第51話 再会
「じゃあ、僕達が善悪の区別をつくった――」
母の言葉に、ノエルは茫然として呟いた。
ノエルの理解が正しければ。善と悪というのは、自分自身が創り出した幻だったということになる。ノエルが「善い」と思えばそれは善い出来事になるし、「悪い」と思えば悪い出来事になる。ノエルが判断しなければ、善悪はなく、ただ「事実」があるだけだ。
『そうね。魔物もそう。本当は、魔物は悪ではない。あなた方の心が創り出しただけ』
『他人を思いやらない心。どうなってもいいという心。消えてしまえばいいという心――そういう心が、魔物を創り出しているの』
その言葉に、ノエルは今までのことを思い出していた。
巨人の谷で、カノアを想うレイアの
大地の精霊に祈り、山が生命を吹き返した奇蹟のこと。
村娘達の唄の力で、精霊が戻ってきたこと。
自分がカッツェのために、力を暴走させてしまったこと。
ヴァイスがそんな自分を叱ってくれたこと――。
「想い」の力が、奇蹟を起こすことも、逆に周りを破壊してしまうこともあるのだと。ノエルはこれまでの旅でそれを目の当たりにしてきた。
「僕達一人ひとりに創世主である神の力が宿っていて、僕達が魔物を創った――。じゃあ、僕達が魔物を消すこともできるってこと?」
『――その通りよ』
「でも、創世主の力の使い方なんて、わからないよ!」
『あなたならわかるはずよ。ノエル』
もう一度、母は繰り返した。
『精霊の力は常にそこにあるけど、視える者と視えない者がいるのと同じ。創世主の力も、常にあなたの中にある。ただそれが視えなくて、忘れているだけ。もう一度思い出して。
ヴァイスが語った、バベルの塔の伝説を思い出した。ヒトも精霊も、かつては同じ言葉を話していたこと。
そして、カッツェのことを思い出す。カッツェも精霊の姿は視えないが、炎の精霊はずっと彼の側で見守っている。視えなくとも、そこには精霊の力が存在する。
ノエルの心に、ようやく一つの確信が生まれた。
ノエルと精霊達との間に区別などない。どちらも神が創り出した
他の種族もそうだ。姿かたちは違えど、人族とエルフ族、獣人族、獣族……そこに違いは無いのだ。
誰もが創世主の力を使うことができる。それが、辿り着いた真実。
「僕自身が、精霊と同じ――。だとしたら、僕が精霊に命じて魔導術を使うように、僕が僕に命令して内なる力を解き放てば、魔物は消える――!」
*
ノエルがその真理に至った時。
父と母の幻影はふっと目の前からかき消えた。
と同時に、ノエルの前には仲間達がいた。
カッツェが、ヴァイスが、レイアが、カノアが――。白い空間には、いつもノエルをすぐそばで見守ってくれていた、いつもの仲間がいた。
ノエルを見る彼らの顔は、あの父や母と同じように優しかった。少し照れくさいような気もする。だが何も言わなくとも、心が通じ合っているのがわかった。
「……みんな、初めからすぐそばにいてくれたんだね」
ノエルが気付かなかっただけで、彼らはずっとそこにいたのだ。
ようやくノエルは気付いた。自分が一人ではなかったことに――
胸の内から湧き上がる暖かな想いとともに、涙が瞳から溢れ落ちた。
誰ともなしに顔を見合わせて、五人はそっと手を重ねた。
目を瞑り、柔らかな感情に身を委ねる。
他には何も要らなかった。
胸の内から湧き上がる想いを、言葉にして願う。
(帰りたい……みんなと一緒に。もう一度――)
その心が一つに重なったとき、光が一層明るくなった。そして――
*
「あれ、ここは――」
目が覚めると、ノエル達はバベルの塔の麓にいた。大勢の仲間が同じように目覚め、起き上がり始めていた。
「竜の巣が、消えてる……!」
誰かが声を上げた。
竜の巣の深淵があった場所には、何もなかった。
ただ広々とした穏やかな海だけが広がっていた。太陽の光に波が反射して、キラキラと輝いている。
起き上がったカッツェが、少しぼーっとした表情をしてから頭をかいた。
「……俺たち、何と戦っていたんだろうな」
「自分自身――かな」
ノエルはポツリと呟いて、笑顔を見せた。
他の人々も、徐々に起き上がり始めていた。体を起こし、歓喜の涙を流す者。互いにしっかりと抱き合う者。照れくさそうに顔を見合わせて笑う者――。皆が同じように夢から覚めたようだ。
ノエルは頭上にある明るい太陽を見上げた。そこにはただ、自分達を包む大いなるものの愛だけがあった――。
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◆冒険図鑑 No.51: 善と悪
善悪とは、コインの裏と表のようなものである。
その二つは決して交わらないかのように見えるが――ではコインの「側面」は裏に属するのか、表に属するのか?
この世にはコインの
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