第37話 地獄絵
河原の暮らしは不安定で厳しいものだった。その一方、河原は様々な見世物の行われるにぎやかな場所でもあった。橋を渡って東に
(京の夕方は甲斐のそれよりずっと長い)
それに夕日が大きくてきれいだ、と菊は感じている。
(やっぱり甲斐よりずっと西にあるせいだろうか)
それとも山が低くて空が広いように感じるせいだろうか。
扇屋での仕事の帰り、その
真っ黒な地獄の空の下、血の池に沈む人々、針の山に突き刺されている人々、
「さあ、見るがよい、これが女の
尼が指差した先には女の頭がついた
「二人の女が一人の男を争う、
ああ、と声にならないため息が
「中でも恐ろしいのはこの罪じゃ。」
比丘尼が声を張り上げて指差した先には、ごつごつした岩の間で
「子を産まず、跡継ぎを作らない女、先祖を
ああ、恐ろしや、恐ろしや、と悲鳴が
「祈りなされ、ありがたいお経を唱えなされ。
すかさず若い尼たちが
菊は目の前に突き出された柄杓を力なく押しのけると、人ごみを抜けて一人、
結婚して、子どもを生み、先祖の
(
菊は
(これは皆の食事代。達丸の腹具合が悪いから、薬代も要る。それで財布は空っぽだ。寄進なんて……こっちが恵んでもらいたいくらいだ)
お金が無ければ救われることも出来ないのか。
(でもお金に不自由してなかった頃だって、決して満足して暮らしていたわけじゃなかった)
人は一体、何によって救われるのか。
「
比丘尼のわめき声が高く細く背後から追ってくる。
「唱えよ、さもなくば、地獄に落ちるぞ!」
(もう落ちている)
菊は頭を
(この世こそが地獄なのだ)
初夏の青空にぽつんと黒雲がひとつ
菊が
その日、五条の
「あれは
揚羽が知り合いを見つけて
「
顔を見合わせた。その鼻先にぽつん、と雨がひと粒落ちた。
雨はたちまち目も開けられないくらいの
「
揚羽と共に橋のたもとに避難しようとした菊はそのとき、何かの
雷鳴轟く中、黒々とした集団が橋を渡ってやってくる。バラバラッと音をたてて降りかかってくる雹など意にも
先頭にたつのは細身長身の男だった。深く笠を
男は公家たちの正面に馬を立てた。
「これはこれは、こんなところまでお出迎えなさらずとも結構、と再三申しておりますのに。」
男は馬上から声をかけた。ずぶぬれの公家たちを
人々は権力に対して、自ら進んでひれ伏す。権力はおもねる人々の気持ちを食らって、益々
男がちょっと笠をあげた。人を突き刺す鋭い目が見えた。
菊の背筋に電光が走った。もう、彼が誰であるかわかっていた。
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