第65話 嫉妬
翌日、景勝は、
本当はここまで足を伸ばしている
(泣いていた)
彼の前では決して涙を見せなかった女が。
もう戻りたくないと言われたら。
兼続は、言葉を尽くして景勝を止めた。
「
その言葉とは
「あまり評判のよろしくない
でも一国の主が直接会わねばならぬ人種でもありません、私が会って話をつけましょう、と
(あれが前に出ると、
頭はいいのだがどうも、敵を作りやすい男だ。
堺の町は、これが初めてだ。
町の中まで
本瓦葺の重厚な屋根、
案内を
紅が出てきて、驚きながら手を
「迎えに来た。」
はっとして顔を上げた。
「
奥に通された。
玄関を上がるとすぐ
主人の
「何、
笑って言った。
客が待つ座敷に向かった。
「俺が、
景勝は、手を突く
「長い間、あれを借りている。一度、挨拶せんと、と思って来た。」
「この店には、一度来たいと思っていた。俺は相当有名人らしいからな。『
「
「特に奥方とは
ほんとうは他にも言われたことがある。
「弱ったの。助左と紅に、夫婦になれ、と
「元々、女房が奥方と知り合って、それからのご縁なのです。」
助左が言った。
「おかげで上杉は豊臣と
「
助左も
(そう、
背は俺より
(あいつが、誰よりも一番愛している、男)
でも、紅がこの店に帰ってすぐ、
(俺が
喜平二に
「ここでは何だ、船でも見せてくれんか。」
景勝が席を立った。
紅や
船が見たいというのは
「当たり前だ、越後は海運が盛んなのだ。国主が船の扱い方一つ知らんでどうする。」
表情が無い、といわれているというが。たぶん今の彼は『越後の国主』という仮面を取った状態なんだろう。
「それにしても
「俺たちは越後の出だ。ましてあの女は、港町を支配する家に生まれた。」
景勝は言った。
「Vamos a poner todas les cartas sobre la mesa.」
助左は、ぴくりと
「あちらの言葉で、『腹を割って話そう』というときに使うそうだな。そろそろ
港を望む
「事情は全て知っている。」
助左は言った。
「俺に話せって、あんたが言ったってな。」
「……。」
「かわいそうに、泣いてたぜ。」
「……。」
言いたがらねえで、貝のように口をつぐんでいるのを、無理やり聞き出したんだ、と助左は付け加えた。
「あんたは、あいつを傷つける。
「返さぬと言ったら?」
「女房を
助左が言った。
「上杉の
「上杉が必要としているんじゃない。俺が、あれを必要としているんだ。」
景勝は言った。
「俺がうんと言わぬ限り、あれはここには戻らない。」
助左は苦笑した。
よくわかっている。
「あいつは、あんたに助けられたことを、今でも恩に思っている。だからって、いつまでもそれを
「あれは、ずっと俺の
景勝は言った。
「あれが今、苦労しているのは、全て俺のせいだ。俺は、あれを助けたために上杉の
助左から目をそらし、水平線の向こうを
「俺が、あれの命の恩人なだけじゃない。あれこそ、俺の命の恩人なんだ。」
「だったら……。」
「だからこそ、俺はあれを
助左を
「死んでもらうために。」
「……。」
「誰よりも大事で、誰よりも
つかみ
「返さぬとは言っておらぬ。今、まだ国は落ち着いていない。
「くそったれめ。」
助左は
「女ってのは、
「どんなに
「俺ならあいつを守ってやれる。」
助左が言った。
「俺と居たほうが幸せなのに。」
「でもあれは、俺と居て不幸になるほうを選ぶだろう。」
「……地獄へ落ちろ。」
「俺が
景勝は微笑した。
「知らないか。」
彼の
助左の頬にも同じような痣がある。
二人ともびしょ
景勝は、紅に何も言わせないよう、
「
もの言いたげな女を目で制して、
「宿に戻る。そちはゆっくりしてこい。」
助左は、
紅が
「やめてって言ったのに。」
「一発だけ
助左は顔の
「つい、もう一発殴りそうになったら、逆に殴られちまった。海に引きずり込んで首を
「
紅はわざと乱暴に膏薬を
「命があっただけでも有難いと思いなさい。」
「いや。あいつも殴りたかったんだ、俺を。」
「え?」
「生死をかけた戦が終わったら、すぐお前の後を追っかけて、連れ戻しに来た。どんな
助左は
「
「まさか。あたしなんて。」
紅は暗い表情で薬を片付け始めた。
「
「もう帰ってこないかと思った。」
助左は
「俺と
「もう越後に戻れない、喜平二さまにも二度とお会いできないと思っていたから」
紅も素直に答えた。
「こうなったのは嬉しい。でも、ここに戻ってこられたのも嬉しい。商人の暮らしなんて知らなかった。全く何も無いところから、生活を築いていった。あなたは
助左は苦笑した。
「ねえ、あたしの居場所を奪わないで。堺に戻ってきたときくらい、側に居させて。
「婢女だって?」
助左は紅の身体を腕で巻いて引き寄せた。
「何言ってんだ、俺がお前の
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