第54話 ルリエッタ

「おかーさん、おとーさん今日は遅いのかな?」

「大丈夫よ、今日はお父さん早く帰ってくるって言ってたから」

「本当?!今日ね私お父さんが帰ってきたらおかえりって言ってあげたいっておも・・・」


その世界は少女の言葉が最後まで発せられる事無く巻き込まれた。

突然なんの前触れも無く途切れた意識はまるで夢の世界との隔たりがなくなったかの様に感じられた。

何も見えず何も聞こえなくなり目の前に居た母親の姿すらも一瞬にして消え去った。

声も出せず自分が呼吸しているのかさえ分からない。

一体どれ程の時間が経過したのか、5分なのか5年なのかそれすらも分からない闇の中で少女は小さな光を見つけた。


(あ・・・れ・・・は・・・?)


時間の感覚すらないまさに無の世界に初めて現れた変化に少女は手を伸ばした。

そして、少女の手が光に触れると共に世界に色が生まれ音が誕生した。


「んっ?おっとこいつ目が覚めたみたいだ」

「・・・・・」


目の前に在ったのは知らない男性の姿であった。

非常に強面で息を呑んでしまったのには顔が怖かっただけではない、その男の手に在った紫色の石が今まさに自分の胸に沈もうとしていたからである。


「いや~良かった良かった魔石が一つ無駄に成るところだったわ」


笑いながら少女の胸から紫色の魔石は持ち上げられる。

まるで水面にあった物を取り除くように何の抵抗も無く皮膚と同調していたような石はスッと持ち上がり少女は気付いた。

自分の上半身がはだけている事に。


「き・・・きゃあああああああああああああ」

「おいおい、落ち着けってつか黙れ」

「あ・・・あぐっ・・・・・・・」


男の黙れと言う言葉に突然声が出なくなった。

何も言わなければ大丈夫なのだが声を出そうとすると呼吸する事が出来なくなっていたのだ。


「まぁとりあえず落ち着け、俺はお前を買ったんだ。だからお前は俺の奴隷であり商品だ」

「・・・・・・」

「ほらっお前はあいつらと同じって事さ」


そう言って男が指した方向には牢屋があり沢山の人が居た。

誰も彼も首に黒い首輪の様な物を装着されているのを見て自分の首に触れると同じような物が着けられていた。


「それはお前が奴隷だと言う証だ。まぁせいぜい良いご主人様に買って貰えるようにするんだな」


そう言って男は少女の髪を掴んで引きずって牢屋の中へ放り込んだ。

周囲に居る人たちも同じように言葉が発せられないのか少女の姿を哀れむように見詰めそれ以上近寄りもしなかった。


「おい男共、女に手を出したら四肢を自ら引きちぎる事になるから気をつけろよ」


それがどういう意味なのか理解しているのだろう。

男の一人が震えながら牢屋の隅で震えていた。

その男性には左腕が無かった・・・







あれから何度か商品として奴隷を買いにきた人の前に出た。

だがそれ程美人ではないという事もあり少女は売られること無く残ってそこで商品として生きる事となった。

少女は毎日次々と売られてくる奴隷が魔石を埋め込まれ目覚めるのを見て日々を過ごす・・・

時には少し打ち解けた知り合いが買い取られて何処かへ行く事もあった。

言葉は話せないが徐々に手話の様な方法で意思疎通を交わす様になったのは生活の知恵とも言えるだろう。

そうして少女が来てから3ヵ月程の時が流れた。

育ち盛りという事もあるが彼女は正確に言うと人間ではなかった。

ある一定期間成長を一切せずに過ごしある日を境に一気に成長してまた成長が止まると言う特殊な生態を持つ種族だったのだ。

少女は僅か3ヶ月の間に幼さが残るが女性と言ってもおかしく無い容姿にまで成長した。

そして・・・その日はやって来た。


「おい!お前人間かと思ったら異常種だったのかよ?!くそっ騙されたぜ・・・まぁいい、お前今月中に売れなかったら肉奴隷行きだからな」


その言葉に女は目の前が真っ白になった。

肉奴隷、それはまさしくその身を売る奴隷・・・

性的奉仕を想像する人も居るかもしれないがそんな甘い物ではない、まさしくその身を切り売りする奴隷の事なのだ。

この区の闇魔法で体の欠損部位を他の人間の部位を繋げて治す魔法が在りそれ用の奴隷となるのだ。

つまり、医者から要請が在れば腕なら腕、足なら足、眼球なら眼球を奪われる奴隷となる訳である。

この3ヶ月の間に数名が肉奴隷として使われていったのを見ていた女はその恐怖に震え眠れぬ毎日を過ごす事となる・・・

毎日寿命が迫ってくるのを感じ誰にも買われない女は世界に絶望していた。

母の姿すらも思い出せない状況に陥った女は肉奴隷となる前日、運命の出会いを果たす事となる・・・


「おい、お前等の中でこの町出身のヤツが居たら手を上げろ!」


奴隷商の言葉に2人と骸骨が手を上げた。

どうせ無理だろうと思いつつ女もその手を力なく掲げた。


「ん?お前確か・・・まぁいい、お前等ちょっと出ろ」


そう言って連れ出された先に居たのは1人の青年であった。


「お待たせしました。この4人が最近当店で仕入れましたこの町出身の奴隷でございます」


最近・・・その言葉に嘘吐きと心の中で思いつつも明日には自分の体が切り売りされる恐怖に頭が支配されていた女。

だがその女は次の言葉が自分に投げかけられているのだと理解し返事をする。


「分かりました。それではそこの女性の方・・・大丈夫ですか?」


余りにも自分が暗い顔をしていたので心配されたのだろう。

小さく奴隷商の舌打ちが聞こえたがそれよりもその青年の問いかけに女は驚きを隠せなかった。


