■第21話 “戦い(前編)”
第21話-01 死闘、魔王城
「避けろォッ!」
勇者ヴィッシュの絶叫
『ごお!!』
骸骨巨人ゴルゴロドンの超巨大剣が轟き唸る!
地を薙ぐ鉄塊。渦巻く旋風。人智を超えた
たった一撃で先鋒は半壊。しかしこちらとて泣く子も黙る勇者軍。これしきで怯む弱卒はない。
「4番から6番、2列横隊! 一歩も
『
勇者の号令に気炎で応え、屈強の勇士が地響きとともに進み出た。鋼の筋肉を躍動させて、
――ここは任せた。頼むぜ皆。
ヴィッシュは眼光鈍く敵陣睨み、勇者の剣を振り上げる。
「
精鋭中の精鋭たる勇者親衛隊を引き連れて、突入する先には鉄壁の如き
ぴゅいっ!
親衛隊が左右に割れた。横手を塞ぐ
この1ヶ月、夜を日に継いで訓練してきた機動だ。
魔王城は、ベンズバレン王都の7割近い面積を潰した広大な跡地に建っている。本城天守を守る3重の防壁の間には、十余万の軍勢が生活するための兵舎、食堂、厩舎や倉庫が密集しており、実態はほとんどひとつの都市に近い。よって隠れる場所がいくらでもある、のだが……
――問題は隠れて何するかだろ。
――さあ来いヴィッシュ! おれをガッカリさせるなよ!
「撃て!」
号令一下、物陰から一斉に飛び出す勇者軍。彼らの手中に握られているのは、
「
落胆のあまりミュートは声をあげてしまった。投石を補助する極めて原始的な武器、
それでもかまわず勇者軍は
その直後。
ぼ!!
軽快な音とともに
「あ!?」
ミュートの顔色が変わった。
「ぉおおおおッ!」
背後から咆哮。ミュートが弾かれたように振り返る。煙幕を肩で切り、魔剣をぎらつかせ、矢のように飛来する英雄の影がそこにある。
ヴィッシュ!
なるほど、煙に
「こう来なくちゃなァ! 勇者様ァァッ!」
喜悦満面、ミュートは《鉄砲風》を発動した。魔剣が彼に突き立つ直前、勇者を猛烈な突風が襲う。空中で態勢を立て直す手段を持たないヴィッシュは、なすすべもなく弾き飛ばされる。
が。
ここまで全て作戦のうち。万物に絶対の《死》をもたらす勇者の剣すら、術を無駄打ちさせるための布石に過ぎない。木の葉のように飛ばされながらヴィッシュが叫ぶ
「緋女!」
「ッシャァ―――――ッ!!」
緋色の剣が疾走した!
飛燕の速さ。雷火の
『ごぐ!』
しかし敵もさるもの。骸骨巨人ゴルゴロドンは
鉄柱の
ミュートの脳天を両断するはずだった緋女の太刀は、虚しく彼の鼻先をかすめた。
そのまま落下していく緋女を、今度は巨人の膝蹴りが襲う。下から突き上げる丸太のような大腿骨。緋女は
「ふーっ……」
緋女は胸に溜まった緊張を呼気に乗せて吐き出した。額から汗がひとすじ伝う。
「……やっぱ
つい、口元が緩んだ。
なんと素早い見切りと覚悟か。ゴルゴロドンは緋女の奥義すら
恐るべき
一方、緋女とは異なる形で、ミュートもこの戦いにたまらぬ愉悦を覚えている。
彼は巨人の肩の上で背中を丸め、狂ったように笑い続けた。笑っちゃいけない、笑ってる場合じゃない、と思えば思うほどかえって笑いがこみ上げてくる。ほとんど痙攣と区別のつかない病的な笑いが。
「いいよお……すごくいい。まじかっこいいよ勇者様ぁ……」
彼を突き動かすものはただ、執着。
それこそが生命の最後のひとかけら。
身も腐り、脳も
「おれはずっと!
