外伝

【外伝】ノエルとレイアの魔導特訓 (side レイア)

※時系列的に「最終決戦」章の直前くらいのお話です。

※このお話だけ、「レイア」の一人称視点で進みます。


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桃月 ××日 晴れ。


 すっきりと晴れ渡った青空。

 今日は天気も良くて、魔物を狩るにはちょうど良い日だ。……しかし、隣の少年は先ほどから何やらお気に召さない様子をしている。


「あ~ぁ。みんな出掛けちゃって、僕とレイアだけお留守番だね。こんなにいいお天気なのに……」


 むくれながら机の上にぺたっと突っ伏しているのは、白い外衣ローブを着た魔導師の少年だ――名前はノエル。


 私とこの少年以外の三人は、それぞれ用事で外に出かけている。


 私達がいま滞在しているのは、港町にほど近い南の町。

 カッツェは最終決戦に備えて、近隣の町や村に待機していた戦士達を呼び集めにいった。ヴァイスとカノアは、これから控える長い船旅に備えて道具アイテムの買い出しに行っている。

 買い出しに全員で行く必要はないということで、私とノエルはこうして宿で荷物番兼留守番をしているのだ。


「……そうだな。散歩にでも行って来たらどうだ。町の中なら、安全だろう」


 手持無沙汰なので二本の刀の手入れをしながら、私は返答した。

 もし彼が町の外に出るのなら、私も付いて行かなければならない。――あの心配性な眼鏡の白いエルフ殿に、そう念を押して頼まれているから。


 南の町の周りには、強力な魔物が多く出没する。この少年がいくら最強の魔導師だと言っても、誰か戦士が護衛に付かないと一人で町の外に出るのは非常に危険だ。それは私も充分わかっている。


「ん~、一人で散歩に行ってもつまんないしなぁ。……あっ、そうだ!」


 隣の少年は何かを思いついたようで、急にぱっと顔色を明るくした。


「レイア、僕と一緒に魔導術の練習しようよ! 今のレイアなら、土魔導が使えると思う!」

「魔導術……?」


 巨人オークの谷での一件以来、私には精霊がえるようになった。どうやらそのおかげで魔導術も使えるようになったらしい。


 ノエルやヴァイスの魔導術は確かに凄いけれど、私は今まで魔導術を使わなくても自分の二本の刀だけで戦ってきた。カッツェも炎の術が使えるし、五人パーティーの中で三人も四人も魔法使いがいなくてもいいんじゃないか? と、思うのだが……。


 隣の少年がすごくキラキラとした目で私を見つめてくるので、暇潰しに少しだけ付き合ってみることにした。


*

「うん。ここなら人もいないし、特訓にはちょうど良さそうだね!」


 町から少し離れた見晴らしの良い平野に来て、ノエルが満足そうに言った。

 耳を澄ましても魔物や野生の獣の気配は聴こえてこない……安全そうだ。私は頷いて、ノエルの言葉を待った。


「えっと、ダークエルフは大地の精霊の加護を受けているから、土属性の魔導術と相性がいいんだ。今から、基礎的な土の魔導術を教えるね!」

「土の魔導術……」

「そう、まずは僕がお手本を見せるよ!」


 そう言ってノエルは水平に掲げた手を下に――つまり大地に向け、言葉を発した。


『我が契約せし土の精霊よ 我が手に集いて 大地を起こせ!』


 ノエルの言葉に反応して、彼の周りを飛んでいた橙色の光をした精霊が強く光った。直後、地面がボコッと膨れ上がってノエルの身長以上に垂直に盛り上がった。


「……こんな感じ! 土が"もこもこ"っと盛り上がるのをイメージしながらやってみて!」


 ノエルがニコニコしながら私に促す。

 私も見よう見真似で彼と同じように構え、同じ言葉を発してみた。幸い、呪文スペルの言葉は私達エルフ族にとって比較的発音がしやすい。


 えぇと、"もこもこ"っと土が盛り上がるイメージで……


―――ぼこっ! もこもこもこもこ……


 ノエルほどの大きさではないが、確かに足元の土が盛り上がった。まるで見えないモグラが土を持ち上げたかのようだ。

 ……呪文を唱えるだけでそれが現実のこととして起こるなんて、やはり魔導術というのは凄い。自分でやったのにも関わらず、私は妙に感心してしまった。


「すごい! 一発でマスターしたね! じゃあ次は、もっと実用的なやつ!」


 ノエルが嬉しそうにしているので、私もなんだか少し嬉しい。


『我が契約せし土の精霊よ 我が手に集いて 大地を固めよ!』


 彼が呪文を唱えると、先ほど作った土山の下から、にゅっと四角い土の壁が現れた。ちょうど少年の全身を隠すくらいの大きさの壁だ。


「これは、早く固く出せるようになると、防御にも使えるよ! さっきの土の山を"ぎゅっ"と固めて出すイメージなんだ!」


 ……なるほど。土の壁を作れば野営の寒さ除けにもなるし、平野で身を隠すときにも使えるかもしれない。

 そう思った私は、またノエルの見よう見まねで私も呪文を唱えてみる。


 えぇと、"ぎゅっ"と固めて……


―――ずざぁっ!!