「お料理は出来ますか?」

「えっ?あっはい、多少であれば・・・」

「そうですか、それは凄く助かりますね」


優しい瞳、優しい言葉、今まで殆どしゃべっていなかった事もあり声を出すことがしんどかったが彼から視線を外せなくなっていた。

一目惚れ、これがそう言う現象なのだと女は理解できない、知識として知っているかもしれないが思い出す余裕も元気も無いのだ。

そして奴隷商から告げられた金額・・・金貨72枚。

どうやら青年は道案内を欲しているみたいなので他の3人よりも明らかに高すぎる値段設定をされた自分が買われるなんて在り得ない。

そう考えて女は明日からの自分の処遇に絶望した。

だが次の青年の言葉に女の視界のピントが合う・・・


「そうだ店主!俺はちょっとゲームが好きでね、どうだろう値引き交渉代わりになにかゲームで勝負しませんか?」


一体何を言っているのだと女は驚きを隠せなかった。

そして、青年と奴隷商は賭けゲームをして負けた。

更にゲームは続いた。


「ほぅ・・・そうですね、では後ろの4人の誰が一番最初にトイレに行きたいと言いだすかってのはどうですか?」

「面白そうですね、では一番左の男性って事で」


ここで手を上げれれば青年の勝ちだ。

そう考えたが奴隷商の目を見て女の手が動かなくなった。

首輪の効果である、まさか強く念じるだけでも効果を発揮するとは思っても見なかった事態に女だけでなく他の者も驚いていた。

そして、隣の男性が手を上げてトイレへ行く・・・

自分達奴隷にトイレなんて使わせてもらえるわけは無く掘られた穴にするのが普通・・・

にも関わらず奴隷商は上機嫌に男をトイレへ向かわせた。

そして、2人の会話から自分の値段が金貨288枚になったと知らされた。

金貨288枚・・・それがこの区でどれ程の金額なのか分からないが少なくとも今まで聞いた事も無い高額だと言うのは確かであった。


「そろそろ俺の護衛が来る筈なのでお支払いはそいつが来たらさせてもらいますよ」


まさかの言葉に驚きつつも目を輝かせる女。

それはつまり自分が購入してもらえると言う事。

もしも青年が自分の体目当てであろうと構わない、明日には体を切り売りされる身なのだ。

そう考えた女であったが再び女はどん底へ叩き落される。


「き・・・金貨288枚と銀貨60枚?!そんな大金無いですよ?!」


それはそうである、一体何を期待していたのか・・・

しかし直ぐに少女はその言葉に違和感を感じた。

そうである、自分の値段が金貨288枚だと言うのに4人でその値段だと言うのが非常におかしいのだ。

混乱する女であったがいつの間にか青年と後から来た女が奴隷商をどうやってか言い包め・・・


「じ・・・冗談ですよお客様~奴隷4人でサービスして金貨20枚で販売させてもらいますよ」


えっ?

再び混乱する女。

そして、流れるように話は進み首輪の主登録が済まされ建物から3ヶ月振りに外に出た。


「えっと・・・たす・・・かったの?」

「ですね、それじゃあ皆さんも自由にお帰りになってもらって良いですよ」


青年がそう言った。

するとずっと装着されていた首輪は外れそのまま地面へと落ちた・・・

助かった・・・いや、自由になったのだ・・・


「えっ・・・あっ・・・わたし・・・」


涙で視界が揺らぎ自分の両手を照らす太陽の光に夢じゃないのかと考えた。

そうしている間に男の奴隷2人はいつの間にか何処かへ行ってしまい青年と骸骨は仲良さそうに話しながら歩いていっていた。

その後ろを歩く女の人の後を慌てて付いて行く女・・・


「ん?あんたは帰らないの?」

「かえる・・・ばしょ・・・ない・・・」


掠れる声で答えた事に女が青年に話しかける。


「ねぇナナシ、彼女帰る場所無いんだって」

「ん?そっか、それじゃあ一緒に来る?」


生まれてきてから沢山の言葉を受けてきたがこれ程嬉しい言葉は無かった。

それと共に心臓が張り裂けそうなほど激しく自己主張をしてナナシと呼ばれた青年に頷いてから目が離せなくなっていた。


「んじゃ一緒に行こうよ、名前は?」

「ルリエッタ・・・」

「ルリエッタね、分かったよ」


そうして連れられていった先は一緒に買われた骸骨の実家であった。

2人の会話は非常に楽しく聞いているだけで心が解されていっていた。

なによりも自分が声を発する事が辛いと言う事を理解しているのかナナシはルリエッタにYES NOで答えられるような話し方を常に意識してしてくれていた。

既にルリエッタの中のナナシへの好感度は天元突破していた。

そして、それを愉快そうに見るリルは勝手に納得して応援すると言ってくれた。

まるでこの3ヶ月が夢だったのではないかと感じる程の楽しい一日が終わり二日が終わった・・・




そして今、ルリエッタの前には意識の無いナナシの姿が在った。


「ここなら・・・」


六郎との戦いで外は騒がしくなっており運び込まれたナナシの看病はルリエッタ1人に任されていた。

床に布を敷いて寝かされたナナシの横にペタンと座るルリエッタはナナシを膝枕してその手をギュッと包み込むように握り締めそれを頬へとやる。


「ナナシさん・・・」


命の恩人でお金持ちで不思議な強さを持った青年。

自分の気持ちに歯止めを掛ける者はココには居ない。

だからルリエッタは膝枕しているナナシの上に覆いかぶさるように顔を沈め自らのファーストキスを捧げるのであった。

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