しているのだ!初めからずっとお前の隠していた能力は理解していた。見ていたからな、その水魔法が力学に関与するんだろ?」

「くっ・・・」

「最初からお前の負けは決まっていたのだよ、火の魔法だけでなく水魔法も最初から無効化させてもらっていた。そしてお前の水魔法がどういう効果か分からないが、力学に関与すると言うのなら物理の可能性も考慮していた。だがそれもこの結界を突破は出来ない!」

「ちく・・・しょ・・・」

「完封、あぁ俺は何て強いんだ・・・ダメージを受けなければ負ける事は無い、それが真理!お前は絶対に俺には勝て無いのだよ!なぁ・・・そこの人間」


そう続けた死神将軍は首がクルリと回転して真後ろを見た。

そこには短剣を手にしたナポレが立っていた。


「死んだ振りして最後の最後に不意打ちか・・・くだらんよ」

「ぐあっ・・・」


ナポレに見えない結界が飛ばされ吹き飛ばされる。

ナポレに続こうとしていたネネとリルも足を止めた。

ナナシが目で止めさせていたのだ。


「さて、幕引きだ。ここまで俺を追い詰めたのだ。誇って・・・死ね!!」

「いや、死ぬのは・・・お前だ!!!」


ナナシの叫び!それと共に一気に結界の向こうに銅貨が大量に出現して死神将軍の結界を破裂させる!

結界の中に無理矢理金を出現させる事で外側からではなく、中側から破壊したのだ!

バーンッと言う破裂音に一瞬誰もが驚いた!

死神将軍も後ろに体を引きながら結界を突破したナナシが近付いてくるのを理解した。


「くらえ・・・これが俺の奥の手!!!」


突き出したままの右手が再び握られて死神将軍へ向かう!

だが・・・


「甘いと言った、筈だ!」


それは死神将軍の拳であった!

その拳に結界を纏わせ飛び散る銅貨ごとナナシへ向かって放たれた!

そして、二人の拳が空中でぶつかり合う!!

拳対拳、それが齎す結果は一目瞭然であった。

ナナシの右腕は衝撃に弾かれて歪な形に変形する。

一瞬で右腕の骨が複雑骨折したのだ。

そして遅れてその全身を死神将軍の結界に押された銅貨が襲う!

まるでショットガンの様な衝撃にナナシの体が後方へ吹き飛んだ。


「う・・・そ・・・」


リルの口から言葉が漏れる・・・

ナナシの体が地面にバウンドしてルリエッタの近くに落ちた・・・

辺りに散らばる砕けた銅貨、拳を突き出したままの死神将軍、身動きが取れなかったナポレとネネ・・・

そして、慌てて近付いたルリエッタがピクリとも動かないナナシに触れた・・・

その様子がおかしいのは直ぐに分かった。

肌に触れて口元に耳をやって・・・


「息・・・して・・・ない・・・」


その言葉は静まり返ったその場の全員に届いた。

ナナシの死をルリエッタが告げたのだ。

だが心の何処かで誰もが信じていた。

ナナシは詐欺魔法の使い手なのだ、きっとこれはフェイクだ。

だがそれを否定する魔道具でナナシの状態を覗いた死神将軍の声が届いた。


「くははははは!!!!脈が止まっておるわ!!!死んだか!あの一撃で死んだのか!!!!何が奥の手だ!何が甘いだ!!!結局私の勝ちは変わらなかったのだ!!!!」


高らかな宣言、ナナシの脈が止まっている。

心肺停止、それは正真正銘ナナシの死を意味していた。


「そん・・・な・・・」


その場に膝を着くリル・・・

絶望に染まったその顔が遠くで覗いていたスマイル館の面々にも伝わった。

ナナシの敗北と死。

誰もが現実に絶望した瞬間であった・・・

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