第71話 後妻打ち
「これがその扇じゃ。なかなか良いものであろう?」
お松は扇を広げてみせた。
「素晴らしいです。」
慶次郎はニコリと笑った。
「小さい店だったけれど、女主人は
「又、道に迷わなければよろしいのですが。」
慶次郎は意見した。
「豊臣と前田の奥方が供も連れずに
「そなたに言われたくはないわ。」
お松は厳しい声で言った。
「
「気が小さい。」
慶次郎がニヤッと笑うと、お松はたまらず吹き出した。
大人しそうに見えてこの叔母の方が本当は、
「おこうは、
「いえ。戻る
「ここに
「無いと申しております。」
「
慶次郎はうつむいて答えた。
「あちらで引き取ると。」
「そなたが、おこうを引きとめないのは」
お松は
「その
慶次郎は顔を上げて、きっぱりと答えた。
「あの方とは何の関係もございません。あの方は私とは、そのような仲ではありません。これは我ら夫婦の間で取り決めたこと。あの方の評判を傷つけるようなことは、何もございません。」
「それは
「誓って。」
お松は表情を
「そなたはつくづく家庭に恵まれぬ男よの。でも、そんなそなたが、そこまで言うとは。よほど気に入っておるのじゃな。そなたがそれほど
「素晴らしいです。」
慶次郎は
慶次郎の
慶次郎が、加賀の義父殿の具合が悪いという、行って
「それが……
揚羽が眉を
「
心あたりは無かったが、お通し申せ、と言って、菊は絵筆を置き、
部屋に通されている女を見て、菊ははっとした。
それは慶次郎の妻だった。
「こう、と申します。」
妻は深々と頭を下げた。
「先日は
しおらしく言うと、
(ほんとに非の打ち所も無い)
急に、自分の身なりが気になった。袖の何処かに、墨が
しかし、妻のしおらしさはそこまでだった。
「私のことは亭主から聞いておいででしょう。」
妻は菊の顔を、きっと
「さぞかし色々と、悪く言っていたでしょうね。でもあの人と暮らすのがどんなに大変か、あなたさまにはおわかりになりますまい。」
「ちょっとお待ちください、誰もあなたの悪口など言っておりません。」
「私はずっと一人で苦労してきたのです。一人で家を
妻は、菊の言うことなど全く聞いていないようだった。
「私、加賀へ帰ります、子供と一緒に。もう都へ出てくることはありません。二度とお会いすることも無いでしょう。私は子供を支えに生きて参ります。」
妻は自分の言いたいことだけ言うと、菊の混乱した表情を
「あの、待って……。」
菊は走って、妻を追いかけた。
「前田殿に奥方がいらっしゃることを、私もあのとき、初めて知ったのです。私とは比べ物にならないほどの強い
菊の
菊は見る見るうちに赤くなった頬を押さえて、
妻は手を下ろすと、押さえた声で言った。指先がぶるぶる震えている。
「
妻の後姿を見送る菊の顔を、通りすがりの人々がじろじろ見ながら行き過ぎた。
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