第7話 輿入れ
菊が
和平は半月も持たなかった。
武田と手を組んだことによって、
北条は
戦が
行列を見送る老人たちの中には、
「昔、北条家に嫁がれた黄梅院さま{信玄の長女}の行列は、騎馬で三千騎、供の人数は一万名でしたよ。それに比べて……。」
と嘆く者も居たという。
当時の結婚式の主要行事は実に、この花嫁行列だった。いかに豪華な行列を出せるかが、その家の力を
だが、輿に乗った菊は、そのような事に
渋々戸を引いた。わずかに開けておいた物見の
外の景色が見えないと
あまり考えたくないことばかり、
「ところで喜平二{景勝}殿のことだけど、二十四歳にもおなりだったら、いくら今まで正室がおいででなかったとしても、側室くらいお持ちでしょう?」
菊が尋ねると、揚羽は棒を飲んだような顔をした。
(やっぱり知っているんだ、私に隠していたのね)
考えてみれば当然のことだ。
家を保つことが何より大事なこの時代、生まれてすぐに婚約者が決められることなど珍しくないこのご時世に、いくら義父が戦に勝つために不犯を誓ったからとて付き合う義理もないだろう。
現に景虎の方は、景勝の姉と結婚して、
「何でも去年の暮れ、
これもまた、よくある話だ。
織田信長が上京して金をばらまいているおかげで少しはましになったというが、戦乱が続いて久しい京の
(たぶん、真っ直ぐな黒髪の、なよなよして風にも耐えないような女なんだろうなあ)
女にとって容貌の悩みは自信を無くす
菊は自分のことを
揚羽は声を励まして言った。
「なんの、こちらは四百年も続いた
どうやら侍女は、会う前から、その側室とやらに闘志を燃やしているらしかった。
もう一つ、菊は揚羽に、喜平二殿ってどういう方なのかしら、と聞いてみたかったのだが、又難問がわかって揚羽が
景勝については皆あまりよく知らないらしい。誰に尋ねても、はっきりした返事は返ってこない。
(宿敵の三郎殿のほうは、嫌という程、情報が入ってくるというのにねえ)
それも彼の『人物』についてではない。彼の『外見』について、だ。
「私共だって、縁談の相手が三郎殿だったら、越後だって何処だって飛んで参りますわよ。」
「
「ほんとにすごい
実は婚礼の準備に忙しい侍女たちの
三郎景虎の運命は転変の歴史でもあった。正室から生まれた嫡男以外は家の為の持ち駒であった時代、彼の人生も又、生まれながらに定められていた。
すなわち、北条氏康、武田信玄、今川氏真が甲駿相同盟を結んだ時、人質として甲斐におもむき、永禄十年、信玄が駿河・相模に侵入して同盟が破れると戻されて、一族の北条幻庵の養子となった。元亀元年、北条氏が上杉謙信と結ぶと、今度はその養子として越後へやられたのだ。だから武田の侍女も、北条から小夜姫の輿入れのときについてきた者の中にも、景虎のことを見知っている者は多かった。
「三郎殿が城下をお歩きになると、家という家の窓に女子が鈴なりになって、お姿を目で追ったものでしたよ。でも気さくで、もの慣れたお方でね。
「ただ、お酒が過ぎるのがちょっとねえ。」
「だからこそ不識院{上杉謙信}に気に入られたんでしょう。あの方も、お酒の飲み過ぎで命を縮めたというじゃありませんか。」
松はこういう話になると
菊の輿は、北信濃、長野善光寺を通って、越後との境を越えた。北に進むにつれて、目に見えて景色は
木立が途切れて空き地になっている所で、
「今年は冬が早いそうでございますよ。」
馬から降りた揚羽が話しかけてくる。
「申し上げます。」
武士の一人が
「越後からの迎えが到着したとのことです。」
「遅かったですね。でも姫さま、ここから上杉の護衛がつきます。もう一安心ですわ。」
小康状態とはいえ、戦の真っ最中の国を女輿を護衛してきた武田の一行に、ほっとした空気が漂った。
と、報告を終えて立ち上がった侍が、くぐもるような妙な声をあげたかと思うと、ぐらりと傾いて揚羽に倒れ掛かった。彼女は押されて
それが
矢の雨が一行に
菊の輿にも、木を
わあっと
菊の輿に敵方の足軽たちが
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