真夜中の喫茶店・よもやまばなし

婭麟

第1話

その喫茶店は坂の下にあって、その奥には市街地には珍しく、昔ながらの森林が広がっている。


朝は何時からやっているのか、夜は何時までやっているのか……。

それは誰も知らない不思議なお店……。

それでいて、朝の8時か9時には近所の主婦が、夕方には大学生が店を切盛りしていて、店内や外に猫が居て常連さんも居る。


店の奥の中庭には、温室みたいな建物があって、猫のサロン……と呼ばれている。

そこには猫が居て、常連さんが餌をやっている。


店を切盛りしている店員達は、自由気儘に店を盛り立てていて、なかなか評判のいい店だ。


いつ頃から店があるのか、人それぞれ記憶が違っていて、だけど不思議と地域にも馴染んでいる。

最初は小さな店だったとか……。

初めからこんな感じだったとか……。

先代は音楽好きだったとか……。

噂はいろいろあるけれど、だけど皆んな記憶が違う……。



……今夜は毎年恒例のイベントの日です。参加できる方は参加してください……


店内のカウンターの近くのボードに書かれていた。


「イベントがあるんですか?」


木戸愛美は、一緒にバイトに入っている飯盛に聞いた。


「うん。毎年恒例なんだ……冨樫さんも今夜ばかりは早めに来るよ」


気のいい飯盛はカウンターを拭きながら答えた。



ちょっと前、木戸愛美は以前から気に留めていた、この喫茶店のオーナーたる冨樫によって、知らないところで陥っていた〝無限ループ〟ってやつを解いてもらった。

その縁で冨樫と親しくなれたので、こうして晴れての喫茶店で、バイトをする事ができるようになったのだ。


不思議な喫茶店だが本当に働いてみたら、全然不思議じゃない。

午前から夕方まで働きに来ているパートさん達は、みんな気さくで世話好きなごくごく普通のおばさん達で、午後又は夕方から働きに来る大学生も、やっぱりごくごく普通の大学生達だ。

他と違う所があるとすれば、店員が自由にできる……だろうか?

店長的な人が居ないので、パートのおばさんが頂点となって、この店は回っていて、シフトとかメニューとかも、おばさん達に仕切られている。

主婦は仕切り上手だ、下っ端の大学生達に不満が起きないように、上手に仕切る。

つまりこのおばさん達の自由が、店を活気付かせて雰囲気を良くしているのだ。


「おばさん達もみんな来るよ。毎年楽しみにしてるんだ」


店内にはお客さんがちらほら、としか居ない。


「常連さん達も今夜来るのかな?」


「そうだろうね……。まっ、常連さんしか来ないけどね」


「常連さんと店員?」


「そうそう……。客寄せのイベントじゃないからね〜どっちかっていうと、慰労会的な……」


「慰労会?」


「常連さんにはご贔屓ひいきの感謝を……。俺達には慰労を兼ねて……」


「どんな事するんです?」


「なんか、スゲェ美味い物食いながら、ただ面白い話しや巷の話しをするだけだけどー、意外とそれが楽しいみたい。ああ、猫サロンに行ったり……」


一緒に働いて気づいたのだが、飯盛君は猫が思いの外好きだ。

暇があれば内外関係なく、猫と話しをしている。

倫子には悪いがちょっと痛いやつだ。


「去年は冨樫さんが、超怖え話しして盛り上げてた」


「えー?冨樫さんでもそんな事するんですか?」


「うん。意外とあの人天然で面白いよ」


……いやいや、天然ではなくて、きっと本当の事を言っているけど、普通の人間には天然に見えるのかもしれない。


冨樫を知る愛美は、ちょとそう思って優越感に浸った。

冨樫の本当の姿を知っているのは、自分だけだ……という優越感だ。

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