 ノエルが作ったものよりもだいぶボロボロでいびつな形だが、なんとか土壁が現れた。

 この魔法はもう少し練習が必要そうだ……。なんだか少し頭痛がしてきた。


「いい感じ! 練習すれば、もっと上手になるよ! 次は今までの応用編。今みたいな固い土の塊を、遠くに向けて出すんだ……見てて」


 そう言うと、ノエルは少し離れた場所にある大きめの岩を見つめ、何やら集中し始めた。


『我が契約せし土の精霊よ 大地を起こし 敵を討て!』


 最後の言葉をともに、固く握りしめた拳で足元の地面を打ち抜く。

 と同時に、打ち抜いたその場所から前方に向かってバキバキと大地がひび割れていく。


―――どごぉおおおん!!!


 大地のヒビが先ほど狙った岩に到達した瞬間、轟音とともにその岩が砕け散った。

 砕けた岩の下からは、巨大な土のくいのようなものが突き出ている。


「これは時間差で離れた場所の相手を攻撃できるから、不意打ちとかに使えるよ! 距離が離れるほど、威力とコントロールが難しくなるんだけど……。うーん、イメージは離れたところの相手を"バキッ"と殴る感じかな?」


 なるほど。今までの中でこれが一番有益そうだ。相手の間合いの外から攻撃できる技ならば、戦闘でも役に立つ。


「……やってみる」


 ノエルが砕いた場所よりもう少し近くにある小さい岩を狙って、呪文を放つ。

 "バキッ"と殴るイメージで……


―――ぽこっ、ころころっ


 ん? ノエルの時のような大爆発にはならず、小さな土山が盛り上がって、岩がころんと転がった。やはり魔法は難しいな。


「……私には、まだ難しいようだ」

「そんなことないよ! 初めてであそこまで届くって、なかなか凄いよ! 練習すれば、もっと精度が良くなるよ」


 少し落ち込んでいた私に、ノエルがぶんぶんと頭を振って否定する。

 この少年は、なかなか人を褒めるのがうまいようだ。……なんだかさっきより頭痛がひどくなっている気がするが、ノエルが私よりも嬉しそうなので、もう少し特訓に付き合うことにした。


「さっ、みんなが戻ってくるまでまだ時間もあるし、練習しよ!」


 そう言われて、この小さな先生による魔導術の特訓は日が暮れるまで続いた。


*

「ノエル様! レイアも、こんな時間までどこに行っていたのですか。心配しましたよ」

「レイアと魔導術の特訓だよ! 土の魔導術、だいぶ使えるようになったよ。ねっ、レイア!」


 宿に戻ると、案の定、白いエルフ殿が私達を心配していた。

 ノエルが嬉しそうにこちらを見上げて来たので、頷いて肯定しておく。


「おや、どんな魔導術ですか?」

「ええと……」


 眼鏡のエルフ殿がこちらに聞いてくる。

 が、何と答えればいいのだろう? ノエルは、技の名前は言っていなかった気がする。確か……。


「もこもこっとして、ギュっとして……バキッ、だ」

「……えっ」


 私の回答を聞いた白魔導師殿どのは、なぜか微妙な顔をして固まっている。

 ――私は何か変なことを言っただろうか?

 不安になって、少年の方を見る。


「うん。レイアはなかなか筋がいいよ! 全部一発で成功させてた!」

「あの……次回の特訓は私も同行します」

「なんでだよ~、ちゃんと教えたってば!」


 ノエルは褒めてくれたが、なぜかヴァイスからは溜息をつかれてしまった。

 小さな魔導師くんはぷんぷんと憤慨している。


*


「……ところでカノア、ノエルと特訓を始めてから頭痛がしているんだが……」

「ニャッ、珍しいニャ。熱でもあるかニャ?」


 魔導師二人のやりとりを横目に眺めつつ。何か頭痛に効く薬でももらおうと、カノアに話しかけてみた。

 カノアが小さな体で手を伸ばし、額に手を当てて熱を測ってくれている。いつも思うが、そういう姿がとても可愛らしい。


「う~~ん、ちょっと微熱があるようニャ……」


 ちょこんと首を傾げているカノアに、ヴァイスが気付いた。


「あ、それはおそらく"魔導痛"ですね。初めて魔導術を使うと、よくそういった症状が出るのです」

「魔導痛……?」

「今までに使ったことのない神経を酷使することで、きっと疲労が出てしまうのでしょう。すぐに治せますよ」


 そう言いながら、ベッドに腰掛けている私のもとにヴァイスが近付いてきた。


「……失礼します」


 静かにそう告げると、その白い長い指で私のこめかみから後頭部にかけてを丸く覆う。

 何か呪文を唱えると、その手が淡い光を放った。するとさっきまでの痛みが嘘のようにすうっと引いていった。


「はい、これで大丈夫です。私の魔力を少し与えるとともに、血流の流れを良くする術をかけておきました」


 ふむ。よくわからないが、やはり魔法というのは便利だな。


「あーー、また二人でいちゃいちゃしてる!」

「ニャッ♪」

「ち、違いますってば!」


 ノエルとカノアがこちらを見てニヤニヤしている。ヴァイスはいつものごとく慌てて否定していた。

 私から見れば、あの魔導師二人の方が、よほど仲が良いと思うのだが。……まぁ、そこには触れないでおこう。


 今日も、平和な一日だった。



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◆登場人物コンビ紹介:ノエルとレイア……お姉さんと少年コンビ

 なぜか本編であまり絡みのなかった二人。別に仲が悪い訳ではないのだが、たまたま描かれなかっただけである。

 本編で描けなかった交流の場を……ということで、作者がこの外伝を書いた。

 なお、続々編となる第三部「色紡ぐ音」では、レイアが主人公となってストーリーが展開される。【予告】


作者コメント:

「もこもこっとして、ギュっとして……バキッ、だ」

この台詞をレイアに言わせたくて書きました。(笑)

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