第93話 名家の子
アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、ナポリ王国、アブルツィ山系に
ヴァリニャーニ家は北欧の貴族に
「故郷から遠く離れて一人暮らすのは、淋しくもあり又、気楽でもあった。故郷では、
ヴァリニャーノは、関白との
「そうは言っても、田舎のいいとこの坊っちゃまだった私は、何処か
そのひとはパドヴァの名家トゥローナ家の奥方だった。
年の離れた夫の
「彼女は私と同じキエティの出だった。故郷を離れ、気の合わない年取った夫との暮らしを淋しく思っていた。私たちが恋に落ちるのに時間はかからなかった。」
でもお
最初に抜けようとしたのはやはり、しがらみの多い彼女のほうだった。
「私はしがみついた。彼女に、いや、捨てられてしまう自分の自尊心に、だったかもしれない。」
そして、あの夜がやってきた。
一五六二年十一月二八日の夜、午前二時。
何が起こったかは、一五六四年三月十八日、ヴェネツィアのリアルト橋に掲示された宣告にある。
『ナポリ{王国}生まれのアレッサンドロ・ヴァリニャーニは、フランチェスキーナ・トゥローナと口論した
彼は一年半投獄され、治療費及び
ヴァリニャーノは席を立つと縁に寄り、外を見やった。
しばらく黙って庭を
「イエズス会に入ることを決めたのは獄中においてだ。何よりも、何処よりも、厳しい場所に自分を置きたかった。」
苗字も変えた。
イタリア語でヴァリニャーニの語尾のNiは複数形、つまり『一族・家族』を表す。でも入会後、彼はヴァリニャーノ、Noという語尾で単数形を表した。一族から離れ、家族を捨て、一人生きることを、その苗字によって世に示したのである。
「
「知らなかった、そなたが生まれたことを。知っていたら……又、別の責任の取り方があったかもしれない。」
「母は生涯、ベールを
ジョヴァンニは言った。
「あなたが毎日、
キリスト教は、精神的・肉体的苦しみを
「私はそれが当然だと思っていた、母を苦しめた
ヴァリニャーノはゆっくりと振り返って、ジョヴァンニを見つめた。
「ここで私は、良い仕事が出来たと思っています。確かに我々と彼らは全く違う、相互理解がいかに困難であるか。でも少しずつでも、歩み寄っていく道はある。互いのあり方を認め、互いを尊重しあうこと。それはあなたが、母と理解しあうことが出来なかったから、考え付いたことなんですね。」
ジョヴァンニは言った。
「あなたが経験したことは、
そして恋も、とジョヴァンニは心の中で付け加えた。
ヴァリニャーノは何も言わなかったが、
「何でこんな人生なんだろうって、ずっと思っていました。でも今では、生きてて良かった、と思っています。」
父に言った。
「あなたのやり方を色々言う人たちがいるのは、知っています。でも、あなたの進む道は決して間違っていません。あなたのおかげで私は……教えることが上手になりました。」
ヴァリニャーノは、ぽつりと言った。
「今度私に、日本語を教えてくれんかね。」
ジョヴァンニが
「皆さま、ドン・ペドロを御紹介いたしまーす。」
ジョアンはもったいぶって言うと、黄色い三日月のような果物を高く
すると白象も、前足をぐっと伸ばして、重心を後ろに持っていった。
「わあ、お
達丸が手を打って喜んだ。
少し離れて見ていた慶次郎が言った。
「俺はあんたに『あれ』を返しに来たんだ。」
ジョヴァンニは言った。
「もう少し持っていてください。」
顔を見て、つけ加えた。
「あげませんから。」
慶次郎は
「じゃ、あれ、使ってもいいか?」
ジョヴァンニはじっと慶次郎を見つめた。
「何か、使わなきゃいけないことになりそうな気がする。」
慶次郎は
「俺の
「いいですよ。」
ジョヴァンニは言った。
手にした本を、彼に渡した。
「約束の本です。」
「おお。」
開いた。
「……。」
「
ジョヴァンニがきまり悪そうに言った。
「あちらでは子供が読む本です。」
菊が近づいてきて言った。
「慶次郎はローマ字も少し読めるんですよ。大丈夫、後は私が訳します。」
「ウ・サ・ギ・ト・カ・メ」
慶次郎が声に出して読んだ。
日本人に親しまれたこの童話は、西洋古典文学の
それから二ヶ月ほどして、ヴァリニャーノ一行は九州へと帰っていった。
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