あの頃からずっと!
そんなお前が見たかったんだよォォーッ!!」
絶えぬ狂笑に操られ、骸骨巨人が大地を踏み割り進み出る。緋女は流水の滑らかさで太刀を持ち上げる。ヴィッシュは
「長丁場になる。集中切らすな!」
「こっちの
獣の如く吼え合わせ、ふたりは敵へと跳躍した。
*
一方カジュは、別戦線の上空を流星と化して突き進む。
行く手を
だが数千の亡者を前にしてカジュは微塵も
「《爆ぜる空》っ。」
轟!
まずは景気づけの一発。これで地上の
ごり!!
《凍れる
出会いがしらのわずか数秒で
狙いは第2防壁、魔王城中枢を守る3重城壁の2枚目である。地獄の亡者を建材に、魔王の魔力を接合剤にして練り上げたこの壁は、並の石壁を遥かに上回る強度を誇る。これが立ち塞がっている限りいかな大軍でも魔王城は攻め落とせない。だが悠長にひとつひとつ城門を突破する暇も義理もない。
ならば手はひとつ。
〔発破します。〕
勇者軍に注意喚起の《配信》をしながら、崩壊した敵陣を一息に飛び越え、カジュは防壁に取り付いた。壁に手を突き、
「《暗き
……ず!
どんっ!!
地震が走る。雷音轟く。魔王城そのものを揺るがして、城壁に、数百人が横並びに通過できるほどの巨大な穴が開く。
魔王城決戦第2の秘策、“城壁トンネル”! 魔王城だろうがなんだろうが壁は壁。ならば《暗き
このトンネルが開くのを今や遅しと待ち構えていた者たちがいる。勇者軍東面部隊1万5千。その先頭に立つ将軍は、道が開けたと見るや高々と
「歩兵隊前進ーッ!」
号令一下、軍勢が雄叫びあげて駆け出した。敵の残存兵力を津波のごとく
たちまち巻き起こる大混戦。
「よしっ。いい仕事した。」
味方の快進撃を空から見下ろし、カジュは会心の笑みを浮かべた。
彼女の任務は勇者軍別働隊のサポートである。
あわよくばこのまま最終防壁を突破し、魔王城中枢へ――宮殿や天守閣の立つエリアへ雪崩れ込んでしまいたい。おそらくは魔王もそこにいる。魔王さえ倒せば、たとえどれほどの損害を出そうとこの戦いは勝利なのである。
そのために、さて、次はどこを援護すべきか……
と、カジュが小考に気を取られた、そのときだった。
ぞっ……
と、異様な不快感がカジュの背筋を
――上かっ。
弾かれたよう見上げれば……不覚! 一体いつのまに上を取られたのか、太陽を背にして6つの影が上空に浮遊している。敵の術士だ。しかも奴らが構築中の術式は――《爆ぜる空》!
〔法撃する気だっ。頭上防御っ。〕
カジュは全軍へ注意喚起の《配信》を飛ばすと同時に《烈風刃》を打ち上げた。刃と化した烈風が敵術士のひとりを飲み込み、ずたずたに引き裂く。
だが敵は冷静だった。1人が構築中の術を破棄して瞬時に《空気圧縮》を発動。《烈風刃》の軌道を歪めて見当違いの方向へ吹き散らしてみせたのである。
――こいつらできるっ。
カジュは音を立てて歯噛みした。
それでも
『《爆ぜる空》』
広範囲大量殺戮術の光弾が4発同時に投げ降ろされる。
――させるかっ。
これに対して、一瞬遅れてカジュが発動したのは《酸欠》。広範囲の空間からごく短時間だけ酸素を消滅させる術である。上手く効果範囲にかぶせれば《爆ぜる空》等の火炎・爆発術を不発させられる……が、巻き込めたのは2発だけ。残り2発はそのまま勇者軍に突き刺さり――
轟!!
(つづく)
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